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35.モヤモヤ のち ふわふわ

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 窓際で黄昏る妖カラスに向かって、私は枕を投げつける。
 うにょりと影から出て来た手が枕を受け止め、丁寧に……それも申し訳なさそうな動きで返しに来た。

 これでは、怒りにくいじゃないですか……と、思っていれば、

「何を、怒ってる?」

 妖カラスが聞いてくる。

 聞かれて自分がなぜ怒っているのか? を、真剣に考える……考えながら身支度し、朝食の準備と弁当の準備をしに台所に向かう。 そしてずっと考えながら調理をする。

 昨日発酵させ、冷蔵庫にしまっておいたパン生地で、ピザパン、チーズパン、ツナマヨ、卵、ウインナー、アスパラ、色々な惣菜パンを小さめにいくつもつくった。 ソレはお弁当代わりにして朝食は残りご飯で浮くっておいたオニギリをゆず味噌で焼いたものと、適当な残り食材で作った味噌汁、漬物色々、そして魚を焼く。

 準備は1時間もかからない。
 パンを焼く時間は短縮できないけど……。

「器用だな」

「生きる術として躾けられましたから。 胃袋を掴めば養ってくれる人は出来るはず!! と、食堂のお姉さん達が色々と教えてくれました」

「乱暴だな……」

「それでですね。 ずっと考えていたのですが、あの……晃は、その、色々、突然過ぎます……そう思うんです。 親良が言うには、私と晃が知り合いだったのは確からしいですけど……それでも、今の私は、色々手順と言うか、せめて私に何か言うべき事はないのかな? って……」

 いつの間にか私は自信を失い俯いてしまっていた。

「あ~~」

 カラスがフワリと飛んできて、俯く私の前で人の姿になった。 ちゃんと服もついてくるってどういう仕組みなのか気にしては負けだろう……。

「好きだ」

 頭が撫でられ……コレも違うと思い抱き着いたら、そのまま抱きしめられ……冷蔵庫を背に壁ドン的な……感じで抑え込まれそうになって、

「ぁ、パンの続きを焼かないといけません!!」

 私は叫んで逃げる訳。

 背後から苦笑の吐息が零れているけど苦情はなく、チラリと振り返れば、カラスに戻っていた。



 なんでしょう? 胸の奥がモヤッとする。





 朝食を終えて、2台の車に分かれて大学に行くのですが、今日はパパ教授と私、晃と親良と克己に分かれて……もやもやが深くなる。

「パパ……」

 私が問いかければ

「どうかしましたか?」

 甘く優しい穏やかな葛城正巳教授の声。

「晃が何を考えているか分からないの……」

「妖は人間とは違いますからねぇ……。 それでも、妖は人の感情や願いで生まれ成長するもの。 ようするに妖にとってのご飯です。 彼に対する好意が雫ちゃんにあるなら仲良くしたいと願うなら、彼が雫ちゃんを裏切る事はありませんよ」

「感情や願いですか?」

「えぇ」

 私は移動する車から流れる景色をボンヤリと見続けていた。

 感情……。

 幼馴染は私の事を『死』だと言っていた……。

 喜怒哀楽、感情を動かす事を咎めた。

『アナタは死なの。 死ぬ事が無い肉体を持ち、深く関わる者を死に追い込み、殺す。 死神なんて生ぬるい……貴方は死そのものよ。 人のように生きて言い訳ないでしょう。 ……でも、だからこそ私は貴方を愛しているの。 無味無臭でただ死だけを見続ける貴方が好きよ』

 私だって同級生と同じように、良く分からない会話をして無邪気にはしゃぎたかったし、お出かけもしたかった。 目を塞ぎ、口を閉ざされ、抱きしめられ、全てを奪っておいて……、私の心を殺そうと……人の目の届かないところで水に沈めようとしたのだから勝手だわ……。



 昔を思い出して、私はギュッと目を閉ざした。



 嫌い!!



 もう、あの子は関係ない。
 あの子は……私を要らないって言ったのだから。

 ソレに……あの子より、私を好きって言ってくれる晃の方が大切だわ。 それだけは……私の中で強い思いなのだと思う事が出来て……ソレがとても嬉しかった。

 感情、願い、最近は割と表現できている気はするけど……晃の気を引き続けるなんて……出来るのでしょうか?

 でも、なぜ、私なんでしょう?





 その頃、晃は晃でなぜ自分は人の感情の揺らぎに快楽を覚え、満足感を覚えるのかと克己に聞いていた。 克己と言えば、

「君たちは、そういう生物なんだよ。 そんな事に悩む妖がいるなんて考えもしかなったよ」

 そう克己に笑われた晃は、赤信号で車の窓から飛び出し、後ろを走行していた教授の……私が乗っていた車の扉を突いて開けろと訴えた。

「どうかしたのですか?」

 私が窓を開けながら問えば、するりと中に入ってくる。

「どうもしない」

 そう言いながら、晃は私の膝の上に乗ってくる。

「パパ」

「なんだい?」

「パパは妖は感情を食べるといいましたけど、でも、晃は昨日食事も酒も煙草もたしなんでいたわ」

「最近は、妖も隠れる闇を失くし、人の感情と接する機会を失くし、力の強い妖は人のふりをし、人に混ざり、溶け込んでいるケースが多いんです。 人間のように生活をし、人間に退化していくものもあるのでは? そんな論文を提出している者もいるくらいなのですから、ソレほどおかしな話ではありませんよ」

「そう、ですか……。 晃は今も私の感情や教授の感情を食べているんですか?」

「別に無暗やたらに食べている訳じゃない。 食えるもの、食いたいもの、そういう好みがある……みたいだ? それより、今日は触らないのか? ほれ」

 僅かに腰を下ろし、狭くだが羽根を広げた晃は私を見つめる。

「セクハラで訴えられたくないもの……」

 拗ねてしまうのは……仕方ないですよね?

「何処に訴えると思っているんだか」

 そう言いながらも妖カラスは、心地よさそうにもふっとした姿を見せつけてくるから……私はつい首回りの柔らかな毛に指を入れて撫でて抱きしめてしまうのです。

「もう少し大きくなれたりします?」

「……多分、なれるだろうが。 それだと化けガラスではないか?」

 既に化けカラスでしょう? と言う言葉は、飲み込んだ。

「別に乗れるほど大きくなってって言っているんじゃなくて、抱っこしたとき、こう丁度いいサイズがいいなぁ……って……」

 つい口にした言葉に、私は苦笑した。

 どうやら私は晃相手にはお願いごとをするし、モフモフを触れて気持ちいいなぁ~って嬉しいって思ったりもしている。

 こういう私の感情って美味しく食べているのかな?

 そんな事を考えていれば、晃は喉の奥でくっくくくと笑っていた。



 色々と良く分からない。

 良く分からないけど、良く分からないまま妖カラスを抱きしめ、ふわふわの羽毛と温かなぬくもりにホッと息をつき……幸福だなと思っていた。



 教授室に行くまでは……。
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