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あの季節
あの冬の音
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高校生の凛太朗と真とお姉さんの話です。
「兄貴!」
ノックもなしに扉が開き、凛太朗が入ってきた。真はパソコンに表示させていた画面を切り替えなら視線を転じさせた。
「ノックくらいしろよ。俺がオナニー中だったらどうするの?」
「ぶっは、ごめん、てか兄貴オナニーとかすんの?」
凛太朗は一人で笑っている。昨日今日の付き合いじゃないのに、真は未だこの歳の離れた弟が宇宙人のように思える時がある。
「で、なんだよ」
完全に集中を削がれてしまった。真は眼鏡を外し、凛太朗に問いかけた。彼は一転して真面目な顔で真の隣の椅子に腰掛けた。広い机に並んだ椅子は凛太朗が持ち込んだ物だ。勉強を教えて欲しいとか、パソコンの使い方がどうとか、何かと理由をつけて彼はそこに座りたがる。
「相談があります」
「だから何?」
「姉さんの……」
「楓の?」
「プレゼント、何がいいかな……」
勢いよく飛び込んできたと思えばそんなことか。確かに来月は楓の誕生日だ。
「なんでも良いだろ」
「良くない! ちゃんと考えてよ!」
「あぁ? お前が言い出したんだから自分で考えろよ」
「考えたけど思いつかないから相談してるんじゃん! ねぇ何がいいと思う? 姉さん欲しいものあるかな」
「知らないし、自分できいてこいよ」
凛太朗を無視してパソコンに向き直る。さすがに彼の前で仕事を再開する訳にはいかないので、アルバイトでやっている英語の小論文の添削を始める。
「そんなこと言わずに助けてよー!」
凛太朗は尚も腕に纏わりついてくる。
「あーもーうるせーな! お前も男なら女が喜びそうなプレゼントくらい自分で考えられるようになれ!」
「俺だって女の子のプレゼントくらい選べるよ! でも姉さんは別じゃん!」
「はぁ?」
「姉さんには、ちゃんと欲しい物あげたいっていうか、マジで喜んでほしいから……」
思わずため息が出る。
「お前彼女居たよな」
「な、なぜそれを……」
「お前の恋愛なんか興味ねーけど、そんな付き合い方してると誰も幸せになれないぞ」
「どういう意味?」
凛太朗は本当にわかっていない様子だ。小さく首を傾げる弟に苛立ちが募る。
「彼女いる奴が他の女のプレゼントで頭悩ましてんじゃねーっつってんだよ! 相手の気持ち考えたことあんのか!」
「はぁー? そんなこと兄さんに言われたくないんですけど! しょっちゅう女の子泣かせてるくせに!」
「あ? なんだよそれ!」
「姉さんから聞いてるからな! たくさん女の子泣かせてるって!」
「あの女、適当なこと言いやがって……」
しかもそれを凛太朗に漏らすなんて。
「もう兄さんなんか頼らない! 兄さんに相談した俺が馬鹿だったよ! じゃあね!」
凛太朗が立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「おい! リン!」
音を立てて閉められた扉を真は呆然と眺めていた。
あれから数日、凛太朗とは少し険悪な日々が続いていた。
「喧嘩でもしたの?」
珍しく同じ時間に食卓についても会話どころか目も合わせないことを訝しんで、楓がきいてくる。
「してないよ」
凛太朗が短く答える。その表情は険しく、先の発言の説得力はまるでなかった。
「珍しい」
楓はそれ以上詮索したり、無理に仲直りをすすめたりはしてこない。むしろどこか好奇の眼差しで真と凛太朗を見比べていた。
「ごちそうさま!」
やがて食事を終えた凛太朗が席を立つ。機嫌が悪くても、ちゃんと自分の食器を下げ、洗い物までしているところが微笑ましい。そのくせ絶対に真と目を合わせまいとしている子供じみた頑固さが可愛くて視線で追っていると、凛太朗が部屋を出たのを見計らって楓に脚を蹴られた。
「いって、なんだよ」
「あんたまた凛太朗をいじめたんでしょ。大人気ないからやめなさいよ」
