【R18】彼等は狂気に囚われている

04

16.0.3％の逃亡

　ドンッ

　巨大な水槽が揺れた。

　中にいる鞍馬晃と呼ばれた男は、彼でありながらも彼ではなくなっていた。　カラスの羽毛がコートのように身体を覆い、背中にあった隆起した骨格は堕天した天使のように黒い翼が折りたたまれている。

　腕やふくらはぎは鱗のような模様がなされ爪は黒く染まっていた。

　鞍馬晃と言う男が、再生用の水槽に入れられた理由は、その皮膚が破られ、肋骨が広げられ、内臓がかき混ぜられ、引きずり出され、もぞもぞと粘性体生物のように蠢く肉片を散らばせ、彼は死を与えられ……再生と共に人からかけ離れて行ったのだ。

　ドンドンと分厚いガラス張りの水槽が鳴った。

　彼を見張るよう命じられた新見親良は慌てて水槽の管理画面へと向かった。

　鞍馬晃と言う男が破壊された事で、次の彼が人として目覚めるとは限らなかったから。　そして、例え人として目を覚ましたとしても……人とかけ離れた異形の姿を見た彼の精神が保たれるとは限らない。　そんな危険性から水槽には精神安定剤、麻酔を流し込む準備がされていた。

　ドンッドンッドンッ！！

　晃は分厚いガラスを叩く。
　ミシッと亀裂が入った。

「晃、落ち着くんだ！！」

　意志、知性の感じさせられない瞳に不安を感じながらも、新見親良は晃に落ち着くよう訴えた。　意味はなさなかったが……。

　操作盤を操作し薬が流し込まれた。
　だが……ソレが怒りをかった。
　そうとしか思えないように、晃だった存在はガラスを力強く叩いた。

　ガシャン。

　酷い音を立て、水槽は割れた。

「晃！！　晃！！」

　新見親良は繰り返し彼を呼んだ。　だが、親良に対する反応はなく、その様子は何処までも本能に従っているとしか思えなかった。

「まさか……晃！！　大人しくするんだ！！」

　暴れるような様子はないが、それでも親良はソファへと晃を座らせようとした。

「親良？」

　名を呼ばれ、親良は安堵した……だが、ガラス窓を持つ戸棚に写し出された晃自身の姿に晃は立ち止まる。

　静止。
　沈黙。

　ユックリと自分の姿を映すガラスに手を伸ばす晃。

　そしてその伸ばされた腕を晃は見た。
　ガラスに写し出された人ならざる姿を見た。

「ぁあああああああああああああ！！　俺はぁああああああ！！」

　激しい慟哭。

「晃！！　落ち着きなさい！！」

　親良は不安から晃を押さえつけるように抱きしめる。

　生まれたばかりの小鹿が涙するように、涙の意味すら分からず晃は涙しているように親良は思った。

　……そして……晃は救いを求める。

「……雫……」

　晃はボソリと言葉にした。
　その瞬間、晃と親良の姿が地下の再生室から消えた。