上 下
67 / 73
07

64.0.3%の悪夢

しおりを挟む
 会話がちょうど良く途切れた時。

 背後から急に抱きしめられ、転びそうになった。

「うわぁ……」

 驚いたと言う顔で背後から自分を支える人を見れば、晃のお迎えだった。

「仕事は?」

「危ないのに放っておく訳ないだろう? ほら、用が済んだら帰れ帰れ」

 そう言って私を腕の中に閉じ込めたまま、荷物を寄越せと江崎青年に手を伸ばした。 夜の闇と影……それは妖との親和性が高く、勘の良い者に恐怖を与える。

「ぁ、ああああっ」

 荷物を投げ出して逃げていくから、影からにょろりと出て来た手が荷物を受け止め拾っていた。

「帰るぞ」

「う、うん……怒ってる?」

「怒ってはいないが、苛立っている。 危ない目にあったらどうするんだ」

 心配してくれる人を相手に、死なないから平気とは言わない。

「ごめんなさい」

「まぁ、いい。 あいつも懲りただろう」





 帰って食事を作って、作業中の2人にオニギリとカップみそ汁を差し入れ。

「ありがとう」
「サンキュ」

 和製妖が、英語なのはどうなのだろう? と、意味の無い事に私は悩む。

「2人とも仕事好きだよね」

「そうかも知れませんね」
「情報は面白い」
「あぁ、ソレ、分かります」

 会話していても短いし、結局2人で完結しているし、ツマラナイ。 ツマラナイから彼等が纏めていく書類を見ていた。

 過去の情報。
 現在の情報。

 そこにある歪んだ愛情。

 愛、愛、愛……

「愛って何?」

「……ぇ、分かりません」
「執着」

 親良と晃の返事。

「この犯人の人の愛は?」

「俺は先生ではありませんから」
「食らう事で、愛を永遠にする」

 作業しながら返される返事は短い。

「晃は、私を食べたい?」

 少しだけ長い間が開き、晃は振り返り笑って見せた。

「あぁ」

 ドキッと鼓動が跳ねたけど……恐怖は無かった。 殺された彼女達もそうだったのでしょうか?



 被害者であろう人間の、公的データを見ているだけで、その人達の人間性は分からない。神隠し事件として調べていたゼミ側の資料の方が、被害者を理解できる。

 並べられた写真を眺める。
 1人、1人。

 寂しい……。

 そう……彼女達は寂しかったのだ。
 理解してもらえなかったから。

 そんな事が脳裏に過った。
 過ると同時に、江崎青年を思い出す。

 江崎青年は、彼に甘い友達に囲まれていたけれど……孤独を感じていた。 寂しかった。 彼女達の寂しさは、江崎青年と同じように気のせいだった可能性もある。

 彼が孤独から脱したのは、愛されていると知ったから。 友人から、母親から、愛情の表し方は色々あるし、受け手側も何を与えられれば愛情と認識するかも色々。

 考えの深みに落ちそうになる私に、親良が声をかけた。

「雫ちゃん、風呂に入ってしまってはどう? ここの風呂は広いよ」

「は~い」

 大きなお風呂に湯を張って……私は何時の間にか眠りについていて……ふわふわとした感じの中……私は運ばれているのだと分かった。



 暗闇の中。

 私は日頃感じた事の無い不安を感じていた。
 闇の中、私は幾度となく背後を振り返る。
 塀に囲まれた1本道を必死に自転車を漕いでいた。

 背後から近寄ってくる車は、ヘッドライトもつけないで、速度を速めるでもなく、脇道に入る訳でもなく、ユックリと後ろをつけてきていた。 誤解と言うには余りにも怪しすぎた。

 そして、ようやく車は右折する。

 安堵した数分後……、自転車は何かに引っかかり大きく跳ね、酷い音と共に身体が投げ出された。 後ろを振り返れば。ロープのようなものが見えた。

「だ(れだ!! こんな悪戯を)」

 叫ぼうとしたが、その前に声をかけられた。

「どうかしたんですか?」

 声をかけられ振り返ろうとした瞬間、身体中に電気が走り……。

 暗転。



 呼吸が上手くできなかった。

 混乱している……のは、私?


 甘い香りが鼻孔を擽る。
 その夢の中は、水に漂うのと似ていた。


 寝ぼけている私は、優しい手に子猫のようにすり寄れば、身体は容易く抱き上げられた。 首筋が撫でられ……身体を捩った。 優しい手が心地よく、甘い香りが夢見心地を誘う。

「んっ……」

 目覚めと共に、ユックリと上半身を起こした。
 そこは、廃屋のようにも見えるけれど、注ぎ込む月明りがとても美しくて神秘的だった。

 ガラスに映る私は、赤く美しいドレスを着ている。

 ぁ……。

 鏡に映る私は、私ではなく……どこかで見た顔。
 何処で見たのでしょうか?

