172 / 172
あの季節
#06
しおりを挟む
ベッドで放心している凛太朗の体を拭き、最低限の後始末をしてから、真もベッドに身を横たえた。わずかに照明を落とした天井をぼんやりと眺め、再び身を起こして別室から煙草と飲み物を持って戻る。
「飲めるか?」
水を差し出すと凛太朗はゆっくりと起き上がり、受け取ったペットボトルに口をつける。
「窓開けるぞ」
一応断って、部屋の窓を少し開け、窓枠にもたれて煙草に火をつける。
「良いって言ってないけど」
「だめ? 寒い?」
「暑い。俺も吸っていい?」
「だめ」
外に向かって煙を吐きながら、凛太朗の担任教師との面談を思い出す。
「今日、秋山先生と話してきたんだけど」
「へぇ、なんだって?」
散乱した服から自分の下着を探し当てた凛太朗は、それに両脚を通してから再び水を飲む。
「優秀だって褒められたよ」
「ふーん、他には?」
「素行に問題ありだって」
「はは、当たりだね」
軽薄に笑う凛太朗にため息をつく。
「俺はお前が大事だよ。だからお前にも、自分を大事にして欲しい」
「どういうこと?」
凛太朗は本当によくわからないという顔をしている。そんな筈はないのに、彼をそうさせてしまったことが、真は悲しいし、悔しい。
「もう寝ようか。体辛くないか?」
煙草を携帯灰皿に入れて窓を閉め、凛太朗と共にベッドに入る。
「ちょっと熱いけど、平気」
「無理するなよ。鎮痛剤飲むか?」
「ううん。寝たら治るよ」
「そんな訳ないだろ」
凛太朗の傷に触れないよう注意しながら、温かい体を抱き締める。
「久しぶりだね。兄さんと一緒に寝るの」
「そうだな。子供の頃はよくベッドに入ってきたよな。怖いとか言って」
「そんな昔の話覚えてないよ」
手を伸ばして照明のスイッチを切る。
「兄さん」
「ん?」
「これからも一緒に居てくれる?」
触れ合ったところから、凛太朗の速い鼓動が伝わってくる。
「当たり前だろ。こんな状態で、一人にさせられないよ」
質問の意図がわからなかった訳ではない。でも、今の真には、凛太朗の望む答えは返してやれそうになかった。
凛太朗は肩を震わせ、少し笑ったようだった。
「ごめん、変なこと言って。冗談だよ。でもありがと、兄さん」
笑っているのかと思ったが、泣いているのかもしれない。やがて呼吸が深くなり、凛太朗が眠りにつくまで、真は弟のことを考えていた。
あの夏からずっと、自分のことで精一杯だった。自分では出来ていたつもりでも、本当の意味で、今まで何一つ、凛太朗のことを考えられていなかった。
出来るだけ関わらないようにすることが、凛太朗にとっての幸福に繋がると思っていた。でも、また今日のようなことがあったら、凛太朗はきっと、何度でも、助けられなかった楓と目の前の誰かを重ね、自分を犠牲にしてでも他人を助けようとするだろう。自分を省みない彼を変えなければ、凛太朗は、生きていても幸せや安寧とは程遠い道を歩むことになってしまう。それは果たして、彼のためだと言えるのか。
唐突に浮かんだもう一つの道は、真にとってあまりに都合がよく、そして、凛太朗の幸福とはかけ離れているような気がした。
それでももし、凛太朗と一緒に生きられたら。
先ほど真にそれを問うたのは凛太朗だが、真自身も、そうなれたらどんなに良いかと思う。楓を失った今、真の家族は凛太朗だけだ。
一人じゃなければ、凛太朗と共になら、楓の死んだあの夏から、逃れることが出来るだろうか。
「飲めるか?」
水を差し出すと凛太朗はゆっくりと起き上がり、受け取ったペットボトルに口をつける。
「窓開けるぞ」
一応断って、部屋の窓を少し開け、窓枠にもたれて煙草に火をつける。
「良いって言ってないけど」
「だめ? 寒い?」
「暑い。俺も吸っていい?」
「だめ」
外に向かって煙を吐きながら、凛太朗の担任教師との面談を思い出す。
「今日、秋山先生と話してきたんだけど」
「へぇ、なんだって?」
散乱した服から自分の下着を探し当てた凛太朗は、それに両脚を通してから再び水を飲む。
「優秀だって褒められたよ」
「ふーん、他には?」
「素行に問題ありだって」
「はは、当たりだね」
軽薄に笑う凛太朗にため息をつく。
「俺はお前が大事だよ。だからお前にも、自分を大事にして欲しい」
「どういうこと?」
凛太朗は本当によくわからないという顔をしている。そんな筈はないのに、彼をそうさせてしまったことが、真は悲しいし、悔しい。
「もう寝ようか。体辛くないか?」
煙草を携帯灰皿に入れて窓を閉め、凛太朗と共にベッドに入る。
「ちょっと熱いけど、平気」
「無理するなよ。鎮痛剤飲むか?」
「ううん。寝たら治るよ」
「そんな訳ないだろ」
凛太朗の傷に触れないよう注意しながら、温かい体を抱き締める。
「久しぶりだね。兄さんと一緒に寝るの」
「そうだな。子供の頃はよくベッドに入ってきたよな。怖いとか言って」
「そんな昔の話覚えてないよ」
手を伸ばして照明のスイッチを切る。
「兄さん」
「ん?」
「これからも一緒に居てくれる?」
触れ合ったところから、凛太朗の速い鼓動が伝わってくる。
「当たり前だろ。こんな状態で、一人にさせられないよ」
質問の意図がわからなかった訳ではない。でも、今の真には、凛太朗の望む答えは返してやれそうになかった。
凛太朗は肩を震わせ、少し笑ったようだった。
「ごめん、変なこと言って。冗談だよ。でもありがと、兄さん」
笑っているのかと思ったが、泣いているのかもしれない。やがて呼吸が深くなり、凛太朗が眠りにつくまで、真は弟のことを考えていた。
あの夏からずっと、自分のことで精一杯だった。自分では出来ていたつもりでも、本当の意味で、今まで何一つ、凛太朗のことを考えられていなかった。
出来るだけ関わらないようにすることが、凛太朗にとっての幸福に繋がると思っていた。でも、また今日のようなことがあったら、凛太朗はきっと、何度でも、助けられなかった楓と目の前の誰かを重ね、自分を犠牲にしてでも他人を助けようとするだろう。自分を省みない彼を変えなければ、凛太朗は、生きていても幸せや安寧とは程遠い道を歩むことになってしまう。それは果たして、彼のためだと言えるのか。
唐突に浮かんだもう一つの道は、真にとってあまりに都合がよく、そして、凛太朗の幸福とはかけ離れているような気がした。
それでももし、凛太朗と一緒に生きられたら。
先ほど真にそれを問うたのは凛太朗だが、真自身も、そうなれたらどんなに良いかと思う。楓を失った今、真の家族は凛太朗だけだ。
一人じゃなければ、凛太朗と共になら、楓の死んだあの夏から、逃れることが出来るだろうか。
0
お気に入りに追加
60
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説



身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる