ねむれない蛇

佐々

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あの季節

#06

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 ベッドで放心している凛太朗の体を拭き、最低限の後始末をしてから、真もベッドに身を横たえた。わずかに照明を落とした天井をぼんやりと眺め、再び身を起こして別室から煙草と飲み物を持って戻る。
「飲めるか?」
 水を差し出すと凛太朗はゆっくりと起き上がり、受け取ったペットボトルに口をつける。
「窓開けるぞ」
 一応断って、部屋の窓を少し開け、窓枠にもたれて煙草に火をつける。
「良いって言ってないけど」
「だめ? 寒い?」
「暑い。俺も吸っていい?」
「だめ」
 外に向かって煙を吐きながら、凛太朗の担任教師との面談を思い出す。
「今日、秋山先生と話してきたんだけど」
「へぇ、なんだって?」
 散乱した服から自分の下着を探し当てた凛太朗は、それに両脚を通してから再び水を飲む。
「優秀だって褒められたよ」
「ふーん、他には?」
「素行に問題ありだって」
「はは、当たりだね」
 軽薄に笑う凛太朗にため息をつく。
「俺はお前が大事だよ。だからお前にも、自分を大事にして欲しい」
「どういうこと?」
 凛太朗は本当によくわからないという顔をしている。そんな筈はないのに、彼をそうさせてしまったことが、真は悲しいし、悔しい。
「もう寝ようか。体辛くないか?」
 煙草を携帯灰皿に入れて窓を閉め、凛太朗と共にベッドに入る。
「ちょっと熱いけど、平気」
「無理するなよ。鎮痛剤飲むか?」
「ううん。寝たら治るよ」
「そんな訳ないだろ」
 凛太朗の傷に触れないよう注意しながら、温かい体を抱き締める。
「久しぶりだね。兄さんと一緒に寝るの」
「そうだな。子供の頃はよくベッドに入ってきたよな。怖いとか言って」
「そんな昔の話覚えてないよ」
 手を伸ばして照明のスイッチを切る。
「兄さん」
「ん?」
「これからも一緒に居てくれる?」
 触れ合ったところから、凛太朗の速い鼓動が伝わってくる。
「当たり前だろ。こんな状態で、一人にさせられないよ」
 質問の意図がわからなかった訳ではない。でも、今の真には、凛太朗の望む答えは返してやれそうになかった。
 凛太朗は肩を震わせ、少し笑ったようだった。
「ごめん、変なこと言って。冗談だよ。でもありがと、兄さん」
 笑っているのかと思ったが、泣いているのかもしれない。やがて呼吸が深くなり、凛太朗が眠りにつくまで、真は弟のことを考えていた。
 あの夏からずっと、自分のことで精一杯だった。自分では出来ていたつもりでも、本当の意味で、今まで何一つ、凛太朗のことを考えられていなかった。
 出来るだけ関わらないようにすることが、凛太朗にとっての幸福に繋がると思っていた。でも、また今日のようなことがあったら、凛太朗はきっと、何度でも、助けられなかった楓と目の前の誰かを重ね、自分を犠牲にしてでも他人を助けようとするだろう。自分を省みない彼を変えなければ、凛太朗は、生きていても幸せや安寧とは程遠い道を歩むことになってしまう。それは果たして、彼のためだと言えるのか。
 唐突に浮かんだもう一つの道は、真にとってあまりに都合がよく、そして、凛太朗の幸福とはかけ離れているような気がした。
 それでももし、凛太朗と一緒に生きられたら。
 先ほど真にそれを問うたのは凛太朗だが、真自身も、そうなれたらどんなに良いかと思う。楓を失った今、真の家族は凛太朗だけだ。
 一人じゃなければ、凛太朗と共になら、楓の死んだあの夏から、逃れることが出来るだろうか。
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