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選べない手を伸ばしたまま
#21
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部下からの電話を受けて地下室に向かうと、両手を拘束されたカイが床に転がっていた。
普段の似合わないスーツではなく、シンプルなシャツとジーンズ姿の彼は大分ぼろぼろだ。真は小さくため息をつき、脱いだジャケットを部下に預けた。
「いつまで寝てる気だ?」
床で伸びているカイに近づき、セットの乱れた頭を靴先で小突く。わずかに身じろいだ彼の瞳はまだ開かない。
「起きろっつってんだよ」
その場に屈み込み、カイの髪を掴んで鼻血の跡の残る顔を引き上げる。
「いっ! シ、ンさん……?」
「随分舐めた真似をしてくれたな」
「はは……なんの事」
最後まで聞かない内に真はカイの頭を床に叩きつけた。続けて縮こまる体を蹴り飛ばす。
咳き込むカイを見下ろして、真は煙草に火をつけた。
「それで? 言い訳は終わりか?」
苦痛に歪む顔で、カイは諦めたように笑った。
「俺、べつに彼女のことが好きだったわけじゃないんですよ。そういうことにしてたけど、単に彼女がかわいそうで、放っておけなかっただけんなんです。まぁ、一度手は出しちゃったんですけど……改めて思うとほんとに最低ですよね、俺って」
痛む体を辛うじて壁に預け、腫れて上手く動かない顔でカイは乾いた笑みを浮かべた。
真に洗いざらい吐かされて、最早どうでもいいことまで口走っている。この期に及んで全く無駄だと分かっている命乞いがしたいのか、なけなしの罪悪感を少しでも薄めたかっただけなのか、話しているカイ自身にもわからなかった。
コンクリートを打ち放した無機質な部屋で、白い蛍光灯の下、真は彼の部下が用意した簡素ないすに座り、無表情でスマートフォンをいじっていた。
彼がどこまでカイの話をきいていたかはわからない。最初にいくつか核心的な質問をされ、カイは正直に答えた。真は無反応で、ある程度話が進むと質問もなくなった。だからカイは一人で喋っている。
「彼女はほんとに悪くなくて、俺が巻き込んだっていうか、いや、俺も巻き込まれたっていうか……すみません。これは言い訳ですね。でも、この国で、シンさんと一緒に働いてみて、俺はほんとにシンさんを尊敬してて……」
スマートフォンから顔を上げた真に睨まれ、形はどうあれ反応があった事が嬉しくてカイは言葉を重ねた。痛みと熱と恐れで正常な判断が出来なくなっていた。
「最初はマジで怖くて、いや今も怖いんすけど、でもシンさんはきれいだし、強くてかっこ良くて……なのに少し寂しそうな気がして……すみません、なんか俺、めっちゃシンさんのこと好きみたいですね」
立ち上がった真がゆっくりと近づいてくる。再び殴られることを予感し、記憶に刻まれた痛みが蘇る。反射的に震えるカイの目の前で、真は静かに膝を折った。
「お前は好きだろ? 俺のこと」
「え……?」
美しい指にそっと顎を持ち上げられ、端正な顔を寄せられる。直視できず、カイは視線を泳がせた。
「目を逸らすな」
有無を言わせぬ口調で命じられ、カイは真に焦点を合わせた。繊細な睫毛やよく見ると色素の薄い、冷たい色の瞳が嫌でも目に入る。
「シンさ……」
真は更に距離を縮めてきて、柔らかな唇が重ねられた。すぐに離れた彼はかすかに笑みすら浮かべている。
未だ間近にある唇に、カイは今度、自分から口づけた。
誘うように舌先をなめられ、カイは遠慮なく彼の口内に押し入った。冷たい印象の肌や瞳と対照的に、熱い粘膜の感触に身震いする。以前、欲望に任せて彼の体を開いた時に覚えた劣情が蘇ってきて、カイは後ろ手に縛られた両手のもどかしさに苛立った。
