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3章 セイジョセキ

10.岩の聖女と町の噂

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 神殿での生活も残り5日。

 民の救済と言う意味では、私を神殿に置いておくのが最適なのだろうけれど。 ロノスから教えられた聖女の役割を考えれば王宮魔導士たちの元にいるのが正しいのだと思う。

 この国が聖女を必要としたのは、王宮に封じられた魔人の封印が弱まっているため。

 そんな危険地帯に行くのは、正直嫌だ。

 飢えた魔人は、欠損した封印の隙間から、命ある魔力ともいえる精霊を食らうために触手を伸ばす。 それによって大気、水の流れは停滞し淀み汚染される。 大地もまた飢えていく。 1年を通じて定められた気温・天気等の癖が狂いだす。 そうなれば、人の心も淀みだし犯罪が増え……。 まぁ、そんな感じで小精霊の減少は国を崩壊へと向かわせると言われている。

 原因は、封印が弱まった事にあのだから、封印の直しをすればよい訳だけれど、これはこれで面倒だ。 何しろ、魔人を封じる力が足りなければ、魔導士たちが精霊の代わりに餌とされ、魔人の力を強めるから。

 それに、王宮の人達はなんか嫌だ。

 眠りにつく前、散々人を化け物と言ってくれたことは、まぁ、人型の岩を前にこれが聖女ですと言われれば納得しないのは当然だろう。

 ただし、動かぬ石を前に、化け物と泣き叫ぶのは如何なものかと思いはするが、余りのもバカバカしくて怒る気にもならないが、嫌なものは嫌。

 そんなことを考えながら、神殿の鐘塔の上に意識を向かわせ、私は鐘塔の屋根上に座る。

 王宮、あそこは嫌だなぁ……。

 私の目には、王都の大地に時折亀裂があるのが見えている。 それは、物質には全く損傷なく、別次元の空間に存在する目に見えない亀裂。 そこから延ばされる触手のようなものが小精霊を捕獲し亀裂の中に取り込み、人間に巻き付きつき入り込みじわじわと魔力を奪い心臓へと侵食していく。

 最初こそ魔力を分け与えると言う方法をとっていたけれど、途中からはやめた。 触手がまとわりついている限り、いくら魔力を与えても病気は再発してしまうから。

 私は神殿で最も偉い神官長の元に、意識体を見せつけて精霊除けの術を授けた。 迷宮図書館にあった知識の一つだね。

 人に危害を与える魔人と言うが、実は上位精霊と人のハーフ。 精霊ではなく魔と表現するのは、上位精霊が自分達を余りにも特別な存在と認識しているが故のプライドだと、私はロノスとの生活で思った。

 でも、そんなに嫌うなら、子供なんて作らなければいいのに……。

 未だ10歳ではあるが、迷宮図書館では読んではいけないと禁じられている書物はなく、レティシアは若さゆえの好奇心で色々と知っていたりする耳年増ならぬ目年増。

 つまらない事を色々と考えながら、亀裂の先、亀裂の集合場所である王宮を見続ける。 見ていてもどうにもならないし、気分の良いものでもないけれど……そこは最も封じられた魔人の怨念が濃いところで、どうにも気になってしまう。

 私の目には王宮の大気は淀み、地面はレース編みの糸のように亀裂が入っている。 よくアリアメアについていた小精霊達は平気だったものだと溜息をつく。

「おねえちゃ~ん!! ありがとう!!」

 遠くからそんな声が聞こえて振り返った。 王宮から視線を外すには良いきっかけだった。 そういうきっかけでもない事には、呪いのように『レティは聖女だから、人間だから、情を、恩を大切に』そんな様々な言葉が脳裏を右往左往してしまう。

 少し離れた石畳の道では、こちらを見ながら手をブンブンと降ってくる5.6歳ほどの女の子。 私も少し前までは、あの子のように小さかったのになぁ……父親に抱きかかえられてニコニコ笑いかけてくる幼女にちょっとだけ嫉妬した。

 その母親は笑いながら幼女に言う。

「何言ってるのよ、あんな方に人がいる訳ないでしょう」

「だって、聖女のお姉ちゃんがいるよ」

「なんで、その人が聖女様だってわかるんだい?」

 父親が聞いた。

「だって、岩の中で眠っているお姉ちゃんと同じだから」

 ここ最近、こういうことが少なくない。 術札が配られるまで、幼い子供達は魔力を補充するため何度も私の岩部分に触れてきた。 それで、相性の良い子や、魔力適正の高い子が私を認識してしまったのだろう。 私を囲む岩も元をただせば魔力を物質化させるほどに圧縮しただけのもの。 見ようと思えば中まで見えるのかもしれない。 私が中から外をみえるように。

 数多く私に接触した子供達は私を聖女として認識し声をかけてくるが、魔力が安定した大人の場合は私が幽霊のように見えるらしい。 いや、意識体なのでソレで正しいのでしょうけどね。

 酒場に集まる者達にも、王都に出現する幽霊の話は噂となった。 悪い者なら退治を!! となるが、幼い子供達が言うには、アレは岩の聖女様だと言う。

「で、岩の聖女様はどんなお姿をしているんだい?」

「長いストレートの蜂蜜色の髪、新緑の瞳、白い肌、年はうちの子より少し大きい程度。 まだ幼くはあるが長い手足がすらりと伸び、小鹿のように健康的。 いたずらっ子のように笑い、子供達の話し相手をし……それと……スラムにリンゴの木を生み出したそうだ」

「聖女様がスラムだなんて危険じゃないのかい?!」

「幽霊だから問題ないだろう」

「ずいぶんと活発な幽霊だねぇ~。 スラムの子達に施しを……」

 誰もが1人の女性を思い出していた。 語る色は違うからなかなか連想はしなかったが、叱られても叱られてもスラムに向かい子供達を救おうとした王族がいた。 健やかで晴れやかで、お日様のように明るい笑顔で、口が悪く、喧嘩が強く……人気のお姫様だった。

「そういや、聖女様はユリア様のお子だと言う話じゃないか」

「あのユリア様のお子だって?」

 ユリアって?

 誰かがそんな問いかけを聞いた気がした。 凛としたどこかさわやかな声だった。

「ユリア様?」

  誰かがその声に語り掛けたが返事は無かった。





 噂とは人の耳を介し、口を介すほどに内容が変わってくると言うものだ。 そして……リヨン・オルコット公爵の耳にその噂が届く頃には、こうなっていた。

「ユリア様が聖女となって王都に戻られた」
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