ねむれない蛇

佐々

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短編

#08

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 あれからずっと、乃木くんとは気まずいままだ。
 朝たまたま登校のタイミングが同じになっても、今まではにこやかに彼の方から挨拶してくれていたのに、あの日以来、彼の笑顔が私に向けられることはない。
「おはよ」
 辛うじて無視されないだけましなのかもしれない。一瞥の後、短く投げられた言葉に、私も今までのように応えることは出来なかった。
「おはよう……」
 やっとの思いで口を開くも、既に乃木くんの姿はそこになく、たったそれだけのことで胸が詰まる。
 自分が悪いことはわかっている。乃木くんの好意を無駄にした。私のためにせっかくクラスの集まりに誘ってくれたのに、私が臆病なせいで嫌な思いをさせてしまった。
 どうしよう。解決策がわからないまま時間だけが過ぎていく。どうにかしたいのに、結局何もできない、そんな自分がたまらなく嫌だ。
 放課後、ため息をつきながら廊下を歩く。家だと集中できないので最近は学校の図書館で勉強していた。しかしこの状況で捗るはずもなく、明日の授業の予習をするので精一杯だった。
 職員室の前を通ると扉が開いた。
「失礼しましたー」
 緩い挨拶と共に部屋から出てきたのは白石くんだった。
「あ、木村さんじゃん。今帰り?」
 乃木くんのおかげで、最近は私の名前を呼んでくれるクラスメイトが増えた。彼も同様で、ばったり会うとこうして声をかけてくれる。
「うん……白石くんも?」
「そ、あっきーに呼び出しくらってさ。遅刻しすぎだーって」
 白いパーカーの上にジャケットを着た白石くんは、ベンチに放られていたコートを羽織り、バッグを持つ。
「木村さんは部活?」
「ううん、図書室で勉強してて……」
「マジで? めっちゃ偉いね。真面目だなぁ」
 そんなことはない。人より出来ないなら仕方なくやっているだけだ。どこまでもネガティブな私は口を開けば嫌なことばかり口走ってしまいそうで、乃木くんの時のようにまた不快な思いをさせてしまうのではないかと思うと何も言えなくなってしまった。
 なんとなく一緒に校舎を出て、駅に向かう。置いて行ってくれてもいいのに、白石くんは隣を歩いてくれる。そんな優しさが私を一層みじめな気持ちにさせる。
「そういえば、二十四日にクラスでなんかやるって言ってけど、木村さんも行く?」
「あ……」
 最近ずっと悩んでいたことに関する話題をふられ、私は口をもごもごさせた。話したいのに、何をどう伝えればいいのかわからない。
「えっと……あの……」
 速度を合わせて隣を歩いてくれる白石くんは急かすことなく私の言葉を待ってくれている。いったん口を噤み、そして深呼吸した私はなんとか最近ずっと胸につかえていたことを打ち明けた。
「なるほどね」
 私の話を聞き終えて、白石くんは小さく言った。
 わずかに上を向いた彼から吐き出される息が、冬の冷たい夜空に映える。
「あいつ変な奴だよな。まじめ? とはちょっと違うか。まっすぐで、純粋っつーか」
 内心で頷きながら、私は白石くんの言葉をきいていた。
「初対面の時はむかついたなー。なんの苦労も知らずに甘やかされて、周りのみんなから優しくされて育ったぼんぼんって感じで、裏表すげーある奴だと思ってた」
 白石くんのその気持ちも、私には共感出来るような気がした。乃木くんはまっすぐで、明るくて、誰にでも優しく出来る人だ。そんな完璧な人の前では、自分の矮小な自尊心は消し飛んでしまう。
「ま、気づいたらなんか一緒に居るようになってたんだけど。最初は喧嘩したりもしたけど、だんだんあいつのこともわかってきて、表面的に優しいだけじゃなくて、ちゃんと正面からぶつかろうとする奴なんだなーとか。普通はそういうの面倒じゃん? 合わない奴でも適当に合わせるか無視してればなんとかなるし。でもリンは違って、踏み込んでくる」
 どきりとした。確かに乃木くんは優しい。最初は彼の話し方や人との接し方を見てそう感じていた。でも彼は、意外と厳しいことを言う。私はそれを知っている。
「俺からしてみればよくやるよって感じだけど、あいつは本当に相手のことを考えて話すんだよな。俺もそうしたいとは思わないけど、あいつのそういう所は、正直すげーなって思うよ」
 私は勘違いしていたのかもしれない。乃木くんは優しい。それは耳触りの良い言葉や柔らかな笑顔のことだけではないと理解していたつもりだったのに、あの日、私は彼からの突き放すような言動にばかり気を取られて、彼の話をきちんときこうとしなかった。
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