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【第9話】弱者の武器

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現在も道場で正拳突きを繰り返す智也だが、道場に通い始めて1か月程度が経過した。その間、体にかなりの変化が見られる。

なんか急速に体が強くなってる気がする。気道を習ったらこのぐらいが普通なのか?

そんなことを考えている智也だが、少し誤解している。
確かに気道を習うと肉体も強くなり精神も鍛えられるが、それは短期間に関していうと本来微々たるものだ。

だからこそみんな魔法に傾倒している。

では、智也が感じている急成長とは何なのか。急成長している、1番の理由として、世界の整合性を保つシステムの影響がある。

そのシステムを具体的に説明すると、智也の肉体は本来ヒューの物であり、そこに無理やり智也の精神が詰め込まれた。14歳の体に23歳の精神、しかも違う世界の精神が入ったわけだ、そこで整合性を保つために世界の力が働いて精神に肉体が引っ張られているわけだ。

ここで注意しなければならないのが、必ず肉体が精神に引っ張られるとは限らないという事だ。

精神か、肉体か。
どちらに引っ張られるかは、神のみぞ知る。

急成長を遂げた2番目の理由として、気道が智也に合っていることが挙げられる。
だからと言って、いきなり何でも出来るわけではないのだが。

3番目の理由は、マチが智也にマンツーマンで指導してくれる事だ。

普通は、入門したばかりだと基礎練習がほとんどであり、師範または副師範が気道の型を生徒の前で披露しそれをマネするというものである。

だがマチは体を必要以上に密着させて指導を行っていた。
これが功を奏し、体に流れる気を肌で感じる事で、気についての理解が早まって現在に至ったわけだ。win-winである。

そして、この世界に来てヒューとの一件があったことにより、やる気に満ち溢れていることが、急成長している1番の理由に間違いない。

そんな智也に対して、驚きを隠せないのがマチである。

(この短期間で、これだけ成長するとは。1日で増える気の量が尋常じゃないぞ。さすがにまだ負けることはないが、下手したら数年で追い抜けれるな)

最初見たときは、押したら倒れるんじゃないかと思うほどに弱そうだった体も、程よく筋肉がついてきて、顔も幼さを残しつつ少しだけ男らしくなった。

智也が正拳突きを行う音だけが道場に響く、そんな時だ。

「げひひ、マチはいるかぁ?」

道場の入り口を見ると、ゴテゴテのローブに身を包んだ大男いた。
男は下卑た笑みを浮かべている。

その男はゲビルドという名で、この近くにある魔法道場の師範である。
ゲビルドの父とマチの父は仲が良かったので、2人でそれぞれの道場を開き交流を行っていた。

そのこともあり、昔はマチとゲビルドも一緒に遊んでいた。

しかし、ゲビルドの父が病により亡くなってから、ゲビルドが魔法道場の師範を踏襲し、権力を手に入れたことによって元から我がままだった性格が、より我がままになっていった。

「何の用だ? お前に構っている暇はない」
マチが不機嫌な顔でそう返す。

「いいのかぁ? そんなこと言って、俺も今じゃ名のある道場主だ、こんな落ちぶれた道場の1つや2つ、どうとでもなるんだぞ?」

「貴様、脅しているのか?」

「おいおい、勘違いすんな、俺は脅すなんてしねえよ、ただよ」

そう言って懐から紙を出すゲビルド、その紙にはこう書いてあった

【気道道場 Vs 魔法道場】

「なんだそれは?」

「何って、この道場とうちの道場で戦うに決まってるだろ」 

「私たちはそんなこと聞いてないぞ?」

にやにやと汚い笑みを浮かべるゲビルド。

「別に、勝負を受けなくてもいいんだぜ? ただ、街の皆に宣伝しちまったからな、今降りたら世間様はどう思うかな? げひひ」

「貴様ぁ!! どこまで汚いんだ!!」

「お前が俺と付き合ってくれたら、この話はもみ消してやるよ、ああそれと、仮に試合するとして、俺たちが勝ったら、この道場とお前は俺のもんだ、それも宣伝済みだからな」

「そんな勝手な」

「代わりに俺が負けたら、俺の道場と俺はお前の物になる」

「お前なんていらないし、そんなもの受けない!!」

少しだけ悲しそうな顔をしたゲビルド。

受ける受けないは勝手だ。しかし道場は少なからず世間のイメージというのが大切である。そういう意味で勝負を受けなかったら今でさえ人が少ないこの道場が終わる。負けたときのダメージが大きいのは、師範と副師範を比べてゲビルド側なわけだから。勝負を受けない場合、世間は逃げと取るだろう。

「だが勝負を受けたところで、俺達に負けて惨めな思いをする事が決定している。俺と付き合うのが一番利口だと思うが?」

そんな時。智也がゲビルドに近づいていく。

「少しいいか?」

「あん? なんだこのヒョロガリ坊主は」

「俺はヒューという、さっきから話を聞いていたら、あまりにもひどいと思ってな」

「部外者は黙ってろ」

「俺も、この道場に通う1人だからな、部外者じゃないさ、それに」

マチの顔を見る智也。

「こいつには借りがある、いつ返そうかと思っていたんだ、丁度よかった」

「待て、借りなんてないだろ?」
思い当たることがないマチは不思議そうに智也を見る。

「お前が指導してくれなければ、俺はここまで強くなれなかったと思う。指導を受けていてずっと感じたが、お前のサポートは完璧だと思った。俺はお前を尊敬してるし、感謝もしているんだ」

