ねむれない蛇

佐々

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あの季節

#02

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 仲直りの仕方はわからない。真にできるのは、凛太朗が欲しがっていた情報を提供するくらいだ。
「マフラー欲しいって」
 洗面所で鉢合わせた凛太朗に伝えると、手を洗っていた彼が鏡越しに真を見た。
「それって……」
「楓にきいた。冬の間使える物がいいって」
 凛太朗の顔がみるみる明るくなっていく。なんて単純、なんて浅はかな子供だろう。
「きいてくれたの?」
「まぁ、ちょうどタイミングが合ったから」
「ありがとう!」
 飛びつかれそうな勢いに警戒するが、さすがにそこまで幼くはなかったようだ。ニ、三年前なら確実にやられてた。
「どうしよ、どんなのが良いかなー迷うなぁ、兄さん買い物も付き合ってくれたりしない?」
「いいよ」
「マジですか!」
 驚きながらも嬉しそうな凛太朗に真の頬も少しだけ緩んだ。それを悟られないように服を脱ぐ。
「あ、風呂入る?」
「うん。お前まだだった?」
「いや、もう入ったよ。今日は柚子湯にしてみました」
 浴室の扉を開けると確かに柚子の香りが広がっていた。
「お前ほんとこういうの好きな」
「うん。姉さんも喜んでくれるし」
「はいはい」
 残りの服を脱いで浴室に入る。凛太朗はまだ脱衣所に立っている。
「一緒に入る?」
 冗談だったが、凛太朗は顔を紅潮させた。
「なっ、入らないよ!」
 明け透けな下ネタは大喜びで笑い転げるくせに、こういうのは照れるのか。童貞かよ、そう思ったことは口には出さないでおく。
「買い物の予定とか、また声かけるね」
「うん」
「ありがとね、兄さん」
「……どういたしまして」


 凛太朗との買い物は非常に疲れるイベントだった。
「あ、これ可愛い。兄さんに似合いそう」
 本来の目的である楓のプレゼント探しもまぁまぁ時間がかかったが、その後も目についた店に入ってはいちいち足を止めてこんなことを言い出す始末だ。しかも彼が取り上げたノーカラーのジャケットは女性物のように見えた。
「ウィメンズだろこれ」
「ユニセックスだと思うよ。すみませーん、これってサイズどのくらいありますか?」
 凛太朗は早速店員を捕まえる。
「兄さん細いからこれでいいんじゃない? ちょっと着てみてよ」
 気づいた時には荷物と上着を凛太朗が預かっており、店員が持ってきたジャケットを羽織っていた。
「やっぱ似合うね。めっちゃ上品で可愛い」
 併用するのが適切かわからない褒め言葉を並べながら凛太朗は色々な角度から真を眺める。
「兄さんこういう白っぽいベージュとかグレーとか似合うよね。お洒落で羨ましい」
「お前はパキッとした色しか似合わないもんな」
「そうなんだよね。兄さんと被らなくていいんだけどさ」
「すみませんこれ買います」
 ジャケットを脱ぎつつ店員に伝える。
「ありがとうございます。他にもご覧になりますか?」
「お前なんか欲しい?」
 凛太朗は首を振る。
「このまま会計お願いします」
「かしこまりました」
 店員の後をついてカウンターに向かう途中、凛太朗が声をかけてきた。
「兄さんよかったの?」
「何が?」
「あれ、べつに欲しくなかったんじゃない?」
「まぁ、俺の趣味ではないけど、お前が気に入ってるみたいだったし」
「俺のために……?」
「女受けも良さそうだしな」
「出たよサイテー」
「冗談だよ」


 凛太朗の選んだマフラーを楓はとても喜んだ。もったいなくて使えないと言う彼女を説得して、翌日から着用させることに成功した凛太朗は、出勤前に彼女がそれを巻いているのを見るたび顔を緩ませていた。
「お前、顔気持ち悪いぞ」
 真の指摘も全く意に介さない様子で凛太朗は破顔している。
「誰がなんと言おうと俺の推しは姉さんだから」
「なに言ってんの?」
「行ってきまーす」
 朝食を終え、洗面所に立ち寄っていた楓が出勤前にダイニングを覗いて声をかけていく。
「行ってらっしゃい!」
 凛太朗は笑顔で手を振って楓を見送ると、今度は真を見た。嫌な予感がして、真は視線を合わせないようにしたが、凛太朗は許してくれなかった。
「兄さん、あのさ」
「なに……」
 もう自分の仕事は終わった筈だ。楓からプレゼントの希望を聞き出し、買い物にまで付き合った。なんならプレゼント代もちょっと出した。最後のは半ば無理やり真が申し出たことだが、それでも全力を尽くしたと自負している。俺だって暇じゃない。でも凛太朗がうるさい、いや鬱陶しい、もとい可愛い弟だからちゃんと時間を割いたのに、まだ何かあるのか。
「クリスマスって」
「お前なぁ!」
 思わず全力で突っ込んだ。確かに今は十一月だから来月にはクリスマスだが、それにしたってあんまりだ。
「俺はもう楓のプレゼント選びは付き合わないからな!」
「え? うん、べつにいいけど……」
「いいのかよ! だったら最初から一人で選べよ!」
「なに怒ってんの? クリスマス予定ある? 時間あったら一緒にご飯行かないかと思ったんだけど」
「えっ?」
「クリスマスプレゼント、兄さんも何がいいかわかんないし、だったら美味しい物食べに行きたいなーって思って」
「は? 飯? お前と?」
 いやお前が? つまり俺に食事を奢ると?
「大人なめんなクソガキ!」
 怒りに任せてスマートフォンを操作し、雰囲気の良いそれっぽい店を探す。
「肉? 魚?」
「どっちでもいいよー」
「時間は?」
「何時でもーあ、二十時以降がいいかな。金曜だし。姉さんも誘っていい?」
「二十時半に三人で予約した」
「はや」
 スマートフォンを置いて我に返る。何やってんだ俺は。
「ありがとう、兄さん」
 凛太朗がにこっり笑っている。パパ活の被害に遭ったような心境だった。
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