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選べない手を伸ばしたまま
#12
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「な……」
呆然とする柳田を下がらせ、真は前に出た。
「動かないでください」
目ざとく指摘した繭には最早、儚げで大人しい少女の面影など残っていなかった。
「子供だと思ってたがなかなか良い女だな」
いつの間にかそばにいたジャックが囁く。
確かに最初の地味な印象から一転、本来の整った容姿も相まって強烈な存在感を放っている。彼女の落ち着いた様子から、これが衝動的な行動でないことはすぐにわかった。
女の手のひらに収まるほどの小さな銃の殺傷力は決して高くない。しかしあの至近距離で急所に当たればただでは済まない。運良く急所を逸れたとしても無事ではないだろう。
「の、乃木くん、これも君たちの作戦なのか?」
柳田は現実を受け入れられない様子で苦笑いを引き攣らせている。
「ま、繭くん、何をしている? 冗談にしては少し笑えな……」
「動かないで、と言ったのが聞こえませんでしたか? 美玲の叔父さん、あと、凛太朗さんのお兄さんも」
冷静に言い放つ繭に、泣き腫らした美玲の瞳から新しい涙があふれた。
「繭ちゃん、なんで? なんでこんなことするの……?」
「誰か説明してくれ! なんなんだこれは!」
取り乱す柳田を哀れに思った。直前まで詳細を伏せられた危険の伴う作戦に姪と共に参加させられ、待ち受けているのがこんな結末とは思ってもみなかっただろう。
「どうする? 女ごと撃つか?」
柳田の気持ちも知らず、ジャックが提案する。そうしたい気持ちは山々だが、それを決めるのは真ではない。
「ボス」
声をかけるとユーリは一瞥を寄こした。平素と変わらず穏やかな表情だった。
美玲のパーティーへの参加を望んだのはユーリだ。自ら柳田に今回の作戦の重要性と、その成功がアインツやこの国へもたらすメリットを伝え、美玲に危険が及ばないことを強調し、説き伏せた。
しかし本当に彼女の参加は必須だったのだろうか。たまたま柳田が身内を連れていたから一般客を増やすのに都合がよかった? それもあるかもしれない。でも何か、それ以外の理由があるのではないだろうか。
考えられるのは、ユーリが初めから繭の正体を知っていた可能性だ。
彼女は何がしかの目的をもって美玲に近づき、友人関係を装っていた。その目的がこのパーティーにあるとしたら、ユーリはそれに気づいていることを悟らせないため、あえて美玲の参加を取りやめさせなかった。
ユーリの意図に思考を巡らせていたとき、彼が口を開いた。
「柳田専務、こちらへ。そこは危ないですから」
柳田は蒼褪めた顔で銃を突き付けられている美玲とユーリを見比べ、ゆっくりとこちらへやって来た。
「ドン・フィオーレ、これは一体……」
「大丈夫です。俺が話しますから」
労わるように柳田の背中に触れたユーリは真を見た。
「シン、銃を下ろしなさい」
真は言われた通りにした。微笑んだユーリが繭に向き直る。
「君と会うのは二度目だね」
「ええ、その節はありがとうございました。ドン・フィオーレ」
確か以前、美玲に置き去りにされた繭を、ちょうどその場に居合わせた(ことになっている)ユーリと凛太朗が助け出したのだ。
「君たちは友達だと思ってたけど違うのかな? それとも、最初から別の目的があって彼女に近づいたの?」
「ええ、仰る通りです。私は美玲を利用するために彼女に近づきました」
美玲に聞かせるためか、わざわざ日本語で言う繭に、初めてユーリの表情がわずかな陰りを見せた。
「要求は?」
ユーリの問いに、繭は最後まで冷静に、笑みを絶やすことなく言った。
「彼らを解放してください」
「君の雇い主は彼らではないのかな?」
