ねむれない蛇

佐々

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選べない手を伸ばしたまま

#08

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 真は腕時計を一瞥してからフロアを見渡した。
 人員の配置は完了している。いつ襲撃があっても一般客へ被害は出さない。それはアインツとの約束であると同時に、この計画の前提条件でもあった。
 計画は予定通り進んでいるが、急に無線の調子が悪くなったことが気にかかる。急ぎで原因を調査させている部下からの報告はまだない。
 予定の時間が迫っている。相手は待ってくれないだろう。
 視線が合った部下に頷いて見せ、最後に隣のユーリを伺うと、彼はわずかに微笑んだ。
「リンが心配?」
「ええ……」
 銃に手を伸ばしながら、真は一瞬返答に迷った。
「でも俺は、弟を信じます」
 逡巡の末そう答え、銃のスライドを引く。
 予定通りの時刻にフロアの照明が落ちた。


 無数の足音、短い悲鳴、ガラスの割れる音と銃声が部屋を満たす。
 真はユーリを庇いながら姿勢を低くし、柱の陰に移動した。
 暗視装置は問題なく機能している。携帯に便利な小型のそれは、軽量化を優先したため軍用の装備には劣るが今のところ不足はない。
 フロアでは客を守りながら応戦するフィオーレとカンドレーヴァの構成員、そしてBR社の人間が見える。
 今日のパーティーに本物の客は数えるほどしか参加していない。
 攻め入ってきた敵は客に扮したファミリーの構成員と、味方だと信じていたBR社に迎え撃たれる。それが今回の作戦だった。
現地のテロリストの力などたかが知れている。市街地での爆破テロも、上海マフィアの協力がなければなし得なかったはずだ。その程度の戦力しか持たない彼らはフィオーレの敵ではない。加えてBR社がこちら側についているとしたら尚更、本物の客を守りながらでも敵を迎え撃つことは不可能ではない。
 撃ち合いの最中に一人の男が近づいてきた。
「無事か?」
 素早く足元に寄った男の声と装備からジャックだとわかる。
「遅い!」
「悪い。無線が使えなくて少しばたついた」
 彼が敵の牽制をしている間、真は新しいマガジンを装填した。
「被害は?」
「今のところ問題ない。客は既に下に避難させている」
 確かにフロアの人数はだいぶ減った。それはこちらが撃たれた訳ではなく、シェルターへの避難が完了したからだろう。
 制圧にそれほど時間はかからなかった。静かになったフロアに出て、ジャックと共に撃ち漏らした敵を始末する。一通り終えて次の作戦に移行しようとしたとき、ジャックの拳が真の頬に直撃した。
「は?」
 殴られたことへの驚きよりも先に感じたのは怒りだった。
 崩れた体勢のまま銃を向けると、ジャックは慌てた様子で両手を上げた。
「待て待て! 無傷じゃ怪しまれ」
 言い訳するジャックを無視して引き金を引く。弾丸は彼の頭の横を抜けて行った。
「ほんとに撃つ奴があるか!」
 ジャックが焦ったように叫んでいる。フロアもざわついている。しかし全く頭に入ってこない。
 口中に広がる血を吐き出し、ジャックに近づく。力を込めた拳は素早く反応したジャックに止められる。それを見越してガードの横から蹴りを叩き込む。
よろめいたジャックが首を押さえて膝をつく。胸倉を掴んだところで制止が入った。
「そこまで」
 ユーリの声だった。少しだけ冷静さを取り戻し、周囲に視線を向けると銃を構えたジャックの仲間に囲まれていた。そして彼らの動きを制するように、真の部下が一人一人に狙いを定めている。
 BR社の構えた銃口の先にユーリが居ないことを確認し、真はジャックから手を離した。
 首をさすりながら、ジャックが立ち上がる。
「ほんとに、噂通りの男だな」
「ガタガタ言わずにさっさとやれ」
 睨みつけるとジャックは真の後ろに回り、素早く両手を拘束した。作戦のためとはいえ、一時的にでもこの男に自由を奪われるのは抵抗がある。
 ユーリも真の側で同じように縛られている。
「おい、その人に傷をつけたら頭を叩き割るぞ」
「部下を虐めないでもらえるか?」
 嘆息したジャックが続ける。
「さっきのを根に持ってるなら後で仕返しさせてやる」
「今すぐ蹴り飛ばしてやるからとりあえず跪けよ」
「二人とも、まだ仕事中だよ」
「失礼いたしました」
 苛立ちに任せてジャックの脚を蹴りながら、真たちは次の作戦に向けて移動を開始した。
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