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64.0.3%の悪夢
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会話がちょうど良く途切れた時。
背後から急に抱きしめられ、転びそうになった。
「うわぁ……」
驚いたと言う顔で背後から自分を支える人を見れば、晃のお迎えだった。
「仕事は?」
「危ないのに放っておく訳ないだろう? ほら、用が済んだら帰れ帰れ」
そう言って私を腕の中に閉じ込めたまま、荷物を寄越せと江崎青年に手を伸ばした。 夜の闇と影……それは妖との親和性が高く、勘の良い者に恐怖を与える。
「ぁ、ああああっ」
荷物を投げ出して逃げていくから、影からにょろりと出て来た手が荷物を受け止め拾っていた。
「帰るぞ」
「う、うん……怒ってる?」
「怒ってはいないが、苛立っている。 危ない目にあったらどうするんだ」
心配してくれる人を相手に、死なないから平気とは言わない。
「ごめんなさい」
「まぁ、いい。 あいつも懲りただろう」
帰って食事を作って、作業中の2人にオニギリとカップみそ汁を差し入れ。
「ありがとう」
「サンキュ」
和製妖が、英語なのはどうなのだろう? と、意味の無い事に私は悩む。
「2人とも仕事好きだよね」
「そうかも知れませんね」
「情報は面白い」
「あぁ、ソレ、分かります」
会話していても短いし、結局2人で完結しているし、ツマラナイ。 ツマラナイから彼等が纏めていく書類を見ていた。
過去の情報。
現在の情報。
そこにある歪んだ愛情。
愛、愛、愛……
「愛って何?」
「……ぇ、分かりません」
「執着」
親良と晃の返事。
「この犯人の人の愛は?」
「俺は先生ではありませんから」
「食らう事で、愛を永遠にする」
作業しながら返される返事は短い。
「晃は、私を食べたい?」
少しだけ長い間が開き、晃は振り返り笑って見せた。
「あぁ」
ドキッと鼓動が跳ねたけど……恐怖は無かった。 殺された彼女達もそうだったのでしょうか?
被害者であろう人間の、公的データを見ているだけで、その人達の人間性は分からない。神隠し事件として調べていたゼミ側の資料の方が、被害者を理解できる。
並べられた写真を眺める。
1人、1人。
寂しい……。
そう……彼女達は寂しかったのだ。
理解してもらえなかったから。
そんな事が脳裏に過った。
過ると同時に、江崎青年を思い出す。
江崎青年は、彼に甘い友達に囲まれていたけれど……孤独を感じていた。 寂しかった。 彼女達の寂しさは、江崎青年と同じように気のせいだった可能性もある。
彼が孤独から脱したのは、愛されていると知ったから。 友人から、母親から、愛情の表し方は色々あるし、受け手側も何を与えられれば愛情と認識するかも色々。
考えの深みに落ちそうになる私に、親良が声をかけた。
「雫ちゃん、風呂に入ってしまってはどう? ここの風呂は広いよ」
「は~い」
大きなお風呂に湯を張って……私は何時の間にか眠りについていて……ふわふわとした感じの中……私は運ばれているのだと分かった。
暗闇の中。
私は日頃感じた事の無い不安を感じていた。
闇の中、私は幾度となく背後を振り返る。
塀に囲まれた1本道を必死に自転車を漕いでいた。
背後から近寄ってくる車は、ヘッドライトもつけないで、速度を速めるでもなく、脇道に入る訳でもなく、ユックリと後ろをつけてきていた。 誤解と言うには余りにも怪しすぎた。
そして、ようやく車は右折する。
安堵した数分後……、自転車は何かに引っかかり大きく跳ね、酷い音と共に身体が投げ出された。 後ろを振り返れば。ロープのようなものが見えた。
「だ(れだ!! こんな悪戯を)」
叫ぼうとしたが、その前に声をかけられた。
「どうかしたんですか?」
声をかけられ振り返ろうとした瞬間、身体中に電気が走り……。
暗転。
呼吸が上手くできなかった。
混乱している……のは、私?
