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Xに投稿した短い話をまとめました。
#兄の字 凛太朗と真
凛太朗が中学生くらいまでは、正月を乃木の実家で過ごしていた。
毎年、一月二日に一族が集まり、新年の挨拶と書き初めを行う。年初めに長の言葉を書くその行事はいつからか、真の役目になっていた。
真は慣れない着物に文句を言いながら袖を通し、親族の集まる部屋で筆を取る。
平素の雑な言動もこの時ばかりは鳴りを潜め、静かに筆を運ぶ彼の横顔を覚えている。
兄が字を習っていることを凛太朗は知らなかった。勉強を教えてもらう時も、彼の走り書きはどんな数式よりも難解だった。
光風霽月
書かれた字の意味はわからない。それでも降雪の静寂の中、端正な、それでいて堂々とした兄の字に凛太朗の心はわずかに高揚した。
子供ながらに、自分たちが乃木の一族に歓迎されていないことはわかっていた。
口を開けば乃木や真にまで皮肉を滲ませる親族との会合は苦痛でしかなかったが、彼の字には、そういった親族全員の口を封じさせるほどの清廉さがあった。
書き初めが終わり、暇つぶしのために廊下を歩いていると裏庭に真の姿を見つけた。庇の下で雪を避けながら煙草を吸う彼はまだ着物のままだった。
「寒くないの?」
「頭冷やすのにちょうどいいだろ」
「なんで頭冷やしてるの?」
真は深く息を吸い込み、煙と共に真っ白い息を吐いた。
「むかつくだろ、あいつら」
それが親族らを指している事はわかったが、凛太朗は頷かなかった。真はともかく、自分はそんな主張をできる立場にないと思った。
「そう?」
適当に誤魔化しながら、靴を履いて外に出る。
「風邪ひくぞ」
「兄さんいないとつまんないし」
「楓は?」
「母さんとキッチン。昼飯作るの手伝うって」
「ああ」
「俺のが料理上手いのに、キッチン入ると怒られる」
「古い家だからな」
「こんな事なら母さんにもっと料理してもらうんだった。絶対また嫌味言われてるよ」
「楓がうまくやるだろ」
「うん」
真の煙草が短くなっても、しばらく二人で雪の降り積もる庭の景色を眺めていた。
「お前は無理して来なくてもよかったのに」
「兄さんが寂しいと思って」
「はぁ? お前がだろ」
「またまたぁ、俺が居て嬉しいくせに。素直じゃないんだから」
「ま、俺も楽しいよ。お前がいた方が」
「え……急に素直じゃん。照れるんだけど」
「イケメンで優秀な弟がいると出来の悪い従兄弟共にマウントとれるしな。他の親戚と違って祖父さんはお前を可愛いがってるし」
「えー俺、じーさんと話しても現状に甘んじず精進しろみたいな事しか言われないよ?」
顔を合わせる機会も少なく、挨拶の際に少し近況を話すくらいだが凛太朗の想像する一般的な祖父と孫の関係とはかけ離れている気がした。
「元々べらべら喋るタイプじゃないからな。でも全く話ふられない奴も多いし、やっぱお前は優秀だよ」
「兄さんの次に、だろ?」
「まーな」
当然だと言うように真が笑う。確かに凛太朗にとっても完璧な兄の存在は、彼曰く、むかつく親族らの悪意に晒されようと、彼の書く文字と同じくらいの清々しさを凛太朗にもたらした。
#パワハラ カイとジーノと真
ミーティングルームで電話中の真に手招きされてカイが近づくと、彼がメモをしていたボードの余白にカイへの指示が記載されていた。
カイが疑問点をボードに書き込むと、真は電話を続けながら素早く回答を記入した。あまりの字の汚さに目を見張り、それから眉を寄せて解読に集中する。
真は強調したい箇所に線を引き、ペン先でボードを叩きながらカイの理解を確認するように視線を寄越した。
頷き、要求に応えるべく部屋を出ようとしたカイは肩を捕まれ足を止めた。
真はテーブルのコーヒーカップを一瞥し、追加の指示をボードに書き込んだ。
「コーヒーがまずくて死ぬ。新しいのくれ」
もう一度頷いて見せ、カップを持って部屋を出る。テイクアウト用のカップは最近オープンした店の物だ。かなり話題になっていたが真の口には合わなかったらしい。
コーヒーサーバーの前ではジーノがスマートフォンをいじりながらエスプレッソの抽出を待っていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ。休憩か?」
「いえ、シンさんに新しいコーヒーを頼まれて」
「お前そんな事までやらされてんのかよ」
「え? 駄目でした?」
何が問題なのか理解できずジーノと顔を見合わせる。
「パワハラだろそれ。あいつがそんなだからうちはずっと人手不足だ」
「どういう事っすか?」
「あいつの面接誰も受からないし皆びびって逃げちゃうし」
「あー」
それはカイにも心当たりがある。真は最近頻繁に面接をしているが口調は穏やかで丁寧なのに、隠しきれない覇気でよく相手を威圧している。
