八雲の帳簿

椎名菖蒲

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自動人形編

 第1話 幻影を駆ける閃光

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 春、青空の日曜日。雑踏に惑う中、両親につれられ宙に浮く。待ちに待った両親との遠出は少女の心を満たしつつある。
「恵美は何に乗りたいんだ?」
恵美はニヤケながら父の言葉に答えを出せないでいる。何に乗ればいいのか、興奮が少女を惑わすのだ。
「恵美ちゃん、あのお馬さんなんかどうでしょう?」
恵美は笑顔で頷いた。自分の幸福は両親に決めてもらい、それが正しいものだと信じている。
 メリーゴーランドに揺られ両親に見守られながら、逸る気持ちを隠せないでいる少女は嬉しさの余り、ついに笑い出してしまう。今こそ幸せの絶頂。この瞬間が永遠に続けばいいと思った。
 だが、少女は堅実で謙虚だ。「家に帰ったら、宿題の日記を書いて、パパと一緒にお風呂に入ってあげて、晩御飯にして・・・・・・」頭の隅ではこの様に考えていて、笑いながらにして永遠を否定した。そんな娘を両親は普段から心配しているが、この笑顔で杞憂に終わるのであった。
 ここは遊園地。何が起きても、何がいても可笑しいことで終わる。例え黒い影が近づいて来ても。全身に鎧を纏う騎士が3人。人混みを掻き分けて彼女に向かい真っ直ぐ進んで来る。遊具に揺られる少女は、その2メートル近くある彼らに不穏な空気を感じた。
 催しの一環ではないと、逸早く気付いたのは恵美の父であった。彼は鎧騎士の前に立ちはだかり、質問した。
「ちょっとあんたら何なんだ?」
鎧騎士は彼の肩を押し退け、恵美に近づく。怒った彼は語気を荒らげて腕を掴むも、物を扱うかのように放り投げられてしまった。恵美は堪らず叫んだ。 顔を青くしながらも恵美を抱き上げた母は鎧騎士達から遠ざける。
「八雲恵美をこちらに渡してもらおうか。逆らえば親子共々死ぬことになる。」
切先を向けられた母は、恵美を背中に回すと、震えながらも対抗の意識を示した。
 起き上がった父は二人の元まで走り寄り、抱きしめ庇おうとする。周りの人は、この親子が標的と知ると我が子を連れ一目散に去って行った。
「目的は一人だが、致し方ない。」
 鎧騎士は鈍く光る剣を振り上げた。幸福から悲劇。少女は絶望した。
「・・・私が何をしたって言うの?」


 走馬灯より先に、誰かの甲高い声が雑踏を突き抜けた。


 待ったぁぁぁ!!!



風を切り閃光の如く。小さな少女が鎧騎士を蹴り抜いた。鐘突のような轟音を上げて、そいつはその場に倒れた。そしてその上に降り立つ小さな少女は、人間ではなく人形であった。
 出で立ちは15から17歳だが、60センチ程度しかない。太陽の日差しに輝く金色の髪と深く青い瞳。青いドレス。腰に刀を差し鋭い眼光を放つ。それは恵美が理想とする正義のヒロインだった。

 横たわる鎧に股がり人形の少女は問う。
「君がエミィかい?いくつ?」
濁った恵美の瞳は光を取り戻し、その質問に嬉々として答えた。
「うん6才・・・あなたは誰?」
6才の子供に剣を向けたのかと、人形の少女は呟いた。その目は暗く、今踏み台にしている鎧騎士を見下している。すると、会話に割り込むかのように、鎧騎士が起き上がろうとすると人形の少女は言った。
「踏んで悪かったよ・・でも、もう起きなくていいからさ!」
小さな人形は鎧の上から胸や頭を何度も踏みつけた。何度も何度も。それはとても楽しそうで、つり上がる口角から鮫のような歯が露になる。分厚い鎧はその度に歪み、身構える程の破砕音を上げ、仕舞いに鉄塊へと成り果てた。ゴロンと首が転がり落ちると一同に戦慄が走ったが、中身が無いことにまた驚いた。そう鎧の中には誰もいないのだ。
 残り二人の鎧騎士がすかさず人形に斬りかかる。
「私の名前はレティ!」
名乗りを上げると人形の少女は地面を蹴り宙を舞い、敵の首元に立つ。振り払われ、そのまま大きな剣で横凪ぎにされて、姿を消してしまう。しかし、目では追えなかったが、払いきった剣先に悠然と立ち、敵を見下していた。
「そもそも子供一人に大型を3体も駆り出すなんて、大人気無いんじゃないか!」
低い体制から刃を渡り、刀を抜く。

