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地位、権力、財産、そういう物を得た先にあるのは、健康、不老、不死……。 不老不死への追及を遡れば、古事記に記されていると常世国の時じくの香の木の実の捜索を、三世紀後半~四世紀前半にかけ国を統治した垂仁天皇が求めたとされる。 その後、平安時代前期に記された竹取物語にも不死の妙薬の存在が記されている。
現代では、
老化と若返りを繰り返す紅クラゲ、長寿と知られる亀、脱皮を繰り返す蛇、老化をしないとされるハダカデバネズミ等の生物研究。
クローン技術の向上、人体冷凍保存、記憶のデジタル化、輪廻の解明による魂の永遠等が人里隠れた山奥にある都市『柑子市』で、天才児たちを集め英才教育を行い、今も尚研究が続けられている。
高級ブランドのスーツに身を包んだ穏やかな印象の男が、広大な敷地を覆う塀の正面入り口に車を止め、インターホンに向かって言う。
【藤原 法一(ふじわら のりかず)】
「私だ」
鷹揚な言いようだが、決して彼はその屋敷の主と言う訳ではない。 管理室から、顔を出した男がチラリと男の顔を見ると同時に門を開けば、門番は無言のままで頭を下げ男を通した。
薄暗い森の中、男が車を勧める様子をカラスが静かに見つめる。
屋敷へと着けば、男は門番と同じような対応で迎え入れられた。
「いらっしゃいませ」
「アレの様子はどうだね」
「未だお目覚めになりません。 やり過ぎたのではございませんか?」
「全てを再生しなおす事で強度が増す。 必要な事だった」
静かに奏でられるヴィオラのような声の男が伏目がちな視線で言った。
「お茶をお持ちしましょう。 茶葉はいかがいたしましょうか?」
「私に構う必要はない」
日の当たらない地下室へと男は向かう。
レンガ造りの古い壁。 微かに香るのは葡萄酒の香り、煤けた火の残り香、郷愁と言う名の記憶を刺激するような場所だった。
1つの扉を前に男はノックをすれば、溜息交じりにこたえが返された。
「ドチラ様ですか?」
「私です」
いっそドチラの私様ですか? と扉の向こうの青年は返したい気分になったが、そういう皮肉は相手を選ばなければ何倍にもなって返された挙句、ぐりぐりと傷口やら弱点を抉られる。 そう言う男と分かっているから、中からわざわざ扉を開きながら対応する。
【新見 親良(にいみ しんら)】
「どうぞ、忙しいでしょうに、毎日よく通いますね。 先生」
先生と呼ばれた男は、不老不死の研究を行うために作られた都市『柑子市』にある総合病院で精神科医を務める藤原法一。 そして、彼を出迎えたのは世間で言うところの刑事と同じ立ち位置にある男、新見親良である。
「私にとっては最優先事項ですからね。 お茶を飲みますからお湯を沸かしてください」
ソレに対して親良は特に言葉を返す事は無く、言われるまま湯を沸かしだした。
藤原は部屋の片隅にある羊水を思わせる液体で満たされた円柱の水槽を眺める。
中では、体格の良い男が全裸で放置されていた。
虚ろな瞳は開かれ、何処でもない場所を見つめる。
その心は何処にあるのだろう。
そんな虚無を思わせる瞳を彼はしている。
かつて、彼は鞍馬晃と呼ばれていた……。
今は、何者でもない。
元から黒い髪は闇のように黒くなり、赤茶色だった瞳は血の色に染まっていた。 身体の彼方此方からは羽毛が生え、その背からは歪な形の骨が隆起している。 生命としては誰が見ても不完全と思われる存在だろう。
「親良」
「なんですか?」
「ここにグリム童話がある」
「はぁ……」
「グリム童話の多くは、口伝として語り継がれたものだ。 童話集として出版される際に、子供向きではない残酷な描写や性的な表現が削除され、代わりに風景描写や心理描写が増やされている物が多いが、シンデレラのように出版するにあたって残虐性を増しているものもある。 さて、長く語り継がれてきたこの物語は……多くの人の心に残っているが、子の物語の登場人物達は、不死にあたるのだろうか?」
