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選べない手を伸ばしたまま
#13
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いつの間にか銃声はやみ、辺りは不気味なほど静かになった。
凛太朗は廊下を歩きながら、どうにかして真やジーノに状況を伝える方法はないかと考えた。
彼らは既に客の誘導を終えてユーリと共にシェルターへ避難しているだろうか。いや、籠城はジーノにも真にも似合わない。絶対に襲撃者に対抗しようとするはずだ。だとしたら彼らは未だパーティー会場付近に居る可能性が高い。
下へ向かいたいがエレベーターの使用は躊躇われた。敵と鉢合わせる危険性があるし、監視カメラも設置されている。階段も同様だ。
カメラの死角に身を潜め、凛太朗はホテルの構造を思い出した。
いっそのこと外側から回り込んだほうが気付かれずに接近できるかもしれない。下にさえ降りてしまえば、ホールの複数の開口部の一つから侵入することは不可能ではなさそうだ。
廊下の手すりに脚をかけ、身を乗り出そうとしたとき、背中に硬いものが突きつけられた。
「動くな」
低い男の声だった。
人の気配なんてしなかった。なのに背後を取られた。
静かに両手を上げ、降参する振りをして振り向きざまに相手の銃を掴む。すぐに手放された銃に驚く間もなく、突き出されたナイフを寸前で避ける。
距離を取り、奪った銃を構えたところで男が口を開いた。
「前より良い動きをするようになったね」
先ほどは気づかなかったが、男の声には聞き覚えがあった。それにこの、やたらといい匂いは。
「カラス?」
雲が切れ、月明かりが男の顔を照らし出す。
「久しぶり。元気そうだね」
烏は前に見たときとは違う、真っ黒い服に全身を包んでいた。
「あ、あんた何やってんの?」
「何って仕事だよ。リンこそどうしたの? 一人?」
「そうだけど……」
烏が首を傾ける。
「どういうこと? レイからきいてるんじゃないの?」
「何を?」
凛太朗はナイフをしまった烏に銃を返した。しかしそれはすぐに凛太朗の手に戻ってきた。
「あげる。俺はろくに使えないから」
「誰かいるのか?」
第三者の声が聞こえ、凛太朗は勢いよく振り返り、銃を構えた。
「リン、大丈夫だよ」
暗がりに向けた銃は烏に制された。
彼の言う通り、階段から現れたのはクラウディオだった。いつものスーツではなく、なぜか給仕の格好をしている。髭もきれいに剃られている。
「クラウディオ?」
「リン! 無事だったか!」
銃を下ろすとクラウディオが駆け寄ってきた。
「無線が使えなくなったから心配してたんだ。レイはどうした?」
「トイレで気を失ってる。何か薬を飲まされて、眠ってるだけだったみたいだけど、動くのは無理だって……」
「薬? どういうことだ?」
クラウディオが烏の顔を見る。烏は何もわからないとばかりに緩く首を振った。
「レイもだけど、美玲を早く助けに行かないと」
先ほどクラウディオが登ってきた階段を見る。彼がこれを登ってきたということは、ここからなら監視の目をかい潜って下に行けるのかもしれない。
「待て、リン! 一人で動くな!」
走り出そうとしたところをクラウディオに引き止められる。
「なんだよ! 美玲が捕まったんだ、もたもたしてる暇ないんだよ!」
「待てって!」
「だからなんだよ!」
「少し落ち着きなよ。クラウディオ、彼に全部話してあげたら? 今日のこと何も知らないんでしょ?」
「だが……」
「いいじゃない。当初の計画ではレイが話す予定だったんだし。彼女が伝えてないなら、俺たちから言ってあげないと」
尚も口が重い様子のクラウディオの胸倉を掴む。
「あんた状況わかってんのか? 美玲が捕まった! 悠長にお喋りしてる暇なんかないんだよ! 一刻も早く助けなきゃいけないことくらい分かるだろ!」
「そのことなんだが……」
クラウディオは一瞬の沈黙ののち、重たい口を開いた。
「お前には伏せていたんだが、今日のパーティーは偽物なんだ」
「は……?」
「本当は、事が起こった時点でレイがお前に事情を説明する予定だった……今回のパーティーは本番じゃない。一部を除いて、客も、ホテルの従業員も、みんなフィオーレやカンドレーヴァの人間とその協力者だ」
「そろそろ照明も回復すると思うよ」
烏が言うと、本当に照明が戻った。
「え……」
そんなことがあり得るのか? 混乱する凛太朗の脳裏に先日のジーノの言葉が蘇る。
「守る人間はそう多くない」
あの時覚えた違和感はこれか。それほど大規模なパーティーではないとはいえ、アインツの出席者、客、従業員を合わせたらそれなりの人数になるはずだ。でもその大半が味方だったとしたら。
