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四章『ベゼの誕生編』

第四十二話『一学期の終わり』

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 魔王の幹部、オルニス.ルスキニアを倒した僕は、ギルドカードのランクが一気にSランクまで上がった。
 魔物の中で最大難易度Sランクの『ボーン.アダラ』を倒した時は、そこまで上がらなかった。
 エリオットと一緒に倒したのもあるが、それでも今回と比べたら霞んでしまう。

 オルニスをランクにすらなら、どう考えてもSランクだが。
 しかし、ギルドの皆が言うには、Sランク数体以上の力だったらしい。
 考えて見ればそうだ。
 同じSランクの『レフコス.ドラゴン』を倒せても、オルニスには束になっても勝てなかった。
 魔王軍幹部は、それ程強力な力を宿していたということだ。

「「「乾杯!!」」」

 その日の夜、ギルドの三階でパーティが行われた。
 一番広いレストランが見たことのないくらい賑やかになり、人々は食事を取る。
 怪我している者ばかりだが、表情は安心と喜びに満ちている。
 中には、仲間を失った悲しさに浸っている者も居るが、流石冒険者と言ったところだ。
 誰かの死には人並み以上に慣れているせいか、悲しみを引きずる者は少ない。
 今この場で、悲しみの涙を流しても周りに気を使わせるだけだと皆が分かっているのだ。

「マレフィクスお前本当に凄い奴だ!このギルドの誇りだよ!」
「ほら、お前さんの好きなステーキまだまだあるからな!」
「なぁマレフィクス、奴をどうやって倒したか教えろよ」

 おじさん冒険者中心に、酔っぱらい共が僕に絡んでくる。
 僕がステーキにかぶりついているのが分からないようだ。

「あんたら酒くせぇんだよ。あまり寄るな」
「何だとぉ??この小僧!」

 酔っぱらい共を遠ざけようとしたが、逆効果だった。
 更にしつこく絡んできた。

「離れろって!」
「うへっ!?」

 酔っぱらいの一人を蹴り飛ばすと、輪になって食事を楽しんでいた一行のテーブルまで吹き飛んだ。
 酔っ払いは、テーブルを囲んでいた冒険者達に殴られ、レストランがたちまち乱戦になって行く。

「余興見ながら食べるステーキ最高」

 目の前で、理由もなく殴り合いを楽しんでいる冒険者を見るのは愉快だった。
 その光景をスパイスにしながら、ステーキを食べ続ける。

「ねぇ、どうやって倒したか教えて下さいよ」

 隣に座っていたホアイダが、静かに優しい声で言った。
 顔や首に湿布や包帯をしている。
 ドラゴンやオルニスとの戦いで負った傷だろう。
 どこか寂しそうだが、爽やかで純粋な笑顔だ。

「やだ」
「私のお腹を殴ったの……許してませんからね」
「……君が悪いだろ?言うこと聞かないから殴ったのだよ?」
「そうだとしても……私の意思を尊重して欲しかった」

 落ち込むホアイダは、疲れた目をしたまま水を一杯飲む。
 そんなホアイダを見て、僕は無意識にため息をついてしまった。

「オルニスをどう倒したか話してあげるから、ちゃんと聞いてよ?」

 ホアイダの頭を強めに押さえ、僕の方を振り向かせる。
 すると、ホアイダの表情が少し晴れて、ほんの僅かに涙目になって笑った。

「はい、ちゃんと聞きます」
「最初は冒険者の布をボーン.アダラに変えてオルニスに立ち向かわせた。するとオルニスの奴、慌ててアダラに羽根を放つんだけど、これがちょっとも当たらないんだよ――」

 冒険者達の殴り合いが終わっても、ホアイダは僕の作り話を聞いていた。
 オルニスを倒すこと自体は作り話ではないが、倒すまでの過程は全部デタラメだった。
 何しろ、ホアイダは僕が複数能力を使えることを知らないのだから。

 次の日の朝まで、ホアイダは眠らずに話を聞いた。
 楽しそうではあったが、その表情は友達と言うより孫のようだった。
 武勇伝を語るおじいちゃんの話を聞いてあげる孫のような、そんな表情と雰囲気だった。

 *(ホアイダ視点)*

 マレフィクスが魔王軍幹部を倒したことは新聞に載り、ニュースにもなった。
 魔王軍の幹部が倒されるのは実に20年振りらしい。
 それ程、魔王軍幹部は表に出てこないし、警察や軍隊が束にならないと勝てない。
 それをマレフィクスたった一人で倒したのだから、世間はびっくりだ。
 わざわざ異国からインタビューに来た者も居るし、その腕の良さを買おうとした国家の王様も居た。
 しかしマレフィクスは、国家に雇われることもなく、誰か腕の良い冒険者の弟子になる訳でもなかった。
 まだ世の中には、マレフィクスより経験を詰んだ強者は居るだろうが、その者がマレフィクスに勝てるイメージは湧かない。

