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あの季節
#02
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「今日はありがとうございました。こんなことを言っては失礼かもしれませんが、先生が凛太朗の担任でよかった。これからも、彼をよろしくお願いします」
「こちらこそ……私も、教師としてだけでなく、人として、凛太朗くんと、そして真さん、あなたの幸せを願っています。頼りないかもしれませんが、これからも手助けさせてください」
「ありがとうございます」
教室を後にし、階段を下りる。小さく息を吐きながら、真は口元を緩めた。
秋山は優しい人間だ。彼の言葉に嘘はない。本気で自分たちの身を案じ、幸福を願ってくれている。
そんな男の前で、自分の吐いた言葉の軽薄さを自嘲せずにはいられない。
すべてが嘘ではないが、正解だったとも思っていない。凛太朗を一番愛していたのは死んだ両親と楓だ。その彼らが居ない今、どうやって凛太朗を守り、生きていけばいいのか真にはわからない。
しかし、今やるべきことは明確だ。
次の仕事を片付けようと取り出したスマートフォンが、ジーノからの着信を知らせて震えた。
「はい」
「久しぶりだな。お前いつこっちに戻ってくるんだ?」
「決まってない。でもすぐには無理だ」
一階の受付に寄り、来客用のカードを返却する。
「ありがとうございました」
窓口の女性に礼を言い、外に出る。時計を確認すると十九時近かった。今年は十二月にしては暖かく、昼間はコートがいらないほどだが日が落ちるとやはり寒い。真は電話を持っていない方の手をポケットに突っ込んだ。
「ユーリも心配してるぞ」
「後で連絡しとくよ」
「そういう意味じゃない……わかってるだろ? お前、この頃派手に動きすぎだ」
「後始末はちゃんとしてる。誰にも迷惑はかけてない」
「冷静になれって言ってるんだよ」
真は失笑した。
「むしろあんなことがあっても普通に動けてることを褒めて欲しいけどな」
「普通? 感情で突っ走ってるだけだろ」
「どの道潰さないといけない連中を俺がやって何が悪い?」
「無計画に突っ込むのはただの八つ当たりと変わらない」
「はぁ? 俺は自分の仕事をしてるだけだ。お前にうるさく言われる筋合いはない」
ジーノが深く息を吐く。そんな些細なことにも感情が波立つ。
「シン、早く戻ってこい。一人で勝手に動くな。お前がやりたい事はわかるし止めるつもりもない。だからちゃんと俺たちを頼れ」
「大きなお世話だ。お前のそういう甘いところが俺は嫌いだ」
何か言われる前に電話を切る。苛々している自分にさえ腹が立つ。感情を鎮めるように深く息を吐き、ちょうど通りかかったタクシーを止めた。
いくつか用事を済ませ、最後の目的地に着く頃には日付が変わっていた。繁華街の喧騒を横目に路地に入る。
健全な店の少なくなってきた通りで、古びた雑居ビルの階段を降りると扉の前に立つ男と目が合った。派手なシャツを着た男は見るからに一般人ではない。日本人ですらなさそうだと思っていると案の定、中国語で声をかけてきた。
「何言ってんのかわかんねぇよ!」
階段を駆け降り、男の頭を蹴り飛ばす。壁に体を打ちつけた男の胸倉を掴み、頭突きをする。鈍い音とともに男は意識を失った。ジャケットに突っ込まれた手を引っ張り出すと、銃が握られていた。
「やっぱりな」
この国でこんな物を簡単に出すような連中は普通じゃない。男から拝借した銃を手に、真は扉を開けた。
中にいた数人の男たちは既に真に気づいており、銃を構えていた。一斉に発砲してくる男たちに真は姿勢を低くし、戸口に身を隠しながら隙を見て撃ち返した。
銃声が止み、生き残った男のうめき声だけが聞こえる。真は男に近づき、銃を向けた。
