化け物と呼ばれた公爵令嬢は愛されている

迷い人

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5章 運命

30.今の私は全てを知る余力も、考える余裕もない

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 不幸と言うものは、何時、どの状況で襲い来るかなど誰にも分からない。

 ルデルス国と、ガーランド国の間には、4つの国が存在している。 そのため国交と呼ばれるほどの取引はなく、商人レベルでの売買取引が行われているに過ぎなかった。

 王宮が燃えていた。

 使用人も騎士達もソレを消そうとしたが、逆に火が彼等を襲い燃え始めた。 あれは……精霊の火だ……人には消せない意志ある火。

「おやめなさい!!」

 私が声を上げれば、その火は消えた。 僅かでも命があればそれを回復させ、私の見張りをしているギルドの精霊に、ギルド長へと、ミカゲ先生に短いメッセージを託した。 だが、たぶん意味はなさないだろう……。

 今、私の視界には、王都内を燃やす煙が見えるのだから。

 精霊の加護と言うものは基本的には国家防衛のために使われる。 ルデルス国はガーランド国ほど国家的に埋蔵される魔力が豊富ではない。 精霊の数も多くはなく、気性の荒い精霊は扱い難いと迷宮図書館にある資料で読んだ。

と考えれば、王都を燃やす火の大半は人によって放たれた火である。 流石に精霊使いである精霊ギルドの長であれば分かっているだろう。

 ガーランド国の守護精霊は、ロノスなのでは? と語られている。 なぜ曖昧なのか? はっきりしろよと言いたいが、私にはロノスが守護精霊だとは思えなかった。 王家の願い等殆ど聞いてくれない。 呼び出しも無視する。 せいぜいその力の欠片を人間によって書物の管理に使う程度。

 それでも、定期的に話し合いは求めてきた。 求めるだけで返事が返ってくるのはまれである。

 8年前から18年前までは、私を返せと言われるのが鬱陶しくて拒否してきたと言う。 そして、今から8年前まではアリアメアとの蜜月を邪魔するなら、小精霊を暴れさせると脅された。

 とは言え、国が襲われたとあっては動く……かもしれない。 私の記憶をしているロノスを思い浮かべる限り、可能性は低かった。

「大精霊ロノスよ。 ガーランド王家、オルコット公爵家との盟約に基づきその姿を現したまえ!!」

 なんて、緊急事態であるにも関わらず、契約のしるしを私の血で描き、魔力を注ぎ込んだにも関わらず無視された。 召喚の魔力の高まりに、ルデルス国の人間と精霊を伴ったジュリアン王子が現れる。

「ここにいたのか疫病神」

 醜悪に顔を歪ませニタニタと王子は笑う。

「神とはなんとも、至極光栄。 ですがあまりにも私を高く評価し過ぎではないですか?」

 嫌味交じりに笑って見せれば、ギリッと唇を噛み顔を歪ませる。

「これは、お前の存在が招いた不幸だ。 お前が悪いんだ。 全部全部、お前が悪いんだ。 お前の傲慢さが、お前の貧乏くささが招いた罪だ。 化け物のお前には理解はむずかしいだろうがなぁあ、ひゃははっははははは」

 笑う様子は酩酊状態に思えた。 ただの興奮か? それとも薬か? そんな事はどうでもいいと私は背を向け走り出す。

「まて!! 卑怯者が!! 人の話を聞け、この礼儀知らず!!」

 馬鹿なの?! いえ、馬鹿なんだよね。

 前方に回っていたガーランド国の門番が着る全身騎士鎧を着た男が現れた。

「逃げて!!」

 私は叫び、そして全身鎧の男は立ちふさがる。

「その化け物を捕まえよ!!」

 言われて全身鎧の男は、頭部の部分の鎧を脱いだ。 辛かったのだろう。 辛いはずだ。中は、体格の良い日焼けした男。 ガーランド国のものではない。 私は走る歩みを弱める事無く、魔法で勢いと重さをつけ、男に向かって走っていく、そして思い切り跳び蹴りを食らわせた。

 重たい全身鎧の男が揺れて倒れた。

 王家を守る重騎士の鎧には、正しい重騎士が着なければ動くのも難しいほど重くなる術式が施してある。 正しい者以外が持とうとすればその重さは数倍にも跳ね上がる。 その代わり所有者が着れば布の服のように軽やかだ。

 そんな全身鎧を着ても動けるのだから相当鍛え抜かれた筋力を持っていると思われる。 私はあえて倒れた男を自らの体重を10倍にし踏みつけ、大きくジャンプして、べコリと鎧をへこませ、鎧を脱げないようにしてから走り出した。

「聖女を守れ!!」

 聞きなれた声が耳に届き、私は叫ぶ。

「逃げて!! 邪魔!!」

「父様、団員と共に王宮外の火消しの指示に回ってください!! こちらは私がなんとかします」

「もう、そっちにも人を回してあります。 エリアルは逃げなさい!!」

「父様!!」

「ここは父に良い恰好をさせてくれるところですよ」

 蜂蜜色の髪が、炎の色を受け赤みを帯びていた。 青色の強い意志を感じる瞳が私に行けと訴え、王子の前に立ちふさがる。

「邪魔をするなぁあああ!!」

 轟音が響き、嗅ぎなれない匂いが充満し、王子が持つ金属筒が煙をあげる。 何があったのか分からないまま私は止まってしまった。 父様は剣を持ったまま王子に突進しながら叫んだ。

「逃げろ!! 守れ!! 狙いは聖女だ!!」

 焦りに言葉が崩れていた。 そして、次の轟音と共に父様は倒れ、私は……状況が分からぬまま、身体の本能に従い本来の形へと戻って行く回復魔法と眠りの魔法をかけた。 このまま死んだふりをしてくれていれば、父様と腹心の部下たちの命は助かるだろう。 そう願ったから。 そう願う程度には情が芽生えていたから。

 私は走る。
 走って走って……。

 王宮も、王都も炎に燃えているのを見ながら走った。 何が起こっているのか分からない。 わからないけれど……8年、8年の間、自分が築いてきたものが崩れ去っていくのが悲しかった。

 彼方此方で叫びと悲鳴があがる。

 商人の出入りを警戒した父様によって、人の出入りは注意されていた。 いえ……警備の不足を補うため、ギルドの精霊を通じた小精霊にも命令が下されていた。 それが機能していないとなれば、

 ロノス……!!

 私は、絶叫と憤りを必死に抑えそして走った。
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