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61.彼等はみていた

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 婚約者と言う言葉に、私は驚き晃をジッと見つめてしまう。

 ずっと仏頂面だった晃がニヤリと笑いかけ、指先が私の頬に触れた……。

「どうした? そんなに人に知られるのは嫌か?」

「い、いえ、そういう訳では……驚いただけです」

 反射的にそう答え……ハッとしてしまったけれど……いえ、だからと言って何と言うべきか、驚いたのは事実ですし、別に言い訳が必要な相手でもありませんし……まぁ、晃がソレでいいなら、いっか……なんて考えていた。

「雫ちゃん、顔……赤くなっていますよ」

 親良に言われれば、頬に触れていた晃の指がそのまま私の頬を軽くつまんだ。

「何よ……」

 笑う晃を睨みつければ、

「いや、カワイイなぁ~って」

「仕方ないでしょ。 だって、照れ屋なんだもの」

 頬を摘まんでいた手を払いのければ、その手は頭の上に乗せられワシワシと撫でられる。

「カワイイカワイイ」

 私は犬ですか……と言う感想を声に出さなかったのは、目の前で江崎青年が傷つきましたポーズをとっているから。

「雫君……。 君、婚約者がいたんだ。 だから、連絡をくれなかったのかい?」

「だって、連絡をするだけの用事がなかったんだもの」

「そういう男性がいるなら、一言教えてくれれば良かったのに。 アナタが不安そうだったから、色々と教えてあげようと思っていたのに!!」

 あの時点では、そういう男性が自分に居るとは知りませんでしたから……等と言う必要は感じない。 むしろ押しつけがましい様子にイラッとすらした。

「そういうものなの? うん……えっと、私には世話を焼いてくれる大人の人がいっぱいいるので」

 そう言って、藤原先生の服の裾を掴んだ。

 何故、晃ではないかって? それはお財布的な貫禄はやっぱり先生の方が上だからですよ。

「おや、珍しいですね。 雫の方から甘えてくるなんて」

 眼鏡の向こうの視線が甘く笑い、そして撫でられわしゃっとした私の髪を櫛で治してくる。 多分……親戚のオジサン的行動なのでしょうが……どうなんでしょう?

「大人には相談できない事もあるだろう? それとも……藤原先生は、雫さんのお財布でもあるんですか? 例えそうであっても、買い物を一緒するのではなくお金を渡すのが普通ですよね? 年の近い僕等と一緒の方が雫さんも楽しいでしょうし。 それに、今時のお洒落も彼女達が相談に乗ってくれます」

 ムキになる様子が……少し、鬱陶しく思えてしまう……。

「彼女達は、可愛いけれど……真似をしても私には似合わないような気がします……。 それと!! 先生は、私を喜ばせるのが好きなだけなんですから!!」

 カワイイオヤツ、ヌイグルミ、洋服、雑貨、……そういう甘い印象のプレゼントは、昔から皎一さんより藤原先生が多かった。

「へぇ、って事は、婚約者って言いながら他の男に貢がせているんだ。 甲斐性なし? なら、僕にも付け入りどころがありますよね?」

「オマエにあるようには見えないが?」

 冷ややかに江崎青年に視線を向ける晃……。 彼の独特な雰囲気に、息を止め、大きく息を吸い、キョロキョロとあたりを見回し、数歩下がる男女1人ずつ。

 時折勘の良い人っているものなのね。

「僕は、将来的には父の会社の後を継ぐ事になっていますから。 将来性と言う意味では信頼できると思いますよ」

 江崎青年のアピールにダメだしが始まった。

「いや……ダメだな」

 晃が視線を伏せ淡々と言う。
 そして親良もソレに続いた。

「ダメですね……」

「なんで、ですか!! アナタ達の関係が名ばかりなら、僕にもチャンスがあっていいはずじゃないですか!!」

「彼等は貴方を否定している訳ではありませんよ。 ただ……過去の積み重ねられた情報から言うなら、雫に興味を持つ人は、破滅思考に囚われている事が多い。 よろしければ、良い病院をご紹介しますよ」