「はぁ? 俺がいつリンをいじめたって?」
心外だ。むしろ鬱陶しく感じることがあっても、わりと構ってやっている方なのに。
「昔からそうじゃない。子供だと思って、意地悪ばっかり」
「あいつがそう言ったのか?」
「言うわけないでしょ? 凛太朗は真のことが好きなんだから」
「意味わかんねー」
真はため息をつき、ひどく重たい口を開いた。
「欲しいものある?」
「え?」
楓の目が見開かれる。今日はまだ化粧を落としていないため、いつもより目が大きく見える。真は視線を逸らして味噌汁に口をつけた。味が薄い。
「これ作ったの楓だろ」
「な、なんでわかるの? まずい?」
「薄い」
「手伝ってない人には文句言う資格ないから。ていうかさっきの何?」
「そのまんまだよ。なんか欲しいものないの? もうすぐ誕生日だろ」
「え、あぁ、そうだね……」
楓が少しはにかむ。
「珍しいね、真がそんなこときくの」
「何もやらなかったらぶーぶー言うのお前だろ?」
「言ってないでしょそんなこと!」
今のは少し盛った。楓は大人だし、欲しい物は自分で買えるので今更そんなことで文句を言ったりはしない。
「嬉しいなー何がいいかなー」
上機嫌であれこれ考え始めた楓に念のため言っておく。
「ちなみにリンが買うから。あんまり高い物ねだるなよ」
「そうなの? なら何でもいいのに。気持ちが一番嬉しいし」
「俺もそう思う。でも納得しねーんだよあいつ」
「それ、真の伝え方が悪いんじゃないの?」
楓の言葉はたまに核心を突いてくる。これが数年とはいえ自分より先に生まれ、そして既に社会に出ている大人との差だろうか。
「まぁいいや。欲しいものかーなんだろうな……あ、 マフラーとか。冬の間はずっと使えるし」
「じゃあそれで」
目的を果たしたので残りの食事を手早く片付け、席を立つ。
洗い物を終えてキッチンを出ると楓に呼び止められた。
「リンと仲直りしなさいよ」
凛太朗と一緒に子供扱いされているようでどうにも居心地が悪い。自分とはそんなに歳も変わらないのに。味噌汁の一つも満足に作れないくせに。
「わかってる」
短く返事をして、真はダイニングを後にした。
「兄貴!」
ノックもなしに扉が開き、凛太朗が入ってきた。真はパソコンに表示させていた画面を切り替えなら視線を転じさせた。
「ノックくらいしろよ。俺がオナニー中だったらどうするの?」
「ぶっは、ごめん、てか兄貴オナニーとかすんの?」
凛太朗は一人で笑っている。昨日今日の付き合いじゃないのに、真は未だこの歳の離れた弟が宇宙人のように思える時がある。
「で、なんだよ」
完全に集中を削がれてしまった。真は眼鏡を外し、凛太朗に問いかけた。彼は一転して真面目な顔で真の隣の椅子に腰掛けた。広い机に並んだ椅子は凛太朗が持ち込んだ物だ。勉強を教えて欲しいとか、パソコンの使い方がどうとか、何かと理由をつけて彼はそこに座りたがる。
「相談があります」
「だから何?」
「姉さんの……」
「楓の?」
「プレゼント、何がいいかな……」
勢いよく飛び込んできたと思えばそんなことか。確かに来月は楓の誕生日だ。
「なんでも良いだろ」
「良くない! ちゃんと考えてよ!」
「あぁ? お前が言い出したんだから自分で考えろよ」
「考えたけど思いつかないから相談してるんじゃん! ねぇ何がいいと思う? 姉さん欲しいものあるかな」
「知らないし、自分できいてこいよ」
凛太朗を無視してパソコンに向き直る。さすがに彼の前で仕事を再開する訳にはいかないので、アルバイトでやっている英語の小論文の添削を始める。
「そんなこと言わずに助けてよー!」
凛太朗は尚も腕に纏わりついてくる。
「あーもーうるせーな! お前も男なら女が喜びそうなプレゼントくらい自分で考えられるようになれ!」
「俺だって女の子のプレゼントくらい選べるよ! でも姉さんは別じゃん!」
「はぁ?」
「姉さんには、ちゃんと欲しい物あげたいっていうか、マジで喜んでほしいから……」
思わずため息が出る。
「お前彼女居たよな」
「な、なぜそれを……」
「お前の恋愛なんか興味ねーけど、そんな付き合い方してると誰も幸せになれないぞ」
