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たとえ全てが嘘であっても
#07
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すっかり遅くなってしまった。ジーノはカンドレーヴァまで送ってくれたフィオーレの若い男に礼を言って車を降りた。
「おかえりなさいませ」
迎えに出てきたジュリオの顔を見た途端、肩の力が抜けた。
「ただいま」
ジュリオはジーノが子供の頃からカンドレーヴァに仕えている男で、昔から変わらぬ暖かさでジーノに接してくれる。幼い頃、幾度彼の前で泣いただろう。
「だいぶお疲れの様子ですね。お食事はいかがされますか?」
「食べるよ。昼飯も食えなかったんだ」
脱いだ上着をジュリオに預け、ネクタイを緩める。
「すぐに準備いたします。お部屋で召し上がりますか?」
「いや、ダイニングでいい。運ぶの大変だろ。リンはどうしてる?」
ラウンジの階段の前で足を止め、ジーノは凛太朗の部屋がある二階を見上げた。
「お部屋にいらっしゃいます。心なしか、元気がなさそうに見えました」
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」
ジュリオは優しいが、必要以上に踏み込まない男だった。
「差しでがましいとは思うのですが、思いつめた顔をなさっていたので、少し心配になりまして」
「そうか……」
ユーリから聞いた今日の出来事を思い出し、ジーノは階段に足を向けた。
「ちょっと様子を見てくる。何か冷たい物を頼めるか?」
「すぐにお持ちいたします。食事もお部屋に準備いたしましょう。リン様の分も一緒にお持ちしてもよろしいでしょうか?」
「あいつも食ってないのか?」
「はい、食欲がないと仰せで。でも、ジーノ様と一緒なら召し上がるかもしれません」
「仕方ない奴だな、悪いが一緒に頼むよ」
「かしこまりました」
凛太朗は意外に元気そうだった。ジュリオの持ってきた試作品のドリンクを気に入ったらしく、ストローで吸い上げたタピオカをもぐもぐやりながら、タブレットに表示された資料を熱心に眺めている。
ジーノは少し拍子抜けしつつも安堵した。大事な仕事の前に腑抜けられては困る。しかしそう見えるように振舞っているだけかもれない。この子供は自分のことをそれなりに大人だと思っている。勘違いもいいところだ。
凛太朗はジーノの話をまじめにきいていた。パーティー当日の流れや警備の配置、BR社との連携については理解することが出来たようだが、万が一の事態が発生した際の対応は、なかなか現実的に考えることが難しいようだった。
「イメージわいたか?」
「ぜんぜん」
「なんでだよ!」
何度目かのやりとりに、ジーノは自分のダブレットを床に叩きつけたい衝動にかられた。そんな人の気も知らず、凛太朗は資料を睨みつけている。
「だってやばくない? 地下シェルターとかほんとに存在すんの?」
しまいにはホテルの構造や警備配置の情報が入ったデータを見て、疑わし気な顔をする。
「するに決まってんだろ」
「騒ぎの中で客の誘導とかスムーズにできる気がしないし」
「それもするんだよ」
「俺の仕事はなんだっけ?」
「柳田の姪を守る! 何かあったらシェルターに誘導!」
「そうだった」
ようやく思い出したという顔でタピオカを吸い上げる凛太朗に不安を禁じ得ない。もぐもぐじゃねぇよ。なんでそんな気に入ってんだよ。日本にもあるだろ。なんならそろそろブーム落ち着いただろ。
「あ、飲む前に写真撮ればよかった」
ジーノの胸中など知る由もない凛太朗は、はっとした表情で半分ほど中身の減ったカップを見た。
「ジーノ、写真撮ろ?」
ジーノが了承するより先に、スマートフォンのカメラ機能を起動した凛太朗が身を寄せてくる。
「タピオカ写ってないけど」
「べつにいいよ。ジーノと写真撮りたいだけだから」
「なんでガキはすぐ写真を撮りたがるんだろうな」
凛太朗がシャッターを押す瞬間を狙って顔を引き寄せ、唇を重ねる。
「ちょっと、写真」
「もう撮っただろ?」
「こういうのじゃなくて、普通の」
めげずにカメラを構えようとする凛太朗の首筋に唇を寄せる。
「だから、やめろって」
「この写真シンに送ってやろうか?」
「そんなことしたら許さないからな」
ジーノは凛太朗のスマートフォンを取り上げた。
「なんだよ」
「お前ひとりの写真だったら問題ないだろ?」
「そりゃそうだけど、んっ……」
再び唇を重ねる。舌を入れると先ほど凛太朗が飲んでいたドリンクの甘い味がした。
