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05.
35.彼女は毒のようで……
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涙交じりの女性の声。
それでもバウマンは振り返る事は無かった。
「私には、女性を慰めるほどの甲斐性等ありません……。 アーレント・ブローム伯爵令息をお連れいたしましょう」
「いいえ!! 今、今だけ……ほんの少しの時間があれば落ち着きます。 お願いします……こんなに動揺しているところなど見せたくないの。 こっちを向いてお願いバウマン様」
アーレントの声は怯えているようだった。
怯え、恐怖に揺れている。
それなのに妙に……艶めかしい。
匂いたつような雰囲気は、美しく優雅で色香あるシュカ王女以上に生々しい。
ただ、腕を掴まれているだけなのに、妙な緊張を覚え鼓動が早くなっていた。 その鼓動がバレるのがイヤで逃げようとした。
「きゃぁあ!!」
バウマンは逃げるために強引に腕を引く。
バウマンの腕を掴んだままのアンベル・ゾンダーハは、ベンチから落ちて身体を地面に打ち付け、高いヒールの靴を履いている彼女は足首を捻っているようだった。
相手は弱いと知れば、怖かった。
簡単に傷つく女性は怖い。 怖いのだ。
「す、すまない」
バウマンの謝罪の声は、怯えたように震えてしまう。
「大丈夫、少し汚れただけで、ケガはしていないわ。 安心して」
アンベルは、もう一度バウマンの手を取り、そして両手で包みこむように触れてくる。 ケガをさせかけた事を考えれば、強引に逃げる事が出来なくなっていた。
「離してください……お願いします」
「怯えないで」
「……無理です」
怯えていないと、当たり前の虚勢を張る事も出来ないほどに動揺していた。 女性と言う性を意識して怖かった。
「無理じゃないわ。 貴方は私よりも強いもの。 ホラ、私に触れて」
手にとったバウマンの手を自分の頬に触れさせ、バウマンは目を強く閉ざして身体をひいた。 手も引こうとしたが……離される様子はない。
恐怖と共に覚えたのは、男である自分とは違う柔らかく、滑らかな肌への興奮。 鼓動は早いが恐怖が好奇へと塗り替えされそうになれば、アンベルはバウマンの手を頬から顎をつたい、首元へと触れさせる。
アンベルの鼓動の音が指先に伝わる。
彼女も、緊張しているのだろうか? 鼓動が早い。
「私は強くはないわ。 分かるでしょう……貴方は簡単に逃げる事ができる。 殺すことだって簡単でしょ? でも、貴方は逃げ出さないのは、どうして?」
「ぇ?」
顔が近づけられれば、反射的に逃げて躓いた。 手をとったままのアンベルも巻き込んでしまい、彼女は簡単に倒れかけ、ベンチに顔をぶつけそうになるから、アンベルの身体を引き寄せ……そして抱きしめたまま地面に倒れ込んでしまった。
身体が重なりあう。
「随分と積極的ね」
「違う」
「本当に? 心の中では……こうして触れ合いたかったのでは?」
「あり得ない!! 私の上を退いてくれ。 頼む!!」
「嫌よ。 だって、このまま貴方を逃がしてしまえば、貴方は私を嫌い、避けて歩くでしょう?」
「……」
きっと、そうするだろう。
「もし、そうなったら、気まずい思いをするのは、貴方の婚約者のマティルと、私の婚約者のアーレントよ。 それぐらいは分かるでしょう?」
「なら、どうしろと言うのですか?」
たどたどしく、枯れた声でバウマンは言った。
「私はね、バウマン様と仲良くしたいだけ。 そんなに緊張しないで。 喉が枯れているわ。 一緒にお茶をしましょう。 お菓子もあるのよ」
「一緒にお茶をしたからといって、貴方を良く思えるとは思わない」
「その誤解をなんとかしたいと言っているのよ。 ねぇ、私達は仲良くなれるわ。 関係性が悪いままでいい、貴方はそうやって多くの人を拒絶し、仲良くなれる可能性を放棄している。 同じように私とも関係を悪化させ、距離を置こうとしないで。 そんな寂しい事を繰り返さないで、今に誰も側に居なくなるわ。 例え、婚約者であってもよ。 私は貴方が心配なの」
