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選べない手を伸ばしたまま
#17
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照明が落ちた後、凛太朗はカイと共にパソコンに表示されたカメラ映像を切り替えながら、無線で仲間へ情報の伝達と指示を行っていった。
しばらくして銃声が止むと、凛太朗は再びカメラを動かして被害状況を確認した。見たところ重傷者は居ない。客も無事のようだ。しかしカメラ越しでは確かな事はわからない。繭の姿が見えない事も気にかかり、凛太朗は立ち上がった。
「行くんですか?」
「ああ、もう落ち着いただろ」
烏に禁じられていた時間は過ぎた筈だ。それでもカイが止めるなら強行突破しようと思っていた。しかし彼は一度逸らした視線を再び凛太朗に向け、重そうに口を開いた。
「リンさん、お願いがあります……彼女を、助けてください」
「誰?」
沈黙するカイを見て、凛太朗はすぐに彼の言わんとしている事を察した。しかし簡単には納得出来なかったし、腹も立っていた。
「すみません、俺が悪いんです。俺が彼女を巻き込みました。だから、お願いします……彼女だけは、助けてください」
「お前……」
言葉が出なかった。カイや繭の裏切り、美玲を危険に晒した事、その責任が凛太朗にある事、気付かなかった自分への怒り等がないまぜになって感情を適切に処理できなかった。
何も言わずに部屋を出る。ホールに向かう途中で照明がついた。
「美玲!」
喧騒を取り戻し始めたホールで、柳田の声が耳に飛び込んできた。
駆け寄ると、床にへたり込む美玲のドレスが赤く染まっていた。
「撃たれたのか?」
「違う、違うの……美玲じゃない、あの子が……」
彼女の言葉を聞き終わらない内に、凛太朗は駆け出した。
撃たれたのは繭だ。床には彼女の物と思われる血が階段の方へ続いている。滴った血痕は、彼女の命そのもののように感じられた。
繭は客室のある廊下に座り込んでいた。ここまで来るのに力を使い果たしたのか、凛太朗に気づいても動こうとせず、廊下の壁に背中を預けたまま、景色に向けられていた視線を緩慢に動かしただけだった。
「何やってるんだ、お前」
凛太朗は呆然と呟いた。冷静なつもりだったが、握りしめた右手の痛みを感じないくらいには、頭に血が上っていた。
「凛太朗……さん……」
痛みに顔を引き攣らせながら、彼女は少し笑ったようだった。
「ごめ……なさい……」
掠れた声で言う彼女の口元から血が流れる。ドレスの腹部から胸にかけて、どんどん広がる赤い染みが、彼女の負った傷の深さを知らしめる。
「もう喋るな」
膝を折り、凛太朗は脱いだ上着を彼女の傷に押し当てた。
「っ、ごめ……なさっ……」
「喋るなって言ってんだろ!」
思わず声を荒げる。
「謝るくらいならなんで選んだ! なんで裏切った!」
傷口から染み出した血が凛太朗の手を濡らす。血が止まらない。
「裏切るならなんで助けた! お前が死んだら彼女は一生お前を忘れない! 忘れられない!」
「美玲に……謝って……かわりに……」
「ふざけんな! 自分で言え!」
だから死ぬな。そう思うのに、傷口を押さえる凛太朗の手に触れた彼女の手は息を呑むほど冷たかった。
「お願い……あの子に……知られ……」
小さくなる繭の言葉を聞き取ろうと、顔を寄せる。
やがて告げられた短い懇願に、凛太朗は舌を打った。
「いい加減にしろよ……」
怒りか、それ以外の感情によってか、声が震えていた。繭の顔は、先程の懇願の内容の信憑性を疑わせるほど、苦痛に歪んでいた。
それでも凛太朗は立ち上がり、銃を構えた。彼女はもう助からない。それなのに、当たりどころが悪かったのか、なかなか死ねずに苦しんでいる。
