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番外 元さや【R-18】

05.趣味

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「彼女達はただ礼拝に来ているだけで、私とは何も!!」

 ワズが焦ったように声を荒げていた。

「うふふ、どうなされたのですか? 何かあれば、あのような不満内容にならない事ぐらい理解できますわ」

 言葉の内容だけを考えれば、シアに未だ未練のあるワズにとっては安堵となる言葉なのだが、たたえている微笑みが恐ろしく他人行儀というか、近寄るなと訴えている。

 昨日はあんなに良い感じだったのに!

「ぁ、えぇ、その……」

 ワズは、彼女に起こっただろう状況を想定した。

 2人が住んでいる領地は、内需によって大抵のものが補えるような地である。 充実はしているが豊かとはいえない。 だけれど、人々がソコに不満を抱くほどでもなく、だからと言って幸福を感じるほどでもない。 そんな気質は、緩い信仰を生み出していた。

 でも、まぁ、それなりに活気がある事から、神殿本部は結構な寄付金のノルマが課してくると言う問題を抱えていた。

 嫌味三昧を我慢しても、物資の支給は遅く、割り当てられる量は少なく、子供達は何時も腹を空かせており。神殿で管理されるより、犯罪をしてでも腹を満たしたいと考える子は少なくはない。 なら、なぜシア相手に養子を渋ったかと言えば、人心売買による警戒が義務づけられているのもあったが、1人を満足させる縁組よりも、全体的に腹を膨らませる支援が欲しかったから。 

 そんな金銭的に困っていた神殿だが、ワズがこの街に赴任してきてからは礼拝者が増えた。 同時にワズに気にかけて貰おうとする女性からの寄付も増え、司祭たちはいまワズに女性の気配を匂わせるのは遠慮したかったのだ。

「彼等も、その寄付を集める事に必死で……申し訳ありませんでした」

 そう静かにワズが告げれば、大きな溜息をつかれた。

「別に構いませんわ。 養子を迎える事は諦めましたし、神殿には特に用事はありませんから、寄るなと言われても、困るような事はありませんもの」

「それは、まぁ、そうですね」

 あはははと、苦笑いでワズは誤魔化した。 これ以上一緒にいる理由などないワズは、なんとか一緒にいようと思案する。

「あの、私、この街に赴任してきて、まだ日も浅くて、街を案内していただけませんか?」

「私も、この街が長い訳ではありませんし、余り外出が好きな訳ではありませんから、」

 詳しく知らないと言うなら共に探検を……いや、それは少し子供っぽいだろうか? 等と考えていたけれど。 続けられた言葉は、

「他の司祭様方は、この街に詳しいはずですからそちらに伺った方が宜しいと思いますわ」

「そ、そうですね……ですが、私はアナタと一緒に歩きたいのです」

「いえ、意地になって少しばかり大きな額を寄付してしまいましたが、そのようなお気遣いをしていただく必要などありませんから」

 そして気付けば、シアの住まう最寄りの乗り合い場で、招かれてもいないのに後をついていくこともできず、ガックリと肩を落としたままワズは神殿へと戻る事となる。



 その後、2人は数か月に渡り顔を合わせることはなかった。

 シアには、特別稼がなければいけない理由もなく、新しい仕事を探すとか、紹介してもらおうとか言う意欲もなく、新しい趣味として彫金にはまっていた。

 そんなシアに文句を言うのは、彼女の生活を支えるミアだけ。

 アイデアのままに作られる美しいシルバーアクセサリー。 美しい作品が生まれるのに比例して作業部屋は汚れていくのだから、部屋の掃除に片付け、素材の仕入れ、汚れた服の洗濯、ソレに加え放っておくとシアは食事も風呂も睡眠すら忘れてしまうのだ。

 ミアが酒場の仕事を続けるのは、金のためではなくストレス発散と言えるだろう。



 秋、実りの季節。

 ミアは美しい衣装を身にまとっていた。
 特に意味はない。
 あえて理由を言うならシアの趣味。

 新しく実りの季節を意識した銀の髪飾り、それとお揃いのスカーフ留め具。 そして、古着をリメイクした流行りのワンピース。 それらをミアに試着させて、シアは満足そうにうなずいていた。

「祭りの準備で忙しいから、一人でもご飯食べていてください。 そう言っていましたよね!! 玄関先に届けてもらっていた食事、本当にシアが食べていましたの?! 食べていませんよね? 何日食べず、眠らずにいたんですか!! お風呂にも入ってませんよね?! 私を飾り付けるよりも先にすることがあるんじゃありませんか!!」

「つい、楽しくて……でも、そういうことありません?」

 数日見ない間に、もともと薄い存在感がカゲロウなみに進化しているシアを見て、ミアは怒鳴った。

「もう少し、自分のことをかまいなさいよね! 反省するまで、戻らないんだから!!」

「まったく、気の短い子ですわね」

 ミアは、服を着替えて、怒りながら掃除をして風のように去って行ってしまったのだ。

 溜息をつき、シアは風呂に入り……髪を乾かすことなく、眠りについた。 豊穣の祭りを楽しむだろうミアのために作った服に満足したのだ。

「残念なことに満足感と空腹感は連動しないようね……」

 目が覚めれば腹が減っていて、大きな欠伸と共にシアは呟いた。 食べ物を探すため屋敷内を徘徊したが、あるのは紅茶用の砂糖ぐらい。 仕方がないと、外に食べにでかけようとクローゼットを開くが、そこに並ぶのは少し豪華なワンピースで、数か月にわたって少年のような恰好をしていたシアには、ひらひらした服が鬱陶しく思えて仕方がなかった。