「日本のやくざと組んで商売してるのはお前らか?」
男は何も言わない。
「質問に答えろ。人身売買や悪趣味な動画を使って汚い金を稼いでるのはお前らかってきいてんだよ」
男は何か言ったようだが、真には聞き取れなかった。
「英語で言え」
間近に銃を突きつけると、男は再び口を開いた。
「薄汚い……マフィアの犬が……」
わざわざ英語に変えて伝えられた侮蔑的な言辞に、真は笑みを浮かべた。男の銃創に脚を乗せ、男が叫ぶのにも構わず体重をかける。
「下っ端じゃ話にならないな。お前らのボスはどこに居る?」
「狂った殺し屋に……話すことは……」
「あーそう」
真は男の上からどき、少し離れると男の頭を撃ち抜いた。ちょうど残弾の無くなった銃を放り出し、出口へ向かう。
後始末の依頼のために取り出したスマートフォンが震え、知らない番号が表示される。
少し待って応答ボタンを押し、黙っていると男の声が聞こえてきた。
「乃木か?」
ざらついた低い声には聞き覚えがあった。
「田村さん?」
ビルを出てタクシーを捕まえる。派手に服を汚すような失敗はしていないが、念のため少し離れた所で身なりを整えてから帰りたかった。
「お前いまどこに居る?」
「なんです? 急に」
田村は刑事だ。深く関わりたくはないが、利用価値がないことも無いので関係を切らずにいる数少ない人間の一人だった。
「すぐに来い。弟が大変だぞ」
「は?」
一瞬、思考が停止した。
「弟をうちで保護してる。まったく、お前ら兄弟は揃いも揃って……」
「場所は?」
タクシーの運転手に行き先の変更を伝える。平静を装うが、車内で煙草に手が伸びるくらいには取り乱していた。運転手に注意されて気づき、くわえた煙草を箱に戻す。
「弟は無事なんですか?」
「ガキの喧嘩だ。心配するな。詳しいことは後で話す」
電話を切り、自分を落ち着けるように深呼吸をする。指先が冷え切っていた。田村の言った通り、大した騒ぎではないのだろう。それでも、凛太朗にもし何かあったら、とりとめのない思考を断ち切って、運転手に先を急がせた。
「こちらこそ……私も、教師としてだけでなく、人として、凛太朗くんと、そして真さん、あなたの幸せを願っています。頼りないかもしれませんが、これからも手助けさせてください」
「ありがとうございます」
教室を後にし、階段を下りる。小さく息を吐きながら、真は口元を緩めた。
秋山は優しい人間だ。彼の言葉に嘘はない。本気で自分たちの身を案じ、幸福を願ってくれている。
そんな男の前で、自分の吐いた言葉の軽薄さを自嘲せずにはいられない。
すべてが嘘ではないが、正解だったとも思っていない。凛太朗を一番愛していたのは死んだ両親と楓だ。その彼らが居ない今、どうやって凛太朗を守り、生きていけばいいのか真にはわからない。
しかし、今やるべきことは明確だ。
次の仕事を片付けようと取り出したスマートフォンが、ジーノからの着信を知らせて震えた。
「はい」
「久しぶりだな。お前いつこっちに戻ってくるんだ?」
「決まってない。でもすぐには無理だ」
一階の受付に寄り、来客用のカードを返却する。
「ありがとうございました」
窓口の女性に礼を言い、外に出る。時計を確認すると十九時近かった。今年は十二月にしては暖かく、昼間はコートがいらないほどだが日が落ちるとやはり寒い。真は電話を持っていない方の手をポケットに突っ込んだ。
「ユーリも心配してるぞ」
「後で連絡しとくよ」
「そういう意味じゃない……わかってるだろ? お前、この頃派手に動きすぎだ」
「後始末はちゃんとしてる。誰にも迷惑はかけてない」
「冷静になれって言ってるんだよ」
真は失笑した。
「むしろあんなことがあっても普通に動けてることを褒めて欲しいけどな」
「普通? 感情で突っ走ってるだけだろ」
「どの道潰さないといけない連中を俺がやって何が悪い?」
