化け物と呼ばれた公爵令嬢は愛されている

迷い人

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3章 セイジョセキ

13.親子 03

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 私はその場を去ろうとしたが、聞こえてくる声に立ち止まる。

 背後からは、幼女の母親が

「裸なら普通、髪飾りより服でしょう? 聖女のお姉ちゃんが風邪を引いたらどうするの」

と言って子供を諭す。

いえ、流石に風邪は引きませんよ……。 と、思いながらどこかほほえましく思った。

だが、幼女の父親は母親に怒り出す。

「お礼をしたいと言う我が子の心根の優しさが重要なんじゃないか!! きっと聖女様だってそう思っているはずだ!!」

 私はそこまで出来た人間ではないので、もし意識体でないのなら、やはり髪飾りよりも服の方が嬉しいのだけどなぁ……。 そんな風に思いながらも、娘本位に怒り出す暑苦しい父親を持つ幼女が少しだけ羨ましかった。

「私達は、娘を救ってもらった感謝を伝えるべきでしょう」

「これ以上の感謝がるか!! 聖女様なら、優しいこの子の優しい心を最も喜ぶはずだ。 いや、むしろ……すっぽんぽん、ぽんぽんとか歌っている。 うちの子がそんな品の無い歌を歌いだすとは、聖女に一言文句を言いたいくらいだ」

 なんて、事を言われれば流石にむかついてくると言うものだ。 とは言え、これを放置しておくのも問題があるだろう。 こんなくだらない事で親子喧嘩をされては幼女が可哀そうだ。

 今の私は肉体が無いから、気持ちだけありがたくうけとっておきます。

 そう母親の思考に訴える。

「ぇ?」

 とても驚いた顔に私は少しだけ楽しいと思ってしまった。

 そして私は、高そうな服に身を纏いながらも、地面に項垂れるように膝をつくオルコット公爵を無視してその場を去った。

 魔力不足からくる体調不良の回復を願い何とかしよう、何とかしてやりたい。 そう思う親、子、祖父母、孫、神殿に来てから1日何百人もの人を見てきた。 見れば見るほど、自分にはそういう人がいないと言う事が切なかった。

 まぁ、ロノスは確かに私の魔力暴走を抑えてはくれたが……いや、もう、これは考えても仕方のない事。 本来であれば迷宮図書館に縛られているはずのロノス、よほどのことが無い限り私はもう彼に会う事はないのだから。



 その日、私は本体の元に何時もより早い時間に、魔力で作られた外皮の中の身体に戻り眠りについた。 できるなら、このまま、もっと、もっと、長く眠りにつきたいと……。 孤独は嫌……。

 その声にこたえるように……私の意識に触れた黒いものが、優しく私を撫でてきた。 悪魔は……人を魅了し唆すほどに甘く優しく美しいのだと、何かの本で読んだなぁ~と思いながら、私は優しい夢を望んだ。

 だけれど、そんな願いは叶わず、私は普通の人のように朝には目を覚ました。

 その日、私は王宮へと移されるはずだったのだけど、私は運ばれる事はなかった。 ただ、私を運んだふりをした馬車だけが王宮へと向かっていく。

 どういう事?

 私が王宮へと向かった体裁を取った事で、私への一般参拝は終わりとなり、その代わり中から出てきて欲しいと言う神官長、魔導師長、精霊ギルド長……それに二度と会うことが無いと思っていたオルコット公爵が質素な10人程度の会議室に集まっていた。 そしてテーブルの上、上座に据えられるのは、岩……ではなく、時空の精霊ロノスにレティシアと名付けられた私。

「聖女様、どうか、お姿をお見せくださいませ」

 と、1日24時間、2人態勢で見張り、訴え続けて5日目、限界が来た。 寝てるならそんなことは気にならなかっただろうけど、私は生きているし、起きている。 そして安眠妨害!!

 何よ、うるさいわね。

 ふわりと岩から出てきた私は、テーブルの上に鎮座された岩の上に腰を下ろした。 尊大な態度で、視線で、見下した。

 10歳の私に、大人たちが頭を下げる。

 それは、私が望む大人と子供の関係ではなく、決して気分の良いものではない。 気分が良くないから無視をしようと思った。 そのまま部屋を出て行こうとすれば、泣きそうな顔でオルコット公爵が呼び止める。

「待って下さい!! せめて服を……」

 コートのような上掛け的なものがかけられるけれど、ぱさりと床に落ちるだけ。 ふんっと鼻をならして私が部屋を出ようとすれば、わずかの間に戸口に大人3人が立ちふさがっていた。

 子供相手に恰好悪いと思えば、私は溜息と岩の上に戻る。

「それで、なんの用なんですか、安眠妨害ですよ」

 私は明確に音にして、そっぽを向きながら聞いた。

「その聖女様は……、生きていらっしゃるのですか?」

 神官長の言葉、

「生きてるわよ」

「その、人としてでしょうか?」

「人として育てられてはいるわね」

 神官長、魔導師長、精霊ギルド長が、顔を見合わせ安堵する。

「聖女様が、私共に望む事は何かございますか?」

 普通の子として生きる事。 そう思えば、それが叶わぬ事だと知っているから、腹が立つし、泣きたくなった。

「別に……。 何もないわ……それよりも魔人を封じるんでしょ。 それを終えたらここを去るわ。 いくら聖女を妻に向かえるって約束だからって、私にだって選ぶ権利があるはずよ」

 そう言えば魔導師長は口をもごもごとさせていた。

「聖女殿は、ご存じないかもしれませんが……。 聖女、賢者、勇者、英雄、そのような特別な存在は王族から生まれます」

「知ってるわよそれぐらい」

「では、そのためには素質ある存在が王家を受け継いでいく必要があることは?」

「知っているわ。 私の育った迷宮図書館には、個人レベルの書き置きまであるもの」

「……では、今の国王陛下、王太子殿下には殆ど魔力的素養も身体的素養も無い事は?」

「ぇ?」

 流石にソレは知らなかった。 と言うか、そんな事はありえなかった。 王族の中で最も魔力の多い者を選ぶと言うのが王位の条件だから。

「現国王陛下には、王としての資格はありませんでした。 人の機嫌を取るのが上手く、顔色を読むのが上手く、気分を良くさせるのが上手く、自分達は仲間なのだと特別を印象付けるのが上手かったのです」

 言っている事の意味を理解できない私は、ふぅん? とだけ言って、話の続きを促した。

「王位を継ぐべき素質を持っていたのは、ユリア様。 聖女様をお生みになった方でした。 本来であれば国王や王子が、封印等の事態に対応するのが普通です。 それが魔人を封じた精霊との約束でした。 ですが、彼等にはその魔力がないのです。 それが、今の、この事態を生み出したのです。 私共は、貴方に王妃ではなく、女王となって欲しいのです」

「あの、ぼんくらの失態をなぜその子が!!」

 オルコット公爵がドンとテーブルをたたく。 から、イラっとした。

「そうせねばならぬのです。 そうせねば、この国が終わるからです」

 冷ややかに冷徹に、魔導師長は答えた。

 私は、私を化け物と呼んだ男が、なぜ苦しそうな顔をしているのか不思議だった。 ただ、母と似ている姿を見て母の名を呼んだだけ、それだけで何が変わると言うのだろうか?

「……伺いたいことがあります」

 オルコット公爵がうつむいたまま私に問う。

「名を聞かせていただけないでしょうか?」


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