ねむれない蛇

佐々

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選べない手を伸ばしたまま

#04

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 時折、遠くの方で銃声や叫び声が聞こえるが、客室側は異様なほど静かだった。見える範囲に人影もない。
「レイ、聞こえるか? レイ!」
 無線に呼びかけるが相変わらず反応はない。真やジーノも同様だった。
 客室の並ぶ廊下の反対側には暗い森が広がっている。木々のざわめきさえどこか恐ろしく、月が出ているのがせめてもの救いだった。凛太朗は銃を握りしめ廊下を進んだ。
 レイと繭はトイレに行くと言っていた。この騒ぎの中、未だそこに居るとは考えにくいが、ひとまず覗いてみることにした。
 月明かりの届かないトイレに目を凝らしながら足を踏み入れると、靴の先に何かが触れた。
 屈みこみ、恐る恐る手を伸ばす。指先に感じる温かさと柔らかい感触に鳥肌が立った。
 慌ててスマートフォンを取り出し、ライトをつける。眩しさを覚えるほどの光が照らしだしたのは床に倒れたレイだった。
 血の気の引いた顔にこちらまで蒼褪めながら呼吸を確認する。息はしている。見たところ外傷もなさそうだ。
「レイ、レイ!」
 呼びかけると瞼が動いた。
「レイ!」
 ゆっくりとレイの瞼が持ち上がる。
「リン……?」
 焦点の合わない目でレイが凛太朗を見上げる。
「大丈夫か?」
「私、どうして……」
「何があった? 繭はどこだ?」
「そうだ……あの子、あの子にもらった薬で……」
「薬?」
 朦朧とする意識の中、レイは凛太朗のジャケットを掴む。
「彼女はどこ? 下に避難させられたの?」
「いや、俺も繭を探してる」
「違う、柳田の姪のほう……まさか、どこかに置いてきたの?」
「客室のクローゼットに匿ってある」
「馬鹿!」
 起き上がろうとしたレイがふらつくのを支える。
「彼女を……一人に……」
 頭を押さえるレイはまだ自力で動ける状態ではなさそうだ。壁にもたれてそのまま床に座り込んでしまった。
「戻って、彼女のところに……」
「でも」
「いいから戻りなさい! 彼女を一人にするのは危険……友達の女の子は、私をあなたたちから遠ざけようと……きっと、リンが彼女の護衛についてる情報も……あなたが彼女のそばを離れたと知ったら……」
 敵は美玲を狙ってる? そして凛太朗が彼女の護衛につくことを知り、彼女の側から離れる機会を窺っていた? しかもそれらは繭に仕組まれたというのか。一体なぜ。
 銃声が聞こえた。美玲の居る客室の方からだった。
 凛太朗はトイレを飛び出した。銃声のした方向へ走る。
 レイの予想通り、武装した男たちが客室に乗り込み、泣き叫ぶ美玲を引きずりだそうとしていた。
 ジーノから聞かされていた通り、PMCの連中は敵側に寝返ったらしい。いや、最初からそちら側だったのか。
 凛太朗は銃を構え、こちらに背を向けている男に発砲した。銃弾を受けた男がその場に倒れる。
 すぐにこちらに気づいた仲間が撃ち返してくる。
 凛太朗は廊下に張り出した巨大な岩で銃弾を凌いだ。
 相手はプロだ。まぐれで一発当たったくらいではどうにもならない。
 場数も装備も、凛太朗が優っているものなど一つもないのだということを、惜しげもなく放たれる銃弾によって思い知らされる。
 なぜ美玲の居場所がばれたのか。数ある客室の中から一つを探し当てるのは容易ではないはずだ。
 いや、今は美玲の救出が先だ。彼女を助けるためにはどうすればいい。
 悲鳴が遠ざかっていく。
 何も考えられなくなりそうだ。なぜ、どうやって。違う、落ち着け。目の前の出来事に集中しろ。
 美玲は男たちに連れられエレベーターに乗せられた。人質として交渉の材料にするつもりなら向かったのは地下だろう。
 照明は回復していないのにエレベーターは動いている。
 凛太朗は天井を見上げた。この廊下を含め、建物の至る所には監視カメラが設置されている。
 彼らがここの電気系統を手中に収めているとすれば、セキュリティルームも占拠されている可能性が高い。居場所がばれたのはそのせいか。
 男たちが居なくなると、辺りは急に静かになった。
 美玲がその場で殺されず連れて行かれたという事は、人質としての価値があるからだろう。
 しかし、脳裏に浮かんだのは無事に生還した美玲の顔ではなく、かつての変わり果てた姉の姿だった。
 生きているからといって、無事とは限らない。
 未だ生々しく頭に刻まれた記憶を振り払うように、凛太朗は走り出した。
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