「まぁ、いっか……」

 シアは少年風の作業着に身を包み、寝ぐせだらけのボサボサ髪を直すことなく紐で結び、生地が良いと言う理由だけで購入したジャケットを羽織り、膝下丈のブーツを履いた。

「まぁ、こんなものでしょう」





 少々のトラブルはあるものの、シアの生活は本人的には趣味に生き、幸福に満たされていたと言える。

 だが、一方では、シアの幸福のあおりを受けて恐怖に震える者がいた。

 仕事を辞める以前のシアには、暇な時間があった。 仕事があるのになぜ暇なのか?と、言えば、没頭するものがなかったからである。 暇なシアは、ボンヤリとしながらも高度な技術を必要とする治癒魔法の加護を無意識に編みプレートに縫いこみ、気付けば出来上がった作品は神殿に寄贈していた。

 加護縫いは、魔力によって作られた糸で道具に紋章を刻み、少々の魔力を流し込むことで魔法を使えると言う技。 それは一生のものではなく、一定回数の使用を持って魔法を形作る紋章は消失してしまう性質を持つ。

 故に、旧グリフィス領の民は、水紋、火紋、水火紋、風紋など日常生活に必要となる単純な紋章作りを永続して行う事で栄え続けていた。

 では、高度な紋章は誰によって生み出されていたか?

 貴族会や、商業ギルドの上層部、そんな彼等が内々に頼まれシアに依頼し、機嫌が良ければ受けて貰えていたに過ぎない。 だから神殿への寄贈はかなり特別な行為であったあと言えるだろう。

 生活の全てを趣味に費やし始めたシアには、退屈な、暇を持て余すような時間はない。 その結果、定期的にどこからともなく届いていた治癒紋章付きのプレートが神殿に届かなくなってしまったのだった。

「このままでは、神殿の威信が……」
「寄付が……」
「救えるべき命が……」

 右往左往し、紋章を取り扱う商業ギルド、貴族会に問いかけたものの、提示された額は恐ろしく高額であり、神殿は残り僅かな加護を大切に温存するよう各神殿に通達し、命運を神に祈る状況であり、奇跡を出し渋れば信徒の不信をあおり、寄付が減るばかりとなっていた。



 そんな神殿の心情など知るはずもないシアと言えば、久々のお日様の光にふらついている。 日差しが熱いと言うよりも、空腹が限界と言うところだろう。 街の中心である広場へと向かい、最初に目についた屋台に倒れこむように注文を告げた。

「焼きトウモロコシ1つ」

「あいよ」

 噴水の縁に腰かけて、次は何を食べようと周囲を見回していれば、アヤシイ子供達を視線に捉えることとなる。 年は12歳以下、食べ物を出す屋台を獣のような視線で睨みつける団体。 誰が見てもアヤシイとしかいいようがないのだから、当然屋台側も警戒はしているようだ。

 数か月引きこもっていた間にズイブンと治安が悪くなったものですね。

 トウモロコシを食べ終え、次に何を食べようかと屋台を見回し目についたのは、甘い匂いをさせている量り売りのベビィカステラ。 愛想の良い爺さんがニッコリ笑ってくるが、私はもうだまされませんわ!!とばかりにシアは視線を背けた。 甘い香りは香専用に砂糖を焼いており、カステラは砂糖も卵も少なめというアクドイ商売。 挙句にはかり売りと言いながら、大きな袋に一杯の最低量が定められている。 そこで文句を言えば、ヤクザ顔負けの脅しをかけてくるのだ。

 全てが経験済なんですからね。

「ほいよ、3000ゼニーだ」

「は、い?」

 噴水に座る私に、以前よりも少しばかり大きくなった袋と、倍になった価格で近寄ってきた。

「アンタ、もってこいって伝えてきただろう」

「私は、ここから離れて等いませんが?」

「なぁに、目と目を合わせた瞬間、ワシにはわかった」

「私にはその理屈がわかりませんね」

「あぁ? 注文しておいて金は払えないだと? 商売の邪魔をしにきたと言うことか? 丁度いい自警団が着たようだ。 アンタをしょっ引いてもらおう」

「うわぁ……」

 正直引く……ってか、なぜ座りやすいコチラ側に人がいないのかが良くわかりました……。 皆このレベルアップした押し売りに遭遇した経験があると言う事ですね。

「わかりましたよ……」

「迷惑料込で、5000ゼニーな」

 別に出せない訳でもないけれど、この親父に払うのは惜しいと思うのは私だけではないでしょう。 とはいえ、これ以上話をすれば、多分、きっと、1分ごとに価格があがるにきまってます。

「わかりました6000ゼニーで二袋買います。 それでいいですよね」

 決して美味しい代物ではないのは分かっていますが、野良犬、野良猫、野鳥の餌ぐらいにはなるでしょう。 なんて、交渉がまとまり終わった時に、意味のない救いの手が差し伸べられた。

「また、事情を知らぬ人間を騙して、コレで何度目だ。 まともに商売をしたいなら、マトモな品を売ればよかろう」

「何をおっしゃりますか、商売はキッチリと成立しました。 司祭様とて口出し不要ですよ」

 ニヤニヤと笑う店主。
 大きな溜息をつく司祭。

 私と言えば、金を払い、ほぼ小麦粉の塊と言えるベビィカステラ2袋を手にした私は、買い物にもうんざりした訳で、家に戻ろうと睨み合う2人を背に歩き出す。

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