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あの季節
#05
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真から楓へのプレゼントは手帳だった。酔いもあいまって楓はついに涙ぐみ始めた。
「二人ともほんとにありがとー仕事で使える物めっちゃ嬉しいよー」
「ペンとか手帳とか、お前はもうちょっとその辺頓着しろ。人に見られる仕事なんだから、いつまでも百均のノートとか使ってんなよ」
「はい……」
新しい手帳を大事そうに開きながら楓は真の説教を素直に聞き入れている。
「はー素敵。皮の良い匂い。仕事楽しくなりそ」
ついにはにおいを嗅ぎ始めた楓に真が困惑した目で凛太朗を見る。
「こいつ大丈夫か? そんなにストレス溜まってるのか?」
「まぁ、姉さん頑張ってるから」
「うぅ……凛太朗もありがとう……大好きだよ」
「うん。俺も好きだよ。いつもありがとね、姉さん」
「お前ら怖いよ」
「私も二人にプレゼントあるから……」
涙をふき、鼻をかんだ楓が背後から紙袋を取り出す。
「こっちは真、こっちは凛太朗に」
別々のブランドの紙袋を受け取り、凛太朗は真と顔を見合わせてから中を覗いた。化粧箱にかけられたリボンを解き、箱を開ける。中の包装をめくると鮮やかな青の皮製品が出てきた。
「わ、キーケース?」
「うん。限定色で、凛太朗にぴったりだと思ったから」
「ありがとう。かっこいい」
早速手持ちの鍵をセットしてみる。
隣で箱を開けた真が取り出したのは白い名刺入れのようだった。
「お、タイミング良いな。自分で買おうと思ってた」
「しかも可愛くない? センス良いねって絶対褒められるよ!」
「その時はちゃんと、姉から貰いましたって言うよ」
「い、言わなくていいよ、恥ずかしい……」
照れる楓は上機嫌だ。膝を抱え、火照った頬を手のひらで覆って熱を冷ましている。
「あ、リンのプレゼント車に忘れてきた」
「えー!」
「なんでお前が騒ぐんだよ」
「だって!」
「ごめんなリン、帰るときに渡すから」
「え……でも、今日のご飯がプレゼントじゃないの?」
「それはそれだろ。大人なめんなよ」
店から出る頃には楓の足取りはかなりふらついていた。
「姉さん酔っ払うといつもこうなの? 超心配なんだけど……」
「大丈夫だろ。仕事の飲み会じゃ気張ってるだろうし」
「そうかなぁ……」
楓を支えて車まで運び、後部座席に乗せる。彼女はすぐにシートに体を倒してしまった。
「煙草吸っていい?」
運転席に乗り込むと真は車内の温度を上げながら尋ねた。
「いいよ。ずっと我慢してたの? 吸いに行けばよかったのに」
真は少しだけ窓を下げて煙草に火をつけた。そして思い出したように後部座席に手を伸ばし、楓の頭の側に置かれた紙袋を凛太朗に渡した。
「はいこれ、プレゼント」
「え、ありがとう」
小さな紙袋の中にはリボンのかけられた化粧箱が入っている。
「ま、まさか……」
「お、中身わかる?」
「婚約指輪?」
真が咽せる。
「おっ、お前の思考はおかしい!」
「冗談だよ。えーなんだろ」
箱を開けると小さなピアスが入っていた。凝った装飾がされていて、よく見ると石も入っている。
「お前のここに、似合うと思って」
真の、煙草を挟むのとは逆の指が凛太朗の耳に触れる。高校生になりたての頃、そこにピアスの穴を開けてくれたのは真だった。彼のそれに憧れて、凛太朗が頼んだのだ。
「これ、兄さんのと似てるね」
「同じシリーズだからな。お揃いは嫌?」
「ううん……嬉しい」
駐車場の頼りない明りの下でもきらきらと輝くそれを手に取り、片耳のピアスを外して付け替えてみる。
「どう?」
「似合ってるよ」
微笑んだ真が煙草を消し、シートベルトを締める。
「さて、帰るか」
「楽しかったね。今日はありがと。兄さん」
「たまには、こういう日があってもいいよな」
そう言った真の瞳はひどく優しく、そしてなぜか悲し気に見えた。
行きと違って帰りの車中はとても静かだった。でも嫌な沈黙じゃない。心の中がじんわりと温かくなるような、楽しい時間を過ごした後の余韻が、心地よい疲労となって凛太朗を微睡ませた。
