【R18】彼等は狂気に囚われている

迷い人

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38.望まぬ再会 02

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 砂糖菓子のように甘く、私の荒ぶる精神を溶かし沈殿させてきた声。

「先生?」

 見上げれば、私を軽く抱き上げシッカリと地面に立たせる。

「どうして、先生がここに?」

 藤原法一……先生……。 繰り返される不死の解明実験、大人への恐怖、痛みから陥る恐慌、壊れそうになる私の正気の手綱だった人。

「やぁ、雫。 元気そうだね。 コチラ心理学における先駆け的存在だった長月教授です。彼は私の恩師ともいえる方で、ずっと以前からこの大学で教鞭をとって欲しいと頼まれていたんですよ」

 理由としては……どうなのでしょう?

「先生は、あの都市を離れる事は無いと思っていました」

「えぇ、雫がいましたからね」

 甘い甘い声で囁きかけ、今も取られたままの手がグッと握られた。 神経に広がる痛みを感じ、私は恐怖に藤原を見上げ、肩に降り立っていた妖カラスは肩から腕へと降りて来たかと思えば、思い切り藤原の手に向かって嘴を刺した。

 多分、避けると思っていたんだと思う……いえ、避ける事が出来るほどの速度だったから。

 藤原の手から赤い血が流れ落ちる。

「悪い子だ」

「獣の餌を奪うからですよ」

 親良が私の背後に立ち両肩を掴んできて、妖カラスは親良の肩へと移動した。

 妖カラスも親良も、藤原を敵として認識している事に私は混乱しながらも、心の何処かで納得している。

 脳裏に話しかけられる晃の声。

「私、勉強のお邪魔をしていたのですね……ごめんなさい……。 しつれい(します)」

 ショックを受けたかのように、その場を去ろうとすれば親良が掴んでいた肩を離し、肩を組むように抱き寄せる。

『あとで、覚悟しておけよ』

『よくわかりませんが、煙草1カートンで良いですか?』

『あのな……雫の彼氏面しやがって!! 煙草ごときで収まるかよ』

『今、触らずにどうしろと言うんですか!! アナタが人の姿を取る訳も行かないでしょうに』

 なんて会話が脳裏で繰り広げられる。

 そんな茶番ともいえる会話は他所に……通り過ぎようとする私の手を、藤原教授は掴んだ。

 血に濡れた手。
 指を伝う赤い雫……。

「藤原君、カラスは細菌を持っていると言うじゃないか!! 直ぐに病院にいかなければ」

 ペロリと藤原は流れる血を舐める。

「藤原君!!」

「平気ですよ……彼は、何よりも尊い存在なのですから。 ただ……彼の精神が未熟なため台無しにしておりますがね。 長月教授……ご挨拶は後程あらためて、彼女は、私が十数年面倒を見て来た最重要ともいえる患者なのです。 君達、コーヒーをご馳走しましょう。 時間は、おありでしょう?」

 甘く、冷たく、譲らない声は、ネットリまとわりつくように……そして何処か淫猥な色香を纏っていて老人ともいえるだろう外見をしている長月教授の頬を赤らめさせた。 頭を下げて長月教授にとっとと去れとでもいうかのような視線を藤原が向ければ、まるで暗示にでもかかったように教授は去って行った。

「雫の側に居る事も、私のためでしたから。 アナタが気に病む事はありませんよ。 雫……良い子です。 私の言いたい事が分かりますよね?」

 赤く流れる血のついた手が差し出され、私はその手をとって……口づけ、チロリとその傷に唾液を絡めるように小さく舐めた。

 ほぉと恍惚としたかのような溜息。
 イラっとした背後からの気配。

「雫に触れるな」

「私が触れたんじゃない。 君が私を傷つけ、雫君が癒してくれた」

 嫌味っぽく笑い、そのままを声に乗せ妖カラスを挑発する。

「俺が触るなと言っている」

「では、君には?」

 カラカウような甘く落ち着いた声。

 砂糖菓子のように沈殿し狂気を彩り、私を正気にとどまらせた人。

「ダメ、晃に触れないで下さい」

 肩に止まる晃を抱きしめて、多分……初めて、先生を睨みつけた。

「随分と仲良くなったようだね。 嫉妬するよ」

 クスッと笑って見せるけれど、その目は……冗談に見えないから困る。

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