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短編
カイと真
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カイと真のちょっと未来の話です。性描写を含みますのでご注意ください。
「ハニートラップ?」
「はい……」
呆れたような表情の真を前に、カイはただ頷くことしかできなかった。煙草の煙に目を眇めた彼の次の一言が容易に想像が出来たからだ。
「馬鹿じゃねーの」
予想通りの言葉にカイは顔を伏せた。真の座るソファの前で、カイは今日一日の業務報告を済ませ、そして最後に今日やらかした失敗を報告していた。怒られることはわかっていたので自主的に正座をしている。真の部屋は土禁のくせに、床には柔らかなラグの一つも敷かれていない。
「で? 何を喋ったわけ?」
灰皿で煙草を消した真がこちらを見ずに言う。この瞬間が一番辛い。自分の罪の重さを計られる時間。裁きを待つ間の罪人はこんな心境なのだろうか。
「なにも……」
口を開いた瞬間、真の鋭い視線がカイを射抜く。
「ひ、引っかかったって言っても、何もしてないです。ただちょっと一緒に酒飲んで、少し話して、でも大したことは話してないです。その後ホテルで……」
「全部話せ」
「え?」
「最初から、その女にお前が言ったこと全部。大したことない内容かどうかは俺が決める」
喉は声が掠れそうなほど乾いているのに、カイは生唾を飲み込んだ。
「次はないと思えよ」
恐ろしい一言を最後に地獄のような時間は終わった。カイは全身の力が抜けてその場に倒れ込みそうになった。部屋の温度は適切なのに、全身に冷や汗をかいていた。
どうにか最悪の事態は免れてよかった。あの時、選択を間違えなかった事に、心底から安堵する。
「じゃ、俺は寝るから」
「えっ」
「なんだよ」
カイはソファを立った真を縋るように見上げた。
「あ、いや、なんか早いですね……」
「明日朝一で仕事なんだよ。ちょっと遠いから、お前も早く寝ろよ」
「はい……」
寝室へ向かう真を見ながら、カイは内心で落胆した。彼と一緒の夜を過ごすのは久々だ。その大事な時間をこんな形で使ってしまったことが悔やまれる。
今日だって約束していた訳じゃない。たまたま、彼と自分の在宅時間が重なっただけだ。事前にわかっていたらつまらない女に引っかかったりする訳ないのに。
悔しさを誤魔化すように痺れた足に鞭打って、カイは立ち上がった。
就寝の支度を整えて寝室を覗くと真は既に寝息を立てていた。
足音を忍ばせてベッドに近づき、静かな寝顔を見下ろす。
穏やかな呼吸が彼の眠りの深さを教えて、珍しくぐっすり眠っている様子の彼の睡眠を妨げるのは憚られた。
険が取れた寝顔はどこかあどけない。無防備に晒された額や柔らかな髪に触れたくなるのを必死に堪えていると、薄い毛布の端から伸ばされた真の手がカイのシャツを掴んだ。
「え?」
不意打ちで引っ張られ、カイはベッドに倒れ込んだ。真を下敷きにしてしまわないようにと突っ張った腕の中で、彼はうっすらと微笑んでいた。
「人の寝顔をおかずにすんなよ。変態」
「なっ……し、してなっ、てか起きてたのかよ!」
「お前がうるせーから起きたんだよ」
「嘘! 俺声出してないですよ!」
「でも見てただろ?」
真は立てた膝をカイに擦り付けながら、片手で頬をなでる。
「ちょっ……明日早いから寝るんじゃなかったんすか?」
「そうなんだけど……あんまり気乗りしない仕事でさ、行きたくない」
珍しく気弱な発言に驚いたのも束の間、首に回された腕に引き寄せられる。
「えっ、あっ」
滑らかな肌の感触やシャンプーの香りに鼓動が跳ね上がる。
「あの……怒ってないんすか?」
「何が?」
「俺が今日、やらかしたから……」
「ああ」
真は微笑んで、優しくカイの頭をなでた。
「お前が一つでも嘘ついてたらわかんなかったけど、裏も取れたし、今のところは不問にしてやる」
「裏って……」
いつの間にどうやってそんなもの取ったんだ。内心でおののくカイに真が微笑む。
「そんな事より、久しぶりにしたいかなーと思ってたんだけど、お前は違うの?」
普段ならあり得ないような誘い文句にカイは一瞬で下半身に熱が集まるのを感じた。
「い、いいんすか?」
「駄目って言ったら?」
