上 下
40 / 49
05.

37.言い分

しおりを挟む
 豪華な二頭立ての馬車が走っていた。

 馬車の中では、無意識に笑うブラームと、呆れたように苦笑する王太子殿下。

「お付き合い頂きありがとうございます」

 正装に身を包んだブラームが、王太子に頭を下げた。

「全く、ツマラナイ事に労力を割く」

「大金を払う価値はありますよ」

「金を払ってでもと言う意味では私も賛成だ。 良い投資だと思うよ。 ただ金額が問題だ。 私達が出向かなければもっと安く付いたと思うんだけど? 代理で十分だったのに、わざわざ私にまでつき合わせて……馬鹿だとは思っていたけれど……はぁ~ぁ、馬鹿をするなら1人でやってくれよ。 不愉快を隠すのにどれほどの労力を必要としたか分かっている訳?」

「お礼に領地にある鉱山の1つでも渡しますよ」

「いらないよ……コレでも僕は、弟妹思いなんでね」

「なら、最初から文句は言わないで下さい」

 王太子は肩を竦めて苦笑する。

「報告だけでなく、全体を把握するために直接見ておきたかった」

「その意味するところは?」

「俺は欲深いと言う事ですよ」

 そんな事を語っている中、走る馬車にノック音が響いた。 音の方角を見れば、学園の庭師の1人が馬で並走している。

「馬車を止めろ」

 御者の方向にある窓に向かいブラームが言えば、速度が緩められ馬車が止まる。 扉が開かれれば、王太子とブラームの2人が馬車から降りた。

閣下ブラーム様のお気に入りが女性に襲われていますが、どういたしますか?」

「どう、とは?」

 ブラームには、イラつきが見られた。

「救助に飛び出そうとしていた影は、止めてあります」

「何故、止めさせた」

「閣下にとってのチャンスだからです。 ライバルがいなくなれば、閣下は愛する方を手に入れる事ができます」

「余計なお世話だ。 殴られない事に感謝しろ。 場所は?」

「いつも、スケッチをしている庭園です」

 ブラームは庭師から馬を奪い、飛び乗り学園へと向かう。






 マティルは、姫抱っこをされ庭園へ向かい運ばれていた。
 抱き上げているのは、アーレント・ブローム伯爵令息。

 アーレントがマティルを見つめる視線は、決して愛おしい女性を見つめる視線ではなく、欲情を覚えているような様子も無く、むしろ冷ややかに見下し軽蔑を含んだ視線だった……。



 そして、意識を失いながらも不快な肉体の感触にマティルは顔をしかめていた。

 気持ち悪い……。

 身体に触れる生ぬるい温度は汗を含み肌に張り付くように、腕や足に触れ、夏用の薄い布地で作られた制服を自分以外の体温で温められる。

 マティルは、小さく呻き声をあげ、必死に夢から覚めようと眠りの中であがき続ける。

 あぁ、気持ちが悪い……。



 マティルの呻き声がしっかりとした音になっていけば、アーレントは移動する速度を速め、バウマンとアンベルが居るはずの方向へと迷う事無く進んでいった。

 やがてアーレントの耳に聞きなれた甘い声がきこえてきた。
 アーレントは無意識にほくそ笑み音を立てずに近寄って行く。

 アーレントの耳に聞こえたのは、挑発するアンベルの声と、怯え涙ぐむバウマンの声。

(くっくくく、はっはっはは、なんて惨めな恰好だ)

 アーレントは、愉快だと声を出して笑いそうになった。

 やっぱり、アレは、その程度の男だと言う事だ。 情けない男だ……あの様子なら、全てが上手くいったあとも、アンベルとの関係は解消する必要が無いだろう。 そんな事を考えるアーレントの思考には女性としてのマティルは完全に除外されていた。

 19歳と言う学生の中では最年長である男ではあるが、アーレントにとってバウマンは無知なガキでしかなかった。 そして、アンベルに押し倒され泣きそうな顔をしているバウマンを見れば……。

 マティルも王族もバウマンに対して過大評価をしていたようだと笑えて来る。 同時に、そんな男が殿下達に気に入られていると言うのが、腹立たしかった。

 デザイナーとして?
 はぁ? 馬鹿げている。
 本当に彼がデザインしたのか?
 いや、そんなものに価値があるのか?

 適当に既製品の色を変え、素材を変え、襟の太さを変え、ボタンを隠し、シャツの装飾を一連の模様とする。 ソレがデザインって言うほどの労力か?!

 そんな事は、あるはずがない!!