居合い・火走
突き抜ける閃光に引かれて火花が散る。
刎ね飛ぶ首。アスファルトに落ちると同時に全身を炎で包む。
 残敵の一体が、レティに破壊される前に任務を遂行する。最後の敵は離れている恵美に向かい何かをしようとした。鎧の胸が開き、中から大筒が出るや否や轟音と共に砲弾を放ったのだ。

 発火炎が目に焼き付く、思考さえ許さない静止した世界。一瞬とはこのことか。レティは射線上に回り込むと、鍔鳴りだけを残して砲弾を切り裂いたのだ。目の前に現れクルリと回ったとこだけが見えたが、刀を抜く素振りも触れる素振りも見せなかった。しかも、鎧騎士は次の攻撃を仕掛けて来ない。何故沈黙しているのか。
「私の奥義、絶影を拝めたことを光栄に思うんだな」
彼女がそう言うと、離れているだろう鎧騎士が真っ二つに別れ崩れたのだ。
 巨大な敵3体を相手取り、それも瞬く間に蹂躙する小さな人形を見て、恵美は最大の万能感に駆られた。この子が欲しい。恵美の心はかつてない欲求に身悶え、瞳は燦然と輝いている。
 敵がいないと知ると、今度は誰もが人形の少女を好奇の眼差しに晒す。彼女は少し困惑し、恵美を見ると寂しそうに微笑みかけた。
「怖がらせちゃったね・・」
捨て台詞を置き、走り出そうとするがそうはさせまいと、両親を振りほどいてレティに全力で走り寄る。そして捕まえるかのように抱き上げた。
「助けてくれてありがとう。私と友達になってくれない?」
突然、友達などと言われ驚くが、レティは寂しそうな目で見つめる。
「私が・・・怖くないのかい?私は今の奴らと似たようなもんだよ」
「でも助けてくれたでしょ!理由も聞きたい!」
彼女は少しうつむいて考えたが諦める。その時、一言だけぼやいた。少しだけならいいかと。
「えーと。じゃあ、少しの間だけよろしくねエミィ」
「恵美だよ、え・み!あと、これからでしょ?」
 捕まえたと燥ぐ恵美と、捕まったと微笑むレティ。今日一番の娘の笑顔を見て、両親は呆れたように肩を落とした。