図星だった。 図星ではあるが……分かったふりをしないで欲しいとも思った。 それでも、自分がこのままだったならマティルとの関係が悪化するのだと言われれば、嫌だった……。
「どうすれば……」
「簡単よ。 当たり前の事をすればいいの。 バウマン様はマティル様と仲良くなるためにどうした? 食事を共にしたでしょう? 他の人もそうすればいいの」
食事を一緒にすれば仲良くなれる……そんな簡単に仲良くなれる訳がない。 だからと言ってソレを口に出せば
『どうすればいいの? ソレを試してみましょう』
そう言いだすような気がしたから……妥協した。
「わかりました。 お茶をしましょう。 だから……私の身体の上から退いてください」
と言っているのに、クスッと笑ったアーレントは身体の上に乗ったまま、バックの中から竹製の水筒を取り出し、竹を薄くして作られたカップを取り出し、飲み物を注いだ。
「はい」
「退いて下さらないのですか?」
「あら、私達は仲良くなるんでしょう? はい、飲んで。 凄く汗をかいているわ」
「だから、退いてくれといっているんです!!」
無理やり退かそうとしたが、両手を伸ばしたところでニッコリと余裕で微笑まれる。 そしてバウマンは、女性の身体に触れる事ができなかった。
「飲まないの?」
「分かりました。 飲めばいいのですね」
バウマンは差し出されたお茶を飲み干す。
「これでいいんでしょう!! もう退いて下さい!!」
自棄に、喉に焼け付くようなお茶だった。
辛く、熱い……。
「はぁ……」
「どうしたの?」
「何を飲ませたのですか……」
汗が流れる。
呼吸が辛い。
「辛そうね」
白い指が伸び襟元にかかる。
「触るな……止めろ……」
「でも、辛そうだわ。 大人しくして。 楽にしてあげるだけだから」
顔を近づけられ、頬に唇が触れた。
赤い舌が伸び、流れた汗が舐めとられ、背筋がぞわぞわとした。
「触れるな!!」
もう、いい……相手が大地に転がろうと、ベンチに身体をぶつけようとかまわない。
肘を大地に触れて身体を捻り、立ち上がろうとしたが、力が入らなかった。
辛い……。
身体が熱い。
息が乱れて、訳の分からない衝動が襲ってきた。
それでもバウマンは振り返る事は無かった。
「私には、女性を慰めるほどの甲斐性等ありません……。 アーレント・ブローム伯爵令息をお連れいたしましょう」
「いいえ!! 今、今だけ……ほんの少しの時間があれば落ち着きます。 お願いします……こんなに動揺しているところなど見せたくないの。 こっちを向いてお願いバウマン様」
アーレントの声は怯えているようだった。
怯え、恐怖に揺れている。
それなのに妙に……艶めかしい。
匂いたつような雰囲気は、美しく優雅で色香あるシュカ王女以上に生々しい。
ただ、腕を掴まれているだけなのに、妙な緊張を覚え鼓動が早くなっていた。 その鼓動がバレるのがイヤで逃げようとした。
「きゃぁあ!!」
バウマンは逃げるために強引に腕を引く。
バウマンの腕を掴んだままのアンベル・ゾンダーハは、ベンチから落ちて身体を地面に打ち付け、高いヒールの靴を履いている彼女は足首を捻っているようだった。
相手は弱いと知れば、怖かった。
簡単に傷つく女性は怖い。 怖いのだ。
「す、すまない」
バウマンの謝罪の声は、怯えたように震えてしまう。
「大丈夫、少し汚れただけで、ケガはしていないわ。 安心して」
アンベルは、もう一度バウマンの手を取り、そして両手で包みこむように触れてくる。 ケガをさせかけた事を考えれば、強引に逃げる事が出来なくなっていた。
「離してください……お願いします」
「怯えないで」
「……無理です」
怯えていないと、当たり前の虚勢を張る事も出来ないほどに動揺していた。 女性と言う性を意識して怖かった。
「無理じゃないわ。 貴方は私よりも強いもの。 ホラ、私に触れて」
手にとったバウマンの手を自分の頬に触れさせ、バウマンは目を強く閉ざして身体をひいた。 手も引こうとしたが……離される様子はない。
恐怖と共に覚えたのは、男である自分とは違う柔らかく、滑らかな肌への興奮。 鼓動は早いが恐怖が好奇へと塗り替えされそうになれば、アンベルはバウマンの手を頬から顎をつたい、首元へと触れさせる。