「連中を出し抜くにはこうする他なかった。大勢の一般客を守りながら犠牲を出さずに戦うなんて不可能だ。だから、客の数を最小限に抑えてそこに及ぶ被害を防ぐ……全て、ドン・フィオーレの筋書きだ」
凛太朗は廊下を歩きながら、どうにかして真やジーノに状況を伝える方法はないかと考えた。
彼らは既に客の誘導を終えてユーリと共にシェルターへ避難しているだろうか。いや、籠城はジーノにも真にも似合わない。絶対に襲撃者に対抗しようとするはずだ。だとしたら彼らは未だパーティー会場付近に居る可能性が高い。
下へ向かいたいがエレベーターの使用は躊躇われた。敵と鉢合わせる危険性があるし、監視カメラも設置されている。階段も同様だ。
カメラの死角に身を潜め、凛太朗はホテルの構造を思い出した。
いっそのこと外側から回り込んだほうが気付かれずに接近できるかもしれない。下にさえ降りてしまえば、ホールの複数の開口部の一つから侵入することは不可能ではなさそうだ。
廊下の手すりに脚をかけ、身を乗り出そうとしたとき、背中に硬いものが突きつけられた。
「動くな」
低い男の声だった。
人の気配なんてしなかった。なのに背後を取られた。
静かに両手を上げ、降参する振りをして振り向きざまに相手の銃を掴む。すぐに手放された銃に驚く間もなく、突き出されたナイフを寸前で避ける。
距離を取り、奪った銃を構えたところで男が口を開いた。
「前より良い動きをするようになったね」
先ほどは気づかなかったが、男の声には聞き覚えがあった。それにこの、やたらといい匂いは。
「カラス?」
雲が切れ、月明かりが男の顔を照らし出す。
「久しぶり。元気そうだね」
烏は前に見たときとは違う、真っ黒い服に全身を包んでいた。
「あ、あんた何やってんの?」
「何って仕事だよ。リンこそどうしたの? 一人?」
「そうだけど……」
烏が首を傾ける。
「どういうこと? レイからきいてるんじゃないの?」
「何を?」
凛太朗はナイフをしまった烏に銃を返した。しかしそれはすぐに凛太朗の手に戻ってきた。
「あげる。俺はろくに使えないから」
「誰かいるのか?」
第三者の声が聞こえ、凛太朗は勢いよく振り返り、銃を構えた。
「リン、大丈夫だよ」
暗がりに向けた銃は烏に制された。
彼の言う通り、階段から現れたのはクラウディオだった。いつものスーツではなく、なぜか給仕の格好をしている。髭もきれいに剃られている。
「クラウディオ?」
「リン! 無事だったか!」
銃を下ろすとクラウディオが駆け寄ってきた。
「無線が使えなくなったから心配してたんだ。レイはどうした?」
「トイレで気を失ってる。何か薬を飲まされて、眠ってるだけだったみたいだけど、動くのは無理だって……」
「薬? どういうことだ?」
クラウディオが烏の顔を見る。烏は何もわからないとばかりに緩く首を振った。
「レイもだけど、美玲を早く助けに行かないと」
先ほどクラウディオが登ってきた階段を見る。彼がこれを登ってきたということは、ここからなら監視の目をかい潜って下に行けるのかもしれない。
「待て、リン! 一人で動くな!」
走り出そうとしたところをクラウディオに引き止められる。
「なんだよ! 美玲が捕まったんだ、もたもたしてる暇ないんだよ!」
「待てって!」
「だからなんだよ!」
「少し落ち着きなよ。クラウディオ、彼に全部話してあげたら? 今日のこと何も知らないんでしょ?」
「だが……」
「いいじゃない。当初の計画ではレイが話す予定だったんだし。彼女が伝えてないなら、俺たちから言ってあげないと」
尚も口が重い様子のクラウディオの胸倉を掴む。
「あんた状況わかってんのか? 美玲が捕まった! 悠長にお喋りしてる暇なんかないんだよ! 一刻も早く助けなきゃいけないことくらい分かるだろ!」
「そのことなんだが……」
クラウディオは一瞬の沈黙ののち、重たい口を開いた。
「お前には伏せていたんだが、今日のパーティーは偽物なんだ」
「は……?」
「本当は、事が起こった時点でレイがお前に事情を説明する予定だった……今回のパーティーは本番じゃない。一部を除いて、客も、ホテルの従業員も、みんなフィオーレやカンドレーヴァの人間とその協力者だ」
「そろそろ照明も回復すると思うよ」
烏が言うと、本当に照明が戻った。
「え……」
そんなことがあり得るのか? 混乱する凛太朗の脳裏に先日のジーノの言葉が蘇る。
「守る人間はそう多くない」
あの時覚えた違和感はこれか。それほど大規模なパーティーではないとはいえ、アインツの出席者、客、従業員を合わせたらそれなりの人数になるはずだ。でもその大半が味方だったとしたら。
「連中を出し抜くにはこうする他なかった。大勢の一般客を守りながら犠牲を出さずに戦うなんて不可能だ。だから、客の数を最小限に抑えてそこに及ぶ被害を防ぐ……全て、ドン・フィオーレの筋書きだ」
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