 騒動の末、帰宅した八雲一家は早々に家族会議を開くためテーブルを囲んだ。険悪な表情の父と、それを真似しきれない母の顔はわざとらしい。
 眉を寄せたレティは、恵美に捕らえられ身動きができないのに、当の本人は少し嬉しそうといった、禍々しい空間となっている。
 父の名は大輔。母はダリア。レティも改めて自己紹介をするが、人形の疑問は深まった。大輔にダリアまでもが、レティに対しての驚きが薄い。大輔は鼻からため息をついて語った。
 故人となったダリアの祖母から、動く人形ついて聞いたことがあるそうで、当時は微塵にも信じていなかったが、目で見た以上信じる他にないとのこと。
 ダリアは嬉しそうに言う。
「私も子供の頃から可愛いお人形さんが好きでしたから、むしろ嬉しいわ」
ダリアは陽気でお気楽な人物だとレティは断定した。
 大輔はレティにここに来た要件を尋ねる。彼女は恵美にテーブルの上に乗せてもらい正座をすると、刀を右に置いた。まずはコレを見て欲しいと言って、人形の少女は自分の右腕を太股で挟み、そのまま肘の関節を外し大きく引き離した。すると、その間を繋ぐゴム紐を伝って、雑に巻かれたメモ紙が出てきた。
 レティが読み上げる。
「遺言書。書き出し人マチルダ・ウィリアムズ。私の死後全財産を曾孫の八雲恵美に相続する。」
書いてあるのはそれだけか?と尋ねられたがレティは次に移った。
「後は資産の金額と権利だね。えーと金額は170万ポンドでかなりの大金だ。」
(2000年4月のイギリスポンドは円に換算すると167円になる。)
「今のレートですとだいたい3億円ぐらいでしょうか?」
一瞬にして場が凍る。解っているのか無いのか、恵美は遠くを見ている。大輔は頭を抱え、ダリアは笑いを堪えている。奇怪な奴らだと思いながらも、レティは話を続けた。
「その先が問題だよ。マチルダが所持していた書物、兵器全書の所有権も含まれているんだ。」
 兵器全書と言う用語に不気味さを隠せないが、レティは重々しい表情でその書物に就いて語る。

「兵器全書とは・・・
12世紀の預言者が書いた戦争と兵器に関しての予言書だ。膨大な情報量は一冊に収まらない故、2冊以上あるってところまでは解っている。私が問題視してるのは、兵器の名前と用途の欄にこの先の未来の武器まで書かれていることなんだ。当然信じられないだろうが、今のところ当たってるものもあり、その危険性は無視できない。そして、私達オートマトンは真名を知られてはいけない。
「まな?」
恵美が質問すると、レティは頷き説明を再開した。
「私達も兵器に属している。真名とは私達の本当の名前のことで、それを知られてしまうと意思の無い兵器として操られてしまうんだ。」
 話の腰を折るように、ダリアは席を離れ夕飯の支度をする。
「レティちゃんはご飯食べるの?」
レティは眉間にシワを寄せ、自身が人形であり食事を取ることができないと伝えた。ダリアは夕飯の重要性を語ろうとしたが、レティが阻止する。遺産のことも、娘が置かれている状況にも興味が無いのだろうか。
 苛立つ大輔と二人で頭を掻いたが、すぐに諦めて説明を再開する。
「私がこの日本に来たのはマチルダとの約束のためだ。生前の彼女からエミィの護衛と書物の破壊を任された。」
「破壊?・・・なぜ持っていた時に燃やさなかったんだ?」
「できないんだよ。条件を満たさないと破壊することもできない。それは私のようなものでも信じ難い魔導書のようなもので、今までに試みはしたが、出来たのは1冊だけ。それも事故のようなものだった。」
ところでその本はどこにあるのかと問われ、突然レティの口が重くなる。
「マチルダが殺された時に奪われてしまった」
それを聞いて一同は驚いた。火事で命を落としたマチルダは事故として処理されており、強盗殺人とは彼らに伝わっていなかった。書物を狙った、或いは盗んだ人間の仕業だろう。
「でも曾祖母ちゃんはなんで私にこんなことをさせるの?」
「理由はあるはずだが、マチルダは子供の頃から何を仕出かすか解らない奴だった」
まるでマチルダと幼なじみのような物言いに対して、恵美がたまらず質問した。
「あぁ出会ったのは丁度エミィと同じ年頃だったよ」
「え?レティはいくつなの?」
「どうだろうね?マチルダの倍以上は生きているつもりだね」
それは驚きだが、レティは話の軌道を戻した。
「兵器全書は所有権を持った人間にしか読めない。その権利をエミィがマチルダから継承してしまったんだ。」
じゃあ要らないよそんな物と恵美がひらめいたかのように言い、大輔も便乗するように賛成する。すると、レティは方法が解らないと言ったが、そこには不自然にも若干の間があった。判然としない恵美はレティを凝視する。それも真横で。この人形が何かを隠していることは、恵美にも直感的に理解できた。

