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日本に帰ってからの話。卒業して就職したくらい。凛太朗とバーのママとカイ。
時々ママと会っていた。店に行かなくなったかわりに、ママの自宅に泊まることが増えた。
朝起きてすっぴんのママを見ると不思議と懐かしい気持ちになる。アストリアで過ごした夏、凛太朗の髪を切った男はどこかママに似ていた。
先にベッドを抜けて支度を整える。姿見の前でネクタイを選んでいるとママの手が伸びてきて、薄紫色のネクタイをあてがわれた。
「これが良いわ」
「派手じゃない? 今日客先行くんだけど」
「派手くらいがちょうど良いじゃない。若いんだから」
それもそうかと思い、凛太朗は受け取ったネクタイを締めた。
「やっぱり似合うわね。朝食は?」
「んーいらない。ランチ会あるから腹減らしときたい」
「少しでもいいからちゃんと食べなさいよ。夜ご飯は一緒に食べる?」
後ろから抱き締められ、凛太朗は少し考えた。
「仕事が早く終わればね」
「終わらせる気なんてない癖に」
少し笑ったママに口付けられる。
「たまには店に顔出しなさいよ。ご飯食べさせてあげるから」
「うん」
ジャケットを羽織り、時計を嵌める。洗面所で髪をセットし、もう一度部屋に戻って鞄を持つ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
マンションのエントランス付近に停めた車の中で、カイは腕時計に視線を落とした。
時刻を確認してすぐ、エントランスからスーツの男が出てきた。男は手首に嵌めたスマートウォッチを一瞥し、駅の方へ歩き始める。
カイはカメラを構え、素早くシャッターを切った。撮った写真を確認し、パソコンにデータを送る。定時連絡のメッセージを作成して一息つくと、助手席のドアが開いた。
「久しぶり」
笑顔で助手席に滑り込んだのは、先程レンズ越しに見ていた男、凛太朗だった。
驚きのあまり声が出ない。なぜ彼がここに居るのか。なぜばれたのか。
「ばれてないと思った? これ兄さんの車だろ?」
「なんで……」
「だからなんで気付かれてないと思ったんだよ。まぁいいや、ついでに送ってってよ」
混乱するカイをよそに凛太朗はシートベルトを装着する。
「どこに? ついでとは?」
「会社。場所知ってるだろ?」
凛太朗は意地悪く笑う。二つ目の質問は無視された。カイは諦めてエンジンをかけた。
「いつから気づいてたんですか?」
「最初から」
「マジかよ……」
ため息が止まらない。真になんと報告しよう。
カイの気も知らず、凛太朗は呑気に電子たばこに火をつけている。
「禁煙したんすか?」
「知ってるくせに。てか禁煙て言わねーから」
「紙よりずっと良いじゃないすか。煙くないし臭いもましだし」
「そうだね」
言いながら凛太朗が顔を寄せてくるのでカイはハンドルを誤りそうになった。
「な、なんすか?」
「兄さんは来てないんだ。カイから煙草のにおいがしない」
「いや、俺が煙草臭くないのとシンさんが来てない事にはなんの因果関係も……」
「はいはい」
凛太朗は窓を開けて電子たばこの薄い煙を外に逃す。
「兄さんは元気?」
そう尋ねた凛太朗の表情は見えなかった。でも、彼らがどういう別れ方をしたのか知らないカイでも、その後の関係性を踏まえるとそれなりに複雑な感情を抱えていることは予想出来る。そう考えると返答に迷いが出るが、迷った末にカイは答えを間違えたりはしなかった。
「何も言えないです……すみません」
「へぇ?」
赤信号で停車したタイミングで凛太朗がカイの顔を覗き込む。
「こっち見て言ったら?」
「すみませんて! 意地悪しないで下さいよ!」
「まぁいいや。カイがだめなら他をあたるか」
「他?」
「二台後ろのクラウンとか」
ミラー越しに後続車を確認する。凛太朗の言う通り黒塗りのクラウンがいた。
「何日か前から俺の周りうろうろしてたけど気付かなかった? カイの尾行よりは上手かったけど」
「は? マジで? 何それなんで言わないの?」
スマートフォンと接続してあるイヤホンを耳に押し込み、車にセットした端末を操作する。真に電話をかけようとしたら凛太朗に止められた。
「ちょ、なに?」
「直接きき出そう。いける?」
「は? 何言って……」
「カイだって俺に気付かれたことを兄さんに知られるのは都合が悪いんじゃないの?」
「そんなの……」
都合は悪いに決まっている。しかし隠し通せる事でもない。凛太朗が今日のことをなかった事にしてくれるなら話は別だが。無言で頷く凛太朗を見て、カイはハンドルを握り直した。
「捕まっててください」
アクセルを踏み、車を加速させる。狭い横道に入るとクラウンは予想通りついてきた。右折、左折を繰り返し、タイミングを見てハンドルを切る。目の前に飛び出し、道を塞がれたクラウンのブレーキ音が住宅街に響く。