「俺は肉体労働専門ですよ」
「答えたまえ」
「存在していると認識しているのは第三者であるため、不死ではありません」
「では、自然の驚異、恐怖、喜び、歓喜、様々な事情によって生まれた妖怪と言う存在は?」
「ソコにある……そう認識する事で、存在が確定すると柑子市では定義がなされています」
実際、柑子市では様々な妖が認識さている。
密かに人に影響を与えている存在もあれば、人が人の範疇を超えた力を持つ場合もまた異形として扱われていた。 そう言う意味では、筋力のリミットを外し、人知を超えた運動能力を発揮する新見親良もまた妖と言えるのかもしれない。
新見親良の語りに耳を傾けながら、藤原法一は紅茶を入れる。
「目覚めた時、彼は何者になっているでしょうね」
そう語る藤原法一は、ウットリとしながら歪な身体に再生されていく、かつて鞍馬晃と呼ばれていた男を眺める。
「そんな事を言っていると逃げられますよ」
親良の言葉に藤原は振り返り静かに笑って見せた。
「逃げる? それはとても楽しそうだ。 私は友情を交わすより狩人でありたい。 彼は未熟だ。 だが、未熟ゆえの美しさがある。 そうは思わないかね」
「全く悪趣味な人だ」
本音でうんざりとしたような顔を親良はしてみせれば、藤原は優しく目元を微笑ませる。
「親良、君の事も……嫌いではないよ」
「勘弁してください……」
「そう嫌わずとも……」
何処まで冗談で、何処まで本気なのか藤原は笑い、そして突然に真顔で親良に問いかける。
「雫は見つかったのかい?」
「いえ、柑子市内はくまなく探したものの見つかっておりません。 誰かに連れ去られた形跡もなく、捜索に手間取っているんですよね。 雫ちゃんが居ないせいかカラスも無視してきますし」
「まるで、時間が止まったようだ」
そう言いながら晃だったものを眺める藤原を、親良は貴方のせいではないか!!と言う激情を抑えながら俯いてみせる。
現代では、
老化と若返りを繰り返す紅クラゲ、長寿と知られる亀、脱皮を繰り返す蛇、老化をしないとされるハダカデバネズミ等の生物研究。
クローン技術の向上、人体冷凍保存、記憶のデジタル化、輪廻の解明による魂の永遠等が人里隠れた山奥にある都市『柑子市』で、天才児たちを集め英才教育を行い、今も尚研究が続けられている。
高級ブランドのスーツに身を包んだ穏やかな印象の男が、広大な敷地を覆う塀の正面入り口に車を止め、インターホンに向かって言う。
【藤原 法一(ふじわら のりかず)】
「私だ」
鷹揚な言いようだが、決して彼はその屋敷の主と言う訳ではない。 管理室から、顔を出した男がチラリと男の顔を見ると同時に門を開けば、門番は無言のままで頭を下げ男を通した。
薄暗い森の中、男が車を勧める様子をカラスが静かに見つめる。
屋敷へと着けば、男は門番と同じような対応で迎え入れられた。
「いらっしゃいませ」
「アレの様子はどうだね」
「未だお目覚めになりません。 やり過ぎたのではございませんか?」
「全てを再生しなおす事で強度が増す。 必要な事だった」
静かに奏でられるヴィオラのような声の男が伏目がちな視線で言った。
「お茶をお持ちしましょう。 茶葉はいかがいたしましょうか?」
「私に構う必要はない」
日の当たらない地下室へと男は向かう。
レンガ造りの古い壁。 微かに香るのは葡萄酒の香り、煤けた火の残り香、郷愁と言う名の記憶を刺激するような場所だった。
1つの扉を前に男はノックをすれば、溜息交じりにこたえが返された。
「ドチラ様ですか?」
「私です」
