31 / 82
5章 運命
31.王子は高らかに宣言する
しおりを挟む 筋張った硬い指の感触とぬくもりに驚いて、私は思わず肩をすくめた。
「急にどうしたの?」
従兄さんを見上げながら問う。
「いや。本当は頭を撫でたかったんだが、人前では撫でるなと以前言われたから」
頭を撫でる代わりに手を握るって……。従兄さんの考えは、私にはよくわからない。
「でも私、手を握られる方が恥ずかしいよ」
「そうなのか?」
「他の人はどうかわからないけど、私は恥ずかしい。人前じゃなくても、恥ずかしいよ」
それ以前に、女の子の手に勝手に触るのはセクハラな気がする。
「そうか」
残念そうに従兄さんの右手が離れていく。大きくて男性らしいその手が離れていった瞬間、未練を感じた。気付いた時には、私は自分から従兄さんの手を掴んでいた。
「どうした?」
従兄さんの声は驚きに満ちている。当然だ。暗に離せと言われたから離した手を掴まれたのだから。
「あっ、え、えっと」
私はとっさに言い訳が思いつかなかった。
「ごめんなさい。気が付いたら掴んでたの」
無意識下での行動。それが心底恥ずかしかった。どうして自分から手を掴んじゃったんだろう。
私は顔をカーッと熱くさせながら、従兄さんの手を離そうとした。だけど従兄さんは、私の左手をぎゅっと握ってきた。
「お前が嫌じゃないのなら、しばらくこのままでいたい」
そう言って、従兄さんが優しげな眼差しを向けてくる。自分から手を掴んでしまった手前、私は反論できなかった。それどころか、嫌じゃないと思っていた。
やっぱり恥ずかしいとは思ったけど、従兄さんと手を繋いでいることに抵抗はなかった。この感覚が意味するものが恋愛感情なのか、家族愛のようなものなのか、今の私には分からないけど。
「別に……嫌じゃないよ」
だからそう返事をして、左手を大きな右手と繋げたままにした。
園内で他の来園者とすれ違う度、私はどきどきした。
手を繋いで歩いている私と従兄さんは、他人から見たらどんな関係に見えているのだろう。やっぱり、年の離れた兄妹? そう思われるのが自然だよね。
「どうかしたのか?」
落ち着きのない私を見かねたのか、従兄さんが訊ねてきた。
「うん。あのね、私たちって、やっぱり他の人から見たら兄妹に見えるのかなって考えてたんだ」
「俺はお前を妹のようだとは思ってないぞ」
そう話す従兄さんの瞳は、私を女として見ているのが明白だった。スケベ。
「従兄さんがじゃなくて、他の人が、だよ」
「他の人間からどう見られているかが気になるのか?」
「従兄さんは気にならないの?」
「ならないな」
答えは即、返ってきた。悩む時間なし。
そもそも人目を気にするような人なら、最初から私にアプローチなんかしないか。中学生の私と将来結婚したいなんて、真面目に言ってくる人だもんね。
従兄さんは続けて言う。
「他人にどう思われようが、何を言われようが、俺はお前が好きだ。俺とお前はいとこ同士で、合法的に結婚できる男と女だ」
男らしい、真っ直ぐな言葉。だけど今、目の前にあるのは色んな種類の食虫植物で、いまいち格好がついていない。
「ふふっ」
口を開けたままのハエトリグザを見ながら思わず笑うと、従兄さんは眉を下げて残念そうな顔をした。
「俺は真面目に言ったんだが」
「ごめんなさい。食虫植物の展示コーナーで格好いいこと言うから、なんだかおかしくて」
「やっぱり女は、シチュエーションとか気にするものなのか?」
「うーん、そうだなあ。もし薔薇園で同じことを言われても、それはそれでクサすぎて笑っちゃうかも」
私の回答に、従兄さんは困った表情を浮かべた。
「なら、いつ言えば正解なんだ」
「さあ?」
そう意地悪く返して、私は笑った。本当は少しどきどきしていたけど、従兄さんに気付かれたくなくて、感情が表に出ないように頑張った。
外出先でも恥ずかしいことを憚りもなく言われるのは、ちょっと困る。
薔薇園の入り口の近くに来た時、二十代後半から三十代前半くらいのラフな格好の女の人が左側から歩いてきた。そして従兄さんを見るなり、驚きに満ちた声を上げた。
「わー、黒沼くんじゃない。こんな所で会うなんてびっくり」
それに対して従兄さんは、「どうも志村さん。日頃、お世話になっております」と丁寧に頭を下げた。
この志村さんって人、会社の人なのかな? 私がそう考えていると、志村さんはわざとらしく渋い顔をした。
「やあねえ、黒沼くん。プライベートでまで真面目すぎ、大げさすぎ! で、今日は何? そちらのお嬢さんとデート?」
志村さんの好奇心に満ちたような視線が私へと向けられる。そのせいで、少し居心地が悪くなった。
しかも従兄さんは、彼女のからかうような発言に対して「はい。そうです」と迷いなく返事をしてしまった。……ええっ!?
