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10.きっとコレも平和なのだろう
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不意に声がかけられたのだけど、私は振り向かなかった。 ボソボソとした自信のなさそうな声は聞き取りにくく私に話しかけているとは限らないし、何より最初から不機嫌丸出しでは振り返る気にもならないと言うもの。
「地図の前にいるオマエだ?」
ずっ、ずっ、僅かに足を引きずる癖があるらしい。 無視されたからと引き下がる様子が無いらしく、ユックリと私は振り返った。
「あの……私でしょうか?」
声と足音から、老人を想像していた私は思っていたよりも若い相手だったことに驚いた。
その青年の歩き方は老齢のためではなくケガのため、自信なさそうな話し方や、僅かに反らされている視線は本人の気質なのだろう。 そう思えば、怪しんでいる事が申し訳なくないなと思った。
「そう」
男の声はどこまでも不機嫌そうだった。
いえ、違う……。
俯いている男性の表情は長く伸びた前髪に隠れていたけれど、男性よりも背の低い私は揺れる前髪の隙間からその表情を見る事が出来た。 それは、初心な少年のような恥じらいのようで……少し戸惑う。
「何か?」
「飯帰りなら、連れてこいと連絡が来た」
見せつけられるのはスマホ画面と、深い溜息。
ハート乱発で克己から送り付けられたメッセージを見せられれば、流石に喧嘩腰で態度が悪いと反発ばかりしていられない。
「あ~~、えっと……克己が申し訳ありません」
そう言って私は頭を下げれば、男は眉間を寄せ長い溜息をついた。
「ついでだ。 連れて行ってやる」
「いえ、その……、なら、せめて荷物を……」
「歩かなければ余計に悪くなるに、女子供に気遣われるなんて最悪な気分でしかない」
落ち着きのない早口な様子で彼は言う。
「ところで、克己との関係を伺ってもいいでしょうか?」
「アレは、私の後輩だ」
「それは……きっと、苦労された事でしょう」
私が苦笑交じりに言うのは、克己が人をかき回すのを好む人間だから。
「理解していただけてありがたい。 できればアレには私に近づくなと告げておいてもらいたいものだ」
「克己が私の言う事を聞いてくれるとでも?」
男は肩を竦める。
「お名前をお伺いしてよろしいかしら? 私は葛城雫……葛城正巳の娘です」
「そうか……余り似ていないな」
「母親に似たの」
嘘です。
「それは良かった」
「良かったなのかしら? パパは綺麗よ」
「綺麗なものが好きか?」
「好きよ。 欠点を隠すわ」
「なるほど真理だ。 葛城に女生徒が盲目になる訳だ」
どちらの葛城をさしているのかは分からないが、彼は不快だと訴えずにはいられないらしい。
早口で、何処かイライラした様子で返される言葉。 だが、既に敵意は失われ、会話自体を楽しんでいるようにすら思えた。
「それで、先生の名前は?」
「桧垣、日和だ」
【桧垣 日和(ひがき ひより)】
似合わない……って言っちゃダメよね。 と、思いながら私は、オヤツぐらい食べる余裕はあるかと問いかけた。
そんな私の気遣いは……克己によって呆気なく無駄にされるのですけどね。
「日和ちゃんは、こんな顔だけど、甘いものが大好きなんだよね。 雫ちゃんの作るご飯もオヤツもお茶も美味しいからたべていきなよ。 今日は、ユックリしていきなよ日和ちゃん」
お茶が美味しい……。
そんな平和な日常は、長く続く事は無かった。
「地図の前にいるオマエだ?」
ずっ、ずっ、僅かに足を引きずる癖があるらしい。 無視されたからと引き下がる様子が無いらしく、ユックリと私は振り返った。
「あの……私でしょうか?」
声と足音から、老人を想像していた私は思っていたよりも若い相手だったことに驚いた。
その青年の歩き方は老齢のためではなくケガのため、自信なさそうな話し方や、僅かに反らされている視線は本人の気質なのだろう。 そう思えば、怪しんでいる事が申し訳なくないなと思った。
「そう」
男の声はどこまでも不機嫌そうだった。
いえ、違う……。
俯いている男性の表情は長く伸びた前髪に隠れていたけれど、男性よりも背の低い私は揺れる前髪の隙間からその表情を見る事が出来た。 それは、初心な少年のような恥じらいのようで……少し戸惑う。
「何か?」
「飯帰りなら、連れてこいと連絡が来た」
見せつけられるのはスマホ画面と、深い溜息。
ハート乱発で克己から送り付けられたメッセージを見せられれば、流石に喧嘩腰で態度が悪いと反発ばかりしていられない。
「あ~~、えっと……克己が申し訳ありません」
そう言って私は頭を下げれば、男は眉間を寄せ長い溜息をついた。
「ついでだ。 連れて行ってやる」
「いえ、その……、なら、せめて荷物を……」
「歩かなければ余計に悪くなるに、女子供に気遣われるなんて最悪な気分でしかない」
落ち着きのない早口な様子で彼は言う。
「ところで、克己との関係を伺ってもいいでしょうか?」
「アレは、私の後輩だ」
「それは……きっと、苦労された事でしょう」
私が苦笑交じりに言うのは、克己が人をかき回すのを好む人間だから。
「理解していただけてありがたい。 できればアレには私に近づくなと告げておいてもらいたいものだ」
「克己が私の言う事を聞いてくれるとでも?」
男は肩を竦める。
「お名前をお伺いしてよろしいかしら? 私は葛城雫……葛城正巳の娘です」
「そうか……余り似ていないな」
「母親に似たの」
嘘です。
「それは良かった」
「良かったなのかしら? パパは綺麗よ」
「綺麗なものが好きか?」
「好きよ。 欠点を隠すわ」
「なるほど真理だ。 葛城に女生徒が盲目になる訳だ」
どちらの葛城をさしているのかは分からないが、彼は不快だと訴えずにはいられないらしい。
早口で、何処かイライラした様子で返される言葉。 だが、既に敵意は失われ、会話自体を楽しんでいるようにすら思えた。
「それで、先生の名前は?」
「桧垣、日和だ」
【桧垣 日和(ひがき ひより)】
似合わない……って言っちゃダメよね。 と、思いながら私は、オヤツぐらい食べる余裕はあるかと問いかけた。
そんな私の気遣いは……克己によって呆気なく無駄にされるのですけどね。
「日和ちゃんは、こんな顔だけど、甘いものが大好きなんだよね。 雫ちゃんの作るご飯もオヤツもお茶も美味しいからたべていきなよ。 今日は、ユックリしていきなよ日和ちゃん」
お茶が美味しい……。
そんな平和な日常は、長く続く事は無かった。
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