凛太朗は車を降りるとクラウンに近づいた。運転手は意外に諦めが早いのか暴れる様子はない。しかし油断も出来ないのでカイも慌てて後を追った。
時々ママと会っていた。店に行かなくなったかわりに、ママの自宅に泊まることが増えた。
朝起きてすっぴんのママを見ると不思議と懐かしい気持ちになる。アストリアで過ごした夏、凛太朗の髪を切った男はどこかママに似ていた。
先にベッドを抜けて支度を整える。姿見の前でネクタイを選んでいるとママの手が伸びてきて、薄紫色のネクタイをあてがわれた。
「これが良いわ」
「派手じゃない? 今日客先行くんだけど」
「派手くらいがちょうど良いじゃない。若いんだから」
それもそうかと思い、凛太朗は受け取ったネクタイを締めた。
「やっぱり似合うわね。朝食は?」
「んーいらない。ランチ会あるから腹減らしときたい」
「少しでもいいからちゃんと食べなさいよ。夜ご飯は一緒に食べる?」
後ろから抱き締められ、凛太朗は少し考えた。
「仕事が早く終わればね」
「終わらせる気なんてない癖に」
少し笑ったママに口付けられる。
「たまには店に顔出しなさいよ。ご飯食べさせてあげるから」
「うん」
ジャケットを羽織り、時計を嵌める。洗面所で髪をセットし、もう一度部屋に戻って鞄を持つ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
マンションのエントランス付近に停めた車の中で、カイは腕時計に視線を落とした。
時刻を確認してすぐ、エントランスからスーツの男が出てきた。男は手首に嵌めたスマートウォッチを一瞥し、駅の方へ歩き始める。
カイはカメラを構え、素早くシャッターを切った。撮った写真を確認し、パソコンにデータを送る。定時連絡のメッセージを作成して一息つくと、助手席のドアが開いた。
「久しぶり」
笑顔で助手席に滑り込んだのは、先程レンズ越しに見ていた男、凛太朗だった。
驚きのあまり声が出ない。なぜ彼がここに居るのか。なぜばれたのか。
「ばれてないと思った? これ兄さんの車だろ?」
「なんで……」
「だからなんで気付かれてないと思ったんだよ。まぁいいや、ついでに送ってってよ」
混乱するカイをよそに凛太朗はシートベルトを装着する。
「どこに? ついでとは?」
「会社。場所知ってるだろ?」
凛太朗は意地悪く笑う。二つ目の質問は無視された。カイは諦めてエンジンをかけた。
「いつから気づいてたんですか?」
「最初から」
「マジかよ……」
ため息が止まらない。真になんと報告しよう。
カイの気も知らず、凛太朗は呑気に電子たばこに火をつけている。
「禁煙したんすか?」
「知ってるくせに。てか禁煙て言わねーから」
「紙よりずっと良いじゃないすか。煙くないし臭いもましだし」
「そうだね」
言いながら凛太朗が顔を寄せてくるのでカイはハンドルを誤りそうになった。
「な、なんすか?」
「兄さんは来てないんだ。カイから煙草のにおいがしない」
「いや、俺が煙草臭くないのとシンさんが来てない事にはなんの因果関係も……」
「はいはい」
凛太朗は窓を開けて電子たばこの薄い煙を外に逃す。
「兄さんは元気?」
そう尋ねた凛太朗の表情は見えなかった。でも、彼らがどういう別れ方をしたのか知らないカイでも、その後の関係性を踏まえるとそれなりに複雑な感情を抱えていることは予想出来る。そう考えると返答に迷いが出るが、迷った末にカイは答えを間違えたりはしなかった。
「何も言えないです……すみません」
「へぇ?」
赤信号で停車したタイミングで凛太朗がカイの顔を覗き込む。
「こっち見て言ったら?」
「すみませんて! 意地悪しないで下さいよ!」
「まぁいいや。カイがだめなら他をあたるか」
「他?」
「二台後ろのクラウンとか」
ミラー越しに後続車を確認する。凛太朗の言う通り黒塗りのクラウンがいた。
「何日か前から俺の周りうろうろしてたけど気付かなかった? カイの尾行よりは上手かったけど」
「は? マジで? 何それなんで言わないの?」
スマートフォンと接続してあるイヤホンを耳に押し込み、車にセットした端末を操作する。真に電話をかけようとしたら凛太朗に止められた。
「ちょ、なに?」
「直接きき出そう。いける?」
「は? 何言って……」
「カイだって俺に気付かれたことを兄さんに知られるのは都合が悪いんじゃないの?」
「そんなの……」
都合は悪いに決まっている。しかし隠し通せる事でもない。凛太朗が今日のことをなかった事にしてくれるなら話は別だが。無言で頷く凛太朗を見て、カイはハンドルを握り直した。
「捕まっててください」
アクセルを踏み、車を加速させる。狭い横道に入るとクラウンは予想通りついてきた。右折、左折を繰り返し、タイミングを見てハンドルを切る。目の前に飛び出し、道を塞がれたクラウンのブレーキ音が住宅街に響く。
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