「ちょ、ちょっと……!」
私は慌てて、従兄さんの右手を引っ張った。
「ああ。紹介するのが遅れたな。こちらは俺が勤めている会社の先輩のーー」
従兄さんは悠長に志村さんの紹介なんてし始めてしまった。当の志村さんはぽかんとしている。
「そうじゃなくてっ、デートだなんて認めちゃったらーー」
従兄さんが変に思われちゃうじゃない。そう口にするのを遮るように、従兄さんは言った。
「俺とお前が今デートをしてるのは、本当のことだろう」
「馬鹿っ! 従兄さんは世間体をもっと気にしてよ!」
ああもう、なんでしれっとしてるの! 明日から従兄さん、社内で年下好きの変態だと思われちゃうかもしれないのに!
「さっき話した通り、俺は誰にどう思われようが気にしない」
「会社の人のことは気にしてよ!」
「どうしてお前がそんなに必死になるんだ」
「従兄さんが心配だからに決まってるでしょ!」
私が声を上げた次の瞬間、私たちのやり取りを黙って見ていた志村さんが大笑いし始めた。
「あははははは!」
私と従兄さんの視線が、お腹を抱えて笑っている志村さんに集中する。なんで笑ってるの?
「あの……」
「ご、ごめん、ごめん。なるほど。黒沼くんが寄ってくる女子社員たちを相手にしない理由がわかったわ」
「急にどうしたの?」
従兄さんを見上げながら問う。
「いや。本当は頭を撫でたかったんだが、人前では撫でるなと以前言われたから」
頭を撫でる代わりに手を握るって……。従兄さんの考えは、私にはよくわからない。
「でも私、手を握られる方が恥ずかしいよ」
「そうなのか?」
「他の人はどうかわからないけど、私は恥ずかしい。人前じゃなくても、恥ずかしいよ」
それ以前に、女の子の手に勝手に触るのはセクハラな気がする。
「そうか」
残念そうに従兄さんの右手が離れていく。大きくて男性らしいその手が離れていった瞬間、未練を感じた。気付いた時には、私は自分から従兄さんの手を掴んでいた。
「どうした?」
従兄さんの声は驚きに満ちている。当然だ。暗に離せと言われたから離した手を掴まれたのだから。
「あっ、え、えっと」
私はとっさに言い訳が思いつかなかった。
「ごめんなさい。気が付いたら掴んでたの」
無意識下での行動。それが心底恥ずかしかった。どうして自分から手を掴んじゃったんだろう。
私は顔をカーッと熱くさせながら、従兄さんの手を離そうとした。だけど従兄さんは、私の左手をぎゅっと握ってきた。
「お前が嫌じゃないのなら、しばらくこのままでいたい」
そう言って、従兄さんが優しげな眼差しを向けてくる。自分から手を掴んでしまった手前、私は反論できなかった。それどころか、嫌じゃないと思っていた。
やっぱり恥ずかしいとは思ったけど、従兄さんと手を繋いでいることに抵抗はなかった。この感覚が意味するものが恋愛感情なのか、家族愛のようなものなのか、今の私には分からないけど。
「別に……嫌じゃないよ」
だからそう返事をして、左手を大きな右手と繋げたままにした。
園内で他の来園者とすれ違う度、私はどきどきした。
手を繋いで歩いている私と従兄さんは、他人から見たらどんな関係に見えているのだろう。やっぱり、年の離れた兄妹? そう思われるのが自然だよね。
「どうかしたのか?」
落ち着きのない私を見かねたのか、従兄さんが訊ねてきた。
「うん。あのね、私たちって、やっぱり他の人から見たら兄妹に見えるのかなって考えてたんだ」
「俺はお前を妹のようだとは思ってないぞ」
そう話す従兄さんの瞳は、私を女として見ているのが明白だった。スケベ。
「従兄さんがじゃなくて、他の人が、だよ」
「他の人間からどう見られているかが気になるのか?」
「従兄さんは気にならないの?」
「ならないな」
答えは即、返ってきた。悩む時間なし。
そもそも人目を気にするような人なら、最初から私にアプローチなんかしないか。中学生の私と将来結婚したいなんて、真面目に言ってくる人だもんね。
従兄さんは続けて言う。
「他人にどう思われようが、何を言われようが、俺はお前が好きだ。俺とお前はいとこ同士で、合法的に結婚できる男と女だ」
男らしい、真っ直ぐな言葉。だけど今、目の前にあるのは色んな種類の食虫植物で、いまいち格好がついていない。
「ふふっ」
口を開けたままのハエトリグザを見ながら思わず笑うと、従兄さんは眉を下げて残念そうな顔をした。
「俺は真面目に言ったんだが」
「ごめんなさい。食虫植物の展示コーナーで格好いいこと言うから、なんだかおかしくて」
「やっぱり女は、シチュエーションとか気にするものなのか?」
「うーん、そうだなあ。もし薔薇園で同じことを言われても、それはそれでクサすぎて笑っちゃうかも」
