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選べない手を伸ばしたまま
#03
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二人きりになった途端、美玲は凛太朗の腕を引いた。
「リンさん、先に戻りましょ。待ってる必要ないでしょ?」
「駄目に決まってるだろ」
「なんで? 全然二人きりになれないし、つまんない!」
凛太朗はため息をつきたくなるのをなんとかこらえた。
「俺は遊びに来たわけじゃない」
「わかってるよ。でも美玲、リンさんと仲良くなりたいの。リンさんのこともっと知りたい。ねぇ、リンさんはどこに住んでるの? 一人暮らし?」
その時、片耳のイヤホンから音が聞こえた気がした。慌ててそちらに手をやるも、途切れ途切れの通信はすぐに聞こえなくなった。
「リンさんきいてる? ねぇ、リンさん!」
「静かにしろ!」
イヤホンからはもう何も聞こえない。故障か、それとも通信状態が良くないのだろうか。
「レイ、聞こえるか」
試しにレイを呼んでみるが応答はない。舌打ちをしたところで自分の失敗に気づいた。
手のひらを握りしめた美玲の両目に涙が浮かんでいる。
「ひどい……」
美玲が声を震わせる。まずいと思った時には彼女は走り出していた。
「リンさんのばか!」
「おい! 待て!」
慌てて追いかける。幸い、ヒールを履いた彼女の足は速くない。階段の途中で追いつき、振り向いた拍子にバランスを崩した彼女の肩を掴んで支える。
「俺から離れるな!」
「だ、だって、リンさんが……」
美玲が言いかけた時、辺りが暗くなった。
「えっ、なに?」
怯えた声を出す美玲を背中に庇い、凛太朗は辺りの様子を伺うと共に無線に呼びかけた。
「レイ、応答しろ、レイ!」
やはり無線は通じない。レイだけでなく、真やジーノも同様だ。
かわりに聞こえてきたのはガラスの割れる音、銃声や悲鳴だった。パーティー会場の方からだ。フィオーレの予想通り、テロリスト達の襲撃が始まったのだろう。
それは凛太朗も聞かされていた内容だ。しかし停電や無線が使えないことは知らない。何かトラブルがあったのだろうか。
「リンさん……ただの停電だよね?」
震える美玲の手を掴み、廊下を歩く。会場の騒ぎはどんどん大きくなっている。このままここに居たら気づかれるのは時間の問題だ。
「リンさん? 何が起こってるの?」
目は暗闇に慣れてきた。今日は月が出ているから、照明がなくても半屋外の廊下を進むのは問題なさそうだ。
「リンさん……」
美玲がまた泣きそうな声を出す。
「大丈夫だ」
それ以外、言葉が見つからない。握った手に力を込め、凛太朗は先を急いだ。
「今からお前を地下シェルターに連れて行く」
「え?」
「エレベーターは停電で使えない可能性があるから階段で行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って、なに? どういうこと?」
「説明は後だ。今は時間がない」
美玲の手を引き、階段を下りる。ここからシェルターまでは少し距離があるが、建物の構造は頭に入っている。図面はさんざん眺めた。自分でも歩いた。大丈夫、ルートはわかる。
一つ下の階に下りたところでまた銃声が聞こえた。先ほどよりも近い。悲鳴を上げそうになる美玲の口を塞ぎ、屈むように促す。
慌ただしい足音が近づいてくる。
凛太朗は美玲の手を取り、今降りてきたばかりの階段を再び登り始めた。
「リンさん、怖い……」
小さく声を震わせる美玲の手を握る。華奢な手が指先まで体温を無くしている。
客室の並ぶ廊下を走り、その内の一つに美玲を押し込んで扉を閉める。
「日本人の娘を探せ! 十代の少女だ!」
息を殺して外の様子を伺っていると、程なくしてそんな声が聞こえてきた。
今日のパーティーに日本人の少女は二人しか居ない。美玲と繭だ。彼らは二人を探しているらしい。理由はわからないが、いま外に出るのは危険だ。
ここから地下へ繋がる階段まではそこそこ距離がある。シェルターは緊急事態が発生してからものの数分で閉鎖されるようになっている。きっともう間に合わない。このままどこか安全な場所に美玲を匿いやり過ごすしかない。
凛太朗は薄暗い室内を見回し、クローゼットの扉を開けた。空のクローゼットに美玲に入るよう促す。
「物音を立てるなよ」
「リンさんは?」
「俺は繭を探しに行く」
「やだ、一人にしないで」
「すぐに戻るから大人しくしてろ」
「無理! 怖いの! 一緒にいて!」
「大きな声を出すな!」
とっさに美玲の口をふさぐ。
「大丈夫。必ず戻る。お前を傷つけさせたりしない」
美玲の瞳から涙があふれそうになる。触れた手に彼女の震えが伝わってくる。
そっと手を外すと彼女は小さなバッグを漁り始めた。
「け、警察に連絡……」
取り出したスマートフォンの画面を見てまた泣きそうに顔を歪める。
「なんで? さっきまで使えたのに……」
「通じないようにされてる。俺の無線もだめだ」
「そんな……」
「大丈夫。奴らは客はみんな地下に逃げたと思ってる」
「探しに来るんじゃ……」
「ここは安全だ。メイン会場からも遠いし、より多くの犠牲者を出したいなら客が避難した地下を狙うはず。シェルターはちょっとやそっとじゃびくともしないから、しばらくそこに足止めできる。ただ繭が危ないかもしれない。レイに何かあったとしたら彼女も逃げ遅れてる可能性が高い」
「お願い、一人にしないで」
縋るように見上げてくる瞳から目をそらす。
「彼女を見つけたら、いや、レイが一緒で、無事を確認したらすぐに戻る」
「なんで? あんな子、地味で暗くてつまらないのに、美玲のほうが育ちも良いのに、なんであの子を贔屓するの?」
「落ち着け、静かにしろ」
「ずるい、ずるいのよあの子! 美玲のほうが先にリンさんを好きになったのに、いつもいつも、美玲の邪魔をして……あんな子、あんな子助けるんじゃなかった! 友達もいなくてかわいそうだからちょっと同情してやっただけなのに、あんな、父親が人殺しの子なんて」
「いい加減にしろよ」
美玲のすぐ横の壁に手をつき、見開かれた瞳を間近で睨む。
「俺はお前のそういう所が嫌いだ。でも彼女は違う。お前の本音を知った上で、お前を友達だって言ったんだ。お前がどんなに彼女を軽んじ、ぞんざいに扱っても、それでも彼女はお前を友達だと思ってくれてるんだよ。そんな彼女の気持ちを踏みにじるようなことがよく言えるな。俺からしてみればお前のほうがよほどつまらない、いや、最低の女だよ」
大きな瞳から涙が溢れる。肩を震わせ嗚咽を漏らす美玲に凛太朗は舌打ちした。
「泣くな。お前はちゃんと彼女に謝れ。良い友達を大切にしろ。そのために俺は繭を探す。そしてお前も守ってみせる」
「だめ! お願い、そばにいて、一人にしないで!」
「いいか、絶対に物音を立てるなよ。俺が戻るまで、何があっても扉を開けるな」
「待って! リンさん、行かないで!」
凛太朗は縋りついてくる美玲にため息をつき、震える体を抱き締めた。ようやく口を閉ざした彼女に微笑む。
「良い子だ」
クローゼットの扉を閉め、凛太朗は銃を構えながら廊下へ出た。
「リンさん、先に戻りましょ。待ってる必要ないでしょ?」
「駄目に決まってるだろ」
「なんで? 全然二人きりになれないし、つまんない!」
凛太朗はため息をつきたくなるのをなんとかこらえた。
「俺は遊びに来たわけじゃない」
「わかってるよ。でも美玲、リンさんと仲良くなりたいの。リンさんのこともっと知りたい。ねぇ、リンさんはどこに住んでるの? 一人暮らし?」
その時、片耳のイヤホンから音が聞こえた気がした。慌ててそちらに手をやるも、途切れ途切れの通信はすぐに聞こえなくなった。
「リンさんきいてる? ねぇ、リンさん!」
「静かにしろ!」
イヤホンからはもう何も聞こえない。故障か、それとも通信状態が良くないのだろうか。
「レイ、聞こえるか」
試しにレイを呼んでみるが応答はない。舌打ちをしたところで自分の失敗に気づいた。
手のひらを握りしめた美玲の両目に涙が浮かんでいる。
「ひどい……」
美玲が声を震わせる。まずいと思った時には彼女は走り出していた。
「リンさんのばか!」
「おい! 待て!」
慌てて追いかける。幸い、ヒールを履いた彼女の足は速くない。階段の途中で追いつき、振り向いた拍子にバランスを崩した彼女の肩を掴んで支える。
「俺から離れるな!」
「だ、だって、リンさんが……」
美玲が言いかけた時、辺りが暗くなった。
「えっ、なに?」
怯えた声を出す美玲を背中に庇い、凛太朗は辺りの様子を伺うと共に無線に呼びかけた。
「レイ、応答しろ、レイ!」
やはり無線は通じない。レイだけでなく、真やジーノも同様だ。
かわりに聞こえてきたのはガラスの割れる音、銃声や悲鳴だった。パーティー会場の方からだ。フィオーレの予想通り、テロリスト達の襲撃が始まったのだろう。
それは凛太朗も聞かされていた内容だ。しかし停電や無線が使えないことは知らない。何かトラブルがあったのだろうか。
「リンさん……ただの停電だよね?」
震える美玲の手を掴み、廊下を歩く。会場の騒ぎはどんどん大きくなっている。このままここに居たら気づかれるのは時間の問題だ。
「リンさん? 何が起こってるの?」
目は暗闇に慣れてきた。今日は月が出ているから、照明がなくても半屋外の廊下を進むのは問題なさそうだ。
「リンさん……」
美玲がまた泣きそうな声を出す。
「大丈夫だ」
それ以外、言葉が見つからない。握った手に力を込め、凛太朗は先を急いだ。
「今からお前を地下シェルターに連れて行く」
「え?」
「エレベーターは停電で使えない可能性があるから階段で行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って、なに? どういうこと?」
「説明は後だ。今は時間がない」
美玲の手を引き、階段を下りる。ここからシェルターまでは少し距離があるが、建物の構造は頭に入っている。図面はさんざん眺めた。自分でも歩いた。大丈夫、ルートはわかる。
一つ下の階に下りたところでまた銃声が聞こえた。先ほどよりも近い。悲鳴を上げそうになる美玲の口を塞ぎ、屈むように促す。
慌ただしい足音が近づいてくる。
凛太朗は美玲の手を取り、今降りてきたばかりの階段を再び登り始めた。
「リンさん、怖い……」
小さく声を震わせる美玲の手を握る。華奢な手が指先まで体温を無くしている。
客室の並ぶ廊下を走り、その内の一つに美玲を押し込んで扉を閉める。
「日本人の娘を探せ! 十代の少女だ!」
息を殺して外の様子を伺っていると、程なくしてそんな声が聞こえてきた。
今日のパーティーに日本人の少女は二人しか居ない。美玲と繭だ。彼らは二人を探しているらしい。理由はわからないが、いま外に出るのは危険だ。
ここから地下へ繋がる階段まではそこそこ距離がある。シェルターは緊急事態が発生してからものの数分で閉鎖されるようになっている。きっともう間に合わない。このままどこか安全な場所に美玲を匿いやり過ごすしかない。
凛太朗は薄暗い室内を見回し、クローゼットの扉を開けた。空のクローゼットに美玲に入るよう促す。
「物音を立てるなよ」
「リンさんは?」
「俺は繭を探しに行く」
「やだ、一人にしないで」
「すぐに戻るから大人しくしてろ」
「無理! 怖いの! 一緒にいて!」
「大きな声を出すな!」
とっさに美玲の口をふさぐ。
「大丈夫。必ず戻る。お前を傷つけさせたりしない」
美玲の瞳から涙があふれそうになる。触れた手に彼女の震えが伝わってくる。
そっと手を外すと彼女は小さなバッグを漁り始めた。
「け、警察に連絡……」
取り出したスマートフォンの画面を見てまた泣きそうに顔を歪める。
「なんで? さっきまで使えたのに……」
「通じないようにされてる。俺の無線もだめだ」
「そんな……」
「大丈夫。奴らは客はみんな地下に逃げたと思ってる」
「探しに来るんじゃ……」
「ここは安全だ。メイン会場からも遠いし、より多くの犠牲者を出したいなら客が避難した地下を狙うはず。シェルターはちょっとやそっとじゃびくともしないから、しばらくそこに足止めできる。ただ繭が危ないかもしれない。レイに何かあったとしたら彼女も逃げ遅れてる可能性が高い」
「お願い、一人にしないで」
縋るように見上げてくる瞳から目をそらす。
「彼女を見つけたら、いや、レイが一緒で、無事を確認したらすぐに戻る」
「なんで? あんな子、地味で暗くてつまらないのに、美玲のほうが育ちも良いのに、なんであの子を贔屓するの?」
「落ち着け、静かにしろ」
「ずるい、ずるいのよあの子! 美玲のほうが先にリンさんを好きになったのに、いつもいつも、美玲の邪魔をして……あんな子、あんな子助けるんじゃなかった! 友達もいなくてかわいそうだからちょっと同情してやっただけなのに、あんな、父親が人殺しの子なんて」
「いい加減にしろよ」
美玲のすぐ横の壁に手をつき、見開かれた瞳を間近で睨む。
「俺はお前のそういう所が嫌いだ。でも彼女は違う。お前の本音を知った上で、お前を友達だって言ったんだ。お前がどんなに彼女を軽んじ、ぞんざいに扱っても、それでも彼女はお前を友達だと思ってくれてるんだよ。そんな彼女の気持ちを踏みにじるようなことがよく言えるな。俺からしてみればお前のほうがよほどつまらない、いや、最低の女だよ」
大きな瞳から涙が溢れる。肩を震わせ嗚咽を漏らす美玲に凛太朗は舌打ちした。
「泣くな。お前はちゃんと彼女に謝れ。良い友達を大切にしろ。そのために俺は繭を探す。そしてお前も守ってみせる」
「だめ! お願い、そばにいて、一人にしないで!」
「いいか、絶対に物音を立てるなよ。俺が戻るまで、何があっても扉を開けるな」
「待って! リンさん、行かないで!」
凛太朗は縋りついてくる美玲にため息をつき、震える体を抱き締めた。ようやく口を閉ざした彼女に微笑む。
「良い子だ」
クローゼットの扉を閉め、凛太朗は銃を構えながら廊下へ出た。
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