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選べない手を伸ばしたまま
#20
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「話はこれで終わり。リンは俺が送っていくよ。いいよね? シン」
ユーリに問われ、真は静かに頷いた。
「よろしくお願いします」
凛太朗はユーリと共に部屋を出た。扉の閉まる直前に真と目が合う。何か言いたげな表情に見えたが、彼からの言葉を待つ前に扉は静かに閉ざされた。
「怪我はない?」
いつかのように助手席に座ると穏やかな声でユーリが問うた。先ほどまでの厳しい口調とは裏腹に、気遣いを含んだ声音に凛太朗は得体の知れない罪悪感を覚えた。
「俺は大丈夫です。ボスもご無事で……何よりです」
「俺は君のボスじゃないよ」
頭を殴られたような心地がした。脚に置いた拳を握りしめる。
「俺は不合格ですか?」
ユーリはわずかに沈黙し、そして静かに口を開いた。
「君のその純粋さが、俺は怖い。決断を迫られるたび、君は揺らいでいた。それでも、俺をボスと呼んだ君の真意が俺にはわからない。ただ場当たり的にそうしてるのか、それとも、その気持ちを差し引いても揺らがない強い意志が君にはあるのか」
「あの時、あなたに言った言葉に嘘はありません。あの日からまた、色々あったけど、俺の気持ちは変わりません」
オレンジ色のライトに照らされたユーリが微笑む。
「今日、彼女を撃ったのは君ではなかった。それが全てだよ」
「それは……」
「たまたま、結果がそうであっただけだと俺は思う。たまたま君の銃は弾切れで、シンがその場に居合わせた」
「だったら」
「でもね、君は撃たなかった。これも結果論だけど、タイミングも運も実力も全て含めて、君が選んだのは別の道だった」
「俺の意志じゃない! なら最初から無意味じゃないですか! この前のテストも、今日のことも!」
「全てを覆す結果が出せなかった以上、君の生きる道はこちら側ではない。それとも、彼のそばに居られるなら、君は喜んで彼女を殺すことができた?」
その問いには答えることが出来なかった。
「前にきいたよね。君が欲しいものは何? 彼女の命と引き換えに手に入れた強さで、君は一体なにを守るの?」
「俺は、兄さんを……」
「それでシンに守られてたら世話ないね」
「今はまだ……でもこれから」
「自分のことも満足に守れない君が、他者の犠牲の上に成り立つ強さで誰かを守れるとは思えない。そして俺は、そんな部下は必要ない」
言い返せなかった。あんなに強く願い、道を決めたはずなのに、凛太朗の足下はひどく不安定だ。今更それに気付かされ、そこから落ちないようにするのが精一杯だった。
カンドレーヴァの屋敷に着くと、ユーリはエンジンを切った。
「お疲れ様。短い間だったけど、君と居れて楽しかったよ。帰りの飛行機は明日。チケットは手配してあるから」
本当に自分は見限られたらしい。ユーリの口調は変わらず穏やかだが、彼の顔が見られない。
「ありがとう、ございます……」
「そんな顔しないでよ。君は若いし、これから楽しい事がたくさんある。みんなと同じように、普通の幸せを手に入れるんだ。君にはまだ、それが出来るはずだよ」
頷く事は出来なかった。再度短く礼を言って、車を降りる。
屋敷に向かって歩き出す。地面を踏む足の感覚がない。自分はどこに立っている? これから先、どこに向かえばいい? ユーリや他の大人の言う通り、普通の、平凡で幸せな暮らしが出来るだろうか。
楓の顔が蘇る。無惨に殺された彼女に真の姿が重なる。
普通の暮らし、穏やかな日常。
そんなもの、凛太朗は最初から持っていた。日本で生きていれば、もしかしたら始めはほとんどの人間が持っているのかもしれない。
奪ったのは彼らのほうだ。
あの地獄のような夜も、終わらない悪夢も、凛太朗が望んだものではない。
足を止め、振り返るとユーリの車はまだそこにあった。踵を返し、窓をノックする。
