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六章『大魔王ウルティマ編』

第六十一話『最後のチャンス』後編

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 胸の傷は深くないが、死ぬほど痛む。
 美しい草原の真ん中で、巨大で燃える岩があり、そのすぐ近くで俺はベゼに首を掴まれている。

「がはぁ!」

 突然、ベゼの腕が見えない刃で切られたように吹き飛んだ。
 俺は地面に尻もちをつき、慌てて呼吸をする。
 消えてしまいそうな意識が、徐々に正常に戻る。

「セイヴァーを保護しろ!ベゼを囲め!」

 そこに現れたのは、次々と転移して来た軍隊と警察だった。
 銃や魔道具を構え、ベゼを囲み、俺を保護する。

「はぁはぁ、なぜここに?」
「へへっ」

 既に俺以上のダメージを負っていたベゼは、膝をつき、血反吐を吐いた。
 そして、軍隊と警察を見て不思議そうにする。

「事前に呼んでいたのか……」
「ある探偵に頼んでな」
「ある探偵?それって、探偵ルーチェかな?」

 こんな状況でも、ベゼには不気味な余裕があった。
 逃げる素振りもなければ、抵抗する素振りもない。
 なのに、ニヤニヤと笑い、吹き飛ばされた腕を能力でくっ付けている。

「探偵のルーチェに言われて来た。今から君を保護する」

 警察の一人が、俺に近付いてそう言う。
 ベゼを捉えた後、俺も捕まえるつもりだろうが、今は味方らしい。

「奴が逃げる可能性もある。その時、奴の位置は俺にしか分からない。俺が必要になる」
「詳しくは聞かないが、信じよう。医療班!セイヴァーの治療を頼む!」

 物分りの良い警察は、話を信じ、俺の治療を優先してくれた。

 そんな中、ベゼは軍隊に無蔵座に距離を詰められていた。
 軍隊は警戒を強めているが、ベゼは瀕死の状態だ。
 これ以上のチャンスはない。

「僕を殺すの?」
「そうだ」
「そう。けど、死ぬのは君達だから、今のうち逃げな」

 ベゼがそう言った途端、ベゼの上空の空間が歪んだ。
 空間に切れ目が入り、そこから禍々しい何かが現れる。

「儂のベゼに手を出した貴様ら、一人たりとも生きては返さないぞ」

 そこに現れたのは、今世界中を震わせている張本人、大魔王ウルティマだった。
 歪んだ空間から、巨大な体がズッシリと落ち、もう一匹大きめの魔物が現れる。
 ウルティマが現れただけで、空気が歪み、地面が沈んでいた。

「レネス、お前はベゼの治療をしろ」
「分かりました」

 圧倒的な魔物二体の出現は、何百人も居る軍隊と警察を一瞬で恐怖させた。
 例えるなら、蟻の前に現れたアフリカ象だ。
 状況が一気にひっくり返った。

「ベゼとウルティマは繋がっていたのか?」
「嘘だろ」

 軍隊の中に戦おうと思う者は一人も居なかった。
 この俺ですら、戦うことを考えなかった。
 よって、命令はすぐに下された。

「全員退却!!班ごとに魔道具で転移しろ!!」
「行くぞセイヴァー」

 俺が警察の一人に抱えられると同時に、皆魔道具を取り出して転移しようとした。
 だが、一秒もないようなその一瞬、俺達は地獄を見る。

「え?」

 何が何だか分からなかった。
 理解する時間もなく、状況を見渡す暇もなく、軍隊と警察が蹴散らされていた。
 周りに魔法が放たれた形跡があるが、今この一瞬に魔法は放たれていない。
 誰もがそのことを見ていた。
 しかし、草原は焼けており、地面が抉れる程の被害がある。
 まるで、軍隊と警察に巨大な魔法が放たれたかのような被害だった。
 生きている人はちらほら居るが、皆状況を理解出来ていない。
 まるで、この一瞬で寝て覚めた後のような、時間が止まってしまったかのような、不思議な感じだった。

