八雲の帳簿

椎名菖蒲

文字の大きさ
上 下
11 / 12
自動人形編

 第11話 その人形は愛を求めた 

しおりを挟む
 午前10時。真っ白な入道雲が晩夏を飾る、緑が薫り立つ陽気。窓から心地好い風が吹き込むならば、リビングに薄緑色の反射光と風鈴の音が風情を彩るだろう。
そして間取りの良いこと。庭の縁台にも屋根が付いているものだから、陽光で床が傷まないようになっている。これは匠の仕業、または大輔の心粋と言うものだろう。優雅とはこのこと。東十条の朝は今日も平和だ。
 朝の地方番組で座頭市の再放送を座敷で観賞するレティ。座卓の上に敷かれた専用の座布団に正座する彼女は、その演技に刮目し心を踊らせている。
 本日の衣装は白いシャツに深い藍色のスカート。あんなに自慢していた青のドレスは先日のことがあってか、今後は特別な日でもない限り着ないと決めたようだ。
 朝食を終えた恵美に何が面白いのかと問われるが、物の好みなど人それぞれ。野暮な質問だが、レティはあえて子供には解らないであろう勝新太郎が演じる座頭市の魅力を陽気に語る。
 盲目の侠客。座頭の市が芸術的とも言える抜刀演技で悪党を斬る、アクション時代劇だ。盲目故こそ作れる制空圏の広さと危険感知の高さはレティが憧れを抱くには充分な設定だ。
 しかしながら恵美は疑問に思う。そもそも何が面白いのかと問う者は、興味が無いか趣向が気に入らないから問うのだ。朝から人が騒ぎ斬られる様をどうして目を輝かせて見れるのだ。そう言いたい。重ねて問うなら、レティよ。お前は人を守り自動人形を斬るのだろう。人が人を斬るのは許せるのか。そう恵美は漠然と思い至ったのだ。
 勿論現実なら許さない。相手が誰であろうと何だろうと。しかしレティの設計理念は人を守るだけであって人を正すことではない。つまり相手が兇状持ちだろうと人間である以上、自動人形から助けてしまうし、その者がその後人を殺めても咎められないのだ。その逆も然り。正義の為に悪党を斬った自動人形を目前にしたとならば問答無用で切り捨ててしまうだろう。場合によっては都合の良いだけで、レティ自身に正義はないのだ。

 依然日本にいた頃は何度か侍の戦いを見たことがあるのだが止めることはいずれも叶わなかった。自分が介入すればどちらかの生死に干渉することになる。人と人が殺し合うのはなんとも虚しく地獄以外に例えられない。

 しかしこれは現実ではない。斬られた演者は生きているし、勝新太郎自身めくらでもない。舞台上の演出ならより悲劇でより派手な方が面白い。
 恵美は侍の戦いがどう熾烈であったか気になるみたいだが、到底話せる内容ではない。少なくても恵美が野蛮だと思えるこの作品がレティの目には煌びやかに映るぐらいだと言えよう。
 市の殺陣が終わり終盤になるとレティは恵美の方を向き会話に入る。どうやら物語自体はあまり頭に入れてないようだ。
 恵美も再放送のセーラームーンにハマっているが、もちろんオープニングから次回予告までしっかり見る。話しかけてなんだが、物語は好きじゃないのかと問う。
「ああ。作り物とは言え、感情移入してしまうと別れが惜しくなるからな。」
レティは若干不機嫌そうに語るが、前回の視聴中に勝新太郎が3年前に死没しているとダリアに知らされ、既に大きなショックを受けている。なんだったら会いに行きたいと彼女が言った一言が発端で、母も気難しい顔をしている。既に感情移入などしてしまっており、一撃でファンになったところにボディブローを打ち込まれた次第。ネタバレとは言わないが、中々に鬼畜の所業。重ねて津軽三味線のじょんがら節をラジオで聞いたレティが苦しそうに震えながらも直接聞きたいと言い出したが、名人高橋竹山も2年前に死んでるぞと、故人の作品を更にもう二点ほど彼女に提供している。
 出不精のダリアはレティの反応を見て憂さ晴らしをしていた。まさに下衆。真性のサディスト。反省の色は特に見受けられず、名前を聞いただけで目角を立てる麗子の気持ちが少し解った気がした。
 恵美が凄い剣幕でダリアを叱り出すが、平謝りをする母の口元は笑っていた。そのやり取りを下から覗いていたレティはゾッする他になく、虚ろな目になるや流石マチルダの血族だと心根で納得した。
 恵美はそんなレティに視線を向けると第一に負傷した左手が目に付く。先の戦いで小指と薬指を失っており、いち早く直してあげたいと思う。しかし、シルビィに負わされたこの傷。今になって思えば軽傷過ぎるかもしれない。何度か致命傷を狙われたが、回避スキルを見越しての手心だったのだろうか。どちらにせよ恵美のぶっ飛ばしリストにバロメに引き続き登録されるのであった。


