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06.

42.八方ふさがり

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 火照る身体を冷やすため、バウマンは水をかぶろうとした。
 シャワーを捻ると、屋上の給水塔で熱を含んだ水は生ぬるく、身体が冷やされるような気がしない。

 大きな姿見には、無数の傷や火傷跡を持つ醜い身体が映っている。

「なんて、醜い……」

 愛されたいと思っていた。
 愛されれば変わると思っていた。
 だけど、どんなに愛の言葉をかけられても救われた気になどならなかった。

 だけど……もし、ソレがマティルなら?

 離れる事なく、近づき過ぎる事なく、側にいてくれたマティルの言葉だったら……。 そう思えば、快楽を煽る女の姿が脳内でマティルへと変換され……痛いほどに欲望が訴える。

「マティル……」

 そっと、自分の欲望に触れた瞬間、熱を帯び過ぎた欲望はピクッと痙攣し、先端から解放を願い透明な液体が漏れ出す。

「だ、めだ……」

 鏡に倒れ込むように身を任せ、そのままズルリと床に座り込んだ。 私にはマティルを守り切れない……。 一緒に生きてくれなんて言える訳がない……。

 頼りはマティルの父親で、彼が私自身に価値を見出してくれたなら……そこに救いの道があるのかもしれない。 でも、どうすれば……。

 微かな希望は、見え隠れするものの、ソレを捕らえるだけの知識がバウマンには無かった。 年下の女に良いように扱われる私に何が出来ると言うのですか……。

 浴室の外から声が聞こえた。

「大丈夫か?」

 それは、長く出てこない彼を案じたブラームの声だった。

「は、はい。 申し訳ありません」

「いや、無事なら問題ない。 邪魔するつもりはなかった。 伝えたい事があるのだが、まぁ……事情が事情だ、ユックリとするがいい」

 ブラームの言葉の意味をシバラク理解できなかったバウマンは、しばし沈黙し、そして何を言われたか気づき焦った。

「ち、違います!!」

 追いすがるような声は、熱くくすぶった喉から絞り出したように掠れている。

「なに、気にするな。 男同士だ。 事情は理解しない訳ではない。 それに……まぁ、いい。 あがったら寝室に来い」

「いえ、違いますから!!」

 と言う声は、もう届いていないのが扉を閉める音から分かった。





 身体がジュクジュクと溶けるように暑い。

 長く浴室から出てこないバウマンを案じたブラームは、様子を見に行くとマティルを残しソファを立ちあがった。 マティルは、行かないで欲しい、側に居て欲しいと、甘えるような視線と声を向けていた。

「ブラームさま」

 辛いのに、どうして一人にするの!!
 彼が護衛であった頃なら、遠慮なく叫んでいただろう。

 幼い頃から、母親と離れ、父と共に行商の旅に出ていた。 多くの事を語り合い日々を送ってはいたが、ソレは商売に関する事で、旅先で見かける親子のような関係は無かった。 それでも母は嫉妬し、屋敷に戻れば辛く当たる。 だから、父と旅に出ている方がマシだった。

 やがて商売が落ち着き、王都に拠点を作り、弟が生まれる頃には居場所は商売と言う場にしかなく、父の興味を自分に向けようと必死だった。 それも……跡取りである弟の前では意味は無かったが……。

 だから、私は私に優しくしてくれるブラーム様に甘えた。 彼と彼の病弱な母を家族のように慕った。 ソレを責める人など私にはいなかったから。

 頼るように、縋るように、名を呼ぶ。
彼は、何時だって自分を助けてくれる。

「ブラームさま」

 浴室から戻った姿に安堵して縋れば、苦笑交じりに頭が撫でられ、両手が差し出され、私は両手に縋り身を預けた。 触れ合えば布越しであっても体温が伝わり、その部分からジリジリと身体が痺れ、辛くなる。 だけれど、触れていなければもっと辛い。