『ベゼを見つけた』

 パソコンのチャットサイト『シノミリア』でセイヴァーがそう言った。
 私は、ヴェンディ=セイヴァーだと気付いているが、向こうは気付いていない。
 ベゼを見つけたということは、やはりベゼ=マレフィクスなのだろう。

『どこの誰です?』
『教えれない。こちらもベゼに見つかり、人質を取られているから』

 もしマレフィクスがベゼなのなら、ヴェンディとマレフィクスはお互いに正体を知っているということになる。
 今現時点で、二人はそう見えないが、もしそうなら隠しているだけだ。

『ベゼの不意をつくことは?』
『今のとこ無理だ。だからルーチェ、これから俺達がしていくことはベゼに襲われる街や国をその都度守っていくことだ。お前は警察と連絡し、その対策を取ってくれ』
『分かりました』

 もし本当にマレフィクスがベゼなら、彼はヴェンディ相手に人質を取っていることになる。
 どっちにせよ、犠牲を出さないように安全にベゼを捕まえるのは、もっと先のことの話になるだろう。

 * * *

「君はおバカちゃんだね」
「全然分からないです」

 二月も近くなり、最後のテストの為にマレフィクスと勉強に取り組んでいた。
 最近は、放課後の時間ずっとマレフィクスに勉強を教えて貰ってる。

 マレフィクスはいつも満点だから、次の年になればどう足掻いてもヴェンディと同じ特級クラスに行ってしまう。
 そうなれば、私はまたクラスで一人になってしまう。
 出来ることなら、二人と同じクラスが良い。
 それは、ホアイダとしてもルーチェとしても――友達としても、二人を観察する者としても都合がいい。

「良いかい?勉強ってのは分からないことを分かるようにする、あるいは知らないことを知ること。まずこれを頭に入れときな」
「マレフィクスはどうやって分からないことを分かるようにしてますか?」
「見て覚える。本や教科書なら一度目を通しただけで一言一句覚えちゃう。運動や魔法も同様……僕は99%の才能と1%の努力で何でも出来るの……つまり僕は限りなく神に近い」
「自分で言ってて恥ずかしくないのですか?」
「ポム吉と一人二役の君が言うかよ」

 勉強と関係ないことでも怒られた。
 しかしマレフィクスは、覚えの悪い私を諦めることなく教え続ける。
 私が彼の立場なら、ここまで根気強くは出来ないかもしれない。

「う~んとんとんと……」
「おいバカ吉、お前は黙れ」
「そんなぁぁ」

 ポム吉と話をしてくれるのは、マレフィクスとヴェンディだけだ。
 特にマレフィクスは、本当にポム吉に話しかけているように自然体で居てくれる。

「次問題間違えたら肌にひん剥いくよ」
「僕もう裸だよ」
「黙れ、喋る公共わいせつ罪」
「そんな!」

 一ヶ月丸々勉強に費やしたが、結局私は特級クラスに上がれなかった。
 だが、完全に無駄と言う訳ではない。
 マレフィクスとヴェンディは特級クラスで、私は上級クラス行きになった。
 勉強が出来なかった私は、マレフィクスのおかげで少しずつ勉強というものが得意になり、点数を取れるようになったのだ。
 その証拠に、上級クラスまで上がれた。

 四月になれば、ヴェンディも13歳になり、一学期の終わりを迎えた。

 * * * * *

 暗闇の中、何者かが話をしている。

「オルニスを殺ったのはマレフィクス.ベゼ.ラズル、年齢13歳、世界番号6のエレバンの少年です」
「情報によれば、そやつはベゼの襲撃を受けたエアスト村の生き残りだったな?もしかしたら、ベゼへの復讐故、血反吐吐くような努力でそのような力を身に付けたのかもな」
「オルニスの仇は取りますか?」
「……そんな無駄なことはしない。今余が見つけて欲しいのはベゼだ。彼を探して欲しい」
「生死は問いますか?」
「誰が倒せと言った?ただ見つけろと言ったんだ……見つけてマークするだけだ。間違っても、喧嘩を売るなよ?」
「分かりました」

 しばらくすると、その場に残ったたった一つの大きな影以外は、その場から立ち去るように消えた。
 その場に残った影、そいつは一人になると情けないため息をついて椅子からグダって滑り落ちた。

「ベゼ……彼なら俺を、俺を安心に導いてくれるかもしれない。正直に言うと、世界征服なんてどうでもいい」

 その影は、先程と違って情けない声だった。
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