「これが大魔王ウルティマの力?けど、俺は奴が何かするのを見ていない。何かする素振りすら見ていない。力そのものが見えなかった」

 その光景には、ベゼやウルティマの部下も驚いてる様子だった。

「貴様がセイヴァーか?」

 瞬きをした瞬間、遠くに居たはずのウルティマが目の前に居た。
 俺は声を上げることも出来ず、震えてしまった。

「喋れんのか?つまらぬ奴じゃ」
「待って下さいウルティマ様!!」

 ウルティマが俺に手をかけようとした瞬間、ベゼが声を張ってこちらに向かって来た。
 先程の傷は一切ない。
 どうやら、ウルティマの部下に治療してもらったようだ。

「何だ?」
「彼は私が倒すべき相手。お願いです、生かしてやって下さい」
「倒すべき?なら今倒せば良いだろ?」
「彼は私の仲間の仇、正々堂々倒してやりたいのです」

 ベゼは平然と嘘をついた。
 しかし、今俺が助かる可能性はベゼにしかない。
 この嘘を無駄にしてはならない。

「分かった。行くぞ、ベゼ」
「ありがとうございます、ウルティマ様」

 俺は命拾いした。
 軍隊と警察が皆殺されてしまったのが、俺の一番の失態だ。
 俺自身は、敵によって追い詰められたが、その敵によって助けられた。

 それは別として、まさかウルティマとベゼが仲間だとは思っていなかった。
 ベゼは表面上の付き合いだろうが、奴が何を考えてるのかは俺にも分からない。
 だが、ウルティマと繋がっているってことは、何か企んでるに違いない。

 *(マレフィクス視点)*

 セイヴァーとの戦いに、ウルティマを呼んだのは僕だ。
 別に軍に対抗しようと思っていた訳じゃないが、セイヴァーの奴にウルティマと繋がっていることを教えたかったのだ。

「ウルティマ様、危険な所を助けて頂きありがとうございます」
「よいよい、お前は儂の孫同然だからな」

 ウルティマの奴は、気に入った部下には凄く優しい。
 現に僕には凄く甘いし、実際に孫のように可愛がってくる。
 大魔王ともあろう者が、以外と人間臭い。

「有り難きお言葉」
「そう固くなるな……お前ならタメで話しても良い。短い付き合いではないだろ?敬語で話されるとこっちが狂う」
「本当に良いのですか?」
「儂と二人の時くらいはその方が良い」
「分かったよ」
「……いきなりだな」
「いや?」
「別に……」

 ウルティマは、好んで僕を近衛兵と使用している。
 他の部下が気に食わないのか、僕を気に入り過ぎたのかは分からないが、とにかく僕の演技が上手すぎるのは確かだ。

「それはそうと、竜の土地、そろそろ制圧出来そうですよね?」
「あと三国……今まで丁寧に竜の土地北部から攻めたからな」
「そこで……明日は敢えて別の場所を攻めるのをお勧めしますよ」
「なぜ?」
「丁寧に竜の土地から攻めているウルティマ様が他の場所に出現したなら、今の戦地もこれから作る戦地も、慌てふためく……一瞬で良い、人間共の体勢を崩すのです」
「お前は知恵者だな」
「まぁね」

 ウルティマは人間サイズの大きな指で、僕の頭と頬を優しく撫でる。
 ごつくて硬めの毛が当たってくすぐったい。

「で?どこを攻める?」
「僕の住むエレバン。その中の大都市、メディウムを攻めのが良いと思う」
「なるほど……メディウムには既にお前と言う工作員が居る……確かに攻めやすい」
「明日の昼、出来るだけの準備をしとくから……門から堂々と攻めちゃって下さい」
「分かった……仕込みは頼んだぞ」
「はい」

 ウルティマは僕のことを信頼している為、何の疑いも拒絶もなく、作戦に了承した。
 全てが仕込まれた罠だとは知らず……絶頂からどん底に落とされるとも知らずに。

 ウルティマが大都市メディウムを攻めれば、大都市メディウムはあとかともなくなる。
 そうなれば、僕の学生生活も終わる。
 だからこそ、ウルティマとの決戦の場所に敢えて選んだ。

 これも全て、僕が絶対悪となる為の過程でしかない。
 ウルティマは明日、僕に殺される。
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