「な、にを。 馬鹿な事を言っているんですか。 心理学の講師だからって、そうひとを侮辱するのは止めて下さい!!」

 声を荒げる江崎青年を止める同行女性。

「ちょっと、ハル。 人が見てる」

「ぁ、ゴメン……もう少し、話をしたいから先に行っていてもらえる? 僕、後で合流するからさぁ」

 ヘラリとした苦笑は泣き笑いのような不器用さ。 そんなものを見せられた同行者は、不安を覚えずにはいられないだろう。 判断に迷っていると言う視線が江崎青年に返されていた。

「どうしたの?! らしくないじゃん、わけわかんない事に真剣になってさ。 何を気にしてんのよ。 あんたはオカシクなんてない。 そこの人が講師だって言うなら、侮辱されたって訴えてやればいいじゃない。 講師なんて結局は金で雇われた人なんだからさぁ」

 晃と共に後ろに下がってしまった親良は、喧嘩を売られる藤原先生を楽しそうに見ていた。 不謹慎と言うか……あとで虐められるのに……。

「先生……」

「どうかしたかな?」

 心配する私を他所に先生は笑うだけ。

「いいから!! 後で、連絡するから、本当……先に行ってくれないかなぁ」

 感情が溢れ出て、止められず苦しんでいると言う様子を必死に隠しているかのように言われれば、ぶつぶつ言いながら同行者はカフェに入って行った。

 たった、一言でなぜ?彼はコレほど乱れたのだろう? 同行者に気づかれないように必死に隠したのは、乱れた呼吸、嫌な汗、開いた瞳孔と言うところでしょうか?

「えっと、大丈夫ですか? 落ち着いた方がイイですよ。 ほら、深呼吸をして」

 手を握って微笑んで見せれば、波留青年は嫌な汗をかきながらも笑って見せた。

「心配、してくれるんだ」

「そりゃぁ、まぁ、今にも倒れそうな顔をしていますから。 アナタは何時もつかれた顔をしていますよね? 大丈夫なんですか?」

「あっははは、嬉しいな。 僕の事は覚えていてくれたんだ」

 そう言って手を握り返され、江崎の呼吸が整ってきた。

「そっか、名前を憶えていなかっただけなんだ」

 そうだけど、ソレがどうしたのだろうか? と、私は首を傾げる。

「何があったのか理解できないのですが?」

「いいんです。 雫さんは、ソレでいい。 ソレがいい……改めて、僕との真剣なお付き合いを考えてくれませんか? 収入が不安定な顔だけの男よりも余程頼りになると思いますよ」

 と言われたと同時に身体がフワリと浮いた。
 こう小脇に抱えるように持ち上げられ、繋がれた手だけが江崎の元に残っていたのだ。

「へっ?」

「僕は、まだ彼女と話をしているんですが?」

「目の前で、自分の女が口説かれているのを黙って見ている奴がいるか」

「いるんじゃないんですか? 自分に自信があれば……」

 挑発的な江崎青年の発言に晃がイラっとしていた。

「晃、子供相手に真剣になるんじゃない」

 止めたのは藤原先生だった。

「貴方は、そうやって人を馬鹿にせずいはいられないんですか? 心理学講師なのに……いえ、心理学講師だからこそ、僕に喧嘩を売っているんですか? それほど、雫さんに近寄って欲しく無いと?」

「喧嘩等売っていませんよ。 アナタの不安定さを案じているだけです。 さっきも言いましたよね? 雫に引かれている者は破滅思考に囚われていると……。 身に覚えがあるのではありませんか? 医師であれば患者の秘密を守る必要性が出てきます。 どんな事でも相談に乗りますよ?」

 藤原先生は……その毒気を隠し、どこまでも慈悲深くそして……同性にかける声としては、どこまでも甘ったるい声で話しかけていた。
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