雪の降りそうな静けさの中、低いエンジン音をいつまでもきいていたいと思った。
「二人ともほんとにありがとー仕事で使える物めっちゃ嬉しいよー」
「ペンとか手帳とか、お前はもうちょっとその辺頓着しろ。人に見られる仕事なんだから、いつまでも百均のノートとか使ってんなよ」
「はい……」
新しい手帳を大事そうに開きながら楓は真の説教を素直に聞き入れている。
「はー素敵。皮の良い匂い。仕事楽しくなりそ」
ついにはにおいを嗅ぎ始めた楓に真が困惑した目で凛太朗を見る。
「こいつ大丈夫か? そんなにストレス溜まってるのか?」
「まぁ、姉さん頑張ってるから」
「うぅ……凛太朗もありがとう……大好きだよ」
「うん。俺も好きだよ。いつもありがとね、姉さん」
「お前ら怖いよ」
「私も二人にプレゼントあるから……」
涙をふき、鼻をかんだ楓が背後から紙袋を取り出す。
「こっちは真、こっちは凛太朗に」
別々のブランドの紙袋を受け取り、凛太朗は真と顔を見合わせてから中を覗いた。化粧箱にかけられたリボンを解き、箱を開ける。中の包装をめくると鮮やかな青の皮製品が出てきた。
「わ、キーケース?」
「うん。限定色で、凛太朗にぴったりだと思ったから」
「ありがとう。かっこいい」
早速手持ちの鍵をセットしてみる。
隣で箱を開けた真が取り出したのは白い名刺入れのようだった。
「お、タイミング良いな。自分で買おうと思ってた」
「しかも可愛くない? センス良いねって絶対褒められるよ!」
「その時はちゃんと、姉から貰いましたって言うよ」
「い、言わなくていいよ、恥ずかしい……」
照れる楓は上機嫌だ。膝を抱え、火照った頬を手のひらで覆って熱を冷ましている。
「あ、リンのプレゼント車に忘れてきた」
「えー!」
「なんでお前が騒ぐんだよ」
「だって!」
「ごめんなリン、帰るときに渡すから」
「え……でも、今日のご飯がプレゼントじゃないの?」
「それはそれだろ。大人なめんなよ」
店から出る頃には楓の足取りはかなりふらついていた。
「姉さん酔っ払うといつもこうなの? 超心配なんだけど……」
「大丈夫だろ。仕事の飲み会じゃ気張ってるだろうし」
「そうかなぁ……」
楓を支えて車まで運び、後部座席に乗せる。彼女はすぐにシートに体を倒してしまった。
「煙草吸っていい?」
運転席に乗り込むと真は車内の温度を上げながら尋ねた。
「いいよ。ずっと我慢してたの? 吸いに行けばよかったのに」
真は少しだけ窓を下げて煙草に火をつけた。そして思い出したように後部座席に手を伸ばし、楓の頭の側に置かれた紙袋を凛太朗に渡した。
「はいこれ、プレゼント」
「え、ありがとう」
小さな紙袋の中にはリボンのかけられた化粧箱が入っている。
「ま、まさか……」
「お、中身わかる?」
「婚約指輪?」
真が咽せる。
「おっ、お前の思考はおかしい!」
「冗談だよ。えーなんだろ」
箱を開けると小さなピアスが入っていた。凝った装飾がされていて、よく見ると石も入っている。
「お前のここに、似合うと思って」
真の、煙草を挟むのとは逆の指が凛太朗の耳に触れる。高校生になりたての頃、そこにピアスの穴を開けてくれたのは真だった。彼のそれに憧れて、凛太朗が頼んだのだ。
「これ、兄さんのと似てるね」
「同じシリーズだからな。お揃いは嫌?」
「ううん……嬉しい」
駐車場の頼りない明りの下でもきらきらと輝くそれを手に取り、片耳のピアスを外して付け替えてみる。
「どう?」
「似合ってるよ」
微笑んだ真が煙草を消し、シートベルトを締める。
「さて、帰るか」
「楽しかったね。今日はありがと。兄さん」
「たまには、こういう日があってもいいよな」
そう言った真の瞳はひどく優しく、そしてなぜか悲し気に見えた。
行きと違って帰りの車中はとても静かだった。でも嫌な沈黙じゃない。心の中がじんわりと温かくなるような、楽しい時間を過ごした後の余韻が、心地よい疲労となって凛太朗を微睡ませた。
雪の降りそうな静けさの中、低いエンジン音をいつまでもきいていたいと思った。
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