 なら、何故、殿下達に気に入られている?
 あぁ、誰もが理解している。
 マティル・スタールの、いや、彼女の父親のお陰だ……。

 アーレントは大きな木を背もたれにするようにマティルを座らせるように下ろし、肩にかけていたバッグから、錠剤と水を口に含みマティルに口づけ流し込み上向かせ、強引に飲み込ませた。

 ごほっ、ごほっ、とマティルは咳き込みうっすらと目を開く。

「な、に?」

 眉間を寄せ、不愉快そうにアーレントを見上げ、無意識に唇の端から零れた水を拭う。

「アンベルを見つけた」

「そう、なら私は行くわ」

 その場を去ろうとしたが、覆いかぶさるように行動を封じられていた。 顔が近づけられれば、マティルはソレを避けるように顔を背け……その先にバウマンを見つけてしまった。

(バウマン?!)

 声に出そうとすれば、手で口を塞がれる。

「バウマンとアンベルは、あぁ言う関係だったんだ……。 君は騙されていた」

 マティルの耳元にアーレントが囁き、マティルは項垂れる……。

「バウマンは君を利用しているんだ」

「そう……」

 力ないマティルの声にアーレントがほくそ笑む。

「可哀そうに……俺が君の力になるよ。 裏切られたもの同士……俺達ならお互いを理解しあう事が出来る。 いいだろう?」

 汗ばんだ手がマティルの頬に触れた。

「触らないで……」

 嫌悪の表情を向ければ、

「あぁ、傷ついているんだね。 可哀そうに……俺がいるよ」

 そう言った瞬間……。

 アーレントの背後から蹴りが入れられ、1m程吹っ飛んだ。

「ぐふっ、何をするっ(んだ!!)」

 言い終わる頃には黒ローブの集団が、アーレントとアンベルを囲んでいた。

「なんだ!! 何をするんだ!!」
「な、何が起こったの?! 近寄らないで」

 アンベルがバウマンに抱き着こうとしたところ、黒ローブが2人を強引に引き離す。 安堵したバウマンは声にならない声で、ありがとうございますと唇を動かしていた。

「ブローム伯爵令息と、ゾンダーハ伯爵令嬢を確保、懲罰房へと連れていけ。 やり過ぎだ」

 冷ややかにブラームが命じた。





 後日……。

「なぜ、あんなことをしたんですか?」

 そう聞いたのは、教師ではなく王太子殿下だった。

「マティル・スタールが、あの女が全て悪いんだ!!」

 同席したブラームが殴りそうになるのを、王太子は抑えるように告げる。

「彼女が何をしたと?」

「マティルは、余りにも無知だ。 だから分からせなければいけなかった」

「へぇ……何を?」

「彼女が、商人として正しくあるなら。 あんな愚かな男をプロデュースするなんてありえない。 彼女が本当に力のある商人なら、人を見る目があるなら、俺をプロデュースするはずだった。 俺はバウマンよりも人に愛されている。 人の役に立てる。 見る目がある。 洞察力がある。 行動力がある。 生まれと才能を無駄にするような男と違う。 俺の方がすぐれている。 ソレを正しく評価しないマティルが間違っている!! だから……正しくあろうとしたんだ!!」

 アーレントとは饒舌に語り、そして、アンベルはただ微笑んだ。

「愛する事を罪だと、そんな無粋な事をおっしゃるのですか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】愛していました。 ですが、それほどまで拒むと言うなら、新たな出会いを求めます【完結】

迷い人
恋愛
 公爵家末端と言えば庶民と同じ。  だけれどラナ・グリーソンの生まれた家は違っていた。  グリーソン商会と言えば、王都でも知らぬ者がいない豪商。  財力を持つ家柄に生まれたラナは、ある日、死に至るケガを負った青年を助けた。  それはラナの初恋だった。  ラナは運命の相手と信じ、彼女だけの執事として側に置く。  年ごろになった昨今、日々、彼女だけの執事を誘惑してみたのだけど……彼……ブラッドリーは全く応じる事は無かった。  報われぬ恋心にラナの苛立ちは増す。  醜い自分の心を嫌悪し……ラナは初恋を諦め、新たな恋を探そうとするのだった。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

【R18】私は婚約者のことが大嫌い

みっきー・るー
恋愛
侯爵令嬢エティカ=ロクスは、王太子オブリヴィオ=ハイデの婚約者である。 彼には意中の相手が別にいて、不貞を続ける傍ら、性欲を晴らすために婚約者であるエティカを抱き続ける。 次第に心が悲鳴を上げはじめ、エティカは執事アネシス=ベルに、私の汚れた身体を、手と口を使い清めてくれるよう頼む。 そんな日々を続けていたある日、オブリヴィオの不貞を目の当たりにしたエティカだったが、その後も彼はエティカを変わらず抱いた。 ※R18回は※マーク付けます。 ※二人の男と致している描写があります。 ※ほんのり血の描写があります。 ※思い付きで書いたので、設定がゆるいです。

処理中です...