化け物と呼ばれた公爵令嬢は愛されている

迷い人

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1章 聖女誕生

03.若き公爵の嘆き

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 公爵は笑った。 笑って、笑って、散々に笑った。

「ふぎゃぁ、ふぎゃぁああ」

 弱弱しくも必死で声を出し、必死で泣きながら弱弱しく、ぎこちなく、手足を所在なさげにばたばたする青黒い肌に赤黒い岩を張り付かせた赤子を、公爵は汚物を見るような視線で見下ろした。

 美しく聡明な妻の面影はどこにも無かった。 あえてあげるなら、岩の隙間から見える糸くずのような髪ぐらいだろうか? 

「本当にこれを妻として迎えたいと言うのか? この国の王妃としようと言うのか?」

「公爵!! 身体が出来上がれば、肌も普通の子と同じようになるでしょう。 この子は奥様がお生みになった貴方様のお子なのですから!!」

「やめよ!! 私を侮辱するつもりか?! 侮辱……あぁ、そうだ……ダメだ……こんな子を私と彼女の子として……」

 改めて赤ん坊を見た。 声を荒げるのを辞めれば、今もふやふやと泣いてはいるが化け物と言うにはあまりにも頼りなく弱弱しい生き物に思えた。 だが、……コレが、自分と妻の子だと言うことは受け入れがたく、自分と妻の子として王家に嫁ぐ事は許せないと思った。 人々は化け物を生んだ妻を、化け物を産ませた私をどのように語るだろうか?

 公爵と言う地位など関係ない、彼等は目元と口元をひそかに歪ませ笑う。 王の従妹を妻に迎えてからは、それは一層酷くなっていた。 国を衰退させる王家への鬱憤の全てを向けるようになった。

『おや、公爵殿。 王都はご無沙汰ではありませんこと? 王家から妻を招き安泰を勝ち取った貴方が羨ましい』
『王家から妻を娶り、尻に敷かれているそうですなぁ~』
『年上の妻は、さぞ具合がよろしいのですな』

 王族が恥をかくだけで済むわけがない。

 考えれば冷や汗が出た。
 恐怖に震えた。

 倒れ込むようにソファに腰を落とした。

 オルコット公爵家当主リヨンは幾度となく妻と共に語らいあったソファに座り……ようやく、妻が死んだと告げられた事を実感し、部屋を見回した。

 年期の入った妻の気に入りだったソファが身体を包み込んでくる。

 ……本当に妻は死んだのか? あの悪戯好きの妻の事、全てが私を驚かせるための……そう思ったが、目の前で赤ん坊と自分の間に膝をつき伏せながらも、青白い顔で赤子を守ろうとする魔導医師を見れば笑えない冗談に興じているとは思えなかった。

『体形が変わったから見られるのが恥ずかしいのよ。 だって、貴方私の事が大好きでしょ? 一緒な部屋に寝起きして何もしないって約束できる? それに、日常に侍女の手を借りたほうが楽なの!!』

 リヨンは天井を仰ぎ、そして改めて馴染のない部屋を見回し、やはり実感の持てない不安定さに眩暈を覚えながら側に控える執事に聞いた。

「妻は……本当に死んだのか?」

「はい……ご案内いたします。 奥様がお待ちになっております」

 連れていかれた先は、礼拝用の部屋。
 一面に花を飾った部屋は魔術によって凍らされていた。

 死体に触れ、その死を確認するリヨンを遠目に執事は扉を閉めようとした。 これから幾日も旦那様は死体に寄り添い泣き続けるだろうと執事は考え、その間に何とかしなければと考えていた。

 だが、

「殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!!」

「旦那様、奥様は命がけで旦那様のお子をお生みになったのですよ!!」

「嫌だ、嫌だぁああああ!!」

 子供のように叫んだ。

 仕方がない、子供なのだ。

 父が死んだ5年前12の年にリヨンは爵位を継いだ。 13の年に年上の妻を迎えた。 賢い人だった。 何も分からないリヨンを良く教え、導き、そしてよく笑う人だった。 無能と罵られ、見た目だけと笑われ、社交の場に堂々と出られるようになったのも妻がいたからだった。

「旦那様がご乱心になられた!! 赤子を連れて逃げてください!!」

 使用人は死に際の奥方の姿を、言葉を知っている。 赤子の魔力暴走に身体をぐちゃぐちゃにしながら、白い肌、蜂蜜色の髪をした赤ん坊を嬉しそうに抱いたのだ。

『あぁ、旦那様によく似た可愛らしい子ね。 皆、この子をよろしく……あの人はきっと……』

 言葉は最後まで語られることは無かった。

 使用人たちはリヨンの前に立ちふさがり、未だ幼いリヨンの弟は青黒い肌をしゴツゴツの岩のように固い赤子を抱いて逃げる。

 赤子から溢れる魔力が痛かった。
 兄の悲痛な叫びが痛かった。

 耳を塞ぎ、何も感じぬように走っていれば、ぬるりと両手から赤子を落としそうになり、慌てて抱きなおした。 赤子から溢れる魔力が赤子の肌を傷つけ血が滲み、年若い叔父の腕を胸元を傷つけ血が溢れていた。

「どうにも……できないよ……僕はどうすればいい?」

 途方に暮れた目の前に見えたのは、オルコット公爵家が公爵家であるが所以の建物。 『迷宮図書館』と呼ばれる建物。 国が誕生したころから集められた書物が収められている。 そこには時の精霊の影響下にある。

 時空の精霊とオルコット家初代当主の契約によって、時空の精霊は本を守っている。

 当主が扉を開けば人間社会の図書館へと繋がるが、それ以外の者が扉を開けば、無限の蔵書を所有する精霊の図書館へと繋がる。

 昨日も今日も明日も明後日も無い、上も下も右も左も無い。 階段が横たわり、書棚が天井から見下ろしてくる。 入ればただでは帰れぬ場所。 高価な宝があると知らされ盗みに張った者は、時にミイラとなり、時に赤ん坊となり、時に炎に包まれ庭を走り回り、時に魔物となって人を襲う。

「君は、聖女なんだよね? だから……きっと大丈夫。 大丈夫だ」

 震える手でリヨンの弟ヨハンは、迷宮図書館の扉を開き、空間の捻じれた図書館へと投げ入れた。

「大丈夫、大丈夫……ぁ……、ぇ、僕は……僕は、何をしたの?」

 追ってきた魔導医師を振り返り、手の中から失った重さに唖然としながらヨハンは尋ねた。 魔導士は顔を覆いかすれた声でこう答える。

「……あの子は、精霊に招かれた……」

 魔導医師の目には見えていた、ヨハンを唆し囁き続ける精霊の姿が……。

「どうしよう、どうすればいいんだ!!」

 発狂しそうになるヨハンに魔導医師は言う。 背後から怒り狂うリヨンの声を聴きながら。

「殺す、殺す、殺してやる!!」

「公爵様には時間が必要だったのです。 貴方は精霊の導きに従い公爵様に時間を作られた。 ただ、それだけの事です。 お気になさる事はありません」

 気にする必要はない訳等ないじゃないか!!
 王家は、彼女を望んでいたのだ!!

 魔導医師は心の中で叫びながらも、今はそういうしかないと絶叫するヨハンと、剣を振りかざし走り寄ってくるリオンに眠りの魔術を使った。
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