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たとえ全てが嘘であっても
#11
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当然ながら店内にいたのは女性客ばかりで、自分たちはかなり目立っていた。ときどき社交的な女性が声をかけてきたが、そのたびに真は愛想よく応対していて、凛太朗は車へ戻る道すがら、日本にいた頃を思い出して自然と頬を緩めていた。
「なに笑ってんだ?」
車に乗り込み、シートベルトを締めると思い出し笑いを真に気づかれた。
「日本でも兄さんと出かけるとよくナンパとかされたなって思って」
「確かに。俺もお前と一緒だと逆ナン率上がったわ」
「飲みにもよく行ったね。兄さん男からも声かけられててうけた」
「お前もだろ? 3P持ちかけられた時はにキレそうになったけど」
「そんなことあったっけ?」
「お前がテキーラ一気して記憶飛ばした時だよ」
「あー渋谷で吐きまくったやつね。めっちゃ覚えてるる。タクシーに乗車拒否された」
「お前、弱いくせに飲みたがるからたち悪かったよ」
「飲めば強くなると思ってたんだよね」
最近はもうそんな無茶はしていない。普通に酔っ払うことはあるが、もともとそれほど酒が好きなほうではなかったため、年々、酒量は減る一方だ。
「今も行ってるのか?」
「クラブ? 渋谷にはもう行ってないよ。若すぎてついてけない」
「ガキがなに言ってんだか……」
呆れたように言い、シートベルトを締めようとしていた真はふと懐かしそうな笑みを浮かべて手を止めた。
「楽しかったな、お前と遊ぶの」
彼のその顔を見たとき、凛太朗は自然と口を開いていた。
「兄さん、俺たち……」
普通の兄弟に戻ろう。
そう続けようとした唇は、真にふさがれた。爽やかでかすかに甘い真の香水のにおいがして、ほんのわずかな間だけ重ねられた唇は、静かに離れていく。
「言うなよ、リン」
珍しく焦燥のにじんだ声だった。そして再び、今度は先ほどよりも深く口づけられる。唇を食まれ、舌が誘うように動く。応えずにいると無理矢理押入られた。
「ん……」
久々に間近で感じる真のにおいと、唇の感触に心が揺れる。
背中に回したくなる腕を、ジャケットを掴みたくなる手のひらを握りしめることでどうにかこらえる。
「どうした?」
間近で顔を覗き込みながら、真は優しく問うた。容易にぐらつく決意を見透かされそうになり、凛太朗は目を伏せた。
「なんでもない。明日のこと考えて、少し緊張してるのかも」
「ああ」
瞼にキスを落として、真が離れていく。安堵すると同時に、消失した温もりに寂しさを覚えた。
「大丈夫」
真は優しい口調のまま言った。
「何があっても、お前は俺が守るから」
それから買い物をし、夕食を済ませ、あまり遅くならない内に真は凛太朗をカンドレーヴァの屋敷に送り届けた。車を降り、玄関の傍まで見送る。
「じゃあな、早く寝ろよ」
「うん。今日はありがとう。楽しかった。久しぶりに兄さんと出かけられて、色々話せて」
「ああ、俺も楽しかったよ」
凛太朗は昔のような顔で笑う。残酷な未来など知らない、純粋で素直だった子供の頃の顔だ。
一瞬、沈黙が下りた。今日は一日一緒に居た。もう話すこともないくらい色々な話をした。それでも凛太朗が別れがたくなっているのがわかり、真は自分から切り出した。
「おやすみ、リン」
「おやすみ……」
寂しそうな顔で、それでも凛太朗は歩き出した。屋敷の玄関へ向かう彼の背中を見送って、真は踵を返した。
「兄さん!」
車のドアを開けたところで呼ばれ、振り返ると凛太朗はまだ玄関の前に立っていた。
「どうした? 忘れ物でも」
「俺、明日頑張るから! 絶対役に立って、兄さんに帰るなって言わせてみせるから!」
よく通る声で力強く言った凛太朗は、逃げるように屋敷に入って行った。
取り残された真はしばし呆然とし、車に乗り込んだ。いつもの癖でくわえた煙草を握り潰し、力を込めた拳でパネルを殴りつける。込み上げる感情を抑えるように頭を抱える。
帰したくない。本当は、日本に帰ってほしくなどない。
今度こそ絶対に守ってみせる。だからそばに居ろ。俺のそばに居てくれ。
そう思うのと同時に、凛太朗の笑顔が蘇る。
昔は素直で、泣き虫で、母親のことを誰より大事にしている子供だった。そのきれいな心を持ったまま、彼は大人になるはずだった。
まだ遅くはない。凛太朗はまだ、元の生活に戻れる。普通に仕事をして、恋をして、家族を作れる。平凡で幸せな日常を取り戻すことができる。そのために彼は、日本に帰らなければならない。自分の側にいてはならない。
こんな思いをするくらいなら、こっちに呼んだりするんじゃなかった。でも、こうしなければ、もう一度弟の顔を見なければ、自分の決心はつかなかったのかもしれない。
弟を愛してる。
二度と会えなくても、これが最後の彼との時間になったとしても構わない。これから先の未来で、彼があの笑顔を取り戻すことができるなら。そのためならなんだってする。どんなことにも耐えられる。凛太朗の未来と引き換えにするなら、自分のこんな痛みくらい、安いものだ。
「なに笑ってんだ?」
車に乗り込み、シートベルトを締めると思い出し笑いを真に気づかれた。
「日本でも兄さんと出かけるとよくナンパとかされたなって思って」
「確かに。俺もお前と一緒だと逆ナン率上がったわ」
「飲みにもよく行ったね。兄さん男からも声かけられててうけた」
「お前もだろ? 3P持ちかけられた時はにキレそうになったけど」
「そんなことあったっけ?」
「お前がテキーラ一気して記憶飛ばした時だよ」
「あー渋谷で吐きまくったやつね。めっちゃ覚えてるる。タクシーに乗車拒否された」
「お前、弱いくせに飲みたがるからたち悪かったよ」
「飲めば強くなると思ってたんだよね」
最近はもうそんな無茶はしていない。普通に酔っ払うことはあるが、もともとそれほど酒が好きなほうではなかったため、年々、酒量は減る一方だ。
「今も行ってるのか?」
「クラブ? 渋谷にはもう行ってないよ。若すぎてついてけない」
「ガキがなに言ってんだか……」
呆れたように言い、シートベルトを締めようとしていた真はふと懐かしそうな笑みを浮かべて手を止めた。
「楽しかったな、お前と遊ぶの」
彼のその顔を見たとき、凛太朗は自然と口を開いていた。
「兄さん、俺たち……」
普通の兄弟に戻ろう。
そう続けようとした唇は、真にふさがれた。爽やかでかすかに甘い真の香水のにおいがして、ほんのわずかな間だけ重ねられた唇は、静かに離れていく。
「言うなよ、リン」
珍しく焦燥のにじんだ声だった。そして再び、今度は先ほどよりも深く口づけられる。唇を食まれ、舌が誘うように動く。応えずにいると無理矢理押入られた。
「ん……」
久々に間近で感じる真のにおいと、唇の感触に心が揺れる。
背中に回したくなる腕を、ジャケットを掴みたくなる手のひらを握りしめることでどうにかこらえる。
「どうした?」
間近で顔を覗き込みながら、真は優しく問うた。容易にぐらつく決意を見透かされそうになり、凛太朗は目を伏せた。
「なんでもない。明日のこと考えて、少し緊張してるのかも」
「ああ」
瞼にキスを落として、真が離れていく。安堵すると同時に、消失した温もりに寂しさを覚えた。
「大丈夫」
真は優しい口調のまま言った。
「何があっても、お前は俺が守るから」
それから買い物をし、夕食を済ませ、あまり遅くならない内に真は凛太朗をカンドレーヴァの屋敷に送り届けた。車を降り、玄関の傍まで見送る。
「じゃあな、早く寝ろよ」
「うん。今日はありがとう。楽しかった。久しぶりに兄さんと出かけられて、色々話せて」
「ああ、俺も楽しかったよ」
凛太朗は昔のような顔で笑う。残酷な未来など知らない、純粋で素直だった子供の頃の顔だ。
一瞬、沈黙が下りた。今日は一日一緒に居た。もう話すこともないくらい色々な話をした。それでも凛太朗が別れがたくなっているのがわかり、真は自分から切り出した。
「おやすみ、リン」
「おやすみ……」
寂しそうな顔で、それでも凛太朗は歩き出した。屋敷の玄関へ向かう彼の背中を見送って、真は踵を返した。
「兄さん!」
車のドアを開けたところで呼ばれ、振り返ると凛太朗はまだ玄関の前に立っていた。
「どうした? 忘れ物でも」
「俺、明日頑張るから! 絶対役に立って、兄さんに帰るなって言わせてみせるから!」
よく通る声で力強く言った凛太朗は、逃げるように屋敷に入って行った。
取り残された真はしばし呆然とし、車に乗り込んだ。いつもの癖でくわえた煙草を握り潰し、力を込めた拳でパネルを殴りつける。込み上げる感情を抑えるように頭を抱える。
帰したくない。本当は、日本に帰ってほしくなどない。
今度こそ絶対に守ってみせる。だからそばに居ろ。俺のそばに居てくれ。
そう思うのと同時に、凛太朗の笑顔が蘇る。
昔は素直で、泣き虫で、母親のことを誰より大事にしている子供だった。そのきれいな心を持ったまま、彼は大人になるはずだった。
まだ遅くはない。凛太朗はまだ、元の生活に戻れる。普通に仕事をして、恋をして、家族を作れる。平凡で幸せな日常を取り戻すことができる。そのために彼は、日本に帰らなければならない。自分の側にいてはならない。
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二度と会えなくても、これが最後の彼との時間になったとしても構わない。これから先の未来で、彼があの笑顔を取り戻すことができるなら。そのためならなんだってする。どんなことにも耐えられる。凛太朗の未来と引き換えにするなら、自分のこんな痛みくらい、安いものだ。
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