「どうしたの?」
窓を下げたユーリが微笑む。
凛太朗は拳を握りしめ、口を開いた。
ユーリに問われ、真は静かに頷いた。
「よろしくお願いします」
凛太朗はユーリと共に部屋を出た。扉の閉まる直前に真と目が合う。何か言いたげな表情に見えたが、彼からの言葉を待つ前に扉は静かに閉ざされた。
「怪我はない?」
いつかのように助手席に座ると穏やかな声でユーリが問うた。先ほどまでの厳しい口調とは裏腹に、気遣いを含んだ声音に凛太朗は得体の知れない罪悪感を覚えた。
「俺は大丈夫です。ボスもご無事で……何よりです」
「俺は君のボスじゃないよ」
頭を殴られたような心地がした。脚に置いた拳を握りしめる。
「俺は不合格ですか?」
ユーリはわずかに沈黙し、そして静かに口を開いた。
「君のその純粋さが、俺は怖い。決断を迫られるたび、君は揺らいでいた。それでも、俺をボスと呼んだ君の真意が俺にはわからない。ただ場当たり的にそうしてるのか、それとも、その気持ちを差し引いても揺らがない強い意志が君にはあるのか」
「あの時、あなたに言った言葉に嘘はありません。あの日からまた、色々あったけど、俺の気持ちは変わりません」
オレンジ色のライトに照らされたユーリが微笑む。
「今日、彼女を撃ったのは君ではなかった。それが全てだよ」
「それは……」
「たまたま、結果がそうであっただけだと俺は思う。たまたま君の銃は弾切れで、シンがその場に居合わせた」
「だったら」
「でもね、君は撃たなかった。これも結果論だけど、タイミングも運も実力も全て含めて、君が選んだのは別の道だった」
「俺の意志じゃない! なら最初から無意味じゃないですか! この前のテストも、今日のことも!」
「全てを覆す結果が出せなかった以上、君の生きる道はこちら側ではない。それとも、彼のそばに居られるなら、君は喜んで彼女を殺すことができた?」
その問いには答えることが出来なかった。
「前にきいたよね。君が欲しいものは何? 彼女の命と引き換えに手に入れた強さで、君は一体なにを守るの?」
「俺は、兄さんを……」
「それでシンに守られてたら世話ないね」
「今はまだ……でもこれから」
「自分のことも満足に守れない君が、他者の犠牲の上に成り立つ強さで誰かを守れるとは思えない。そして俺は、そんな部下は必要ない」
言い返せなかった。あんなに強く願い、道を決めたはずなのに、凛太朗の足下はひどく不安定だ。今更それに気付かされ、そこから落ちないようにするのが精一杯だった。
カンドレーヴァの屋敷に着くと、ユーリはエンジンを切った。
「お疲れ様。短い間だったけど、君と居れて楽しかったよ。帰りの飛行機は明日。チケットは手配してあるから」
本当に自分は見限られたらしい。ユーリの口調は変わらず穏やかだが、彼の顔が見られない。
「ありがとう、ございます……」
「そんな顔しないでよ。君は若いし、これから楽しい事がたくさんある。みんなと同じように、普通の幸せを手に入れるんだ。君にはまだ、それが出来るはずだよ」
頷く事は出来なかった。再度短く礼を言って、車を降りる。
屋敷に向かって歩き出す。地面を踏む足の感覚がない。自分はどこに立っている? これから先、どこに向かえばいい? ユーリや他の大人の言う通り、普通の、平凡で幸せな暮らしが出来るだろうか。
楓の顔が蘇る。無惨に殺された彼女に真の姿が重なる。
普通の暮らし、穏やかな日常。
そんなもの、凛太朗は最初から持っていた。日本で生きていれば、もしかしたら始めはほとんどの人間が持っているのかもしれない。
奪ったのは彼らのほうだ。
あの地獄のような夜も、終わらない悪夢も、凛太朗が望んだものではない。
足を止め、振り返るとユーリの車はまだそこにあった。踵を返し、窓をノックする。
「どうしたの?」
窓を下げたユーリが微笑む。
凛太朗は拳を握りしめ、口を開いた。
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