彼の薄い背中を抱いて、小さな頭を押さえつけて、熱くて狭い口内をめちゃくちゃに犯したい。でも現実は真の巧みなキスに翻弄されているのはカイの方だった。
「シンさんっ……」
以前とはまるで違う胸の高ぶりに支配され、いよいよどうしようもなくなった頃、真がゆっくりと唇を離した。唾液に濡れたそこをぬぐい、彼は未だ穏やかに微笑んでいた。
「お前ってほんとに馬鹿だな」
優しい顔のまま、彼はいつものように言った。
「ガキだし、喧嘩よえーし、英語下手だし」
「え、英語はほんとは結構話せます!」
「でも下手だろ? あと銃も撃てねーし、喧嘩もよえーし」
「喧嘩弱いの二回言った……!」
「道も知らねーし、仕事できねーし、ほんと使えないよ」
わかりきっていたことなのに、面と向かって言われると落ち込まずにはいられない。
カイがこの国に来て、真の側で働くようになってから、彼の役に立てたことなど一つもない。わかっている。でも、悔しくないわけじゃない。
元々それがカイの目的ではなかった。でも、共に過ごす時間が長くなるにつれて、どうしようもなく生じる感情を抑えられなかった。本当は、もっと別の形で彼に出会いたかった。何も偽ることのない自分で、部下として彼に仕えたかった。
「でも、お前の運転だけは悪くなかった」
またしても彼らしくない言葉を聞いて、カイは驚いた。変わらず微笑んだままの真がいつもより美しく見えた。目の前が急に明るくなったような気さえする。
初めて彼に認められたようで、嬉しかった。
「シンさん……」
両手を拘束されていなければ、そのまま抱きついていただろう。そしていつものように殴られるか蹴られるかしていたかもしれない。しかし、その予想がどちらも外れであることを、カイはすぐに思い知らされた。
「そんな馬鹿なお前が、どうして俺を欺けると思ったんだ?」
立ち上がった真が言い放つ。
カイの眼前に、黒い銃口が突き付けられる。
「自分がやったことの落とし前は、きっちりつけてもらうぞ」
真は口元の穏やかな笑みはそのままに、構えた銃と同じ、冷たい色の瞳でカイを見下ろしていた。
普段の似合わないスーツではなく、シンプルなシャツとジーンズ姿の彼は大分ぼろぼろだ。真は小さくため息をつき、脱いだジャケットを部下に預けた。
「いつまで寝てる気だ?」
床で伸びているカイに近づき、セットの乱れた頭を靴先で小突く。わずかに身じろいだ彼の瞳はまだ開かない。
「起きろっつってんだよ」
その場に屈み込み、カイの髪を掴んで鼻血の跡の残る顔を引き上げる。
「いっ! シ、ンさん……?」
「随分舐めた真似をしてくれたな」
「はは……なんの事」
最後まで聞かない内に真はカイの頭を床に叩きつけた。続けて縮こまる体を蹴り飛ばす。
咳き込むカイを見下ろして、真は煙草に火をつけた。
「それで? 言い訳は終わりか?」
苦痛に歪む顔で、カイは諦めたように笑った。
「俺、べつに彼女のことが好きだったわけじゃないんですよ。そういうことにしてたけど、単に彼女がかわいそうで、放っておけなかっただけんなんです。まぁ、一度手は出しちゃったんですけど……改めて思うとほんとに最低ですよね、俺って」
痛む体を辛うじて壁に預け、腫れて上手く動かない顔でカイは乾いた笑みを浮かべた。
真に洗いざらい吐かされて、最早どうでもいいことまで口走っている。この期に及んで全く無駄だと分かっている命乞いがしたいのか、なけなしの罪悪感を少しでも薄めたかっただけなのか、話しているカイ自身にもわからなかった。
コンクリートを打ち放した無機質な部屋で、白い蛍光灯の下、真は彼の部下が用意した簡素ないすに座り、無表情でスマートフォンをいじっていた。
彼がどこまでカイの話をきいていたかはわからない。最初にいくつか核心的な質問をされ、カイは正直に答えた。真は無反応で、ある程度話が進むと質問もなくなった。だからカイは一人で喋っている。