「もう無理です」
これ以上、意地悪なことを言われないよう、カイは噛み付くように真の唇を塞いだ。
「ハニートラップ?」
「はい……」
呆れたような表情の真を前に、カイはただ頷くことしかできなかった。煙草の煙に目を眇めた彼の次の一言が容易に想像が出来たからだ。
「馬鹿じゃねーの」
予想通りの言葉にカイは顔を伏せた。真の座るソファの前で、カイは今日一日の業務報告を済ませ、そして最後に今日やらかした失敗を報告していた。怒られることはわかっていたので自主的に正座をしている。真の部屋は土禁のくせに、床には柔らかなラグの一つも敷かれていない。
「で? 何を喋ったわけ?」
灰皿で煙草を消した真がこちらを見ずに言う。この瞬間が一番辛い。自分の罪の重さを計られる時間。裁きを待つ間の罪人はこんな心境なのだろうか。
「なにも……」
口を開いた瞬間、真の鋭い視線がカイを射抜く。
「ひ、引っかかったって言っても、何もしてないです。ただちょっと一緒に酒飲んで、少し話して、でも大したことは話してないです。その後ホテルで……」
「全部話せ」
「え?」
「最初から、その女にお前が言ったこと全部。大したことない内容かどうかは俺が決める」
喉は声が掠れそうなほど乾いているのに、カイは生唾を飲み込んだ。
「次はないと思えよ」
恐ろしい一言を最後に地獄のような時間は終わった。カイは全身の力が抜けてその場に倒れ込みそうになった。部屋の温度は適切なのに、全身に冷や汗をかいていた。
どうにか最悪の事態は免れてよかった。あの時、選択を間違えなかった事に、心底から安堵する。
「じゃ、俺は寝るから」
「えっ」
「なんだよ」
カイはソファを立った真を縋るように見上げた。
「あ、いや、なんか早いですね……」
「明日朝一で仕事なんだよ。ちょっと遠いから、お前も早く寝ろよ」
「はい……」
寝室へ向かう真を見ながら、カイは内心で落胆した。彼と一緒の夜を過ごすのは久々だ。その大事な時間をこんな形で使ってしまったことが悔やまれる。
今日だって約束していた訳じゃない。たまたま、彼と自分の在宅時間が重なっただけだ。事前にわかっていたらつまらない女に引っかかったりする訳ないのに。
悔しさを誤魔化すように痺れた足に鞭打って、カイは立ち上がった。
就寝の支度を整えて寝室を覗くと真は既に寝息を立てていた。
足音を忍ばせてベッドに近づき、静かな寝顔を見下ろす。
穏やかな呼吸が彼の眠りの深さを教えて、珍しくぐっすり眠っている様子の彼の睡眠を妨げるのは憚られた。
険が取れた寝顔はどこかあどけない。無防備に晒された額や柔らかな髪に触れたくなるのを必死に堪えていると、薄い毛布の端から伸ばされた真の手がカイのシャツを掴んだ。
「え?」
不意打ちで引っ張られ、カイはベッドに倒れ込んだ。真を下敷きにしてしまわないようにと突っ張った腕の中で、彼はうっすらと微笑んでいた。
「人の寝顔をおかずにすんなよ。変態」
「なっ……し、してなっ、てか起きてたのかよ!」
「お前がうるせーから起きたんだよ」
「嘘! 俺声出してないですよ!」
「でも見てただろ?」
真は立てた膝をカイに擦り付けながら、片手で頬をなでる。
「ちょっ……明日早いから寝るんじゃなかったんすか?」
「そうなんだけど……あんまり気乗りしない仕事でさ、行きたくない」
珍しく気弱な発言に驚いたのも束の間、首に回された腕に引き寄せられる。
「えっ、あっ」
滑らかな肌の感触やシャンプーの香りに鼓動が跳ね上がる。
「あの……怒ってないんすか?」
「何が?」
「俺が今日、やらかしたから……」
「ああ」
真は微笑んで、優しくカイの頭をなでた。
「お前が一つでも嘘ついてたらわかんなかったけど、裏も取れたし、今のところは不問にしてやる」
「裏って……」
いつの間にどうやってそんなもの取ったんだ。内心でおののくカイに真が微笑む。
「そんな事より、久しぶりにしたいかなーと思ってたんだけど、お前は違うの?」
普段ならあり得ないような誘い文句にカイは一瞬で下半身に熱が集まるのを感じた。
「い、いいんすか?」
「駄目って言ったら?」
「もう無理です」
これ以上、意地悪なことを言われないよう、カイは噛み付くように真の唇を塞いだ。
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