「カイがかわりに面接してくんね?」
「俺も厳しくなっちゃうと思いますけど」
「なんでだよ」
「シンさんに変な奴を近付ける訳にはいかないんで」
「はー」
ジーノは色々と言いたい事があったようだが、全て飲み込み一言だけ呟いた。
「もう全部俺がやろうかな」
「最初からお前がやれよ」
いつの間にかミーティングルームから出てきた真が言った。
「シンさん、電話終わりました?」
「とっくに終わってる。コーヒー一杯入れるのにどんだけ時間かかってんだよ」
「すみません、つい話し込んじゃって」
「お前それパワハラだからな」
ジーノに睨まれ、真は受け取ったコーヒーに口をつけながら怪訝な顔でカイを見た。
「なんの話?」
「あー……シンさんが有能すぎて誰も面接受からないっていう……」
「お前の面接が怖いのもそうだが、育成環境にも問題があるって話だよ」
「文句あるならお前がやれよ。時間ないのに無理やり入れてくるから身動き取れないんだよ」
「オンライン面接って便利だよな。どんなに忙しくても隙間時間で対応できるし」
「その隙間すら埋めようとしてんだろ。スケジュール入れるとき俺のカレンダー見るよな? もう余白ないのわかるよな?」
「移動時間は余白だろ? オンラインなら面接できるよな」
「それこそパワハラじゃねーか!」
だいぶ話が逸れている気がするが、真のみっちり詰まったカレンダーに面接をねじ込むジーノは横暴に思えた。
「ジーノさん、やっぱ俺も面接しますよ。シンさんが過労死しちゃう」
「だって、シン、良い部下を持って幸せだな。最終はお前のチェックいるだろうけど、スクリーニングの手間は省けるだろ」
「色々言いたい事はあるけど時間がないから見逃してやる。カイ、夜に面接のこと色々教えるから起きてろよ。先に寝たら叩き起こすからな」
「はい!」
真がミーティングルームに戻るとジーノが唐突にカイの頭をなでた。
「良かったな」
「何がですか?」
「新しい仕事任せてもらえて。こうでもしないとあいつお前に仕事振らないだろ?」
「確かに……え、そのためにわざとシンさんのスケジュール埋めてたんすか?」
「まー半分くらいはそうだな。必要に迫られないと部下を育てないし。頑張れよ。俺たちの未来はお前とか今後入ってくるであろう新人にかかってんだから」
「はい!」
理由はどうあれ新しい仕事は嬉しかった。カイは高揚しながら自分のカレンダーに真とのスケジュールを登録した。
#兄の字 凛太朗と真
凛太朗が中学生くらいまでは、正月を乃木の実家で過ごしていた。
毎年、一月二日に一族が集まり、新年の挨拶と書き初めを行う。年初めに長の言葉を書くその行事はいつからか、真の役目になっていた。
真は慣れない着物に文句を言いながら袖を通し、親族の集まる部屋で筆を取る。
平素の雑な言動もこの時ばかりは鳴りを潜め、静かに筆を運ぶ彼の横顔を覚えている。
兄が字を習っていることを凛太朗は知らなかった。勉強を教えてもらう時も、彼の走り書きはどんな数式よりも難解だった。
光風霽月
書かれた字の意味はわからない。それでも降雪の静寂の中、端正な、それでいて堂々とした兄の字に凛太朗の心はわずかに高揚した。
子供ながらに、自分たちが乃木の一族に歓迎されていないことはわかっていた。
口を開けば乃木や真にまで皮肉を滲ませる親族との会合は苦痛でしかなかったが、彼の字には、そういった親族全員の口を封じさせるほどの清廉さがあった。
書き初めが終わり、暇つぶしのために廊下を歩いていると裏庭に真の姿を見つけた。庇の下で雪を避けながら煙草を吸う彼はまだ着物のままだった。
「寒くないの?」
「頭冷やすのにちょうどいいだろ」
「なんで頭冷やしてるの?」
真は深く息を吸い込み、煙と共に真っ白い息を吐いた。
「むかつくだろ、あいつら」
それが親族らを指している事はわかったが、凛太朗は頷かなかった。真はともかく、自分はそんな主張をできる立場にないと思った。
「そう?」
適当に誤魔化しながら、靴を履いて外に出る。
「風邪ひくぞ」
「兄さんいないとつまんないし」
「楓は?」
「母さんとキッチン。昼飯作るの手伝うって」
「ああ」
「俺のが料理上手いのに、キッチン入ると怒られる」
「古い家だからな」
「こんな事なら母さんにもっと料理してもらうんだった。絶対また嫌味言われてるよ」
「楓がうまくやるだろ」
「うん」
真の煙草が短くなっても、しばらく二人で雪の降り積もる庭の景色を眺めていた。
「お前は無理して来なくてもよかったのに」
「兄さんが寂しいと思って」
「はぁ? お前がだろ」
「またまたぁ、俺が居て嬉しいくせに。素直じゃないんだから」
「ま、俺も楽しいよ。お前がいた方が」
「え……急に素直じゃん。照れるんだけど」
「イケメンで優秀な弟がいると出来の悪い従兄弟共にマウントとれるしな。他の親戚と違って祖父さんはお前を可愛いがってるし」