「彼女はほんとに悪くなくて、俺が巻き込んだっていうか、いや、俺も巻き込まれたっていうか……すみません。これは言い訳ですね。でも、この国で、シンさんと一緒に働いてみて、俺はほんとにシンさんを尊敬してて……」
スマートフォンから顔を上げた真に睨まれ、形はどうあれ反応があった事が嬉しくてカイは言葉を重ねた。痛みと熱と恐れで正常な判断が出来なくなっていた。
「最初はマジで怖くて、いや今も怖いんすけど、でもシンさんはきれいだし、強くてかっこ良くて……なのに少し寂しそうな気がして……すみません、なんか俺、めっちゃシンさんのこと好きみたいですね」
立ち上がった真がゆっくりと近づいてくる。再び殴られることを予感し、記憶に刻まれた痛みが蘇る。反射的に震えるカイの目の前で、真は静かに膝を折った。
「お前は好きだろ? 俺のこと」
「え……?」
美しい指にそっと顎を持ち上げられ、端正な顔を寄せられる。直視できず、カイは視線を泳がせた。
「目を逸らすな」
有無を言わせぬ口調で命じられ、カイは真に焦点を合わせた。繊細な睫毛やよく見ると色素の薄い、冷たい色の瞳が嫌でも目に入る。
「シンさ……」
真は更に距離を縮めてきて、柔らかな唇が重ねられた。すぐに離れた彼はかすかに笑みすら浮かべている。
未だ間近にある唇に、カイは今度、自分から口づけた。
誘うように舌先をなめられ、カイは遠慮なく彼の口内に押し入った。冷たい印象の肌や瞳と対照的に、熱い粘膜の感触に身震いする。以前、欲望に任せて彼の体を開いた時に覚えた劣情が蘇ってきて、カイは後ろ手に縛られた両手のもどかしさに苛立った。
彼の薄い背中を抱いて、小さな頭を押さえつけて、熱くて狭い口内をめちゃくちゃに犯したい。でも現実は真の巧みなキスに翻弄されているのはカイの方だった。
「シンさんっ……」
以前とはまるで違う胸の高ぶりに支配され、いよいよどうしようもなくなった頃、真がゆっくりと唇を離した。唾液に濡れたそこをぬぐい、彼は未だ穏やかに微笑んでいた。
「お前ってほんとに馬鹿だな」
優しい顔のまま、彼はいつものように言った。
「ガキだし、喧嘩よえーし、英語下手だし」
「え、英語はほんとは結構話せます!」
「でも下手だろ? あと銃も撃てねーし、喧嘩もよえーし」
「喧嘩弱いの二回言った……!」
「道も知らねーし、仕事できねーし、ほんと使えないよ」
わかりきっていたことなのに、面と向かって言われると落ち込まずにはいられない。
カイがこの国に来て、真の側で働くようになってから、彼の役に立てたことなど一つもない。わかっている。でも、悔しくないわけじゃない。
元々それがカイの目的ではなかった。でも、共に過ごす時間が長くなるにつれて、どうしようもなく生じる感情を抑えられなかった。本当は、もっと別の形で彼に出会いたかった。何も偽ることのない自分で、部下として彼に仕えたかった。
「でも、お前の運転だけは悪くなかった」
またしても彼らしくない言葉を聞いて、カイは驚いた。変わらず微笑んだままの真がいつもより美しく見えた。目の前が急に明るくなったような気さえする。
初めて彼に認められたようで、嬉しかった。
「シンさん……」
両手を拘束されていなければ、そのまま抱きついていただろう。そしていつものように殴られるか蹴られるかしていたかもしれない。しかし、その予想がどちらも外れであることを、カイはすぐに思い知らされた。
「そんな馬鹿なお前が、どうして俺を欺けると思ったんだ?」
立ち上がった真が言い放つ。
カイの眼前に、黒い銃口が突き付けられる。
「自分がやったことの落とし前は、きっちりつけてもらうぞ」
真は口元の穏やかな笑みはそのままに、構えた銃と同じ、冷たい色の瞳でカイを見下ろしていた。
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