【R18】彼等は狂気に囚われている

迷い人

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 彼が初めて人を殺したのは、彼の祖母だった。

 まず祖父が倒れて死んだ。

 祖父が所有していた企業は祖父の横暴に全て任せたワンマン経営で、祖父の死は致命的だった。 決定を行えない人々……業務が滞り損失が見え始めた頃、当時中学生だった彼が……跡を継ぐ事になった。 幼少期からソレばかりを教え込まれたのだから、上手くやれるのも当然……と周囲は考えていたし、彼も上手く事業と渡り合った。


『オマエの母は、甘やかし過ぎ失敗した』

 祖父はそう言い、彼を厳しく育てた。

 部屋は地下監禁室。
 鉄の扉には鍵。
 食事は勉強の成果と交換。

 それでも、祖父母は見栄や外聞を気にするため、着る物、持ち物には贅沢を許され、むしろ真贋を養えと良い物と触れ合う機会が与えられた。 母親への失態(?)から、彼を逃がさないため登下校は送迎が行われ、それらの贅沢は彼をいっそう惨めにし孤独にし、イジメの原因となっていく。

 厳しい祖父が死。
 喜ぶ祖母。

 祖父は従業員にとっては良い経営者だったから葬式では、惜しみながら送られる。 そんな中……祖母は現金を持ち逃げ出す準備を行っていた。

 銀行から、会社の預金を現金化しようとしてるが、大丈夫なのかと連絡が来た。

 ソレは、決して見逃せない額だった。

『奥様は、数日前から浮かれた様子で新しい生活を始めるとおっしゃっていました』
『美しい着物に身を包み、何度も綺麗かと問われておりました』
『私はようやく自由を得て、幸せになるのよ。 そうおっしゃっていました』

 そんな言葉を語り、聞かされた従業員たちは声を揃えて言った。

『きっと、男と逃げるつもりなのです』



 だから殺した。



 それから1月も経たないうちに逃げた両親が現れた。

「母さんは!! 母さんは何処なの!! 連絡が取れないんだけど!!」

「金を持って男と逃げましたよ……従業員の間では有名な話です。 従業員家族の名前を使い長い年月横領を繰り返していたんです」

「そ、それは……!! 母さんは……悪くない!! きっと何か理由があるのよ!! 母さんを探しだすべきだわ」

 えぇ、そうでしょうとも……。 贅沢が抜けなかった貴方達の生活を支えるために、金を送っていたのですから。 だが、絶対に白状する事はないでしょうね……。

「祖母は、祖父だけでなく、会社に尽くしてくれる従業員までも裏切って逃げたのです。 探し出し……罪を問えと? 見逃すのが世話になった僕からの手向けですよ」

 静かに悲し気に語り視線を伏せて見せた。

「父の目から隠れて、男に貢いでいたなんてありえない。 出来る訳ないじゃない」

「現にやっていたのですから」

「父が認めていたのよ」

「祖父は祖母を信頼していた。 共犯者として。 そして、祖母は祖父を長年裏切っていた。 でなければ、祖父の喪も明けぬうちに金をもって逃げ出すなんてありえない。 今、祖母のせいで会社は大変な事になっているんですよ……。 見つかれば酷い目にあうのは祖母です」

「嘘よ!!」

「何がですか?」

「母が裏切っていたなんて……あり得ない!!」

 アナタが言うな……という言葉を隠した。

「従業員の誰もが祖母の裏切りを証言するでしょう」

 会社の口座から資金が消えており、その金を工面する事に幹部達は随分と苦労した。 何しろ中学生社長では、銀行は相手をしてくれないのだから。

「母さんは、そんな人じゃない!! ずっと私達の生活を……」

 逃げた子供のために行っていた横領を、会社の人間の誰が許すだろうか?