 それはさておき、今日の用事はもうひとつある。
茜との買い物に大型デパートに行く予定だ。茜は執事を連れて服を買いに行くそうだが、恵美には別段欲しい物などない。それより執事ってなんだ。恵美は直感でイメージを膨らまし、タキシード仮面を思い浮かべる。イケメンの執事。それに関しては妬ましいと思うが、本当にデパートに行くメリットがない。画材店でもあれば鉛筆の一つでも調達しようと思えなくもないが、実のところ億劫でならない。だが、茜に言われた言葉がきっかけで恵美は断れず今日の予定に入れてしまった。
『みんなの気持ちが解るかもよ。』
 クラスに馴染めない恵美はそれで良いと思っている。周りに合わせて自分の意見を曲げるぐらいなら負け戦でも構わない所存。だが、解り合えるならそれが望ましい。複雑な心境の中、まず意味があるとも思えない付き合いを選んだのだ。
 渋々仕度に入る恵美を見ると、レティも重い腰を上げた。
一歩前に出ようとしたときだ。その程度も叶わずしりもちをついたのだ。目を点にすると彼女は自分の足を二度三度叩いた。
「何やってんのレティ?」
恵美に起こされ、レティは照れ笑いを浮かべる。その時丁度二階からオレガノが降りて来ると、恵美は笑いながら今のことを話す。オレガノは一瞬眉を顰めると嘲弄するかのように彼女にドジと言った。何故一瞬怪訝そうな表情を浮かべたのかは知らないが、珍しく今日の予定に動向したいと申し出た。そんなやり取りをしているとカシミアも遅れてやって来たがどうも元気が無さそうだ。表情が雲っていて暗い。そんな彼女の手にはレティの武器、グリムリーパーが入ったトランクケースが握られている。買い物に行くだけなのに大袈裟ではないか。どうも二人とも普段と様子が違う。
レティと恵美は顔を向かい合わせると首を傾げた。



 レティが目覚めるより前、オレガノとカシミアは屋根の上で密談を交わしていた。
カシミアが聞くその内容はレティの寿命に就いてだ。あの程度の軽傷で気を失うなど不可解であると思っていたが、まさか生い先短いなどと知りもしなかったものだから声を荒らげてそんなはずはないと訂正を求めた。午前4時だ。万が一レティに聞かれたらまずい。オレガノはカシミアの口を塞ぐともう一度冷静に説明した。

 魔力の枯渇は自動人形としての死である。月の光を浴びても尚状態の回復に努めないレティには前々から疑問を感じていたカシミアであったが、レティの欠陥構造を聞くと納得せざる得なかった。だが、400年を生きてきたレティだ。何か秘訣があるのでは無いのかと問う。オレガノは答えた。それでも彼女は頑なに回復手段を取ることはしないと。
 何故なのか。その問いに対して彼はレティの威信に関わる事だと言った。その様は自動人形にとって、あるいは人間にとっても悍ましい能力だからだ。
 要領を得ないカシミアであるが、彼曰く今の状況は手の込んだ自殺をしようとしているのと同義だそうだ。恵美を残して自分だけ死ぬなど無責任にも程があると思うが、オレガノの企みは今日一日付いて周りチャンスを見張るつもりだと言う。また、カシミアにはその片棒を担いでもらいたいそうだ。
 解せない。何故そうまでして自分を追い込んでいるのか。この際だ。カシミアはレティのスキルに就いて問いただしてみた。
 オレガノは若干渋ったが、自分が言ったことを秘密にすると言う条件で彼女のスキルを明かした。他人のスキルを勝手にバラすなど、本人に知られれば殺されかねないが協力を依頼する以上致し方がない。オレガノは包み隠さずレティの回復手段を明かした。
 その内容を聞いたカシミアは絶句した。たまらず恐怖したのだ。まさかそんな恐ろしいスキルが在るなんて知りもしなかった。レティが隠したがるのも無理はない。人間はまだしも自動人形に取っては戦慄を隠せない能力だ。もし恵美が知れば今までの関係が崩れかねない。協力はやむ無しとポツリとぼやいた。
「厄日ですわ。」