 真剣な話の中、場違いにも火にかけた食材の匂いが立ち込める。気が逸れた恵美がカレーと言い当てると、ダリアはシチューと答えた。
「本その物は、お金に変えられないほど恐ろしい物だ。もし悪人の手に渡れば、大きな戦争の引き金になる。」
何かの冗談なのか、大輔は戦争と言うワードに食いついた。
「この先起こりうる戦争や、開発できる兵器も細かく書いてあるんだ。もしそれが真実ならば、手に入れた奴は一人で戦争を起こしても負け無しだ。何せ、私達オートマトンを世界中から召集して、従えることができるんだからね。」
想像は容易、全世界の支配者が決まってしまう。すると決意を表すように恵美がテーブルを叩いた。
「それはダメだよ!難しいことは解らないけど、私にしか読めないならそんな事はさせない!私やるよ・・レティと一緒にその本を破ってやる!」
娘の迫真の表明に小さな拍手を送るダリア。彼女の飄々とした態度に大輔は泣きたい気持ちになった。
 

 ダリアの料理が出来上がる前に、恵美と大輔はお風呂に入りに行く。リビングにはレティと、料理をするダリアが残った。鼻歌をする彼女にレティが質問を投げた。
「ダリア、君だけはずいぶん余裕だな。娘があんなことになったって言うのに」
「そうかしら?とても驚いているのよコレでも」
イギリス人の彼女は金髪に高身長でおっとりした目をしている、間違いなく美人の類いだ。他人の調子を破壊するのが特技なのか、レティは警戒を諦めつつある。料理の準備が粗方済んだところで、ダリアがテーブルに腰掛けた。
「レティちゃんのお洋服、所々ほつれや傷があるわね」
何を呑気なことをと思い、道中のいきさつを簡単に説明した。船で来日しようとしたが、途中嵐に見舞われ海に放り出されたと。
「まぁそれは大変だったでしょうに。でもどうしてそこまでして?」
マチルダには恩義があり、レティはそれに答えようと思っている。しかしダリアのニマニマと舐め回すような視線に、嫌悪を感じながらレティは目を反らし腕を組んだ。
「でも何か今日のお礼がしたいわ。そのお洋服を直させてもらえないかしら?」
レティは丁重に断ろうとしたが、ダリアは話を聞かない。
「レティちゃんは欲しい物やしたいことはないのですか?」
「私は・・・そうだな。睡眠だけは人並みにとるが欲しい物なんてないんだ。欲を言えば綺麗に飾ってもらうことだが、今はそれどころじゃないしな」
ダリアは胸を叩き鼻息を荒らげた。わかったと。しかしレティからすれば、なにが?と思わざるを得ないし、実際そのままに声を出していた。
「お洋服の事は任せて。それぐらいやりたいわ」
無下にするのも申し訳ない。ダリアの好意は提案を飛ばして決定なのだと、理解し諦めた。
 お風呂から上がりテーブルに着く八雲一家。食事を始めるようなのでレティは別室に移ろうとしたが、大輔に呼び止められた。幼児用の椅子もレティには大きく、パーティー席にされた彼女は何かの供物のようだ。会話は少なく黙々と夕食を平らげていく。リスの頬の様に食べ物を溜め込んだ恵美の眼差しに、堪えられないレティが、流石に見すぎだと注意したが、最後まで止めてはもらえなかった。
 食後に大輔がビール瓶を片手にグラスを二個用意したが、一つは小さいグラスだ。ダリアの分だと思ったが、なぜかレティの前に置いた。ビールが注がれる中、彼女が口を開くより先に大輔が宥め席に着かされた。
「ここじゃ呑めるのは俺だけなんだ。だから最初は乾杯ぐらい付き合ってくれないか?」
首を傾げ指に唇を添えて考えるも、日本の部族的儀式かと察し、レティも瓶ビールを担ぎ上げては大輔のジョッキグラスに注ぐ。その芸当に感動はしたが、泡の対比が明らかにおかしい。大輔は笑いながら乾杯し、泡だらけのビールを飲み干し美味いと言った。