「ヒュー」

お互いに見つめ合い、2人だけの空間になっていく気がした。

「おい!! 俺を忘れるな俺を!! 話の途中だろうが!!」

マチは心の中で舌打ちを行う。そして、ゲビルドの事をゴミを見るような目で睨みつける。

「話の続きだが、戦うって言ってもどう戦うんだ? ルールは?」
そんな空気を無視して智也がゲビルドに問いかけた。

「…ああ、それは」

ルールはシンプルなものだった。

それぞれの道場から、師範、副師範を除く5名ずつ選出して戦う、1vs1方式の勝ち抜き戦で、簡単に言うと先鋒が強ければ先鋒のみで試合が終わる。

降参を宣言するか戦闘不能で試合終了。 

武器、魔法、気は使用OK(要するに何でもあり)ただし、前日に罠を仕掛けたりは禁止。

ちなみに結界術士を呼んで、攻撃を受けても死なない結界を張ってもらうため、死ぬことはない。

「ふーん、それで、子供と老人しかいない、この道場に試合を仕掛けてきていると、カスだな」

「おい、なんだとクソ坊主!!」

「俺が出る」

「え?」「は?」
マチとゲビルドは驚いて目をぱちくりさせる。

「がはは、こりゃいいぜ、このもやしっ子が試合に出るって? 戦う前から勝ちが決まったぜ」

「おい、ヒュー!! 本当に出るつもりか?」

確かに最近のヒューの成長はすさまじい、だが試合経験もなければ、まだ技も基本的な物しか習っていない。それに、ゲビルドの道場は人気な魔法道場ということもあり、血気盛んな若者が多数通っている、正直言って、ヒューが出たところで倒せても2人までとマチはふんでいた。

「ああ出るさ、そして必ず勝つ。お前も、この道場も渡さない!!」

マチのドキドキが止まらない。

「げひひ、楽しみにしとくぜ、じゃあな」

ゲビルドが道場を去っていき、智也とマチ2人きりになる。

「お前に、話さなければならないことがある」

智也が真剣な顔でそう言うと、ようやく現実世界に帰ってきたマチが話を聞く姿勢になる。

「ん? ああ、話とはなんだ?」





1週間前。智也は人気のない森の中に来ていた。

誰もいないな?

すでに智也は、弱いモンスターなら気を使って倒せるようになっていた。
強いモンスターに出会ってしまった場合は、足に気を集中させて逃げることにしている。
幸いこの辺には強くて速いモンスターはいないので安心である。

そんなこんなで森の中で何をしてるのかといえば特訓である。気を生活魔法で包み込み、飛ばす作戦の開始だ。

失敗。

失敗。

失敗。


実は最初から失敗する気はしていたのだ、部屋の中で小さく気を練って事前の実験は行っていた。その際も失敗しており、確認のために飛ばす気の量を多くして、森の中で実験してみたわけだ。

魔法で包んでいるから理論上は飛散しないと思ったんだが、どうして飛散するんだ? そうだ、もっと見やすく魔法に色を付けて確認してみよう。

実験を何度も行っているときに発見したが、魔法には色を付けることができた。
属性魔法に関しては、自分が使用できないため、分からない。エコーの魔法を出してそれに水魔法を纏わせた気をのせる。

それを打ち出すが。

なんか、混ざってる。

気と水が混ざっている、水に色を付けたことにより色の中に色のない部分が混ざっていっている事が分かる。

つまり水魔法はだめと、他の魔法でも試してみるか。

色々な魔法を試すが駄目だった。

魔法の属性が関係していないとなると、何がダメなんだ?

気が空気にふれると散る、魔法で囲んでも気は魔法と混ざった後消えてしまう。

そもそも体から出すと消えるのはなぜだ? 空気に触れているから? 空気に含まれているのは確か酸素に窒素に、あっ!!


そうだった、この世界の空気中には魔素が漂っている、もしかしたら……。

もう1度、気を放つため右手を前に出す智也。

気を出しながら、エコーに違う生活魔法を載せる智也、その生活魔法の中に気を入れて放つ。

その気がまっすぐ突き進み。

―――ドゴオオオン!!

大木を難なく薙ぎ倒した。

え? なんか強くね?

実験だから、そこまで気を込めなかった事もあり、ゴルフボールほどの大きさにしていた。しかし、この威力である。


なぜ成功したのか。

気は大気に漂う魔素に触れると触れた瞬間に散ってしまう。
そして、魔法で気を包み込んでも、気は周りを覆う魔法と混ざり、魔法の外側に拡散してしまっているのだ。

そこで、混ざらないようにする方法を考えた。

その際に使用した魔法が、エアーの魔法だ。空気に対して、様々な変化をもたらす生活魔法である。

属性魔法の風魔法との違いは、威力の違いと操作性の違いだ。
基本的に属性魔法は大きな威力や、大きな効果を発揮する物が多い。

しかし操作性で言うと生活魔法のエアーに軍配が上がる、威力が弱いので、皆使用しないが。

話を戻すことにする。


①エアーで、空中の魔素を空気とを分離する。ここで、空気から媽祖を抜いておくことが重要である。
② ①で作成した空気で気を覆う。これは、通常の状態の空気には魔素が含まれているため、気が溶けだしてしまう、そこから更に一番外側の魔法とも混じってしまって結果的に気が空中に拡散してしまうためだ。

③最後に、その魔素抜きの空気が魔素を含んだ空気と混ざらないように水魔法で1番外側を覆うと完成である。

気が拡散するのは、空気中の魔素によるものだと予測し、魔法と気が混ざらないように、なおかつ、空気と気が混ざらないように、工夫したわけだ。

それを飛ばせば、疑似的なウォーターボール(水魔法)になる。魔法弱者はようやく、まともな攻撃手段を取得した。
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