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愛の言葉
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終電の一つ前の電車に乗れるくらいの時間に店を出た。駅に向かう途中、何度も客引きにあった。笑ったのは、中野の顔を知っている奴がいたことだ。
「あれ?」
道の真ん中で、中野が急に足を止めた。彼の視線の先には一組の男女がいた。
「知り合い?」
「いや、ていうかあれ、ナミちゃんじゃね?」
「え?」
俺は女の方をよく見てみた。遠目にはなんとも言えないが、髪の色や背格好が確かにナミに似ている気がしなくもない。しかしいかんせん俺の視力ではここから彼女の顔を確認することはできない。
「まあ、本人でもおかしくはねえだろ。場所が場所だし」
「声かけてかねえの?」
「はあ? なんでだよ。ていうか仕事中かもしれないだろ」
連れの男はどう見てもホストだ。背が高く、スタイルもいい。一体どちらが仕事をしているのか判然としないが、いずれにせよ、邪魔をする気はなかった。
「もういいから早く行こうぜ。電車に乗り遅れる」
「そしたら最終で帰ればいいじゃん」
「なんでそうなるんだよ」
「だって気になるじゃん。ナミちゃんと一緒にいるのホストだろ? お前こそなに頑なになってんの?」
「べつになってねーし。つーかホストだったらなんなんだよ。客だろ」
「どっちが?」
「どっちだっていいっつの!」
ナミがどこで誰と何をしていようと俺には全く興味がない。しかしそれを自覚してしまうのもどうかと思った。
「あ、こっち見た」
中野につられて二人のいる方向に目を向ける。ナミらしき女がこちらに手を振っていた。
「ほら、やっぱりナミちゃんだ。行くぞ」
気が進まないまま、俺は中野と一緒にナミの元へ向かった。
「二人ともなんでいるんですかぁ?」
ナミは今日もワンピースだ。レースの裾が膝上で揺れている。甘ったるい喋り方が相変わらず可愛い。
「さっきまでこの辺で飲んでてさ。ナミちゃんっぽい子みつけたからガン見しちゃった」
「えーナミもご一緒したかったなぁ」
ナミはちょっとだけ寂しそうな顔を作って俺を見た。
「あー……また今度、店に飲みに行くよ。中野が」
「俺かよ!」
中野の突っ込みを聞きながら、ナミの隣に立つ男に視線を向ける。やっぱりホストだ。スーツの着方や、髪型以外にも、雰囲気でそう感じさせるのはその男の顔がとてもきれいな作りをしていたからかもしれない。男は俺と目が合うと、意外なほど感じのよい笑みを浮かべた。俺は勝手に気まずさを感じて早くこの場から立ち去りたくなった。
「じゃあ、邪魔して悪かったな。また連絡するから」
「うん。ナミも連絡するね。中野さんもバイバイ」
「バイバーイ」
手を振ってナミと別れ、再び駅に向かう。なんとなく二人を振り返ると、ナミがその華奢な腕を隣を歩く男に絡ませていた。
「やっぱ気になる?」
中野がにやついてきいてくる。
「気になんねーよ」
「しっかしきれーな男だったな、あのホスト」
「まあ、ホストだからな」
いい男と言うには女性的で繊細すぎる男の顔を思い出す。
「ナミちゃんはああいうのも守備範囲なのか」
「ああいうのも?」
ああいうのが、ではないのか。
「だって市川もナミちゃんのタイプだろ? お前はああいう甘い感じじゃないじゃん。顔もきつめだし」
「どうだかな……」
ナミのことは嫌いじゃないし、いい子だとも思うが、ナミがどんな男を好きでも俺にはどうでもよかった。結局、ナミに対する俺の気持ちはその程度のものなのだ。その程度で女と寝て、寝た後にもその程度の情しか湧かない。
俺は人に対して気を遣う方なのかもしれない。でも、その裏にあるのは相手への好意などではなく、自分の心の平安だ。自分が楽だから、俺は相手に合わせることを選ぶ。自分が相手の心を曇らせたことを思い知りたくないから、俺は恋人にも本音を言わない。それは気遣いなどではなく、単なる俺の身勝手だ。
今まで俺を振った彼女たちの言葉はある意味正しかったのかもしれない。俺は本当に、心から彼女たちのことを想って行動していたと言えるのか。いや、俺は自分のことしか考えていない。でもそんな自己中心的な考え方が許されるから、ナミとの関係は楽だ。彼女は俺のことが好きじゃない。この関係において、それは何より重要だった。俺を好きじゃない相手であれば、俺の言動で相手が傷つくこともないだろう。確かにそう思うのに、自分の都合に相手を利用しているような気がして疾しく感じるのはなぜだ。利害は一致しているのだから、決して俺が罪悪感を抱える必要などないはずなのに。矛盾したその感情もまた、俺の身勝手さゆえに生じるものなのかもしれない。