「目を覚ましたのかい?」

 声をかけて来た男の声に、聞き覚えがあるような気がした。
 見下ろしてくる男の顔は、光を背にしているせいか見えない。

「ここは? 私達は今日、旅行に行くはずでしたよね?」

 この女性は、美しいドレスを着ている事を喜んではいなかった。 目の前の男に対して向ける感情は侮蔑、見下し、嫌悪と言うもの。 殺されるのだから当然ですよね……そう考えたのだけど、そこに不安や恐怖はない。 良くも悪くも、信頼していた。

 この人は、私を幸せにしてくれる人。
 この人は、私を愛してくれる人。

 それは絶対的な信頼だった。

「その前に……誓いを立てて欲しくて」

 見せられるのは、婚姻届けだった。
 女の心に宿るのは歓喜で、私は戸惑った……だって、貴方、愛していないんでしょう?

「えぇ、いいわ!!」

 女は、その紙に手を伸ばそうとした。
 だが、男は女にその紙を渡す気などない。

「なによ」

「その前に、私の妻に相応しいかテストをさせて欲しい」

「テストって……私の事を愛していないの?」

「私はずっと愛を伝えて来た。 だけど、君はどうだい?」

 女は心の中で舌打ちを打っていた。

「いいわ……。 さぁ、来て……」

 男の顔は見えない。
 見えないのに、男の口元が赤く歪んでいるのが見えた……ような気がした。



 そのあとは、女の悲鳴だった。

 目を覚ました時から感覚が無かったのだろう。

 女の手足には、鎖のついた手枷、足枷がされていて……金属の冷えた感触を味わうはずだっただろうから。 それなのに、金属の感触に気づくことなかった。 両手が吊り上げられ身体が宙に浮いた。

「な、何よ……」

 自分の体重によって受けるはずの手首の痛みが無かった。 痛覚を遮断されるための、何かが加えられているのかもしれない。

 女のドレスは脱がされ、下着姿が露わになる。
 ドレスを置き戻ってきた男の手には鞭。

「ぁ、ああ、や、やめて……良い奥さんになるから!! 止めて!! すぐに開放して!!」

 焦っている……のは不利だけだった。
 ここまでされても、女は男を馬鹿にしていた。

 どうせ、すぐ開放してくれる。
 少し怯えたふりをしてやればいい。

「私はね、別にそんな事を求めている訳ではないんだ……私は、ただ……愛が欲しいだけなんだ」

「あ、愛している。 愛しているわ」

「それをテストしようと言っているんだ」

 鞭が肉を打つ音が響いた。

 鞭を打ち、赤い筋が走る。
 ヘラリと嬉しそうに男は眺め、白い肌に帯びる赤を撫でた。

 女は、痛みを感じていない事への疑問はないらしい。

「もう、いいでしょう!!」

「まだ、これからだよ……。 もし、私を愛しているなら……私を置いて死ぬ事はないだろうからね……」

 痛みは無い……。

 気づけば、ぴちゃりぴちゃりと音がした。
 太腿から、赤い血が流れだしていた。

「私の事を愛しているなら……。 永遠の愛を誓えるなら……。 私を一人にしたりしないよね?」



 雫!! 雫!!

 私は……自分を呼ぶ声で……目を覚ます。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

怖い話短編集

お粥定食
ホラー
怖い話をまとめたお話集です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2024/12/11:『めがさめる』の章を追加。2024/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/10:『しらないこ』の章を追加。2024/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/9:『むすめのぬいぐるみ』の章を追加。2024/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/8:『うどん』の章を追加。2024/12/15の朝8時頃より公開開始予定。 2024/12/7:『おちてくる』の章を追加。2024/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 2024/12/6:『よりそう』の章を追加。2024/12/13の朝4時頃より公開開始予定。 2024/12/5:『かぜ』の章を追加。2024/12/12の朝4時頃より公開開始予定。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

餅太郎の恐怖箱

坂本餅太郎
ホラー
坂本餅太郎が贈る、掌編ホラーの珠玉の詰め合わせ――。 不意に開かれた扉の向こうには、日常が反転する恐怖の世界が待っています。 見知らぬ町に迷い込んだ男が遭遇する不可解な住人たち。 古びた鏡に映る自分ではない“何か”。 誰もいないはずの家から聞こえる足音の正体……。 「餅太郎の恐怖箱」には、短いながらも心に深く爪痕を残す物語が詰め込まれています。 あなたの隣にも潜むかもしれない“日常の中の異界”を、ぜひその目で確かめてください。 一度開いたら、二度と元には戻れない――これは、あなたに向けた恐怖の招待状です。 --- 読み切りホラー掌編集です。 毎晩21:00更新!(予定)

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

人を選ぶ病

崎田毅駿
ホラー
治療法不明の死の病に罹った男の、命を賭した“恩返し”が始まろうとしている。食い止めねばならない。

【怖い話】とある掲示板の書き込みpart1【集めてみない?】

市井安希
ホラー
2ちゃんねる風の怪談を投稿していきます。

処理中です...