ねむれない蛇

佐々

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たとえ全てが嘘であっても

#06

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 家主の居ない部屋に帰るというのは妙な気分だ。カイは後ろ暗い気持ちを消しきれないまま、真の部屋のリビングのソファに腰を下ろした。
 今朝、真が使っていた薄いノートパソコンを開き、ホテル内の警備配置の記された見取り図を表示させる。
 今日の打ち合わせで変更された部分もあるが、フィオーレ側の戦力を把握するには十分使える。わかる範囲で最新の情報を反映させ、自分のスマートフォンに転送する。
 先ほど入手した幹部の写真と共にデータを送信し、カイは小さく息を吐いた。
 相手からの返答を待つ間、他に使える情報はないかとパソコンの中身を一通り確認する。
 真は警備を行うホテルのセキュリティにあれだけ文句を言っていたわりに、自分のパソコンの防犯性は決して強固なものではなかった。
 容易にログインを許し、雑多なデスクトップを表示させたパソコンに拍子抜けしたくらいだ。
「それにしてもごちゃごちゃだな……」
 生活感の薄い部屋と対照的に、散らかったデスクトップにひとり言が漏れる。
 整頓は苦手なタイプなのか、それとも並行している仕事が多すぎて、あえて全て目立つところに表示させているのか。
 後者であれば本人は、ファイルの配置を把握している可能性がある。取り扱いには注意が必要だ。
 順番にファイルを開き、中身を確認していく。見積書、請求書、予算に人員計画……表示された内容を見て、カイは苦笑した。
「会社かよ」
 フィオーレという組織で、彼は様々な仕事を抱えているらしい。
 彼と出会ってそろそろ半年ほどたつが、カイはあくまで運転手として彼に同行することが多かったため、彼の仕事についてそれほど詳しく知っているわけではなかった。
 しばらくパソコン内を調べたが、今回の作戦に関係ありそうなデータはなかった。どれもフィオーレの内部情報であることに変わりはないのだろうが、自分の仕事はアインツのパーティー襲撃に必要な情報を流すことだ。直接フィオーレに不利益を被らせることが目的ではない。
 しかし、カイが知る限り、真はずぼらだが勘が鋭く、用心深い男だ。こんな防犯性の低いパソコンに、重要なデータを残しておくだろうか。
 そう考えると唯一役に立ちそうな見取り図も、怪しく思えてくる。このデータは本物なのか?
 今朝、真がカイの前でこれ見よがしにパソコンを広げた理由を勘繰り始めた時、電話が鳴った。ディスプレイには先ほどデータを送った男の名前が表示されていた。
「はい」
「なんなんだあの写真は」
 電話に出ると、ジャックはいきなり苦言を呈してきた。彼が文句を言いたいのは、カイが先ほどデータと一緒に送った、真とジーノの写真についてだろう。
「何って、お望みの写真だよ」
「送るならもっとましな画像にしろ。お前は仕事をなめてるのか?」
 小言を聞き流しながら、カイは展開したファイルを閉じ、パソコンに進入した痕跡を消していった。
「ひどい言われようだな。こっちは命賭けでやってるのに、もう少し労ってくれてもいいんじゃない?」
 一瞬の沈黙の後、返されたのはカイが期待したような言葉ではなかった。
「それから、ジーノの写真は不要だ。あいつの顔はよく知られている」
「無視かよ!」
 この男は電話の印象と、直接会った時のそれとがかなり違う。電話の時は真面目で仕事熱心な男という感じなのに、今日初めて見た彼は、電話の雰囲気からは想像できない軽薄な男だった。
「それを言うならシンの写真もいらないだろ。さっき本人と会ったんだから」
 あんなに親しげに挨拶を交わし、食事にまで誘っていたくせに、顔を忘れたとは言わせない。
「俺はな。これは俺以外の奴に共有する情報だ。こんな不明瞭な写真じゃ役に立たん」
「そんなに悪いかなぁ……よく撮れてると思うけど」
 帰りの車中でジーノが撮影したそれは、確かに正面から真の顔を捉えてはいないが、彼の端正な面立ちを伝えるには十分に思えた。
「お前の好みはどうでもいい。というかお前、まさか奴に絆されたんじゃないだろうな」
「は?」
「今日、俺があいつと話してた時、やたらと睨んできただろう」
 馴れ馴れしく真に触れていたジャックの手を思い出し、苛立ちが蘇る。
「あの人にあんたがベタベタ触るからだろ」
「それのどこにお前が腹を立てる理由がある」
「そりゃ、一応……今は上司だし……」
 疚しさで歯切れが悪くなる。男がため息をつくのがわかった。
「信用し難い」
「何が?」
「お前がだ。あいつに入れ込んでるお前に、仕事が務まるのか?」
「なに言ってんの? そんなんじゃないし」
「図星だっただろ、さっきの反応は」
「いや違うって。一回やったくらいで重くなる奴は嫌われるから」
「お前なに言ってんだ?」
 カイも困惑していた。何を言っているのだろう。
自分はあまり頭がよくない。だから深く考えないようにしていた。ジャックが真に触れた時に感じた苛立ちに、違和感を覚えなかった。
「仕事は、ちゃんとやるよ」
 どうにかそれだけ言って、最低限の業務連絡を行って、電話を切った。
 思わずため息がもれる。
「大丈夫かな……」
 本当に、ちゃんと出来るだろうか。ジャックに言われたことをきっかけに不安が押し寄せてきた。真だけではない。ジーノやユーリ・フィオーレを騙すことなど可能なのだろうか。
 でも、やるしかない。はやる胸を抑えつつ自分に言い聞かせる。彼女を自由にするためには、これしかないのだ。
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