「やめないか!! 悪いな……母親と十数年ぶりに会えると期待していた分……ショックが大きいらしい。 悪いが……その……金を少し工面してくれないだろうか?」

「貴方達夫婦は……他に言う事は無いのですか……」

「他に?! 何があると言うのよ。 私達は被害者なのよ!! だからこそ、父さんが死んだ今、父さんの遺産を受けとるのは当たり前でしょう!!」

「ありませんよ。 祖父の財産の多くは会社名義ですし、遺言では全て会社を受け継ぐ者へとなっていました」

「ふざけないでよ!! 遺留分があるはずじゃない!!」

「貴方とは絶縁状態にあります。 そして祖母は、相続の話し合いを前に男と逃げました」

「あり得ない!! 母さんはずっと私達の所に来たがっていたんですから」

「そう言っていただけでしょう。 口先だけの嘘は……貴方も得意ではありませんか……」

「意味が分からない」

『ごめんね、いつか迎えに来るから』

 愛されたい……僕はただ……愛されたいだけだったんだ。 僕も連れて行ってほしかった……。

「アナタ達は自分が自由を得るために僕を祖父母の元に捨てた。 なのに、貴方達は!!」

 強い切望だった。

「貴方は父に気に入られ、父に似ていたから、上手くやれると思ったのよ」

 言い訳だ……。

 逃げないように監視がつけられ、部屋には鉄格子、扉は鉄製で外から鍵がかけられていた。 従業員の大半は同情的な視線を送り、こっそりとオモチャ・ゲーム・菓子等を与えてくれたが、見つかれば従業員が罰を受ける事から……断る事にした。

 従業員は僕を哀れみ、僕は従業員を思いやる。

 祖父母が居なくなってからは、前時代的な企業システムを撤廃し、従業員の負担を減らすために、機械化を積極的に導入する事で、従業員とは良い関係が築けている。

「私達は恨まれても当然だ。 だが……このままでは、オマエの妹弟が夢をあきらめなければいけなくなるんだ!! 可哀そうだと思わないのか!!」

「全く……」

 可哀そうなのは僕だ。

「オマエは!! 自分の妹弟に留学を……いや、学校すら諦めろと言うのか!! 可哀そうだと思わないのか!!」

 済まなかった……。
 愛している……。

 そんな偽りの言葉で騙そうともせずに……僕を責めだした。

「貴方方が、そんな風に金の無心をしに来ている事を、その可哀そうな妹弟は知っているのですか……。 アナタ方が逃げた仕事、家、息子に金を無心していると知っているのですか?! アナタの育てた子供達は、そこまでして私立学校へ通い、留学をしたいのですか……そんな子なのですか?」

「私達は……あの子達の幸せを望んでいる……。 子の幸せを望むのは当たり前だろう!! あの子達に、金の心配等させられるか!!」

 彼等は、贅沢を諦めきれず。
 稼ぎ以上の贅沢を続けていた。
 祖母から金を受け取りながら。


 祖母は母からこう言われ続けた事を得意げに僕に語っていた。

『父さんが居なくなれば、母さんと一緒に住めるのに……子供達もソレを望んでいるわ。 あの子は優しい子なのよ。 恨まないで上げてね』

 笑える……。

 そんな甘い言葉に騙され祖母は両親に金を送っていた。
 祖母が居なくなった今、随分と金に困っているらしい。

「貴方達の発言1つとっても……従業員に知られれば……事業に参加したばかりの僕は追放されるでしょう。 何しろ僕はまだ中学生なんですから……。 こうやって面倒を見てもらっているだけでも感謝しなければいけない立場なんです」

「アンタは唯一の後継者でしょ!! なんとかならないの!!」

「……祖母が、雇っていた偽りの従業員に対して、退職金を払う形であれば……工面できるかもしれません」

「本当!!」

「細工に時間がかかりますし、痕跡は残したくはありません。 直接受け取りに来てもらえますか?」



 僕は……ただ、愛されたかったんだ。

 そして、僕は……両親の血肉を始めてこの身に受けた。

 最初で最後の僕だけに向けられた愛のカタチだ。
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