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05.婚約者は失敗したらしい

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 全寮制の貴族学園の敷地は広い。
 それは小さな王国を表しているため。

 入学から10日経過したランチタイム。
 目の前には婚約者であるバウマン・ベール侯爵令息が現れた。

「ランチを、共にしましょう」

 ファーストダンス以降もバウマン様はシュカ様の側を離れず学園経営や国政の手伝いをしていた。 選択授業も違うため顔を合わせるのは10日ぶり、恋愛感情があった訳ではないが、婚約者同士の関係を結ぶための意味を持つ学園でもあるのだから、惨めな思いで10日間を過ごしたのも事実だ。

「どうかなされたのですか? お忙しいのでしょう?」

 そう言いながらも、私が住まう寮の食堂に隣接するテラスへと誘う中で、私は苦虫を嚙み潰したようなバウマン様の表情を覗き見る。 気づかないふりを徹底しましたが……。



 王立貴族学園は大人達の干渉を避けるため出入りは難しく、全寮制とされている。 住まう寮は、男性寮、女性寮と言う区分けではなく、家柄の地位、名誉、財力、国への貢献度等から寮の格付けが評価され定められる。

 王級、金級、銀級、銅級。

 私は男爵家の生まれですが、商売による国への貢献度が高いため金級。
 バウマン様のご実家は爵位こそ高いですが、没落寸前と言う事もあり銀級。

 食堂までの通路だけでも違いがあるのでしょう。

「良い所に住んでいるのですね」

 バウマン様のこの言葉、そして表情の隅々に僻みが見え隠れしており、私は一言だけ小さな声で返すのでした。

「そうですね」



 ランチと言う事で私はサンドイッチを頼んだ。 キャベツのシャキシャキしつつも柔らかな舌触りと仄かな甘味、ソレを際立てる少し塩味の濃いハムがシンプルに美味しい。 もう一つは菜の花と卵のサンド。

「それだけしか食べないのですか?」

上品で作りの良い顔立ちとは違い、肉の食べ方は良く言えば豪快、悪く言えば下品に思えるかもしれないほどにガッツいて食べていたバウマン様の手が止まった。

「運動をするわけではないですし、コレで十分ですわ」

「そんな訳ないでしょう」

 ステーキを切り分け私に突き付けてくるが、私はその意味が分からず首を傾げてしまう。

「シュカ王女はもっと食べておいででした」

「王族の方々は騎士の素質が強い方が多いですから、肉食を好むと伺っておりますわ」

 向けられる視線が、ソレは? と語っているのですが、どうしてそうなのかとバウマン様は問うてこない。 侯爵家は彼の幼少期に没辣しかけ、そして見栄のために没落を進めた。

 だから他愛無い知識を持たず、その知識は偏っている。

 苦笑交じりの笑みに、憮然としながらも引いてくれたバウマン様は食事を再開し、会話がいったん止まる。 食事を終えてお茶の時間となり、改めてバウマン様は私へと視線を向けて来た。

「本当に、良い環境ですね」

「ソレだけ金品を使っておりますから」

 下卑た事を言うのは、バウマン様の機嫌を損ねないため。 彼の表情を察するに彼は今とても不安定だ。

「それは、素晴らしい」

 彼の感情は無駄に露わにされていた。

「王族の方々のお手伝いをされていたバウマン様は、王族の方々とご一緒に食事をされていたのではありませんか?」

 両手で顔を覆いながら、感情を隠していた。 私の問いかけにバウマン様は自嘲気味な溜息をつき、呼吸と共に感情の乱れが生じる。

「そんなに良いものではありませんよ。 無能者のレッテルを張られた!! 学園の設立理由を無視してまで手伝いは要らないとまで言われてしまいましたし。 アピール等しない方がマシと言う奴だった!!」

 荒ぶる感情のままテーブルが殴られれば、食後のコーヒーの表面が波打った。 立ち上がったバウマンはコーヒーを煽り飲み、一歩を踏み出し近寄り手を差し出してきた。

 私は微笑みを浮かべて不安そうに揺らいで見せる。

 腕が掴まれ強引に立たされ、胸の中に収められた。 女性に人気とされる香水に隠れた獣臭。 ソレは獣の発情成分を加えたもの。

「この香りは、学園に相応しく無いわ」

 胸に押し付けられた身体から感じる鼓動が早い。
 乱れ、荒れた呼吸が熱く耳にかかる。
 鼓動が早くなり、体温が上がれば香りが強く……欲求が盛り上げられる。

「頼む、助けて欲しい。 私は、未熟だから」

12.13の子であればなれない政務ごっこに対処できずとも温かな目で見守られるでしょうが、今年19歳となるバウマン様では今まで何をしていたのだ? と言われかねない。 挙句に……。

「父の事業の失態を掲げ血筋だと嘲笑われました……」

 婚約者とはいえ、付き合いも長くない、情の無い相手の愚痴を聞くのは苦痛を伴うものだ。 それでも婚約者なら義務として慰めの言葉もかけなければいけない。

 だけど、これはいけません……。

 バウマン様の鼓動が速度を増すと同時に私の鼓動も早くなった。

「助けてください」

 耳元に囁かれる声が甘く耳をくすぐる。

 ぁっ……。

 息を飲んで、声を飲んだ。

「バウマン様は、バウマン様の得意とする事をアピールするべきだと思いますよ。 貴方が本来得意とするのは、貴族の礼説ではありませんか……このような事はおやめください」

 抱きしめる手が、背を足を撫でてくる。
 身じろぎし、拒絶の意志を示すが彼は泣きそうな声で訴える。

「私達は婚約をしている」

「お互いをもっと知るべきだと思います。 分かっておいでですよね? 婚約者とはいえ、この状況がどう意味しているかと言う事を」

 頬に唇があてられた。

「あぁ、教えてください。 私はどうするべきなのですか? 辛いんです」

 熱が、呼吸が高まっていてその表情は泣きそうに歪んでいて、私の唇にバウマン様の唇が触れそうになった時……強引な様子で身体が引きはがされた。
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