「自分が楽になりたいだけのくせに、友達をだしにするなよ」
弱々しく笑う繭に向けて、凛太朗は引き金を引いた。
しばらくして銃声が止むと、凛太朗は再びカメラを動かして被害状況を確認した。見たところ重傷者は居ない。客も無事のようだ。しかしカメラ越しでは確かな事はわからない。繭の姿が見えない事も気にかかり、凛太朗は立ち上がった。
「行くんですか?」
「ああ、もう落ち着いただろ」
烏に禁じられていた時間は過ぎた筈だ。それでもカイが止めるなら強行突破しようと思っていた。しかし彼は一度逸らした視線を再び凛太朗に向け、重そうに口を開いた。
「リンさん、お願いがあります……彼女を、助けてください」
「誰?」
沈黙するカイを見て、凛太朗はすぐに彼の言わんとしている事を察した。しかし簡単には納得出来なかったし、腹も立っていた。
「すみません、俺が悪いんです。俺が彼女を巻き込みました。だから、お願いします……彼女だけは、助けてください」
「お前……」
言葉が出なかった。カイや繭の裏切り、美玲を危険に晒した事、その責任が凛太朗にある事、気付かなかった自分への怒り等がないまぜになって感情を適切に処理できなかった。
何も言わずに部屋を出る。ホールに向かう途中で照明がついた。
「美玲!」
喧騒を取り戻し始めたホールで、柳田の声が耳に飛び込んできた。
駆け寄ると、床にへたり込む美玲のドレスが赤く染まっていた。
「撃たれたのか?」
「違う、違うの……美玲じゃない、あの子が……」
彼女の言葉を聞き終わらない内に、凛太朗は駆け出した。
撃たれたのは繭だ。床には彼女の物と思われる血が階段の方へ続いている。滴った血痕は、彼女の命そのもののように感じられた。
繭は客室のある廊下に座り込んでいた。ここまで来るのに力を使い果たしたのか、凛太朗に気づいても動こうとせず、廊下の壁に背中を預けたまま、景色に向けられていた視線を緩慢に動かしただけだった。
「何やってるんだ、お前」
凛太朗は呆然と呟いた。冷静なつもりだったが、握りしめた右手の痛みを感じないくらいには、頭に血が上っていた。
「凛太朗……さん……」
痛みに顔を引き攣らせながら、彼女は少し笑ったようだった。
「ごめ……なさい……」
掠れた声で言う彼女の口元から血が流れる。ドレスの腹部から胸にかけて、どんどん広がる赤い染みが、彼女の負った傷の深さを知らしめる。
「もう喋るな」
膝を折り、凛太朗は脱いだ上着を彼女の傷に押し当てた。
「っ、ごめ……なさっ……」
「喋るなって言ってんだろ!」
思わず声を荒げる。
「謝るくらいならなんで選んだ! なんで裏切った!」
傷口から染み出した血が凛太朗の手を濡らす。血が止まらない。
「裏切るならなんで助けた! お前が死んだら彼女は一生お前を忘れない! 忘れられない!」
「美玲に……謝って……かわりに……」
「ふざけんな! 自分で言え!」
だから死ぬな。そう思うのに、傷口を押さえる凛太朗の手に触れた彼女の手は息を呑むほど冷たかった。
「お願い……あの子に……知られ……」
小さくなる繭の言葉を聞き取ろうと、顔を寄せる。
やがて告げられた短い懇願に、凛太朗は舌を打った。
「いい加減にしろよ……」
怒りか、それ以外の感情によってか、声が震えていた。繭の顔は、先程の懇願の内容の信憑性を疑わせるほど、苦痛に歪んでいた。
それでも凛太朗は立ち上がり、銃を構えた。彼女はもう助からない。それなのに、当たりどころが悪かったのか、なかなか死ねずに苦しんでいる。
「自分が楽になりたいだけのくせに、友達をだしにするなよ」
弱々しく笑う繭に向けて、凛太朗は引き金を引いた。
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