 レティの破損を直す為、恵美一行は麗子の事務所を訪れる。道中のこと。レティの異変に気付いた恵美は、彼女を抱えようとすると彼女は案外素直に受け入れた。異変と言うのはどうにも足が覚束ない様子であった。そして異様に軽い。レティが言うには体に仕込んだ武器は可能な限り外してあるとのこと。麗子の事務所に着いたら残りの武器も外してもらう予定だそうだ。何故かは聞かない。恵美もそれとなくレティの不調を察しっているからだ。

 日下部探偵事務所に着くと、直ぐ様レティの作業に移ってもらう。この程度の軽傷で仰々しく来店するものだから、麗子は不信に思う。レティの依頼通り自力では外せない装備の解除に取り掛かるも、その経緯を伺ってくる。レティは適当に最近体が重くて動きにくいと言うが、自動人形が倦怠感など覚える筈がない。そう思ったが医者ではないんだ。頼まれたことだけやるのが人形技師。麗子もそれ以上言及することはなかった。しかし折角苦労して詰め込んだのに、勝手に取ってくれおってと、彼女は不服そうにレティの左足に仕込まれている直刃刀を外す作業を進める。そして厚い革手袋を着用すると恵美達に離れる様に指示する。いったい何が始まるのか。左足首を手前に引くと、破裂音と共に勢い良く白く美しい直刃刀が飛び出した。
 レティがこの装備を取らなかったのは理由があって。左足そのものがギミックになっており。交換は専門家にしか務まらない。麗子は錆びたスプリングと留め具が暴発を起こしかねないと危惧していたが、やはり限界が来ていた。レティはこの際、刃以外の機構を一新して欲しいと以来する。
「賛成だ。コイツはもう古すぎる。スプリングに負けて外骨格が吹き飛ぶ前に新調しよう。私では手に負えないから外注になるよ。」
 期間を伺えば、半年と答える。少々長いようにも感じるが、依頼先は融通のきく一般企業。責めて時間は多めにみて欲しいとのこと。何せ緻密な構造に鋭利な刃を仕込むのだ。強力なスプリングで押し戻されれば指が飛びかねない。
 因みにこの白雪と呼ばれる直刃刀。どのような武器かと言うと、足技を斬撃に変えられる優れものだ。左足首を手前に強く引けば脱臼と同時に時速60kmで飛び出す。それを受け止める金具には大きな負荷が掛かり、繰り返し使うには耐久性が疎かな代物でもある。収納も一苦労だが、ずぼらな彼女は地面に切先を押し付け全体重で踏み込むらしい。刀剣好きの麗子からすれば刃先が欠けるので止めろと切に願われたとか。
「ところで恵美さん。もう資金が底をついてしばらくだ。後で請求が常識なんだが、元金がない。次でいいからお母さんに言って300万ほど持って来て欲しい。」
 ぼったくりを疑いたくなる額だが、レティのこの白雪の修理だけでも50万はするらしい。本当に以来先は一般企業なのか。恵美は特に文句も言わずに、ウサギのリュックサックから輪ゴムで止められた500万円の札束を取り出す。
「ママがそろそろ生活費が尽きる頃だって言ってた。」
「もう封筒にすら入れなくなったのか。」
ちょっと悪い顔で現金を受けとると、麗子は恵美に話を持ちかける。
「ところで恵美さんは師匠の財産を相続した訳だが、使い道はあるのかい?」
恵美は首を横に振ると麗子は意外だと驚いた。
「ないってことはないだろ。欲しい物ならなんでも手に入る額だ。玩具やお洋服だって憧れる歳だろ?」
「麗子。無駄だ。エミィはまだお金の力がよく解っていない。何を唆そうとしているかは知らんが、彼女をそちら側に引き込まないでくれ。」
「元々が裕福だからね。それでもお金の力は偉大だぞ。」
「じゃあそのお金でアイツらを止められる?」
あいつらとは幻影帝國の自動人形達のことだろう。
「・・・多分無理。」
「じゃあ大したことないじゃん。それにこのお金はレティ達の為に使うべきだと思うの。」
「おや?なんでだい?」
「だってレティこんなにもお金が掛かるんだもん。ひいおばあちゃんは多分その為にこのお金を私に預けたんだと思うの。」
「殊勝だね。でもソイツのせいで君は危険に晒されているんだ。慰謝料として今日好きな物を買うぐらい許されるはずだよ。」
「・・・でもレティに出会えたし悪いことばかりでもないよ。」
 修理を終えたレティは恵美の胸に飛び込むと、恵美は最後に言い放った。
「多分だけど、まだこのお金は私にとって悪い物でしかないと思うんだ。」
恵美達が去った後、麗子は煙管に火を付け一服を始めると、特に思い至る感情もないまま気持ち悪いガキだとぼやいた。



 恵美一行は茜に誘われデパートに来ている。茜が連れて来た執事は初老の男性。残念ながらタキシード仮面様からは程遠い。不意に舌打ちをする恵美を不思議そうに見る茜は首を傾げた。デパートには子供にとって目新しい物が溢れ反っているが、恵美の目的は画材の調達だ。キラキラしたジュエリーショップを横目に素通りすると、茜がそれらを羨ましそうに眺め始める。
「宝石って良いよね。」
「何かの役に立つの?」
「もう。恵美ちゃんって夢がないよね。」
「石がほしい人の気持ちが解らない。」
「女の子はみんなキラキラした物が好きなんですぅ。恵美ちゃんにはわかんないでしょうけど。」
「私も女なんだけど?」
 仕方がないので恵美もしばらく見ていると、麗子の言葉を思い出す。今の私ならこれら全てが手に入る。あれもこれも手に入れれば、誰も私に逆らわなくなるかもと。目の色を変えた恵美はレティに呼ばれ我に返る。すると少しだけ心に刺さるものを感じたが、それが罪悪感だとは知りもしなかった。

 次に行くのは子供服の店。ここが茜の大本命。恵美も可愛い服は好きだが、心踊る物は特に無かった。それもそのはず、恵美の服はだいたいダリアが製作しており、その出来映えもレティが歓喜するほど。
 ダリアは退職するまでファッションデザイナーをやっていたが、今は個人の依頼しか受けてない。元の職業をやりながら家政婦でも雇った方が合理的だろうが本人はそうしない。もしかしたら仕事が嫌いなのか。
 茜はオーダーしてあった服を試着するとご満悦な笑みを浮かべ、恵美に見せつける。空気を呼んだ恵美が小さな拍手を送ると、周りの店員も茜に世辞を送る。すると気を良くした茜の提案で少し遊ぶことになるが、乗る気の無い恵美はそろそろ画材店に行きたい。
「何も急ぐことないだろう。折角友達と来たんだ。ゲームセンターでも行ってみたらどうだ。」
「レティがそう言うなら。ところでオレガノくんとカシミアちゃんは?」
レティが上を指差すと恵美は吹き抜けのフロアの天井を見上げ目を細める。4階分ほどの高さ。人が立ち入るには困難な場所。建物の中間にある骨組みと落下物を捕らえる網の上で二人はレティ達を見守る。結構距離があるが当然恵美に目視できない。
「見えないけどなにしてんの?」
「さぁ。仲が良いんだか悪いんだか。」


 せっかくの買い物を邪魔するかのよう突然穏やかではないアナウンスが流れると、雰囲気の違いからか皆耳を傾けた。何でも不審者が現れたそうで直ちにフロアからの退去を要請されたのだ。警備員の誘導に従い恵美たちも避難を始めるが、繋がったままの放送から聞こえてきた悲鳴で戦慄した。間違いなく不審者どころの騒ぎではない。
 それから直ぐに黒い影がゾロゾロと一階のフロアに侵入してくる。幻影帝國だ。大型6。小型中型30。大群を率いているのは断頭台のシエスタ。その群れを見るや否や恵美はレティを抱えては下りのエスカレーターに駆け込んだ。茜はそんな彼女を引き止めようしたが、人混みに視界を塞がれ遂には見失ってしまった。友達が目の前で消えてしまったのだ。当然パニックになりながらも探しに行くのだが、執事に手を引かれそれは叶わなかった。
 一方、駆け降りる恵美は自責に駆られている。夢にも出た平穏を奪われる場景。狙いが自分である以上、行く先々で誰かを巻き込む可能性がある。現に彼らは誰かを傷つけている。私がここに来なければ誰も怪我をしないで済んだはずだ。そう思う恵美の剣幕は言わずともレティの心に訴えていた。
 対向のエスカレーターから大人の手が伸びるが、恵美は振り払い下って行く。


 逃げ惑う雑踏をかき分けレティと恵美が中央に躍り出ると、自動人形達は行動を止めた。
「エミィ英断だと言いたいが、ここからは私に任せて少し隠れていてくれないか。」
恵美は頷き近くの花壇に身を潜める。
 レティはシエスタの前まで行くと、引き返せと命令した。
「ここはお前達の来る所ではない。右に回って帰れ。」
アナウンスの事もあり殆どの者は恐怖しただろう。今じゃ蜂の巣をつついたような騒ぎだ。すると申し訳なさそうにシエスタは背を向けると、素直に帰るふりしてレティを大鎌で切り付けた。帰れと言われて帰るようならそもそも来ないだろう。当然レティも後方に飛んで避けるがその時、着地にもたついてしまった。
 レティの現状を知りもしないシエスタは怪訝そうに彼女を見ると大丈夫かと一声かけた。
「なに。気にすることじゃないさ。ところでよくのこのこ戻ってこれたな。」
シエスタは言った。痴態を晒して逃げた件か。それに関してはまんまと騙されたと。しかし今度こそはと、それ相応の部隊を編成してきた模様。どうやら魔弾の燃費の悪さが早々にバレたようだ。
「奴は当分魔弾を使えない。なら攻めるなら今しかないってね。ネビュラには借りを作ってしまったが、ここで帳簿の読み手を回収できれば成果としては上々。」
 大型自動人形はオレガノ対策で皆盾使い。代わりに中型が前衛を務めるに当たって甲冑を纏い剣をとる。小型自動人形は中世の重火器を装備しており、陣形にムラがない。超軽量級の小型はカシミアと同じサイズで3体。恐らく彼女のみを狙ってくるに違いない。それ程までに彼女の作る結界は市街戦に於いて恐怖される物なのだ。
 しかし数を相手取ると刀ではやや不利だが、レティには優秀な仲間がいる。頭上に手をかざせば、カシミアが蜘蛛のように降りて来てレティにトランクケースを渡す。レティはグリムリーパーを二刀に分解し上中の構えを取った。
 シエスタ指を引くと武装した中型自動人形が前に出た。
「ついでに良いことを教えてやるよ。」
その剣には何かの鮮血と血肉がこべりついており、道中の経緯を物語っている。それを見たレティの挙動は不安定になり、かつてない形相にカシミアも後退りする。
「警備員2名、女性店員1名。」
シエスタがそう言うとレティの目元は陰り青い瞳は獣の様に光る。魔力は無くても殺気だけで勝ってしまいそうだ。
「任務遂行の為、やむなく殺・・」
叩き付けるような踏み込みでタイルは抉れ、突風のように突進するレティは実行犯の中型を貫き、シエスタを切りつける。側に居たカシミアは風圧で宙に放り出された。シエスタは寸前の所で防ぐがもう一刀のグリムリーパーが彼女を襲う。足払いでレティの体勢を崩し、地面に埋めた大鎌でポールダンスをするように蹴り抜き、大きく突き放す。
 それを口火に敵自動人形小型軽量級3体は予想通りカシミアを襲撃し始めた。戦場はごった返しになるが、レティは体勢を整えるともう一度突進するが壁のような盾に阻まれる。しかし防がれたと思った矢先、猛り狂うその突進は有無を言わさず大型自動人形をのけ反らすと、悲鳴を上げる金属の上から踏み抜いた。貫通とまではいかずともその破壊力は充分に恐怖を植え付けいる。鬼気迫る勢いに、まるで別人だとシエスタは不敵に微笑む。

 怒り狂うレティは実のところ冷静さを失っていなかった。むしろこれが本来の姿である。より効率的に尚且つ痛めつけて破壊する。それがタイプパニッシャーの性質。その姿を人が嫌うのも無理はなく、設計理念により本領を発揮したレティに敵はいない。だが、それは魔力が充分であればの話で今の彼女はガス欠寸前。どこで止まるか解らない状況。大型が防ぎ、中型が刺す。距離を取るレティを小型が射つ。完全に対策を詰まれている。
「オレガノ!援護を!」
 レティの叫びに呼応して弾丸が降り注ぐ。しかし全ての自動人形を守るかのように大きな盾がそれを阻む。
「駄目だレティ!隙を作らないと狙い撃てない!」
オレガノに対して小型自動人形が銃で応戦する。遮蔽物に隠れ事なきを得るが、無駄に手を出せば次はやられてしまう。
 彼は前線に踊り出て戦えるような自動人形ではない。本来戦場外から千里眼を用いて敵を蹂躙するのがオレガノの戦闘スタイル。元々スタッツの低い彼だ。こうなっては手も足も出ないであろう。
 避難の指示に従わなかった人々が野次馬のように観戦を始める。中にはレティの姿に心当たりがある者もいて、今回も何か面白いものが見れるんじゃないかと期待する。
「遊びじゃないんだぞ。」
 その中には茜の姿もあった。逃げるような薄情な真似はしたくなかったのだろうが、はっきり言って足手まといでしかない。敵自動人形の中には小銃を持つ者が多い。万が一流れ弾でも当たればただでは済まない。どうやら彼らには見世物にでも見えているようだ。
「カシミア!結界を張れるか?」
「今は無理ですわ!敵がわたくしを集中して狙っていますの」
 レティが仕掛けた辺りから、スピードタイプの超軽量級3体がカシミアを執着的に追撃している。カシミアの装備はポシェットに入った絶糸と縛糸が巻かれた二種類の自動式ボビンと20本の針。太い物は2本。そして細い物まであるが、咄嗟の近接戦闘を得意としない彼女には使い所を悩ませていた代物だ。いっそレイピアとして使っても良いが三対一では無謀が過ぎる。細い針は目立ち難いが適当に5本6本投げても小型特有の動体視力で弾かれたり避けられたりで封殺されてしまう。溜め込んだボビンを起動すれば直ぐ様結界を発動できるがその隙も与えてはくれないだろう。カシミアのスピードなら追い付かれることはないが、下手な避け方でもすれば野次馬と化した人々に危害が及ぶ。上の階に向かえばオレガノに被害が出る。そうなれば考えながら逃げるのが精一杯なのだ。
 当然オレガノもカシミアほどの速さで動く標的を正確には撃てない。それを良いことに万が一外せば人に当たるルートを走り続けていられるのは、やはり真名を縛られていない自動人形だからこそ成せる悪徳なのだろう。

 そうなれば状況的にレティが活路開くしかないのだが、野次馬に気を削がれたせいか彼女の視界からシエスタの姿が居なくなっている。代わりに大鎌の刃の部分がだけが床から突き出ている。おそらくスキル潜伏でその場に潜っているのだろう。先日同様サメ映画のように寄ってくるのだろうか。
 その対策をレティはまだしていなかったが、その心配はいらなかった。一度見せた技を二度と使わないのがシエスタのモットー。むしろ一度見せた技により成功率をあげられる技もある。レティの注意が鎌に向いたところ。足元からシエスタの手が伸び、レティの足を捕らえては泥沼と化した床に引きずり込んだ。慌てた彼女はグリムリーパーで床を切り付けるが、床は固く傷が付く程度でシエスタには届かない。丁度脹脛辺りで浸水は止み、終にはレティの身動きを封じてしまった。
 常に動く物。またはシエスタが触って居る限り、スキルで入った足は完全には固定されないが抜け出すのに相当の時間が必要になる。例えるなら水飴、あるいは鉛とも言えよう。人は泥でも身動きが取れなくなるもの。実質拘束されたも同然。
 それだけに留まらず。レティの体は急速に移動を始めたのだ。それも固定された刃の方へ。
「不味い!」
精肉スライサーの餌食になるのはごめんだ。レティは二刀の刃を地面に突き刺し加速を殺すと間一髪のところでそれだけは避けた。しかし今度は直接シエスタが鎌を取り攻撃を仕掛けた。狙いは首だ。レティは怪力で無理やり足を抜き、大鎌の横凪ぎを防ぐがあらぬ方向に飛ばし更に追撃か。低空で飛ばされているレティを追いかける。
 シエスタの加速力は異常に高く、自分で投げた物に追いつくスピードであった。要因の一つとしてその姿勢と足元。常に前のめりな姿勢はクランチングを彷彿とさせ、拍車を掛けるように足元は地面に体よく沈んでいる。走るより常に蹴っていると言った方が納得できる。
 シエスタの追撃は成功し、ガードの上から叩き付けられたレティはピンボールのようにバウンドする。その先に中型自動の騎士が2体待ち構えており、同時に剣を穿つ。死の直感で先読みし、猫のように嫋やかに躱したレティは、去り際に双頭刃の型にしたグリムリーパーで2体の自動人形の首を落とした。
「死に体とは言え気を抜くな!陣形は崩さすジリジリと嬲り殺すぞ。」
劣勢に恵美の声援が響くと観客たちもレティに各々の言葉を投げ始めた。

 やかましい。シエスタはレティを殺すことに気を捕られていて、野次馬の存在に気がつけないでいたが、それらの声援で閃く。
「なんだぁ。楽な方法があるじゃん。」
シエスタは手を掲げると、小型自動人形が銃を構える。オレガノから狙いを切り替えた先は茜達だ。生け捕りは恵美だけで後の人間はどうでもいい。だが、レティには耐え難いものだろう。こうなれば彼女が取る手段は一つ。それが解っててやるんだ。非道この上ない。
「撃ち方よーい。」
シエスタは躊躇なく手を振り下ろす。
 火薬が爆ぜるより先に伏せろと叫びながら茜達の前に割り込んだレティは皆の盾となる。射線上に入った彼女に無数の弾丸が放たれるも、咆哮を上げながら双頭刃の型で流れてくる弾丸を1発と漏らさず捌いていく。正に神業。しかし銃弾は雨のように降り注いだ。
 長い。そう思った矢先、足を滑らしてしまう。魔力の限界は当に越えていて身体に影響を及ぼしていた。弾丸の起動が人間に向く。しまったと無理な体勢で弾くが、次に自分を守れなってしまった。
 右肩、左目。
レティは他人を優先して自身の被弾は魔晶石を除き許した。射撃はまだ続く。
左腹部、右股、左上腕。
この間3秒にも満たなかったが地獄のような戦慄を乗り越えるとレティのボディは無惨に蜂の巣になっていた。おまけに一発。武器を弾かれ無防備になる。レティは膝から崩れ、恵美の方を振り向く。崩れた左目は髪で隠れているが、既に虫の息であることは明白。
それでも彼女は怪我人がいないことを確認すると安堵し凶弾に倒れた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

荷車尼僧の回顧録

石田空
大衆娯楽
戦国時代。 密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。 座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。 しかし。 尼僧になった百合姫は何故か生きていた。 生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。 「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」 僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。 旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。 和風ファンタジー。 カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。

ペア解消から始めるエンゲージ~特例ドール×Sランクパペッティア~

KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
特例ドールの朔耶(さくや)は、マスターとなったパペッティア(人形師)を狂わせると言われている。 幾度もの矯正措置の末に、学園に入学し、現在はSランクのパペッティアの登其学(とき がく)とペアを組んでいる。 学園でのドール、パペッティアのペアがバトルを行うランキングバトルを前に、朔耶は学とのペア解消を考えていた。 学が友達の境名都(さかい なつ)に朔耶とのペア解消の話や、特定の相手以外とペアリングできなくなる貞操措置の話をしたという話を聞き、朔耶は学とのペア解消を決意。 女子に粉をかけまくる学に愛想をつかした末のペア解消だったが、特例ドールの朔耶とペアを組めるパペッティアはそう多くなく……。 学園の端末で探したSランクのパペッティアにペアをお願いするが、器の違いに撃沈。 朔耶にとって、最良のペアは見つかるのか? 鈍感特例ドール×一途Sランクパペッティアのムズキュン未満ショートストーリー。

ひとのかたち

織賀光希
恋愛
娘はまるで、お人形さん。ひとのかたち。ふうふのかたち。かぞくのかたち。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

ドール沼へようこそ!

藤和
キャラ文芸
小さい物から大きい物まで、ドールは色々あるけれど、あなたはどれがお好みかしら? これはドールがきっかけで、ほんの少しだけ変わった人達のお話。

ヒトガタの命

天乃 彗
ファンタジー
記憶をなくした代わりに、命なきはずの「人形」たちの声が届くようになった少女・サラ。 彼女は唯一覚えていた自分の名前だけを持って、記憶を取り戻すべく放浪する。 一風変わった人形たちとの、優しくて少し悲しい、出会いと別れの物語。

処理中です...