 ビールを注いだのは初めてだと、レティは自分の不器用さに理由を付けた。
「いいってことよ、まずレティちゃんにお礼を言わず質問責めにしたことを許してくれ」
頭の上に疑問符を浮かべながら大輔を見つめた。どうやら聞くに、先ほどレティを苛めた案件をでっち上げられ、恵美から言われなき叱咤を食らったらしい。一緒に風呂に入ることを生き甲斐にしている大輔は、彼女に逆らえないようだ。
 当の本人はテレビを観るふりをして、こちらを頻りに監視している。先ほどから口数も少なかったのは、怒っていたのが原因だったようだ。
「エミィ、私は苛められたわけではなく当然の質問に対して答えていただけなのだ。どうかダイスケの無実を晴らしてはくれないか?」
審議の結果、無罪が恵美から言い渡されて、安心した大輔がレティに感謝を込めて手を合わせる。
「ところでレティちゃん、俺は大工をやっていてな」
それがどうした?と思ったが確かに大輔の体格は、力仕事をしている人間の体つき。身長は低いが、腕の太さはダリアの太股よりあると言っても過言ではない。お腹が少し出ているのは、ダリアの作る料理が悪いのだろう。
「だからママにも聞いたけど、レティちゃんのベッドと身の回りの道具を作らせて欲しい」
何故そこまで好意を押し付けるのか理解できず、手を突き出し首を横に振った。
「いいんだよ!俺の会社にある端材を使えば何か作れるんじゃないかと思っていたからな。エコだろ?」
いくら断ろうが二人して話を聞かないので、レティは好意に甘えることにした。すると脈絡もなく恵美がレティを抱き抱えて、テレビの前に連れてってしまう。困惑するが、大輔もついて来たので先ほどの要件の続きを話すことにした。
「エミィを狙うのは、かつて私とマチルダが本を巡って争った奴らだろう。そいつらは今後もエミィに対する危害を企てるに違いない。そこで私は24時間エミィの側にいて、身の回りに危険が無いか監視をしたいんだ。」
 レティの負担を考え、遊園地で関わった警察に改めて相談する事を提案したが、却下された。遊園地の一件で警察が動いていない訳ではなく、中身の無い鎧が暴れ出したなんて事案は不可解な点が多すぎた為、本格的な調査は行われてない。幸い怪我人が出ていないこともあり、テレビのニュース速報ではオカルト現象として報じられ、お茶の間の笑いの種になった。
 レティは警察の機動力の無さに信頼を置けず、大輔に申し出た。
「日本ではオートマトンの事件が少なすぎる。イギリスも大きな対策をしているわけでは無いが、アメリカを始めドイツ、ロシア、フランスまでもが近代兵器として認識しているんだ。もちろん表沙汰にはしていないが、CIAの窓際が裏で調査しているほどにね」
因みにアジア圏で例外なのが中国である。武術との相性が悪く、その国の自動人形は絶滅している。
 気を取り直してレティは続ける。
「それに今ニュースでやっていたが、防犯カメラの映像があまりにも不鮮明だ。私達はおろか、敵の姿までもがはっきりしていない。」
恵美が解りやすい説明を要求する。
「考えたくは無いが、敵はもっと日本の中心にいるかもしれない」
警察にやたら情報を与えてはいけないと、大輔にも伝わったようだ。
「困ったら警察だが、その警察が信用できないともなれば、恵美を本当に俺たちだけで守っていかなきゃいけないとでも言うのか?」
「そうは言ってない、まだ信用するには早いってだけだ。今までに国の警官までもが敵になった事は少なく無いが、それも少数による犯行だったんだ。私が言いたいのは信用できる刑事を探しでもすれば少しは楽になるぞってことだね」
今日の今日で解決する問題ではないが、一刻でも早くこの家族に平穏を取り戻してあげなくてはならない。



 レティは恵美の部屋で、彼女が寝静まるのを見届けて思いに耽っていた。ダリアに服を剥ぎ取られた挙げ句、薄いランジェリーだけになり、何故か暫く恵美が興奮していて、それを静めるのに大変な思いをした。つまりやっと寝てくれたのだ。
 恵美の曾祖母マチルダとは親友であり家族だったが、ここまで優しくされたのは初めてだった。自分が破壊の目的で作られた人形だと言う事を、所々忘れてしまいそうなる場面もあった。
「あの鬼畜老婆の子孫とは思えないね」
恵美の寝顔にかつてのマチルダを重ねる。レティは今にも泣き出しそうな表情をするが、決して涙を流さない。流せないのだ。
 マチルダは戦うこと以外に存在理由を持てないレティに、人のように自由に生きる事の楽しさを教えてくれた。幼少の彼女に出会い、大戦を共に生き延び、今ははぐれた仲間と3人で時計修理屋を営んだことや、機械を効率良く破壊する術をその身をもって体験させられたことなど、どれも鮮明に思い出せる。
 そう最後のあの日、燃える修理屋と彼女の遺言がレティの表情を曇らせる。
「マチルダ、私は君に生きる事を学んだ。その君の頼みだ、エミィは必ず命に変えても守ってみせる。だが、そこに私も連れていってくれなかった事は決して許さないからな。」
「え・み・だよ」
レティは驚き、しりもちをついた。起きていたことにではなく、独り言を聴かれていたことに恥ずかしさを沸かせた。顔が真っ赤になるんじゃないかと手を当てるが、生憎と人形なので血色は変わらない。
 少し落ち着きを取り戻して恵美に聞く。起きていたのか?と。恵美は頷き、自分の名前のイントネーションの訂正を求めた。個人的に違いが解らないが、とりあえず善処すると誓った。すると、今度はぜんしょの意味ついて質問される。頑張るってことだけど、明日になったら辞書で調べようかと提案し話を逸らしたが、6才の恵美はまだ習っていない言葉を使わないで欲しいようだ。レティは理解した上で答えた。
「実際、言葉なんて簡単でも伝わるんだが、それでも一つ一つ大事な意味が込められている。今後も解らない言葉を使うと思うが、その都度聞いて欲しい。」
私はあんまり勉強が得意じゃないのって答えるが、それは甘えだとレティが微笑みかける。
「大丈夫だよ、人間は学びに生きると、その生涯が短いと思う生き物なんだ。それは多分楽しいってことだと私は思う。私も発音頑張るから、明日からやってみよ?」
これで納得してくれれば、自分もようやく寝られると思ったが、恵美から余計な一言が出た。
「うん・・・よくわかったけど、何でレティはそんなエッチな格好をしているの?」
恥辱。硬い物で叩かれたような衝撃に目を丸くする。その手のハラスメントは慣れておらず、自分の体を見てこれが卑猥なのか?と思ったら急に恥ずかしくなってしまった。そもそも、エッチの定義とは何ぞやと考えながら用意されたシルクの布で肌を隠す。
 ぶつぶつと言うレティに追い討ちをかける。
「レティは考えていることが口に出ちゃうんだね。おやすみ」
恵美を子供扱いした報復なのか、レティの自意識に多大な痛手を負わせた。
 このネグリジェはお気に入りの寝間着で、今まで卑猥などと愚弄されたことはない。子供には解らないだろう、このデザイン性の素晴らしさが。しかし、もしこれが世間一般で卑猥物だとしたなら、あいつらは知っていて黙っていたことになる。そもそも、マチルダが作ったんだぞ。私は少し派手なんじゃないかと思っていたんだ。でも、淑女は皆着ていると言ったから、よしとしたんだぞ。まさか、嵌められたのか。あのババァ。死ぬ前に教えておけよな。
 渦を巻く感情。ぐぬぬと、悔しさが口から出て、思っていることが本当に漏れていることに自覚した。

    もういい!

教訓に習い、「この、ませガキめ!」とレティはあえて口を塞いでから思った。






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