愛の言葉

佐々

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愛の言葉

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 二週間後の週末、また中野に飲みに行こうと誘われた。今回は中野の会社の同期も一緒らしい。たまには知らない人間と飲むのもいいかもしれない。
 今日はいつも使っている新宿の居酒屋で待ち合わせをすることにした。チェーン展開されている大衆居酒屋だが、席数が多いので混雑時でもそこそこ落ち着いて酒が飲める。
 残業を終えて店に向かうと、中野たちはまだ来ていないようだった。もともと大雑把にしか時間を決めていなかったので、待たされるのはわかっていたが、腹が減っていたので先に始めていることにした。
 ビールと突き出しが運ばれてきた頃、ポケットの中でスマホが震えた。中野からだ。
「もう着いたのか?」
「いや、ごめん。まだちょっと仕事抜けられなくて、まだ当分行けそうにないんだ」
 珍しく、中野はかなりあせっている様子だった。
「え、大丈夫かよ、なんかあった?」
「ちょっとな、週末だし、今日中に片付けないとやばくて……」
「いいよ。急がせても悪いし、飲むのはまた今度にしよう」
「マジでごめん。俺から誘ったのに。今度奢るから」
「ああ、仕事がんばれよ。お疲れ」
 電話を切ってため息をつく。卓の上にまだあまり減っていないビールと突き出しの小鉢。先ほど料理も頼んだばかりだ。どうしたものかと思いつつ、とりあえずビールを飲みながら煙草を吸っていると通路を歩いていた男と不意に目が合った。整った甘い顔と、スタイルのいい長身には見覚えがあった。
「こんばんは」
 男は愛想のいい笑みを浮かべて俺のテーブルに近づいてきた。
「先日お会いしましたよね。覚えてますか?」
「ああ、えっと、ナミと一緒にいた……」
 あのときの女顔のホストだ。
「はい。奇遇ですね。今日はお一人なんですか?」
「いや……」
 予想以上に続いて戸惑う。そうたくさん言葉を交わす間柄ではないはずだ。
「友達が来るはずだったんだけど、仕事のトラブルで来られなくなっちゃったみたいで」
「そうだったんですか」
 男は相変わらず笑顔だ。ここから立ち去る気配もない。いまどきのホストはこれが普通なのか?
「そっちは? 一人なのか?」
 社交辞令としてきいてから、そんなわけないと思った。こんな、おそらく売れているであろうホストが週末のこの時間に一人で居酒屋に居るはずがない。そもそも居酒屋という場所がまるで似合ってない。
「一人ですよ」
 だよなあ。まったく、我ながらわかりきったことを……え?
「一人?」
「はい。食事がまだで、お腹が空いていたので」
「いや、それにしたって一人で居酒屋って結構勇気いらないか?」
「そうですか? ここはカウンターもあるし、一人で来られるお客さんも結構多いみたいですよ。お店の人とも顔見知りだから、手が空いている時は話し相手にもなってくれますし」
「ああ、行きつけの店なわけね」
 それならば納得だ。厨房の近くにあるカウンターには確かに一人で座っている客もいた。テーブル席側とは通路を挟んで距離があるため、そこまで騒がしさも気にならないかもしれない。店員と顔見知りなら気まずさもないだろう。
「それに俺、こういう賑やかな場所で一人で飲むのも好きなんですよ。むしろ一人の時は賑やかな場所のほうがいいっていうか。寂しいのが苦手で」
「へ、へえ……」
 別にきいてもいないことまでホスト君は喋ってくれる。どうやって話を切り上げようかと思っていた時、店員の女の子が料理を運んできた。
「お待たせいたしました。からあげです」
「ありがとう。あとさっき、後から二人来るって言ったんだけど、やっぱり来られなくなっちゃったから席、移動したほうがいいならカウンターにでも……」
「あ、それなら俺がこっちにご一緒してもいいですか?」
 店員の返事を待たずに男が言った。
「どうせ一人で飲むなら俺と一緒に飲みましょうよ」
 おいおいおいちょっと待て。なんでそうなる。大体俺とお前はほぼ今日初対面でまともに喋ったのも初めてならお互いの名前も知らないような仲なんだぞ。ていうか俺はナミのセフレでこいつはナミの通ってるホストのプレイヤー(たぶん)でって明らかに気まずいだろこの状況! もしかしたらいやもしかしなくても俺たちは穴兄弟かもしれないんだぞ!
「えっと、お客様、どうなさいますか?」
 店員に声をかけられる。早く決断しなければ。俺は男の顔を見た。きれいな笑顔が少しだけ悲しげに見える。
「あー……じゃあ、相席ってことで……」
 自分で言っておいて頭を抱えたくなった。俺の馬鹿!
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