私の回答に、従兄さんは困った表情を浮かべた。
「なら、いつ言えば正解なんだ」
「さあ?」
そう意地悪く返して、私は笑った。本当は少しどきどきしていたけど、従兄さんに気付かれたくなくて、感情が表に出ないように頑張った。
外出先でも恥ずかしいことを憚りもなく言われるのは、ちょっと困る。
薔薇園の入り口の近くに来た時、二十代後半から三十代前半くらいのラフな格好の女の人が左側から歩いてきた。そして従兄さんを見るなり、驚きに満ちた声を上げた。
「わー、黒沼くんじゃない。こんな所で会うなんてびっくり」
それに対して従兄さんは、「どうも志村さん。日頃、お世話になっております」と丁寧に頭を下げた。
この志村さんって人、会社の人なのかな? 私がそう考えていると、志村さんはわざとらしく渋い顔をした。
「やあねえ、黒沼くん。プライベートでまで真面目すぎ、大げさすぎ! で、今日は何? そちらのお嬢さんとデート?」
志村さんの好奇心に満ちたような視線が私へと向けられる。そのせいで、少し居心地が悪くなった。
しかも従兄さんは、彼女のからかうような発言に対して「はい。そうです」と迷いなく返事をしてしまった。……ええっ!?
「ちょ、ちょっと……!」
私は慌てて、従兄さんの右手を引っ張った。
「ああ。紹介するのが遅れたな。こちらは俺が勤めている会社の先輩のーー」
従兄さんは悠長に志村さんの紹介なんてし始めてしまった。当の志村さんはぽかんとしている。
「そうじゃなくてっ、デートだなんて認めちゃったらーー」
従兄さんが変に思われちゃうじゃない。そう口にするのを遮るように、従兄さんは言った。
「俺とお前が今デートをしてるのは、本当のことだろう」
「馬鹿っ! 従兄さんは世間体をもっと気にしてよ!」
ああもう、なんでしれっとしてるの! 明日から従兄さん、社内で年下好きの変態だと思われちゃうかもしれないのに!
「さっき話した通り、俺は誰にどう思われようが気にしない」
「会社の人のことは気にしてよ!」
「どうしてお前がそんなに必死になるんだ」
「従兄さんが心配だからに決まってるでしょ!」
私が声を上げた次の瞬間、私たちのやり取りを黙って見ていた志村さんが大笑いし始めた。
「あははははは!」
私と従兄さんの視線が、お腹を抱えて笑っている志村さんに集中する。なんで笑ってるの?
「あの……」
「ご、ごめん、ごめん。なるほど。黒沼くんが寄ってくる女子社員たちを相手にしない理由がわかったわ」
9
お気に入りに追加
416
あなたにおすすめの小説

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました
毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作
『魔力掲示板』
特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。
平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。
今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~
夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。
「聖女なんてやってられないわよ!」
勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。
そのまま意識を失う。
意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。
そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。
そしてさらには、チート級の力を手に入れる。
目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。
その言葉に、マリアは大歓喜。
(国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!)
そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。
外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。
一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる