ねむれない蛇

佐々

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短編

あなたの良い犬でありたい

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カイと真 タイトルを変えました。

 パスタを茹でながらどこかできいた歌を口ずさむ。
「お前歌だけは上手いよな」
 キッチンの壁に寄りかかり、ワイングラスを片手に真が言った。
「料理も上達したと思いません? これ美味いでしょ」
「切って乗せただけだろ」
 彼がつまんでいるのは確かに料理と呼べるほどの代物ではない。クラッカーに生ハムやチーズ、オリーブを乗せただけの簡単なものだ。それでも真の手は次々と皿に伸びる。
「腹減ってるならもっとがっつり食えるもの作りましょうか? 今日ろくに飯食えてないでしょ」
「いや、これでいいよ。酒飲みたい気分だし」
 真にすすめられ、カイもグラスに注がれたワインに口をつけた。
「美味い?」
「酒の味がします」
「ははっ、なんだそれ」
「シンさんはワイン好きっすよね。やっぱこだわりあるんすか?」
「ねーよ。日本酒と焼酎が合わないから飲んでるだけ」
「嘘だぁ。よく会食で大人とワインの話してるじゃないっすか。モエがどうとか」
「シャンパンだろそれ。お前水商売してなかった?」
「そんな高級な酒飲んだことないっすもん。俺ドライバーだったし」
 パスタが茹で上がったので別で作っていたソースと合わせる。
「ちょっと甘いかな? シンさん味見てください」
 真を呼んで少し取り分けた皿を渡す。
「ん、美味いよ。ほんとにお前が作ったの?」
「レシピ通りっすけどね」
「ふーん。お前結構器用だよな」
「さっきは歌だけって言ったくせに」
「根に持つなよ」
 酔いのせいか真はやたらと明るく笑う。パスタを皿に盛り付けて柚子胡椒を添える。
「お前の歌、結構好きなんだよね」
「シンさんも歌上手いじゃん。声かっこ良いし」
「否定はしないが、俺が言いたいのはそういうんじゃなくて……」
 少し顔の赤い真はワインを飲み干し、上機嫌に続ける。
「声……声が好きなのかも。もう一回歌って、さっきの」
「好きとか言われると照れますね」
 慣れないワインでカイも酒の回りが早い。それでも褒められて気分は良いので片付けをしながらうろ覚えの曲を歌う。
 真の反応を窺うとなぜか彼は肩を震わせて笑っていた。
「やっぱ馬鹿にしてるじゃないっすか!」
「悪い……歌は上手いのに英語が下手で……気にし出したらツボった……」
「爆笑かよ! もうぜってー歌わねー!」
「悪かったって、上手いのはほんとだから自信持てよ」
「今更そんな投げやりな励ましいらないっすよ。てか英語下手とか言う割に最近日本語禁止って言わないじゃないっすか。てっきり俺の英語が上達したのかと思ってました!」
 アストリアに来たばかりの頃は真と二人で話す時ですら日本語を禁じられていた。使わないと覚えないからだと言われていたが、いつからかその縛りもなくなり、最近は日本語で話すことの方が多い。
「あーそれは……」
 真は言葉を切るとまたもや顔を押さえて笑い出した。
「また⁉︎ なんなの?」
 いい加減腹が立ってきた。真はひーひー言いながら目尻に涙すら滲ませている。
「だってお前……日本語禁止にするとやってる時も頑張って英語使おうとするから……たまに絶妙に変なこと言ってて笑いそうになる……」
「なっ……そんな事思ってたなら言ってくださいよ!」
 慣れない英語で真剣にムードを作り、カイなりに盛り上げようといやらしい事を言っていたつもりなのに、恥ずかしくてたまらない。
「お前の絶妙な言葉責めは英語じゃ表現出来ないよ」
「もう二度としないから忘れてください!」
 一瞬で泥酔したように顔が熱い。羞恥と気まずさと苛立ちで真の顔が見られない。カイの胸中も知らず仕事中の姿からは想像できないほど破顔する彼を無視してキッチンを片付ける。
「あーうける。やばいよお前、笑いのセンスありすぎ」
「馬鹿にして……俺なりに必死にやってるのに……」
「やめて必死に英語で淫語使おうとしてたのかと思うと腹が捩れる」
「黙れよもう!」
 真はカイの隣に立ち、調子良く肩を叩いてくる。
「怒るなって。これ食っていい?」
「どうぞ」
 怒ってないと言いながら不機嫌を全面に出してフォークを渡す。
「ん、美味い! お前やっぱ有能だよ。なんで今まで気づかなかったんだろ。目立たないだけでスペックは高いんだろうな。さすが俺の部下」
 今までそんなこと言われた事もない。本心だとも思えない。調子の良い上司にため息が漏れる。
「俺は無能ですよ。酒の味もわからんし英語も下手だし、セックスの雰囲気も上手く作れなくてあんたを爆笑の渦に落としちゃうくらいには能無しですよ」
「それ言うなって……もうわざとだろ……」
 思い出し笑いが止まらない様子の真にカイもだんだん面白くなってきた。
「シンさんがそんな笑ってるとこ久しぶりに見たかも。面白い部下が居て良かったでしょ?」
「ふっ……そうだな……飯も美味いし……うけるし……」
「いつまでも笑ってないで、ちゃんと食って下さいよ。シンさん最近痩せたでしょ? 飯食わなさすぎなんすよ」
 元々細身ではあったが、最近は線の細さが増した気がする。
「俺燃費良いから一回しっかり食ったら結構動けるんだよ」
「その少ない食事すら疎かにしてるでしょ。俺が毎日朝飯と弁当作りましょうか?」
 早起きが得意な訳ではないが真に比べれば寝起きは良いほうだ。
「作ってもらって食えなかったら悪いからいいよ。たまにこうして飯作ってくれるだけで十分。ありがとな」
 頭をなでられ、照れ臭さを誤魔化すようにカイはワインを呷った。
「結構酔ってます? 今日めっちゃ機嫌良いっすね」
「んーどうだろ。久しぶりに酒が美味いからかな」
 グラスを片手に真は無防備な顔で笑う。目の淵の粘膜や頬の赤みを見るだけでカイは鼓動が跳ね上がるのを感じた。
「あー……」
 思わず声が出て、不思議そうな真と目が合う。
「めっちゃキスしたい……」
「は?」
 少し見開かれた真の目が怪訝な色を浮かべる前に、カイは素早く彼の肩を掴み、顔を寄せた。唇が触れ合う直前、強い力で額を弾かれた。
「いって!」
 思わず顔を離した瞬間突き飛ばされ、背後の壁に背中を打ち付ける。
「シンさ……」
 見上げるとグラスを置いた真の手に上向かされ、唇が重ねられた。
「んっ……」
 触れ合った粘膜の熱さに思わず声が漏れる。顎を掴まれ、唇をこじ開けられる。舌が痺れるように気持ちが良い。薄く目を開けると真が笑って、更に深く口付けられる。
 背中に回した腕で抱き締める余裕もなく、縋るように彼のシャツを掴む。密着した下半身を揺らされ、心地良さに目を閉じる。
 どのくらいそうしていたのかわからないが、唇が離れる頃カイは壁に背中を預けたままその場に座り込んだ。
 自分でも驚くほど息が荒い。そして股間が熱い。
「なんで……」
 視線を上げると真は作業台に寄りかかり、煙草に火をつけた。
 先ほどまでの口付けが嘘のように彼は涼しい顔をしている。
 持て余した熱で泣きそうになりながら真を見つめる。
 煙を吐き出した彼はカイの前に膝を折り、耳元に唇を寄せた。
「続きは後で」
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