 ソファの上に座ったブラーム様は、私を横抱きにし膝にのせている。

「辛いのか?」

 頷けば、可哀そうにと髪を撫で、頬を撫でてくれる。 幼い頃であれば、その行為で何時も慰められていたのに、今はその行為が余計に切なく感じた。

「少し休むと良いだろう」

 ブラーム様は、私を抱き上げ寝室へと連れて行き、ベッドへとそっと下ろしてくれた。 柔らかな上掛けが頬を撫でる感触にすら、身体がジンジンと痺れ、見悶え、甘い息が零れてしまう。

「少し休むといい」

「む、り」

 言えば、ブラーム様は意地悪く笑った。

「だろうな」

 頬に触れる手が……もどかしい。

「抱きしめて、欲しいの」

「ソレを望む相手は違うだろう? それとも、バウマンの事は好きではないのか?」

 甘い声色で耳元で囁かれた瞬間、衝撃を受けた。

「ぁ」

 自分の行為が、不貞にあたるのだと初めて実感した。 不器用で、器用で、頼りなくて、頼りになって、怖くて、可愛くて……多分、ソレをより集めれば好きと言うものになるのだろう。

 そして……衝動のままにブラーム様を求めれば、恋人に妻にと求められ拒絶してきたブラーム様を都合良く利用する事になる。

 マティルの表情に苦痛が露わにされた。

「傷つかなくてもいい。 俺は気にはしないから」

 そう言って髪の中を大きな手がくぐってきた。 頬を撫で、首筋を撫で、唇が触れる。

「だ、め……」

「今更、何を言っているんだ」

 そう言ってブラームは笑いながら、服を脱がせ始めた。 服が肌にすれ、手が肌にふれ、そのたびに感じる感覚が……甘く、切なく……そして、辛い。

「やっ、ダメ……」

「触れて欲しいと言ったのはマティルだ。 辛いのだろう? 手伝ってやろうと言っているんだ。 それとも、バウマンに懇願するか? 手を伸ばし、潤んだ瞳で愛していると伝え、身体を慰めて欲しいと望むのか?」

 言われれば、泣きたくなった。

 ずっと恐怖の表情を浮かべアンベル・ゾンダーハ伯爵令嬢を拒んでいたバウマン様を見せられていたから。

 熱を帯びる身体。
 心は、逃げ出したいと悲鳴を上げる。

「お願い、やめて……ブラーム様。 こんな事ダメです」

 ベッドに横にさせられていたマティルの身体は、ブラームを背に座ら去られていた。 人形遊びをする人形のように、薄地の制服は脱がされそうになり、ソコから逃げようとすれば中途半端にはだけ、着乱れた。

 抱き寄せられ、スカートがめくり上げられ、足が剥き出しとなり、太腿が撫でられた。

「だが、耐える事は出来ないだろう?」

 両足の付け根に触れられれば、ショーツで受け止めきれない愛液が、太腿を濡らしている。

「止めて下さい!!」

「こんなになっているのに?」

 濡れた割れ目をショーツの上から触れられればビクンと身体が揺れた。

「ダメ……」

「バウマンを愛しているから、ダメなのか?」

 問いかけと共に、寝室がノックされ開かれた。

「ぁ、バウマン、さ、ま……」

 マティルはしっかりと声を出しているつもりかもしれないが、その声は甘く熱を帯びたままだった。 そして、マティルとブラームを目にしたバウマンは、戸惑いを露わにしていた。

「入ってくるといい」

「で、す……が」

「早くしろ」

「はい」

 扉を開き、見せつけられたのは服がはだけたまま抱きしめられる婚約者の姿。 命じられ無ければ動く事も出来なかっただろう。

 自分を愛しているのか? と言う問いかけが聞こえた……。 ブラームへの拒絶とセットの問いかけにバウマンは希望を持った。 目の前に広がる景色に戸惑った。

 マティルとブラームを前に、動けず……どうすれば居場所を失わずにすむのかと……考えていた。

「何をしているのか、聞きたいか?」

 ブラームの問いかけに、バウマンは苦し気に、泣きそうに顔を歪ませる。

「側に来い」

 動こうとしないバウマンに、ブラームはもう一度命じる。

「早くしろ」

 逃げ出す事も出来ぬのかと、項垂れバウマンはベッドの脇に立った。

「……はい……」
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