【R18】彼等は狂気に囚われている

迷い人

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51.平和な非日常

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 数日後。

 上田達也は大学に戻って来ることは無かった。

 だからと言って消えたとか、死んだとか言う訳ではなく、今は小金持ちの家の養子となり楠木達也と言う名前を名乗っているらしい。 オドオドとした自信の無い雰囲気は堂々としたものとなり、こざっぱりとしお洒落な服に身を包む姿は上田達也の友達だった人間でも彼だと気づかないほどだと言う話だ。

 そんな報告を耳にした私達はこんな事を考えながら深い溜息をついた。



 犯罪予備者が1人野に放たれた。





 事件は、もう1つあった……。

 だけど、私達は呑気に日常を楽しんでいる。

 若い女性失踪事件。
 もっとも近い失踪は11歳の少女。

 それには既に警察は動いていて、私達が何かをする必要ない。 本来居るべきでない人間がソコに居れば犯人と間違えられ掛けない。 どうせもう生きてはいないだろうからと、厄介ごとを避ける事になった。

 今の私は新しい日常に戻り、パパ教授の手伝いで時折大学に行き、普段は家の用事をしている。 そして親良はリモート状態で仕事し、晃は自分の使い方の練習と、仕事に追われた親良の手伝いをしている。 私の部屋で……。

「平和で変わらない日々」

 平和とは……。

 憂鬱そうな白蛇が、尻尾で草むしりを手伝っていた。

 春に植えた夏野菜がソロソロ収穫時を迎えている。 平和とはそう溜息交じりに呟いたのは葛城の家にいた蛇型の女妖。 力関係では妖として不完全……藤原先生に人と認定された晃の方が強いのだから不思議な話。 おかげで私は助手付きで、慣れない庭仕事に励む事ができるんですけどね。

「雫さん!!」

 敷地の外から声がかけられたと同時に、二階の私の部屋の窓が開いてカラスが飛んでくる。 あの日、藤原先生に身体を触れられた日から、妖カラスは私にそういうことをしていない……。

 別に欲求不満って言う事は無いけれど……。

 私達の関係は……分からないままに日々が過ぎている。
 なのに、彼は飛んでくるのだ。

「お目付け役が来たようですね」

 茶色髪の印象の薄い青年は苦笑いと共に大きなダンボール箱を私に手渡してきた。 年は親良と変わらないくらいだろうか? 名前は峰岸裕也と言い二軒隣……とは言っても道路沿いに300m向こうですけど、そんな所に引っ越してきた青年。

 職業はエンジニアだと言っていたけれど、何のエンジニアまでは聞いていない。

 こんな所に一人で引っ越してくる人には、何か理由がありそうだし……聞いてはいけないような気がするから……。 と、言うか興味がない……いえ、好奇心に満ちた目で見られるのが嫌だったから。

 だから妖カラスが飛んでくる事に、困ったものねと言いながらも止める事はしない……。

 怖い……。
 苦手……。

「髪が頬についているよ」

 農作業のためにポニーテールにした髪は、サイドが僅かにほどけて頬に張り付いていた。 彼はその髪を耳にかけようとしてくる。

 そして妖カラスが蹴りを入れるのだ。

「うわっ!!」

 前のめりになりながら、彼はダンボールの中身を守る。



「ちょ、止めてくださいよ!! 荷物の中には卵や牛乳もあるんだから!!」

 峰岸の言葉にカラスはフワリと風に乗るように浮いて私の肩に乗ってくる。 カラスの羽ばたきが風を起こし森林のような香りがする。

 彼の仕事は知らない……。 彼は広い土地を購入し、温度、湿度を管理できるハウスで野菜を作り、そして……独自のルートで肉、卵、乳製品を仕入れている。

 いわゆるお金持ち。

 私の保護者は皆お金に不自由しない人達ですが、彼はそんな人達とは種類が違って彼は食にこだわっている。 まるで脅迫症のように食材にこだわっている。

「良い肉が手に入ったから、おすそ分けですよ」

 そう言って渡すのは肉だけではなく、野菜、卵、そしてお高い調味料。 トマトもキュウリもオクラ、ナス、ズッキーニ。 少し早めの夏野菜はスーパーで購入するよりも美味しいい。

「こんなに頂いても、お礼が出来ませんわ……」

「では、女性客ばかりで入りにくい店がありまして、お付き合い頂けませんか?」

 恥じらうかのような声をかき消すように、カラスが高らかと鳴いた。

「そんな事でよろしければ」

 妖カラスが不満を訴えて、峰岸裕也を突っつく。

「ちょ、や、止めて下さい。 ま、待って!! 別に下心等ありませんよ~。 美味しいものは皆で食べた方が美味しいじゃありませんか。 それだけの事ですから~」

 そんな大騒ぎを止めようと、親良が現れた。

「何をしているんですか」

 大きなカラスと言う愛らしい姿は、隣人(というには遠いが)への攻撃を攻撃ではなく、じゃれあいに見せるから不思議よね。 親良は笑いながら、妖カラスを捕獲し峰岸裕也を助け出した。

「コーヒーでもどうです。 と言ってもそのコーヒー豆も貴方から頂いたものですけどね。 雫ちゃんが、昨日いただいたクリームチーズと卵と生クリームでチーズケーキを作ったんです」

「それは、良いですね」

 カラスに突かれ、地面にうずくまり頭を抱えながらぎこちなく峰岸裕也は笑っていた。



 お茶の時間は無難に過ぎ、素材持ち込みのお客様は夕食も共に過ごした。

「これも美味しいですが、気になる店にも是非付き合って下さい」

「えぇ、それで日頃のお礼になるのなら」

 私は、罪悪感を持つ事無くそう語る。



 だって……晃との関係は確率されず、ただ彼は毎日側にいるだけだから……。



「あの男は、怪しい。 血の匂いがする」

 峰岸裕也を見送った後、私は台所で洗物をしながら妖カラスの声を耳にしていた。 イラっとしたの……だから、洗剤を水で洗い流し、妖カラスの口の中に峰岸が5日前に持ってきたサラミを突っ込み、私は一言を求めるため手をマイクのように掲げた。

「どうかしら?」

「血の味がする」

「ですよねぇ~。 過敏に反応し過ぎなのですよ。 聞いていたでしょ? 彼は食べる肉にもこだわるからでしょう……」

 嫉妬に満ちた妖カラスの声に、私は抑えた声でそういうものよと言う思いを込めて言うけれど……本音を言えば、嫉妬したいなら立場をはっきりしなさいよ。 そんな事を考えていた。

「だが、あの藤原が何もしかけてこないとは……」

 私は動きを止めた。

 トントン。

 開かれたままの扉にノックは必要ない。 それでも親良は壁を叩いてノックをした。

「その藤原先生がお呼びですよ」
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