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27.批判の矛先

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 懲罰房の後、2人は選択講義の変更を行った。

 マティルの方は、今までの経営関係に加え礼法関係(主に客人を迎えるためのインテリア等を中心に)を追加した。

 バウマンの方は、礼法、文学、芸術を選んでいたが、礼法を外して騎士学を選択した。

 現状のヴィッテル国は芸術を学ぶ事は道楽としか考えられていない。 何をしていても文句を言われる事の無い上位貴族が趣味として学んでいる状況で、厄介な存在と遭遇するのは、バウマンが文学の時間のみに限定されていた。

 ひそひそと聞こえぬように語られる陰口。
 言葉は届かぬが、集まる視線は倍に増えている。

 講義は終わったとバウマンが、マティルとの待ち合わせ場所へと向かおうと立ち上がれば声がかけられた。

「おぃ」

 出入口に向かう側の通路が塞がれる。 無視をして逆の方から帰ろうとすれば、慌ててそちら側にも人が立った。

『バウマン、お前が悪く無くても暴力はいけない。 力をコントロールしない以上、大けがをさせる可能性があるからな。 人間数人をお手玉代わりにできるようになるまで、逃げる事に集中しろ』

 ブラーム様はそうおっしゃっておいででしたが……出来るでしょうか? 重さは問題なさそうですが、大きさと天井の高さが不安ですね……。 一度、外に放り出しますか?

 と、窓を眺めれば、イラっとした声で叫んできた。

「おぃ!! 呼んでるのが聞こえないのか!!」

「いえ、聞こえてはおりますよ。 それで、どのようなご用件ですか?」

「大公に囲われたからって、随分とお偉くなったものだな」

 バウマンは脳内で色々と返事を考えた。

 羨ましいのか?
 元々爵位は上だ。
 貴方も気に入られる事を願っています。
 痛い思いが足りなかったようですね。

 どれも怒らせてしまいそうで……短く語る事にした。

「ドエム?」

 一言言って、首の周りや腕をポリポリとかいて見せた。

「何を訳の分からんことを!!」

 顔を真っ赤にして言葉にならない言葉を叫びだした。

「いえ、喧嘩を売っているのかと思いまして……」

「何かしてみろ、また懲罰房に戻る事になるぞ!!
「もう何年も使われていないところに放り込まれるなんて、うけるんですけど~」
「ネズミとの同居楽しかったですかぁ?」
「ネズミと同レベルで快適でしたか? ちゅーちゅー」

「……楽しそうですね」

「ふざけんなぁ!!」

「外に出て運動でもしてはいかがですか? 精神が乱れていますよ。 ブラーム様が言うには、精神の乱れには運動が良いそうです」

「誰のせいだ!!」

「言葉が通じない……」

「それは、お前がネズミだからちゅ~」

 いや、むしろお前がネズミ……。

「やはり特殊性癖の持ち主と言う事ですね……貴方方が、どうしてもと喧嘩を売るなら、やぶさかではないと思っていましたが、それが性癖となれば、ご遠慮させていただきたい……」

 そう言って頭を下げた。

「違うわ!!」
「なぜ、そうなる!!」

 無視して歩き出す。

 気づけば十数人の男女が周囲を囲んでいた。
 中には、わざわざ他の講義に出席していた者達までいる。
 派閥にない者達まで、じっと様子をうかがっている。

「恥ずかしくはないのですか? 多勢に無勢で」

「この世の中は多数が正義になる事を知らないのか?」

 出入口に近い席を選んでいたため、周囲を囲む人を無視して扉をくぐる事も難しくはないと思ったが、腕を掴まれ止められそうになり……転倒を促してしまった。

「被害者として立ち居振る舞うための戦略ですか?」

 社交界で仲間外れになってしまえば終わりだとキリキリと胃を痛めていたのは、以前まで。 今は大公であるブラーム・クラインの庇護下にいると言う事は、余計な心配をせずに済む事が心の余裕を作り出していた。

「……お前のような奴が、なぜ大公の庇護を受ける」

 しばらくの間こそ、罰の延長として考えられていたが、虐げられている様子が無いのを見て寵愛と感じるようになったのでしょうか?

 早朝練習は十分に過酷なのですけどね……。

「何も変わった事等しておりませんよ。 ただ、彼の仕事の手伝いをマティルと共に行う事で学ばせて頂いているだけです。 皆さんにも生徒会から同様のチャンス、アピール期間を与えられておりますよね?」

「と言うことは、お前は侍女のように扱われる事に屈辱を感じなかったと言う事か?」

 生徒会の手伝いに招かれた時、彼等が与えられた仕事は、お茶汲み、茶菓子や食事の手配、書類の整理、掃除、それは侍女のする仕事だと言えば、騎士特訓に付き合えと言われたらしい。

「屈辱、ですか? 相手は王族ですよ」

「そんな誰にでも出来る事を、なぜ私がしなければいけない!!」

「それでも立場が下なのですから、するべきではありませんか?」

「貴族の存在意義はそんなものではないだろう!!」

 これを聞いてバウマンが思ったのは、マティルに謝罪を述べなければだった。

 侯爵令息の婚約者が、より低位の令嬢もいると言うのに、進んでお茶を淹れるとはどういうことだと叱ってしまったが、世間に出ていない貴族令息・令嬢達は人にしてもらう事ばかりで、自ら誰かが快適に過ごすように行動しようと言う事は無かった。

 ようするに、放置されば誰も茶と菓子が棚に準備されていても、誰も動く事は無かったと言う事だ。

 この人達は大丈夫なのか?

 白けた様子で、王族批判を口にする貴族達を唖然と見てしまっていた。

「王族の方々はダメだ!! あの方々は見る目が無い!!」
「国の未来をお任せするには、将来が心配だ」

「では、貴方方がお支えしてさしあげればどうですか?」

 と思わず口にしてしまったが、

「お茶汲みがお支えする事になると言うのか!!」

「えっと……貴方方、お茶会に参加された事は?」

「私達はまだ、社交界デビュー前だぞ!!」

 バウマンは頭を抱えた。

 彼等には接待と言う概念が無い。

 貴族自身が持て成せば、下位に見られるとでも思ったのだろうか?
 この方々は、最低限の礼儀がなっていないと退学処分が相応しいのではないでしょうか?

 唖然として考えているうちに、王族への不満が噴き出す結果となった。

「そもそも、統治者として、人を使う才覚が無い」

 そうだそうだと騒ぎ出す。

 批判をしたいのか? お気に入りになりたいのか? バウマンは状況が理解できないまま深い溜息をついた。



 とても面倒です……。



 そして、バウマンは騒々しく騒ぐ人々の中、そっとその場を後にした。

「バウマン様!!」

「お待たせして申し訳ございません」

 声をかけてくるマティルに、微笑んで見せる。

「どうかされたのですか?」

「いえ、大したことではありませんよ」

 とは言うものの、遭遇したばかりの出来事を話し、以前の謝罪も行った。

「いえ……。 私達も知らない事は多くありますが、彼等はその……なんというべきか……王族の方々も苦労が耐えませんね……」

 攻撃の矛先が、自分から、王族の方々へと移った事をどう判断するべきか……。 そして2人は、ブラームが執務室として与えられている警備本部へと歩き出した。
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