「えー俺、じーさんと話しても現状に甘んじず精進しろみたいな事しか言われないよ?」
顔を合わせる機会も少なく、挨拶の際に少し近況を話すくらいだが凛太朗の想像する一般的な祖父と孫の関係とはかけ離れている気がした。
「元々べらべら喋るタイプじゃないからな。でも全く話ふられない奴も多いし、やっぱお前は優秀だよ」
「兄さんの次に、だろ?」
「まーな」
当然だと言うように真が笑う。確かに凛太朗にとっても完璧な兄の存在は、彼曰く、むかつく親族らの悪意に晒されようと、彼の書く文字と同じくらいの清々しさを凛太朗にもたらした。
#パワハラ カイとジーノと真
ミーティングルームで電話中の真に手招きされてカイが近づくと、彼がメモをしていたボードの余白にカイへの指示が記載されていた。
カイが疑問点をボードに書き込むと、真は電話を続けながら素早く回答を記入した。あまりの字の汚さに目を見張り、それから眉を寄せて解読に集中する。
真は強調したい箇所に線を引き、ペン先でボードを叩きながらカイの理解を確認するように視線を寄越した。
頷き、要求に応えるべく部屋を出ようとしたカイは肩を捕まれ足を止めた。
真はテーブルのコーヒーカップを一瞥し、追加の指示をボードに書き込んだ。
「コーヒーがまずくて死ぬ。新しいのくれ」
もう一度頷いて見せ、カップを持って部屋を出る。テイクアウト用のカップは最近オープンした店の物だ。かなり話題になっていたが真の口には合わなかったらしい。
コーヒーサーバーの前ではジーノがスマートフォンをいじりながらエスプレッソの抽出を待っていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ。休憩か?」
「いえ、シンさんに新しいコーヒーを頼まれて」
「お前そんな事までやらされてんのかよ」
「え? 駄目でした?」
何が問題なのか理解できずジーノと顔を見合わせる。
「パワハラだろそれ。あいつがそんなだからうちはずっと人手不足だ」
「どういう事っすか?」
「あいつの面接誰も受からないし皆びびって逃げちゃうし」
「あー」
それはカイにも心当たりがある。真は最近頻繁に面接をしているが口調は穏やかで丁寧なのに、隠しきれない覇気でよく相手を威圧している。
「カイがかわりに面接してくんね?」
「俺も厳しくなっちゃうと思いますけど」
「なんでだよ」
「シンさんに変な奴を近付ける訳にはいかないんで」
「はー」
ジーノは色々と言いたい事があったようだが、全て飲み込み一言だけ呟いた。
「もう全部俺がやろうかな」
「最初からお前がやれよ」
いつの間にかミーティングルームから出てきた真が言った。
「シンさん、電話終わりました?」
「とっくに終わってる。コーヒー一杯入れるのにどんだけ時間かかってんだよ」
「すみません、つい話し込んじゃって」
「お前それパワハラだからな」
ジーノに睨まれ、真は受け取ったコーヒーに口をつけながら怪訝な顔でカイを見た。
「なんの話?」
「あー……シンさんが有能すぎて誰も面接受からないっていう……」
「お前の面接が怖いのもそうだが、育成環境にも問題があるって話だよ」
「文句あるならお前がやれよ。時間ないのに無理やり入れてくるから身動き取れないんだよ」
「オンライン面接って便利だよな。どんなに忙しくても隙間時間で対応できるし」
「その隙間すら埋めようとしてんだろ。スケジュール入れるとき俺のカレンダー見るよな? もう余白ないのわかるよな?」
「移動時間は余白だろ? オンラインなら面接できるよな」
「それこそパワハラじゃねーか!」
だいぶ話が逸れている気がするが、真のみっちり詰まったカレンダーに面接をねじ込むジーノは横暴に思えた。
「ジーノさん、やっぱ俺も面接しますよ。シンさんが過労死しちゃう」
「だって、シン、良い部下を持って幸せだな。最終はお前のチェックいるだろうけど、スクリーニングの手間は省けるだろ」
「色々言いたい事はあるけど時間がないから見逃してやる。カイ、夜に面接のこと色々教えるから起きてろよ。先に寝たら叩き起こすからな」
「はい!」
真がミーティングルームに戻るとジーノが唐突にカイの頭をなでた。
「良かったな」
「何がですか?」
「新しい仕事任せてもらえて。こうでもしないとあいつお前に仕事振らないだろ?」
「確かに……え、そのためにわざとシンさんのスケジュール埋めてたんすか?」
「まー半分くらいはそうだな。必要に迫られないと部下を育てないし。頑張れよ。俺たちの未来はお前とか今後入ってくるであろう新人にかかってんだから」
「はい!」
理由はどうあれ新しい仕事は嬉しかった。カイは高揚しながら自分のカレンダーに真とのスケジュールを登録した。
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