甘い香りが鼻孔を擽る。
その夢の中は、水に漂うのと似ていた。
寝ぼけている私は、優しい手に子猫のようにすり寄れば、身体は容易く抱き上げられた。 首筋が撫でられ……身体を捩った。 優しい手が心地よく、甘い香りが夢見心地を誘う。
「んっ……」
目覚めと共に、ユックリと上半身を起こした。
そこは、廃屋のようにも見えるけれど、注ぎ込む月明りがとても美しくて神秘的だった。
ガラスに映る私は、赤く美しいドレスを着ている。
ぁ……。
鏡に映る私は、私ではなく……どこかで見た顔。
何処で見たのでしょうか?
「目を覚ましたのかい?」
声をかけて来た男の声に、聞き覚えがあるような気がした。
見下ろしてくる男の顔は、光を背にしているせいか見えない。
「ここは? 私達は今日、旅行に行くはずでしたよね?」
この女性は、美しいドレスを着ている事を喜んではいなかった。 目の前の男に対して向ける感情は侮蔑、見下し、嫌悪と言うもの。 殺されるのだから当然ですよね……そう考えたのだけど、そこに不安や恐怖はない。 良くも悪くも、信頼していた。
この人は、私を幸せにしてくれる人。
この人は、私を愛してくれる人。
それは絶対的な信頼だった。
「その前に……誓いを立てて欲しくて」
見せられるのは、婚姻届けだった。
女の心に宿るのは歓喜で、私は戸惑った……だって、貴方、愛していないんでしょう?
「えぇ、いいわ!!」
女は、その紙に手を伸ばそうとした。
だが、男は女にその紙を渡す気などない。
「なによ」
「その前に、私の妻に相応しいかテストをさせて欲しい」
「テストって……私の事を愛していないの?」
「私はずっと愛を伝えて来た。 だけど、君はどうだい?」
女は心の中で舌打ちを打っていた。
「いいわ……。 さぁ、来て……」
男の顔は見えない。
見えないのに、男の口元が赤く歪んでいるのが見えた……ような気がした。
そのあとは、女の悲鳴だった。
目を覚ました時から感覚が無かったのだろう。
女の手足には、鎖のついた手枷、足枷がされていて……金属の冷えた感触を味わうはずだっただろうから。 それなのに、金属の感触に気づくことなかった。 両手が吊り上げられ身体が宙に浮いた。
「な、何よ……」
自分の体重によって受けるはずの手首の痛みが無かった。 痛覚を遮断されるための、何かが加えられているのかもしれない。
女のドレスは脱がされ、下着姿が露わになる。
ドレスを置き戻ってきた男の手には鞭。
「ぁ、ああ、や、やめて……良い奥さんになるから!! 止めて!! すぐに開放して!!」
焦っている……のは不利だけだった。
ここまでされても、女は男を馬鹿にしていた。
どうせ、すぐ開放してくれる。
少し怯えたふりをしてやればいい。
「私はね、別にそんな事を求めている訳ではないんだ……私は、ただ……愛が欲しいだけなんだ」
「あ、愛している。 愛しているわ」
「それをテストしようと言っているんだ」
鞭が肉を打つ音が響いた。
鞭を打ち、赤い筋が走る。
ヘラリと嬉しそうに男は眺め、白い肌に帯びる赤を撫でた。
女は、痛みを感じていない事への疑問はないらしい。
「もう、いいでしょう!!」
「まだ、これからだよ……。 もし、私を愛しているなら……私を置いて死ぬ事はないだろうからね……」
痛みは無い……。
気づけば、ぴちゃりぴちゃりと音がした。
太腿から、赤い血が流れだしていた。
「私の事を愛しているなら……。 永遠の愛を誓えるなら……。 私を一人にしたりしないよね?」
雫!! 雫!!
