上 下
14 / 82
3章 セイジョセキ

14.親子 04

しおりを挟む
 名前を聞かれる。 聞かれた。 ただそれだけが、これほどおかしいとは……。 だけど、私は笑う事もできずオルコット公爵をじっと見つめるだけ、そうすると公爵はより辛そうに顔を歪めた。 だけど公爵の方から視線を逸らそうとすることもなく、私はなぜか胸を痛めながらも、泣きたい思いを抱えながらも言葉にしてしまっていた。

「化け物。 貴方が私をそう呼んだのではありませんか。 今更、他にどんな名前が必要なんですか?」

「……もうしわけない……」

 掠れた声。 テーブルに頭を擦りつけ頭を下げる公爵。 それを見れば余計に腹がたった。 生まれたばかりの私が、化け物と呼ばれていた等知るわけがない。 ロノスがそう言っていただけ。

 あぁ、そうだ……私は、嘘だと言って欲しかったんだ……。 自分の心が分かれば、悲しくて、切なくて、そして孤独を深めてしまった。 プイッと視線を背ければ、小さな掠れるような声で公爵は続けた。

「もし、もし、許されるなら……エリアル……エリアル様と、呼ばせていただいてもよろしいだろうか? 妻が……我が子のために、考えに考え、決めた名前なのです」

 言えば神官長の視線が、公爵を睨み責める。

「公爵!! 聖女様に、私情を絡めるものではありません。 聖女様は公爵殿ごときが名を呼んでいい相手ではありませんよ。 ましてや名づけ等」



 魔法に関わる各機関の長と共にオルコット公爵がこの場への参加できたのは、懺悔したことによる褒美だった。

『これから先、貴方が知る事となるのは国の秘密。 あなたを同列として迎えるためには、貴方を信用するためには、誰にも話せぬ罪を、秘密を話す必要があります』

 そう、神殿長が言ったのだ。

 オルコット公爵は、これぞ天の采配だと思った。 勝手にそう思い許しが得られるのだと勘違いして語った。 ユリアの生んだ子を、わが子を殺そうとした大罪を自覚してから、苦しくて苦しくて、自分が悪いのだと吐き出したくて、許されたかった。

 妻とよく似た顔立ちの子に冷ややかに見下される事が辛かった……。 身勝手なのは知っていた。 親として欠如しているのも知っていた。 親としての情はいまだないと言っていい……ただ亡き妻に対して申し訳ないと言う思いだけが、公爵を苦しめていたのだ。

 だからこそ、脅しのように使われた。





 聖女とは言え、生まれたばかりの記憶などあるはずがない。

 ロノスは殺されそうになった事までは伝えていなかった。 母を殺して生まれたと言う憎悪を向けられ、父親に殺されそうになったと知れば、自分を嫌うか? 人を嫌うか? それとも自らを精霊と思い精神的な逃げとするか?

 ロノスは、人の子を人として育てるためには、人をを救うための人として育てるためには親は必要だと考えたから。

『力あるが故の病を、レティの父は恐れ化け物と呼んだ。 それでも生きていて欲しいから、私に預けられたのだ』

 物語を読み、親に憧れ恋しがる子が面倒臭くなり『化け物』と呼ばれた事を告げた。 人としての鎖を残すために、生きていて欲しいからと言う言葉の前に『誰が』と告げる事を故意に隠した。 ロノスはそういう精霊だった。



 親に対する憧れめいたものが、大人ぶっていても10歳の子に諦めきれるはずがない。 神官長の言葉にレティシアは余計に腹を立て、腹を立てるレティシアに長達は戸惑った。



 なんだか、腹がたって不快で、自分でも何が何だかよく分からない。

「私が、良いと言っているのよ!!」

 私が言えば、神官長は驚きと共に頭を下げた。

「そんな事より封印でしょ!! 国王や王太子に力が足りないと言うなら、王族から力のある子に力のある妻を迎え、あなた方が後継人となればいいでしょ」

 魔導師長が他の長へと視線を巡らせ、躊躇と歓喜が混同する不思議な雰囲気を醸し出す。

 嫌な感じだと思った。 そう思った事を知られたくなく、レティシアは姿を薄め誤魔化した。

 今この状況で、彼らが生命を脅かす敵と言う事はない事ぐらいは分かる。 敵ではないけれど……自分達の都合の良い形で物事を進めようとしている? 私を利用しようとしている?

 幼い敵意が生まれようとしているのは、3人の長にもわかり、長達は今日は引くこととしたらしい……。

「今日の処は、聖女様もお疲れでしょう。 静かに時が過ごせるように配慮しますので、ゆっくりとお休みくださいませ」

 言われて部屋から3人の長と公爵が出て行った。

 ふむっ……。

 彼等に私の意識体を見る力はなく、私は見せているだけな訳で、姿を見せないようにしながら私は部屋を出ていく4人の後へついて行くことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

処理中です...