「無駄なお喋りに付き合う必要はない! さっさと我々を解放しろ!」
未だ拘束されたままの男がわめく。
「お察しの通り、私の主人は彼らではありません。だから指図を受けるいわれもない」
「貴様……」
男に睨まれても繭が怯む様子はない。
「少しは話に付き合ってくれるみたいで嬉しいよ。君の目的は彼らとは別にあるんじゃない?」
「それを聞いてどうするんです? あなたが私の望みを叶えてくれるとでも?」
「そうだね、少なくとも、君を利用しようとしている連中よりは確実だと思うよ」
なぜか一瞬、驚いた表情を見せた繭はすぐに肩を震わせて笑い出した。
「すごい人ですね、あなたは。こんな事をした私の要求でも、目的のためなら叶えてくれるだなんて。でもね、ないんですよ。あなたに叶えてもらいたい望みなんて、何もない」
ユーリはため息をつくと、部下に目配せしてテロリスト達の拘束を解かせた。美玲は未だ人質に取られたままだ。
命じられるまま武器を奪われ、少し前と同じように跪かされる。
「本当に、何も要求はないの?」
銃を突き付けられたまま、ユーリは繭に問う。
「どんな状況でも、どんな理由があっても、欲しいと思わなければ、何も手に入れることは出来ないよ」
ユーリを見下ろす繭の表情に動きはない。
「貴様がすべきなのは命乞いだ。自らの行いを悔いて死ね」
ユーリの頭に銃を突き付けた男が、引き金にかけた指に力を込める。その瞬間、真はユーリを突き飛ばした。
弾丸が床にめり込むのを視界の端に捉え、銃を持つ男に脚をかける。
「残念だよ」
静かに言うユーリの声を聞きながら、体勢を崩した男から奪った銃を構える。ユーリの言葉が誰に向けられたものか確認する間もないまま、辺りは再び闇に包まれた。
「伏せて、兄さん」
消えた照明と引き換えに唐突に回復した無線から聞こえてきたのは凛太朗の声だった。真は柱の陰にユーリを庇い、身を屈めながらホールに居る部下やジャックに向けて叫んだ。
「全員伏せろ!」
真の声を合図としたかのように、ホールは銃声と悲鳴に包まれた。
呆然とする柳田を下がらせ、真は前に出た。
「動かないでください」
目ざとく指摘した繭には最早、儚げで大人しい少女の面影など残っていなかった。
「子供だと思ってたがなかなか良い女だな」
いつの間にかそばにいたジャックが囁く。
確かに最初の地味な印象から一転、本来の整った容姿も相まって強烈な存在感を放っている。彼女の落ち着いた様子から、これが衝動的な行動でないことはすぐにわかった。
女の手のひらに収まるほどの小さな銃の殺傷力は決して高くない。しかしあの至近距離で急所に当たればただでは済まない。運良く急所を逸れたとしても無事ではないだろう。
「の、乃木くん、これも君たちの作戦なのか?」
柳田は現実を受け入れられない様子で苦笑いを引き攣らせている。
「ま、繭くん、何をしている? 冗談にしては少し笑えな……」
「動かないで、と言ったのが聞こえませんでしたか? 美玲の叔父さん、あと、凛太朗さんのお兄さんも」
冷静に言い放つ繭に、泣き腫らした美玲の瞳から新しい涙があふれた。
「繭ちゃん、なんで? なんでこんなことするの……?」
「誰か説明してくれ! なんなんだこれは!」
取り乱す柳田を哀れに思った。直前まで詳細を伏せられた危険の伴う作戦に姪と共に参加させられ、待ち受けているのがこんな結末とは思ってもみなかっただろう。
「どうする? 女ごと撃つか?」
柳田の気持ちも知らず、ジャックが提案する。そうしたい気持ちは山々だが、それを決めるのは真ではない。
「ボス」
声をかけるとユーリは一瞥を寄こした。平素と変わらず穏やかな表情だった。
美玲のパーティーへの参加を望んだのはユーリだ。自ら柳田に今回の作戦の重要性と、その成功がアインツやこの国へもたらすメリットを伝え、美玲に危険が及ばないことを強調し、説き伏せた。