私は……自分を呼ぶ声で……目を覚ます。
背後から急に抱きしめられ、転びそうになった。
「うわぁ……」
驚いたと言う顔で背後から自分を支える人を見れば、晃のお迎えだった。
「仕事は?」
「危ないのに放っておく訳ないだろう? ほら、用が済んだら帰れ帰れ」
そう言って私を腕の中に閉じ込めたまま、荷物を寄越せと江崎青年に手を伸ばした。 夜の闇と影……それは妖との親和性が高く、勘の良い者に恐怖を与える。
「ぁ、ああああっ」
荷物を投げ出して逃げていくから、影からにょろりと出て来た手が荷物を受け止め拾っていた。
「帰るぞ」
「う、うん……怒ってる?」
「怒ってはいないが、苛立っている。 危ない目にあったらどうするんだ」
心配してくれる人を相手に、死なないから平気とは言わない。
「ごめんなさい」
「まぁ、いい。 あいつも懲りただろう」
帰って食事を作って、作業中の2人にオニギリとカップみそ汁を差し入れ。
「ありがとう」
「サンキュ」
和製妖が、英語なのはどうなのだろう? と、意味の無い事に私は悩む。
「2人とも仕事好きだよね」
「そうかも知れませんね」
「情報は面白い」
「あぁ、ソレ、分かります」
会話していても短いし、結局2人で完結しているし、ツマラナイ。 ツマラナイから彼等が纏めていく書類を見ていた。
過去の情報。
現在の情報。
そこにある歪んだ愛情。
愛、愛、愛……
「愛って何?」
「……ぇ、分かりません」
「執着」
親良と晃の返事。
「この犯人の人の愛は?」
「俺は先生ではありませんから」
「食らう事で、愛を永遠にする」
作業しながら返される返事は短い。
「晃は、私を食べたい?」
少しだけ長い間が開き、晃は振り返り笑って見せた。
「あぁ」
ドキッと鼓動が跳ねたけど……恐怖は無かった。 殺された彼女達もそうだったのでしょうか?
被害者であろう人間の、公的データを見ているだけで、その人達の人間性は分からない。神隠し事件として調べていたゼミ側の資料の方が、被害者を理解できる。
並べられた写真を眺める。
1人、1人。
寂しい……。
そう……彼女達は寂しかったのだ。
理解してもらえなかったから。
そんな事が脳裏に過った。
過ると同時に、江崎青年を思い出す。
江崎青年は、彼に甘い友達に囲まれていたけれど……孤独を感じていた。 寂しかった。 彼女達の寂しさは、江崎青年と同じように気のせいだった可能性もある。
彼が孤独から脱したのは、愛されていると知ったから。 友人から、母親から、愛情の表し方は色々あるし、受け手側も何を与えられれば愛情と認識するかも色々。
考えの深みに落ちそうになる私に、親良が声をかけた。
「雫ちゃん、風呂に入ってしまってはどう? ここの風呂は広いよ」
「は~い」
大きなお風呂に湯を張って……私は何時の間にか眠りについていて……ふわふわとした感じの中……私は運ばれているのだと分かった。
暗闇の中。
私は日頃感じた事の無い不安を感じていた。
闇の中、私は幾度となく背後を振り返る。
塀に囲まれた1本道を必死に自転車を漕いでいた。
背後から近寄ってくる車は、ヘッドライトもつけないで、速度を速めるでもなく、脇道に入る訳でもなく、ユックリと後ろをつけてきていた。 誤解と言うには余りにも怪しすぎた。
そして、ようやく車は右折する。
安堵した数分後……、自転車は何かに引っかかり大きく跳ね、酷い音と共に身体が投げ出された。 後ろを振り返れば。ロープのようなものが見えた。
「だ(れだ!! こんな悪戯を)」
叫ぼうとしたが、その前に声をかけられた。
「どうかしたんですか?」
声をかけられ振り返ろうとした瞬間、身体中に電気が走り……。
暗転。
呼吸が上手くできなかった。
混乱している……のは、私?