アンベルの鼓動の音が指先に伝わる。
彼女も、緊張しているのだろうか? 鼓動が早い。
「私は強くはないわ。 分かるでしょう……貴方は簡単に逃げる事ができる。 殺すことだって簡単でしょ? でも、貴方は逃げ出さないのは、どうして?」
「ぇ?」
顔が近づけられれば、反射的に逃げて躓いた。 手をとったままのアンベルも巻き込んでしまい、彼女は簡単に倒れかけ、ベンチに顔をぶつけそうになるから、アンベルの身体を引き寄せ……そして抱きしめたまま地面に倒れ込んでしまった。
身体が重なりあう。
「随分と積極的ね」
「違う」
「本当に? 心の中では……こうして触れ合いたかったのでは?」
「あり得ない!! 私の上を退いてくれ。 頼む!!」
「嫌よ。 だって、このまま貴方を逃がしてしまえば、貴方は私を嫌い、避けて歩くでしょう?」
「……」
きっと、そうするだろう。
「もし、そうなったら、気まずい思いをするのは、貴方の婚約者のマティルと、私の婚約者のアーレントよ。 それぐらいは分かるでしょう?」
「なら、どうしろと言うのですか?」
たどたどしく、枯れた声でバウマンは言った。
「私はね、バウマン様と仲良くしたいだけ。 そんなに緊張しないで。 喉が枯れているわ。 一緒にお茶をしましょう。 お菓子もあるのよ」
「一緒にお茶をしたからといって、貴方を良く思えるとは思わない」
「その誤解をなんとかしたいと言っているのよ。 ねぇ、私達は仲良くなれるわ。 関係性が悪いままでいい、貴方はそうやって多くの人を拒絶し、仲良くなれる可能性を放棄している。 同じように私とも関係を悪化させ、距離を置こうとしないで。 そんな寂しい事を繰り返さないで、今に誰も側に居なくなるわ。 例え、婚約者であってもよ。 私は貴方が心配なの」
図星だった。 図星ではあるが……分かったふりをしないで欲しいとも思った。 それでも、自分がこのままだったならマティルとの関係が悪化するのだと言われれば、嫌だった……。
「どうすれば……」
「簡単よ。 当たり前の事をすればいいの。 バウマン様はマティル様と仲良くなるためにどうした? 食事を共にしたでしょう? 他の人もそうすればいいの」
食事を一緒にすれば仲良くなれる……そんな簡単に仲良くなれる訳がない。 だからと言ってソレを口に出せば
『どうすればいいの? ソレを試してみましょう』
そう言いだすような気がしたから……妥協した。
「わかりました。 お茶をしましょう。 だから……私の身体の上から退いてください」
と言っているのに、クスッと笑ったアーレントは身体の上に乗ったまま、バックの中から竹製の水筒を取り出し、竹を薄くして作られたカップを取り出し、飲み物を注いだ。
「はい」
「退いて下さらないのですか?」
「あら、私達は仲良くなるんでしょう? はい、飲んで。 凄く汗をかいているわ」
「だから、退いてくれといっているんです!!」
無理やり退かそうとしたが、両手を伸ばしたところでニッコリと余裕で微笑まれる。 そしてバウマンは、女性の身体に触れる事ができなかった。
「飲まないの?」
「分かりました。 飲めばいいのですね」
バウマンは差し出されたお茶を飲み干す。
「これでいいんでしょう!! もう退いて下さい!!」
自棄に、喉に焼け付くようなお茶だった。
辛く、熱い……。
「はぁ……」
「どうしたの?」
「何を飲ませたのですか……」
汗が流れる。
呼吸が辛い。
「辛そうね」
白い指が伸び襟元にかかる。
「触るな……止めろ……」
「でも、辛そうだわ。 大人しくして。 楽にしてあげるだけだから」
顔を近づけられ、頬に唇が触れた。
赤い舌が伸び、流れた汗が舐めとられ、背筋がぞわぞわとした。
「触れるな!!」
もう、いい……相手が大地に転がろうと、ベンチに身体をぶつけようとかまわない。
肘を大地に触れて身体を捻り、立ち上がろうとしたが、力が入らなかった。
辛い……。
身体が熱い。
息が乱れて、訳の分からない衝動が襲ってきた。
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