しかし本当に彼女の参加は必須だったのだろうか。たまたま柳田が身内を連れていたから一般客を増やすのに都合がよかった? それもあるかもしれない。でも何か、それ以外の理由があるのではないだろうか。
考えられるのは、ユーリが初めから繭の正体を知っていた可能性だ。
彼女は何がしかの目的をもって美玲に近づき、友人関係を装っていた。その目的がこのパーティーにあるとしたら、ユーリはそれに気づいていることを悟らせないため、あえて美玲の参加を取りやめさせなかった。
ユーリの意図に思考を巡らせていたとき、彼が口を開いた。
「柳田専務、こちらへ。そこは危ないですから」
柳田は蒼褪めた顔で銃を突き付けられている美玲とユーリを見比べ、ゆっくりとこちらへやって来た。
「ドン・フィオーレ、これは一体……」
「大丈夫です。俺が話しますから」
労わるように柳田の背中に触れたユーリは真を見た。
「シン、銃を下ろしなさい」
真は言われた通りにした。微笑んだユーリが繭に向き直る。
「君と会うのは二度目だね」
「ええ、その節はありがとうございました。ドン・フィオーレ」
確か以前、美玲に置き去りにされた繭を、ちょうどその場に居合わせた(ことになっている)ユーリと凛太朗が助け出したのだ。
「君たちは友達だと思ってたけど違うのかな? それとも、最初から別の目的があって彼女に近づいたの?」
「ええ、仰る通りです。私は美玲を利用するために彼女に近づきました」
美玲に聞かせるためか、わざわざ日本語で言う繭に、初めてユーリの表情がわずかな陰りを見せた。
「要求は?」
ユーリの問いに、繭は最後まで冷静に、笑みを絶やすことなく言った。
「彼らを解放してください」
「君の雇い主は彼らではないのかな?」
「無駄なお喋りに付き合う必要はない! さっさと我々を解放しろ!」
未だ拘束されたままの男がわめく。
「お察しの通り、私の主人は彼らではありません。だから指図を受けるいわれもない」
「貴様……」
男に睨まれても繭が怯む様子はない。
「少しは話に付き合ってくれるみたいで嬉しいよ。君の目的は彼らとは別にあるんじゃない?」
「それを聞いてどうするんです? あなたが私の望みを叶えてくれるとでも?」
「そうだね、少なくとも、君を利用しようとしている連中よりは確実だと思うよ」
なぜか一瞬、驚いた表情を見せた繭はすぐに肩を震わせて笑い出した。
「すごい人ですね、あなたは。こんな事をした私の要求でも、目的のためなら叶えてくれるだなんて。でもね、ないんですよ。あなたに叶えてもらいたい望みなんて、何もない」
ユーリはため息をつくと、部下に目配せしてテロリスト達の拘束を解かせた。美玲は未だ人質に取られたままだ。
命じられるまま武器を奪われ、少し前と同じように跪かされる。
「本当に、何も要求はないの?」
銃を突き付けられたまま、ユーリは繭に問う。
「どんな状況でも、どんな理由があっても、欲しいと思わなければ、何も手に入れることは出来ないよ」
ユーリを見下ろす繭の表情に動きはない。
「貴様がすべきなのは命乞いだ。自らの行いを悔いて死ね」
ユーリの頭に銃を突き付けた男が、引き金にかけた指に力を込める。その瞬間、真はユーリを突き飛ばした。
弾丸が床にめり込むのを視界の端に捉え、銃を持つ男に脚をかける。
「残念だよ」
静かに言うユーリの声を聞きながら、体勢を崩した男から奪った銃を構える。ユーリの言葉が誰に向けられたものか確認する間もないまま、辺りは再び闇に包まれた。
「伏せて、兄さん」
消えた照明と引き換えに唐突に回復した無線から聞こえてきたのは凛太朗の声だった。真は柱の陰にユーリを庇い、身を屈めながらホールに居る部下やジャックに向けて叫んだ。
「全員伏せろ!」
真の声を合図としたかのように、ホールは銃声と悲鳴に包まれた。
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