甘い香りが鼻孔を擽る。
その夢の中は、水に漂うのと似ていた。
寝ぼけている私は、優しい手に子猫のようにすり寄れば、身体は容易く抱き上げられた。 首筋が撫でられ……身体を捩った。 優しい手が心地よく、甘い香りが夢見心地を誘う。
「んっ……」
目覚めと共に、ユックリと上半身を起こした。
そこは、廃屋のようにも見えるけれど、注ぎ込む月明りがとても美しくて神秘的だった。
ガラスに映る私は、赤く美しいドレスを着ている。
ぁ……。
鏡に映る私は、私ではなく……どこかで見た顔。
何処で見たのでしょうか?
「目を覚ましたのかい?」
声をかけて来た男の声に、聞き覚えがあるような気がした。
見下ろしてくる男の顔は、光を背にしているせいか見えない。
「ここは? 私達は今日、旅行に行くはずでしたよね?」
この女性は、美しいドレスを着ている事を喜んではいなかった。 目の前の男に対して向ける感情は侮蔑、見下し、嫌悪と言うもの。 殺されるのだから当然ですよね……そう考えたのだけど、そこに不安や恐怖はない。 良くも悪くも、信頼していた。
この人は、私を幸せにしてくれる人。
この人は、私を愛してくれる人。
それは絶対的な信頼だった。
「その前に……誓いを立てて欲しくて」
見せられるのは、婚姻届けだった。
女の心に宿るのは歓喜で、私は戸惑った……だって、貴方、愛していないんでしょう?
「えぇ、いいわ!!」
女は、その紙に手を伸ばそうとした。
だが、男は女にその紙を渡す気などない。
「なによ」
「その前に、私の妻に相応しいかテストをさせて欲しい」
「テストって……私の事を愛していないの?」
「私はずっと愛を伝えて来た。 だけど、君はどうだい?」
女は心の中で舌打ちを打っていた。
「いいわ……。 さぁ、来て……」
男の顔は見えない。
見えないのに、男の口元が赤く歪んでいるのが見えた……ような気がした。
そのあとは、女の悲鳴だった。
目を覚ました時から感覚が無かったのだろう。
女の手足には、鎖のついた手枷、足枷がされていて……金属の冷えた感触を味わうはずだっただろうから。 それなのに、金属の感触に気づくことなかった。 両手が吊り上げられ身体が宙に浮いた。
「な、何よ……」
自分の体重によって受けるはずの手首の痛みが無かった。 痛覚を遮断されるための、何かが加えられているのかもしれない。
女のドレスは脱がされ、下着姿が露わになる。
ドレスを置き戻ってきた男の手には鞭。
「ぁ、ああ、や、やめて……良い奥さんになるから!! 止めて!! すぐに開放して!!」
焦っている……のは不利だけだった。
ここまでされても、女は男を馬鹿にしていた。
どうせ、すぐ開放してくれる。
少し怯えたふりをしてやればいい。
「私はね、別にそんな事を求めている訳ではないんだ……私は、ただ……愛が欲しいだけなんだ」
「あ、愛している。 愛しているわ」
「それをテストしようと言っているんだ」
鞭が肉を打つ音が響いた。
鞭を打ち、赤い筋が走る。
ヘラリと嬉しそうに男は眺め、白い肌に帯びる赤を撫でた。
女は、痛みを感じていない事への疑問はないらしい。
「もう、いいでしょう!!」
「まだ、これからだよ……。 もし、私を愛しているなら……私を置いて死ぬ事はないだろうからね……」
痛みは無い……。
気づけば、ぴちゃりぴちゃりと音がした。
太腿から、赤い血が流れだしていた。
「私の事を愛しているなら……。 永遠の愛を誓えるなら……。 私を一人にしたりしないよね?」
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