「どういう意味?」
凛太朗は本当にわかっていない様子だ。小さく首を傾げる弟に苛立ちが募る。
「彼女いる奴が他の女のプレゼントで頭悩ましてんじゃねーっつってんだよ! 相手の気持ち考えたことあんのか!」
「はぁー? そんなこと兄さんに言われたくないんですけど! しょっちゅう女の子泣かせてるくせに!」
「あ? なんだよそれ!」
「姉さんから聞いてるからな! たくさん女の子泣かせてるって!」
「あの女、適当なこと言いやがって……」
しかもそれを凛太朗に漏らすなんて。
「もう兄さんなんか頼らない! 兄さんに相談した俺が馬鹿だったよ! じゃあね!」
凛太朗が立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「おい! リン!」
音を立てて閉められた扉を真は呆然と眺めていた。
あれから数日、凛太朗とは少し険悪な日々が続いていた。
「喧嘩でもしたの?」
珍しく同じ時間に食卓についても会話どころか目も合わせないことを訝しんで、楓がきいてくる。
「してないよ」
凛太朗が短く答える。その表情は険しく、先の発言の説得力はまるでなかった。
「珍しい」
楓はそれ以上詮索したり、無理に仲直りをすすめたりはしてこない。むしろどこか好奇の眼差しで真と凛太朗を見比べていた。
「ごちそうさま!」
やがて食事を終えた凛太朗が席を立つ。機嫌が悪くても、ちゃんと自分の食器を下げ、洗い物までしているところが微笑ましい。そのくせ絶対に真と目を合わせまいとしている子供じみた頑固さが可愛くて視線で追っていると、凛太朗が部屋を出たのを見計らって楓に脚を蹴られた。
「いって、なんだよ」
「あんたまた凛太朗をいじめたんでしょ。大人気ないからやめなさいよ」
「はぁ? 俺がいつリンをいじめたって?」
心外だ。むしろ鬱陶しく感じることがあっても、わりと構ってやっている方なのに。
「昔からそうじゃない。子供だと思って、意地悪ばっかり」
「あいつがそう言ったのか?」
「言うわけないでしょ? 凛太朗は真のことが好きなんだから」
「意味わかんねー」
真はため息をつき、ひどく重たい口を開いた。
「欲しいものある?」
「え?」
楓の目が見開かれる。今日はまだ化粧を落としていないため、いつもより目が大きく見える。真は視線を逸らして味噌汁に口をつけた。味が薄い。
「これ作ったの楓だろ」
「な、なんでわかるの? まずい?」
「薄い」
「手伝ってない人には文句言う資格ないから。ていうかさっきの何?」
「そのまんまだよ。なんか欲しいものないの? もうすぐ誕生日だろ」
「え、あぁ、そうだね……」
楓が少しはにかむ。
「珍しいね、真がそんなこときくの」
「何もやらなかったらぶーぶー言うのお前だろ?」
「言ってないでしょそんなこと!」
今のは少し盛った。楓は大人だし、欲しい物は自分で買えるので今更そんなことで文句を言ったりはしない。
「嬉しいなー何がいいかなー」
上機嫌であれこれ考え始めた楓に念のため言っておく。
「ちなみにリンが買うから。あんまり高い物ねだるなよ」
「そうなの? なら何でもいいのに。気持ちが一番嬉しいし」
「俺もそう思う。でも納得しねーんだよあいつ」
「それ、真の伝え方が悪いんじゃないの?」
楓の言葉はたまに核心を突いてくる。これが数年とはいえ自分より先に生まれ、そして既に社会に出ている大人との差だろうか。
「まぁいいや。欲しいものかーなんだろうな……あ、 マフラーとか。冬の間はずっと使えるし」
「じゃあそれで」
目的を果たしたので残りの食事を手早く片付け、席を立つ。
洗い物を終えてキッチンを出ると楓に呼び止められた。
「リンと仲直りしなさいよ」
凛太朗と一緒に子供扱いされているようでどうにも居心地が悪い。自分とはそんなに歳も変わらないのに。味噌汁の一つも満足に作れないくせに。
「わかってる」
短く返事をして、真はダイニングを後にした。
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