「あれ?」
道の真ん中で、中野が急に足を止めた。彼の視線の先には一組の男女がいた。
「知り合い?」
「いや、ていうかあれ、ナミちゃんじゃね?」
「え?」
俺は女の方をよく見てみた。遠目にはなんとも言えないが、髪の色や背格好が確かにナミに似ている気がしなくもない。しかしいかんせん俺の視力ではここから彼女の顔を確認することはできない。
「まあ、本人でもおかしくはねえだろ。場所が場所だし」
「声かけてかねえの?」
「はあ? なんでだよ。ていうか仕事中かもしれないだろ」
連れの男はどう見てもホストだ。背が高く、スタイルもいい。一体どちらが仕事をしているのか判然としないが、いずれにせよ、邪魔をする気はなかった。
「もういいから早く行こうぜ。電車に乗り遅れる」
「そしたら最終で帰ればいいじゃん」
「なんでそうなるんだよ」
「だって気になるじゃん。ナミちゃんと一緒にいるのホストだろ? お前こそなに頑なになってんの?」
「べつになってねーし。つーかホストだったらなんなんだよ。客だろ」
「どっちが?」
「どっちだっていいっつの!」
ナミがどこで誰と何をしていようと俺には全く興味がない。しかしそれを自覚してしまうのもどうかと思った。
「あ、こっち見た」
中野につられて二人のいる方向に目を向ける。ナミらしき女がこちらに手を振っていた。
「ほら、やっぱりナミちゃんだ。行くぞ」
気が進まないまま、俺は中野と一緒にナミの元へ向かった。
「二人ともなんでいるんですかぁ?」
ナミは今日もワンピースだ。レースの裾が膝上で揺れている。甘ったるい喋り方が相変わらず可愛い。
「さっきまでこの辺で飲んでてさ。ナミちゃんっぽい子みつけたからガン見しちゃった」
「えーナミもご一緒したかったなぁ」
ナミはちょっとだけ寂しそうな顔を作って俺を見た。
「あー……また今度、店に飲みに行くよ。中野が」
「俺かよ!」
中野の突っ込みを聞きながら、ナミの隣に立つ男に視線を向ける。やっぱりホストだ。スーツの着方や、髪型以外にも、雰囲気でそう感じさせるのはその男の顔がとてもきれいな作りをしていたからかもしれない。男は俺と目が合うと、意外なほど感じのよい笑みを浮かべた。俺は勝手に気まずさを感じて早くこの場から立ち去りたくなった。
「じゃあ、邪魔して悪かったな。また連絡するから」
「うん。ナミも連絡するね。中野さんもバイバイ」
「バイバーイ」
手を振ってナミと別れ、再び駅に向かう。なんとなく二人を振り返ると、ナミがその華奢な腕を隣を歩く男に絡ませていた。
「やっぱ気になる?」
中野がにやついてきいてくる。
「気になんねーよ」
「しっかしきれーな男だったな、あのホスト」
「まあ、ホストだからな」
いい男と言うには女性的で繊細すぎる男の顔を思い出す。
「ナミちゃんはああいうのも守備範囲なのか」
「ああいうのも?」
ああいうのが、ではないのか。
「だって市川もナミちゃんのタイプだろ? お前はああいう甘い感じじゃないじゃん。顔もきつめだし」
「どうだかな……」
ナミのことは嫌いじゃないし、いい子だとも思うが、ナミがどんな男を好きでも俺にはどうでもよかった。結局、ナミに対する俺の気持ちはその程度のものなのだ。その程度で女と寝て、寝た後にもその程度の情しか湧かない。
俺は人に対して気を遣う方なのかもしれない。でも、その裏にあるのは相手への好意などではなく、自分の心の平安だ。自分が楽だから、俺は相手に合わせることを選ぶ。自分が相手の心を曇らせたことを思い知りたくないから、俺は恋人にも本音を言わない。それは気遣いなどではなく、単なる俺の身勝手だ。
今まで俺を振った彼女たちの言葉はある意味正しかったのかもしれない。俺は本当に、心から彼女たちのことを想って行動していたと言えるのか。いや、俺は自分のことしか考えていない。でもそんな自己中心的な考え方が許されるから、ナミとの関係は楽だ。彼女は俺のことが好きじゃない。この関係において、それは何より重要だった。俺を好きじゃない相手であれば、俺の言動で相手が傷つくこともないだろう。確かにそう思うのに、自分の都合に相手を利用しているような気がして疾しく感じるのはなぜだ。利害は一致しているのだから、決して俺が罪悪感を抱える必要などないはずなのに。矛盾したその感情もまた、俺の身勝手さゆえに生じるものなのかもしれない。
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