ねむれない蛇

佐々

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短編

#09

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 乃木くんに嫌われたくないとか、嫌な思いをさせてしまったことを謝りたいとか、頭に浮かぶのはそればかりで、根本的な問題の解決にはならなかった。
 乃木くんは気づいていたのだ。私の気持ちに。
 本当はもっと、クラスのみんなと仲良くしたい。
 それなのに、私が相手の顔色を伺うばかりで本音を打ち明けられずにいるから、乃木くんは問うたのだ。
「木村さんはどうしたいの?」
 頭の中にあの日の乃木くんの言葉が蘇る。
「私は……」
 口を開き、自分の気持ちを話す。それがこんなに勇気のいる、恥ずかしいことだとは知らなかった。
 昔から良い子でいなければと思っていた。母は大変な思いをして私を育ててくれたのだから、せめて自慢の娘でいなければ。わがままは言わない。弟の面倒も見る。私より周りを優先する。でもだんだんと疲れてきて、気づけば周りに誰も居なかった。それでも良いと思っていた。でも、それじゃいけないことも分かっていた。人から言われるがままの良い子は、本当の良い子じゃない。何が良いのか自分で考え、行動するべきだ。
 わかっていた。でも、行動することが出来なかった。今までずっと、誰かに自分の気持ちを伝えることから逃げてきた。
 顔を真っ赤にしながら、私は自分の気持ちを話した。
 クラスの集まりに誘ってくれて嬉しかったこと。でも仲の良い人も居ないし、参加するのが怖かったこと。本当はクラスのみんなともっと仲良くなりたいこと。最近、乃木くんや白石くんと話せるようになってすごく嬉しいこと。
 言葉に詰まりながら話す私を、白石くんは黙って待ってくれていた。感情が昂ってともすると潤んだ瞳から涙が溢れそうだった。
「以上です……ご清聴ありがとうございました……」
 まだどきどきする心臓を落ち着けようともう一度深呼吸すると、白石くんが笑い出した。
「何それ。木村さんめっちゃ面白いじゃん……やば、じわじわくる……」
 細かく肩を震わせて笑う白石くんを不思議に思っていると、彼はスマホ取り出した。彼に促されるまま、道の端に寄って私も自分のスマホを取り出す。
「はいこれ、二十四日の出欠確認。返信して」
 白石くんから送られたメッセージを確認すると、クラス全体のトークグループの画面に、クラスメイトの名前がずらりと記載されていた。この集まりの話が出た際、頻繁にグループに流れていた出欠確認のメッセージだ。簡潔な文章の下に、参加者の名前が連ねられている。
「い、今?」
 下の名前や愛称などが絵文字と共に並ぶきらきらした画面に、私は完全に怖気付いた。
「今やらないと意味ないだろ。俺が木村さんの名前のせてもいいけど、いじめてると思われたら嫌だし」
 そんな事にはならないと思うが、確かに今でなければ私はまた逃げ出してしまうかもしれない。
「で、では……」
 恐る恐る白石くんが流してくれた最新の名簿をコピーする。連なるクラスメイトの名前の一番下に、私は自分の名前を打ち込んだ。送信ボタンを押す指が震える。
 顔を上げると白石くんと目が合った。頷く彼に後押しされ、送信ボタンを押す。
 投稿されたメッセージをどこか現実でないもののような気持ちで眺める。
 白石くんは素早く自分のスマホをいじりメッセージを送る。
「!??」
 たったそれだけの反応なのに、私はくすりとしてしまった。彼は立て続けにスタンプを送る。
「木村さん来れるの!???」
 そうコメントしてくれたのは三谷さんだった。彼女も可愛いキャラクターが喜んでいるスタンプを続けて送ってくれる。
 既読数はどんどん増え、時折反応をくれる人もいて、それを見るたび私は恥ずかしいやら嬉しいやらでふわふわした心地だった。
 白石くんと別れ、一人で電車に乗っている間もスマホが気になって仕方がない。いつもならクラスのトークグループなど滅多に見ないが、この日は何度もメッセージを見返した。
 勘違いしてはいけないことはわかっている。私はまだ、誰かと友達になれたわけではない。ただ、最初の一歩を乃木くんたちの後押しで踏み出すことができただけだ。そして白石くんや三谷さんが、私が参加しやすい空気を作ってくれた。それはたまたま彼らがクラスの中心的な存在だったからだし、もしかしたらクラスメイトの中には、私の参加を快く思わない人もいるかもしれない。
 しかしそれは、私の気持ちや意思とは関係ない。もう誰かのせいにして逃げたりしない。
 帰宅後、家の手伝いと夕食を済ませて部屋に戻ると、ベッドに放置していたスマホが目に入った。
 ずっと眺めていると何も手につかなくなりそうで、一時的に通知を切ったメッセージアプリを開くと、クラスのトークグループに新しいメッセージが届いていた。
「待ってるよ!」
 たったそれだけのシンプルなメッセージの横に、乃木くんのアイコンが表示されている。トークがだいぶ流れてしまったから、他の人への返信かとも思ったが、わざわざ私の名前をメンションしてくれていることから、これは私あてのメッセージであるらしい。
 スマホを握りしめ、私はベッドに倒れ込んだ。
 鼓動が痛いくらいに胸を打つ。高揚と安堵で叫びだしたくなるのをどうにか堪える。でもやっぱり無理で、ベッドの上を転げ回り、気づけば一人で笑っていた。自分の単純さに呆れてしまう。それでも久しぶりに、そんな自分の浅はかさも嫌ではないと思った。
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