「無計画に突っ込むのはただの八つ当たりと変わらない」
「はぁ? 俺は自分の仕事をしてるだけだ。お前にうるさく言われる筋合いはない」
ジーノが深く息を吐く。そんな些細なことにも感情が波立つ。
「シン、早く戻ってこい。一人で勝手に動くな。お前がやりたい事はわかるし止めるつもりもない。だからちゃんと俺たちを頼れ」
「大きなお世話だ。お前のそういう甘いところが俺は嫌いだ」
何か言われる前に電話を切る。苛々している自分にさえ腹が立つ。感情を鎮めるように深く息を吐き、ちょうど通りかかったタクシーを止めた。
いくつか用事を済ませ、最後の目的地に着く頃には日付が変わっていた。繁華街の喧騒を横目に路地に入る。
健全な店の少なくなってきた通りで、古びた雑居ビルの階段を降りると扉の前に立つ男と目が合った。派手なシャツを着た男は見るからに一般人ではない。日本人ですらなさそうだと思っていると案の定、中国語で声をかけてきた。
「何言ってんのかわかんねぇよ!」
階段を駆け降り、男の頭を蹴り飛ばす。壁に体を打ちつけた男の胸倉を掴み、頭突きをする。鈍い音とともに男は意識を失った。ジャケットに突っ込まれた手を引っ張り出すと、銃が握られていた。
「やっぱりな」
この国でこんな物を簡単に出すような連中は普通じゃない。男から拝借した銃を手に、真は扉を開けた。
中にいた数人の男たちは既に真に気づいており、銃を構えていた。一斉に発砲してくる男たちに真は姿勢を低くし、戸口に身を隠しながら隙を見て撃ち返した。
銃声が止み、生き残った男のうめき声だけが聞こえる。真は男に近づき、銃を向けた。
「日本のやくざと組んで商売してるのはお前らか?」
男は何も言わない。
「質問に答えろ。人身売買や悪趣味な動画を使って汚い金を稼いでるのはお前らかってきいてんだよ」
男は何か言ったようだが、真には聞き取れなかった。
「英語で言え」
間近に銃を突きつけると、男は再び口を開いた。
「薄汚い……マフィアの犬が……」
わざわざ英語に変えて伝えられた侮蔑的な言辞に、真は笑みを浮かべた。男の銃創に脚を乗せ、男が叫ぶのにも構わず体重をかける。
「下っ端じゃ話にならないな。お前らのボスはどこに居る?」
「狂った殺し屋に……話すことは……」
「あーそう」
真は男の上からどき、少し離れると男の頭を撃ち抜いた。ちょうど残弾の無くなった銃を放り出し、出口へ向かう。
後始末の依頼のために取り出したスマートフォンが震え、知らない番号が表示される。
少し待って応答ボタンを押し、黙っていると男の声が聞こえてきた。
「乃木か?」
ざらついた低い声には聞き覚えがあった。
「田村さん?」
ビルを出てタクシーを捕まえる。派手に服を汚すような失敗はしていないが、念のため少し離れた所で身なりを整えてから帰りたかった。
「お前いまどこに居る?」
「なんです? 急に」
田村は刑事だ。深く関わりたくはないが、利用価値がないことも無いので関係を切らずにいる数少ない人間の一人だった。
「すぐに来い。弟が大変だぞ」
「は?」
一瞬、思考が停止した。
「弟をうちで保護してる。まったく、お前ら兄弟は揃いも揃って……」
「場所は?」
タクシーの運転手に行き先の変更を伝える。平静を装うが、車内で煙草に手が伸びるくらいには取り乱していた。運転手に注意されて気づき、くわえた煙草を箱に戻す。
「弟は無事なんですか?」
「ガキの喧嘩だ。心配するな。詳しいことは後で話す」
電話を切り、自分を落ち着けるように深呼吸をする。指先が冷え切っていた。田村の言った通り、大した騒ぎではないのだろう。それでも、凛太朗にもし何かあったら、とりとめのない思考を断ち切って、運転手に先を急がせた。
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