ソファに押し倒し、耳のあたりをくすぐる。
唇を離し、こちらを睨む凛太朗を見下ろして、ジーノはシャッターを切った。
「おかえりなさいませ」
迎えに出てきたジュリオの顔を見た途端、肩の力が抜けた。
「ただいま」
ジュリオはジーノが子供の頃からカンドレーヴァに仕えている男で、昔から変わらぬ暖かさでジーノに接してくれる。幼い頃、幾度彼の前で泣いただろう。
「だいぶお疲れの様子ですね。お食事はいかがされますか?」
「食べるよ。昼飯も食えなかったんだ」
脱いだ上着をジュリオに預け、ネクタイを緩める。
「すぐに準備いたします。お部屋で召し上がりますか?」
「いや、ダイニングでいい。運ぶの大変だろ。リンはどうしてる?」
ラウンジの階段の前で足を止め、ジーノは凛太朗の部屋がある二階を見上げた。
「お部屋にいらっしゃいます。心なしか、元気がなさそうに見えました」
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」
ジュリオは優しいが、必要以上に踏み込まない男だった。
「差しでがましいとは思うのですが、思いつめた顔をなさっていたので、少し心配になりまして」
「そうか……」
ユーリから聞いた今日の出来事を思い出し、ジーノは階段に足を向けた。
「ちょっと様子を見てくる。何か冷たい物を頼めるか?」
「すぐにお持ちいたします。食事もお部屋に準備いたしましょう。リン様の分も一緒にお持ちしてもよろしいでしょうか?」
「あいつも食ってないのか?」
「はい、食欲がないと仰せで。でも、ジーノ様と一緒なら召し上がるかもしれません」
「仕方ない奴だな、悪いが一緒に頼むよ」
「かしこまりました」
凛太朗は意外に元気そうだった。ジュリオの持ってきた試作品のドリンクを気に入ったらしく、ストローで吸い上げたタピオカをもぐもぐやりながら、タブレットに表示された資料を熱心に眺めている。
ジーノは少し拍子抜けしつつも安堵した。大事な仕事の前に腑抜けられては困る。しかしそう見えるように振舞っているだけかもれない。この子供は自分のことをそれなりに大人だと思っている。勘違いもいいところだ。
凛太朗はジーノの話をまじめにきいていた。パーティー当日の流れや警備の配置、BR社との連携については理解することが出来たようだが、万が一の事態が発生した際の対応は、なかなか現実的に考えることが難しいようだった。
「イメージわいたか?」
「ぜんぜん」
「なんでだよ!」
何度目かのやりとりに、ジーノは自分のダブレットを床に叩きつけたい衝動にかられた。そんな人の気も知らず、凛太朗は資料を睨みつけている。
「だってやばくない? 地下シェルターとかほんとに存在すんの?」
しまいにはホテルの構造や警備配置の情報が入ったデータを見て、疑わし気な顔をする。
「するに決まってんだろ」
「騒ぎの中で客の誘導とかスムーズにできる気がしないし」
「それもするんだよ」
「俺の仕事はなんだっけ?」
「柳田の姪を守る! 何かあったらシェルターに誘導!」
「そうだった」
ようやく思い出したという顔でタピオカを吸い上げる凛太朗に不安を禁じ得ない。もぐもぐじゃねぇよ。なんでそんな気に入ってんだよ。日本にもあるだろ。なんならそろそろブーム落ち着いただろ。
「あ、飲む前に写真撮ればよかった」
ジーノの胸中など知る由もない凛太朗は、はっとした表情で半分ほど中身の減ったカップを見た。
「ジーノ、写真撮ろ?」
ジーノが了承するより先に、スマートフォンのカメラ機能を起動した凛太朗が身を寄せてくる。
「タピオカ写ってないけど」
「べつにいいよ。ジーノと写真撮りたいだけだから」
「なんでガキはすぐ写真を撮りたがるんだろうな」
凛太朗がシャッターを押す瞬間を狙って顔を引き寄せ、唇を重ねる。
「ちょっと、写真」
「もう撮っただろ?」
「こういうのじゃなくて、普通の」
めげずにカメラを構えようとする凛太朗の首筋に唇を寄せる。
「だから、やめろって」
「この写真シンに送ってやろうか?」
「そんなことしたら許さないからな」
ジーノは凛太朗のスマートフォンを取り上げた。
「なんだよ」
「お前ひとりの写真だったら問題ないだろ?」
「そりゃそうだけど、んっ……」
再び唇を重ねる。舌を入れると先ほど凛太朗が飲んでいたドリンクの甘い味がした。
ソファに押し倒し、耳のあたりをくすぐる。
唇を離し、こちらを睨む凛太朗を見下ろして、ジーノはシャッターを切った。
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