いっそドチラの私様ですか? と扉の向こうの青年は返したい気分になったが、そういう皮肉は相手を選ばなければ何倍にもなって返された挙句、ぐりぐりと傷口やら弱点を抉られる。 そう言う男と分かっているから、中からわざわざ扉を開きながら対応する。
【新見 親良(にいみ しんら)】
「どうぞ、忙しいでしょうに、毎日よく通いますね。 先生」
先生と呼ばれた男は、不老不死の研究を行うために作られた都市『柑子市』にある総合病院で精神科医を務める藤原法一。 そして、彼を出迎えたのは世間で言うところの刑事と同じ立ち位置にある男、新見親良である。
「私にとっては最優先事項ですからね。 お茶を飲みますからお湯を沸かしてください」
ソレに対して親良は特に言葉を返す事は無く、言われるまま湯を沸かしだした。
藤原は部屋の片隅にある羊水を思わせる液体で満たされた円柱の水槽を眺める。
中では、体格の良い男が全裸で放置されていた。
虚ろな瞳は開かれ、何処でもない場所を見つめる。
その心は何処にあるのだろう。
そんな虚無を思わせる瞳を彼はしている。
かつて、彼は鞍馬晃と呼ばれていた……。
今は、何者でもない。
元から黒い髪は闇のように黒くなり、赤茶色だった瞳は血の色に染まっていた。 身体の彼方此方からは羽毛が生え、その背からは歪な形の骨が隆起している。 生命としては誰が見ても不完全と思われる存在だろう。
「親良」
「なんですか?」
「ここにグリム童話がある」
「はぁ……」
「グリム童話の多くは、口伝として語り継がれたものだ。 童話集として出版される際に、子供向きではない残酷な描写や性的な表現が削除され、代わりに風景描写や心理描写が増やされている物が多いが、シンデレラのように出版するにあたって残虐性を増しているものもある。 さて、長く語り継がれてきたこの物語は……多くの人の心に残っているが、子の物語の登場人物達は、不死にあたるのだろうか?」
「俺は肉体労働専門ですよ」
「答えたまえ」
「存在していると認識しているのは第三者であるため、不死ではありません」
「では、自然の驚異、恐怖、喜び、歓喜、様々な事情によって生まれた妖怪と言う存在は?」
「ソコにある……そう認識する事で、存在が確定すると柑子市では定義がなされています」
実際、柑子市では様々な妖が認識さている。
密かに人に影響を与えている存在もあれば、人が人の範疇を超えた力を持つ場合もまた異形として扱われていた。 そう言う意味では、筋力のリミットを外し、人知を超えた運動能力を発揮する新見親良もまた妖と言えるのかもしれない。
新見親良の語りに耳を傾けながら、藤原法一は紅茶を入れる。
「目覚めた時、彼は何者になっているでしょうね」
そう語る藤原法一は、ウットリとしながら歪な身体に再生されていく、かつて鞍馬晃と呼ばれていた男を眺める。
「そんな事を言っていると逃げられますよ」
親良の言葉に藤原は振り返り静かに笑って見せた。
「逃げる? それはとても楽しそうだ。 私は友情を交わすより狩人でありたい。 彼は未熟だ。 だが、未熟ゆえの美しさがある。 そうは思わないかね」
「全く悪趣味な人だ」
本音でうんざりとしたような顔を親良はしてみせれば、藤原は優しく目元を微笑ませる。
「親良、君の事も……嫌いではないよ」
「勘弁してください……」
「そう嫌わずとも……」
何処まで冗談で、何処まで本気なのか藤原は笑い、そして突然に真顔で親良に問いかける。
「雫は見つかったのかい?」
「いえ、柑子市内はくまなく探したものの見つかっておりません。 誰かに連れ去られた形跡もなく、捜索に手間取っているんですよね。 雫ちゃんが居ないせいかカラスも無視してきますし」
「まるで、時間が止まったようだ」
そう言いながら晃だったものを眺める藤原を、親良は貴方のせいではないか!!と言う激情を抑えながら俯いてみせる。
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